《ねこ女優》micインタビュー「ワインをテーマに演じるオムニバスの一人芝居『メルシィ、Wine!』誕生と、その後の奇跡」

インタビュー
舞台
2017.11.18


 mic(ミック)という名の女優さんがいる。本名・年齢は……秘密、非公開、門外不出。関西出身で、劇団☆新感線、劇団そとばこまちが好きだったらしい。

 micは、ワインバーを舞台に、ワインを飲みにやってくる女性たちを描いた物語をオムニバスで上演する『メルシィ、Wine!』という一人芝居のコメディシリーズを2014年からスタートしている。しかも会場もバーやレストランだから、ワインも呑めるし、大笑いしても大泣きしても構わない。なんて楽しいー!

ねこ女優ってなんなんだ? 誕生の陰に人気イラストレーターの存在

 micはさまざまな劇団に客演をしながら地元で舞台女優として活動していた。そんなあるとき寺門孝之氏と出会う。光り輝く天使や妖艶な夢の世界を描き、展覧会はもちろん、書籍の装画、絵本、ライブペインティングなど幅広く活躍している人気イラストレーターだ。東京ヴォードヴィルショーや劇団3◯◯、最近ではまつもと市民芸術館『空中キャバレー』などのポスターを手がけいて、演劇にも造詣が深い。

 「寺門さんとお茶をしたときに、“私、猫になりたくなっちゃった”と話したんです(笑)。人としての当たり前の営みが面倒くさくなっていたんですよ」

 女優だと言えば「テレビ? 映画? 何に出ているの?!」とあれこれ聞かれることも多かった。劇団に客演するのは楽しくてありがたいけれど、このままでいいのだろうかという思いが頭をもたげ始めていた。大好きなはずのお芝居もヨーロッパのキャバレーのように、お酒を飲みながらリラックスして見ることができたらと日々考えていた。そんなあれこれが重なってのグチだった。

 「そしたら寺門さんが“micが猫になって、一人で、カフェでやってみたら?”と言ってくださったんですよ。次の僕の展覧会は、2階がギャラリーで1階がカフェになっている(コンテンツレーベルカフェ、現在のミリバール)、クロージング・パーティのときに1時間あげるから、一人で芝居をやりなよ、と」

 普通は与太話の一つくらいにやり過ごすと思うのだが、数日後、micのもとに贈り物が届く。寺門氏が書き下ろしたイラストレーションだった。その絵は想像力を掻き立てる素晴らしい作品だった。

 「それは私が猫になって、カフェにいる絵のポスターだったんです。これはやばい、やるしかないなと。それで、もともと猫だったのに、なぜか人間になってしまった4人の女性の物語をオムニバスでつくって演じたんです。ギャラリーで着替えては螺旋階段を降りたり上がったりしながら。人間のいやなところを嘆きながらも、でも人間って悪くないよねといった物語。私が“ねこ女優”を名乗り始めたのはそれがきっかけです。女優ですって自分から名乗るのが何とも気恥ずかしくて……。ねこ女優って言う方が恥ずかしいだろって周りから言われるんですが……確かにそうですよね(笑)」

 その一人芝居が好評で、東京のブックカフェFlyingbooksでも演じさせてもらった。徐々にお客さんが増えてくると、カフェでは後ろの席から見えにくい。そのため会場をライブハウスに移し、《猫の路地裏ブロードウェイ》というシリーズを始めた。

ワイン自体にドラマがある。その物語を織り込んだ人間ドラマのオムニバス

『メルシィ、Wine!』より

『メルシィ、Wine!』より

 もともと猫だったオンナたちの悲喜こもごもな日常を描いた《猫の路地裏ブロードウェイ》は、回を重ねるごとに動員が増えていく。そして新たに、10代~80代までの女の一生を描いた『ひとりラブレターズ』、2011年の東日本大震災後には自ら被災地に出向いた際に出会った現地の人びととの交流をノンフィクションで描いた一人芝居『カントリーロード石巻・牡鹿半島』を生み出した。 

 ただ、東日本大震災のことが一段落すると、表現者としてこれから何をやっていいのかわからなくなってしまい、しばしの休養に入る。

 「次に私はなにを作ればいいのだろうって。いつも秋には一人芝居をやっていたんですけど、1年間休むことにしたんです。そしたら、休んでいる間、街を歩いているいろんな人たちを見ていると演じてみたくなっちゃうんですよね。やっぱり私は芝居をやりたいんだなと再確認することになりました」

 2013年には、オードリー・ヘプバーン没後20年だったこともあり、『マイ・フェア・オードリー・ヘプバーン!~彼女がアン王女になる前の物語』を発表。実はその可憐な姿からはイメージできなかったがオードリー・ヘプバーンはあのアンネ・フランクと誕生日が近く、幼いころの境遇が似ていた。micがオードリーの周りの人びとを演じることによって、彼女の誕生から戦争に苦しんだ少女時代を浮き彫りにする作品だった。

『メルシィ、Wine!』より

『メルシィ、Wine!』より

 そして2014年に、『メルシィ、Wine!~ワインバーで生まれた4つの小さな物語~』が誕生する。いよいよ観客がワインやビールを飲みながら鑑賞するスタイルへの挑戦! 優しい髭のマスターが迎えてくれる知る人ぞ知るワインバーにやってくる、さまざまな女性客をmicが演じていく。かつての恋人に結婚することを告げられて動揺する三十路OL、孫と一緒にやってきて懐かしい赤玉ポートワインを口にしながら昔に思いを馳せる品のいい老女などレパートリーは現在8本。休憩を挟み4話で約1時間半の演し物は、劇場とは違った盛り上がりとなった。

 「なぜワインにしたのか? ワイン自体にすごくドラマがあるんですよ。たとえば《ル・シャンベルタン》というワインはナポレオンが愛したワインとしても有名。シャンパンで有名な《ヴーヴ・クリコ》、ヴーヴってフランス語で”未亡人”っていう意味なんですけど、シャンパン作りに没頭していたご主人が結婚して4年後に逝去したため、その奥さんは27歳の若さで未亡人に。さらにそこから一人でシャンパンメゾンを切り盛りして、経営もシャンパン作りにもその手腕を発揮したそうなんです。そんなストーリーを織り込みながら、人間ドラマを作れないかなって。一人芝居は私が演じるとお客さんが自由にイメージを膨らませてくださる。それが面白くて。しかも泣いたり笑ったりしてくれる。こんな幸せな仕事があるんだろうか、と気づかせてくれたんです」

 当たり前だが一人芝居には相手役がいない。自家発電する芝居になれてしまったmicはもう一回演技を勉強し直した。そして12月に新たに『メルシィ、Wine!』に取り組む

堤幸彦監督が『メルシィ、Wine!』を映像化でmicを応援

 実はmicは「シネマスタイリスト」という肩書きで、雑誌での映画コラムを書いたり、ワイドショーでよく流れる新作映画の舞台挨拶の司会などもやっている。そんな経緯から、10年前からドラマ「ケイゾク」「トリック」「SPEC」シリーズ、映画「20世紀少年」「イニシエーション・ラブ」などを生み出した堤幸彦監督(この11月には「あいち航空ミュージアム」名誉館長就任!)とは何度も舞台挨拶を担当させてもらっていた。

『メルシィ、Wine!』撮影風景。右が堤幸彦監督

『メルシィ、Wine!』撮影風景。右が堤幸彦監督

 「昨年、未完成映画予告編大賞という企画に応募したところ最終選考まで残ったんですけど、審査員のお一人が堤監督でした。そのときに役者をやっているという話を初めてして、豊橋での映画祭がきっかけで資料映像を見せてよとおっしゃってくださって。『カントリーロード石巻・牡鹿半島』やワインの芝居のダイジェスト映像を見てくださった。そんな経緯があって、ワインの芝居を映像にしたいんですというご相談をしたら、堤組の皆さんで撮影してくださることになったんです。もう奇跡、です。そしてまず3話分を撮ってくださった。私の世界観をすごく大切にして、それでいながら堤監督の笑いのセンスもところどころ散りばめられた、映像として楽しめるような仕上がりにしてくださいました。音楽も映画「マイ・バック・ページ」、映画「婚前特急」などを手がけてきた音楽家きだしゅんすけさんが全部の曲を書き下ろして、全部の楽器を弾いてレコーディングしてくださった。もう、ただただ感謝しかありません。しかも堤監督からは続けてくれなきゃ応援できないでしょと言っていただいて、だからまた新作をがんばって作りたいと思っています」

 『メルシィ、Wine!』の映像はまだどのように公開するか具体的には決まっていない。11月初旬、東京と大阪で完成披露は大好評だった。もちろんそれもワインの飲める会場で行った。

 堤監督はこんな言葉を寄せている。「久々に一人芝居に笑った。そして、染みた。とにかくmicさん演じる一人ずつの中身が濃い。でも印象がからっとしてる。なんなんだ。ピロシキかっ! 更にヤバイのは、何度も見たくなること。なぜだ。きっとそれは1980年代からずっと私達が創りたかった〈オンナの造形〉だからか。すごい才能だ。micさん、恐るべし!」


 また、12月の公演に先駆け、“新作醸造”のために新潟のワイナリー、フェルミエで取材をし、ワイナリーの仕事も経験させてもらった。何か新たなものをつかもうとしているmicは、大げさかもしれないけれど、いつか自分の物語を込めたワインの物語を作ろうとしているように見える。

《mic》俳優。自ら脚本・演出・出演を手がけ数々のひとり芝居を上演。「猫の路地裏ブロードウェイ」シリーズをはじめ、ノンフィクション・ヒューマンドラマなどさまざまなテーマに挑む。2011年に上演した『カントリーロード石巻・牡鹿半島』がメディアに取り上げられ話題を呼ぶ。一人芝居のほか、6名の役者を集めたコメディ公演をプロデュース、脚本・演出も担当。来年1月には桃井章作・演出『壁(仮)』に主演。利重剛監督Life works「ともだち」、中村真有監督「午後の公園」、ドラマ「白鳥麗子でございます!」などにも出演。

 
公演情報
猫の路地裏ブロードウェイ
mic ひとり芝居コメディ vol.3『メルシィ、Wine!』

 
■企画・作・演出:mic
 
《TOKYO》
■日時:2017年12月2日 (土) ~12月4日(月)
■会場:cafe carat カフェ キャラット(目黒区上目黒1-18-6 NMビル B1F)
■開演時間:2日19:30、3日13:00 / 18:30、4日20:00
※猫の路地裏ブロードウェイ mic ひとり芝居コメディ vol.3『メルシィ、Wine!』は予定されていた、12月3日18:30の回が主催者の都合により中止になりました。ご注意ください。

 
《OSAKA》
■2017年12月9日(土)
■会場:ミリバール(大阪市西区立売堀1-12-17 アートニクスビル 1F)
■開演時間:13:30 / 19:00

 
料金:
昼の部4,000円+1,000円(1ドリンクと選べるランチプレート付)
夜の部4,000円+2,000円(1ドリンクと選べるフード付き)
※+1000円でドリンクを劇中登場するワイン3種セットへ変更可
■問合せ:猫の路地裏ブロードウェイ merciwaine.mic@gmai.com
※予約の場合は、人数と日時と氏名、メールアドレス、電話番号を明記
mic公式サイト  http://www.kazumic.com/
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