ハナレグミ『SHINJITERU』派手さや自我とは一切無縁なシンプルな言葉とメロディーの凄み
ハナレグミ 撮影=森好弘
インタビュー中、「絶好調」という言葉も聴けたように、ハナレグミこと永積崇は最新アルバム『SHINJITERU』で、“何かから抜けだした”という事が確実に伝わってくる。その予兆は、是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』主題歌でもある、去年発表されたシングル「深呼吸」から既にあった。駄目な主人公に自分を自然に照らし合わせる事で出来たという楽曲は、聴く側も自然に自分を照らし合わせてしまう不思議な楽曲。派手さがあるわけでなく、我を出しているわけでもなく、ただ寄り添うようにいてくれる。囁くようにアカペラで冒頭歌われるオープニングナンバー「線画」を始め、どの楽曲も無理をしていない。が、しっかりと未来を見据えて生きているから、より素晴らしいし、だからこそ信じる事が出来る。普段、日常生活で無理を強いられる事が多いからこそ、聴く人は惹きこまれるのだろう。「このアルバムは、たくさん話したい事がある」とインタビュー前に明かしてくれたが、その通り、心の内を全て話してくれた。まずは、その言葉を浴びて欲しい。そして、『SHINJITERU』を聴いて頂きたい。
ハナレグミ 撮影=森好弘
――今日は宜しくお願いします。
(ライターの録音機を観ながら)あっ、カセットレコーダーなんだね。今回、「消磁器」(アルバム収録曲)をカセットレコーダーの、SONYのデンスケで録ってて、メタルテープの凄さを改めて実感したね。
――あの曲、カセットレコーダーで録っていたんですね。とにかく全体的に調子の良さが伝わる素晴らしいアルバムです。
絶好調だったね。「消磁器」の話もそうだし、今回の『SHINJITERU』と繋がるけど、やっぱアナログの方が温かいというのは、理由はわからないけど感じているわけじゃない? 言葉になる前の感情やその手前にある時間を大切にするのが、信じるという言葉の本質だと思っていて。今、物凄い結果が出るのが早い時代だし、SNSを見ていても関係性が出来るのも早い時代。たくさんの時間が短く早くなってるから、それに若い子たちは当たり前になっている。もちろん新しい感覚も生まれるけど、果たして耐えられる早さなのかなって? 夢のある時間だったら良いなって。本来は時間をかけて、やっと一言に重みが出るというのをやっていたのが、今は段々無くなってきて。だから事故も多いし、傷つくしね。たくさんの事を手にしてる気になれる時代だけど、その分、選択肢を少なくされてる気もするし。小さい箱に入れられている感覚というか。
ハナレグミ 撮影=森好弘
――以前、インタビューの時に東日本大震災以降、音楽を辞める事も考えたとおっしゃっていて。今回のアルバムを聴いた時に、完全にそういう状態から抜け出されたと思ったんですね。前回のアルバムも、そこから抜け出している感じはしていたんですが。
そうだね。もう1回ゼロ地点に立った気がする。前作時に2枚組にしようかという話もあったんだけど、やはり重くなるから2枚に分けたんだよね。前作が何かの出口としたら、今作は何かの入口かな。背中合わせなんだけど。未来に向かって扉を開いてる感じかな。『SHINJITERU』は、未来に向かってる言葉だしね。目の前より、これからやってくるものを信じてるという言葉だから。さっき言ってた「消磁器」って実際にある器械の名前で、文字通り磁気を消す器械なんだけど、テープレコーダーのヘッドに溜まってしまう磁気を時々この消磁器で消してあげないと、ノイズが乗ってしまったりうまく録音できなくなってしまう。ずーっと音楽をやっていくと、ハナレグミの殻を被ってると感じる時があって。元々、SUPER BUTTER DOGじゃ収まらない真っさらの自分がいて、それを発信するためにハナレグミを始めて。でも長年やっていくと、ハナレグミを勝手に演じようとしている。生きていく上で出逢ったり別れたりがあって、定期的にクリーニングしないと次のモノが入ってこないし、次へと抜けられない。「消磁器」は、そういうものを手放すという意味があるかな。だから、ブックレットに歌詞を載せていない。こういう言葉は留めない方がいいし。ライブが好きなのは、その瞬間その瞬間で終わるからで。ひとひらの言葉が残る感じとか、少ない断片が美しいし、自然だなって。今、何でも確認できちゃうからこそ、残像になる方が新鮮。
――楽曲単位で言うと、「深呼吸」が凄く好きなんですね。是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』の主題歌でしたが、この楽曲も永積さんが次へと抜け出して絶好調になった大きな要因だと思うのですが。
凄い大きかったですね。「何で、僕にオファーしてくれたんだろう?」と思った時に、自分と映画の主人公の篠田良多と重なる事が多くて。良多のダメな部分であったり、母親がかける言葉だったり。生まれも近いし、日本の大概の景色はああいう感じだしね。団地があって、俺らの時は新しかったけど、それが今や古くなってる感じとか。あの映画が凄いのは、どこにでも見かける家族の営みが流れている事。答えがある訳でもなく、出逢いや手放していくものを切り取っている。色々、自分と照らし合わせられた。どういう歌詞を書けばいいかと思ったけど、想いをぶつけるだけじゃなく、聴き手が同じものを感じたり、透けて見えるもの、そういうメッセージでいいのかなって。『家族の風景』も、そういうメッセージがあった様に思うんです。自分と照らし合わせたというような感想は、よく言われたので。本当に『深呼吸』の事は、良いと言ってくれる人は多いですね。
――「深呼吸」に《ぼくがぼくを信じれない時も 君だけはぼくのこと 信じてくれていた》という歌詞があるのですが、ふと『SHINJITERU』というアルバムタイトルに繋がっているのかなと思いまして。
あっ、そうなんですよね。「ブルーベリーガム」(アルバム収録曲)にも《この僕の何を信じてくれたの》という歌詞もあるんですよ。でも、歌詞から拾った訳でなく、自然に重ねていたんだなと。後から結構言ってるなと思いました。言ってる意味も人を繋ぎとめる為の信じてるではなく、当たり前の様に享受するものというか。「あんたの事を信じているから」といった束縛の強さではないんですよ。もっともっとみんなを受け入れるタイトルにしたいので、全国に配りたいという感じですね。この言葉を色々なところに置きたいというか。「ハナレグミです」という事よりも『SHINJITERU』という言葉を、置ける側の立場にいれて良かったなって。
ハナレグミ 撮影=森好弘
――アルバムのジャケットが紙ジャケットなんですが、それも温もりがあって素晴らしいと想いました。
角田純さんの線画の作品集『SOUND AND VISION』に感動して、お願いしたんです。アトリエまで作品を見せていただきに行ったんですよ、作家さんとやった事なかったし、感銘受けた作品が、どのように生まれたかも聴いてみたくて。言葉で説明するというより、触れる形にしたくて、紙ジャケットに凹凸のあるエンボス加工でアートワークを施してもらいました。このジャケットが、今回のアルバムを集約しているように思っています。線って、たくさんのものが込められているから。
――確かにシンプルですよね。音自体もシンプルなアルバムだなと。
今回、できるだけ音数を抜きたかったんです。巻き込んで説得するような音にしたくなくて。競い合う「私が、私が!」の音が多くて、派手派手合戦というか……、そういうのではなくて、少ない言葉、少ないメロディーにしたかったんです。昔のフォークソングもそうだし。よく知ってる手触りのモノなんだけど、どこか幻想的な非現実のゆらめきがある感じにしたくて。一時期、旅している時もあったけど、どこに行っても辿り着かない気がして。「わぁ~」って楽しい時もあったけど、今知りたいのは、どこかに旅に行くのではなく、自分の中なのかなと。だから、しばらく旅をするのを止めたんです。もちろん楽しい事に色めきたつ事も好きだし、この先もやるだろうけど、今このタイミングでは細いけど骨のあるモノを晒すというか。歌い方も意識して、レコーディングも時間かけたし、この言葉は、どういう熱量なのかとかも考えたね。でも、歌に入りすぎるとウェットになるから気を付けたり。そして、最後は全部肯定したいので、そこに向かいたかった。少ない言葉で色がのってきて、物語になるのが好きで。それで受け取り側も自由になって欲しい。ライブだと解放されやすいけど、CDだと密室で留まるので、どういう風に受け止めてくれるかを深めて考えないといけなくて。僕だけで終わってはいけないので、そこを凄く気を付けたし、やっとそういうCDが残せるようになった。
――今、永積さんから“ゆらめき”という言葉が出てきて、凄く引っかかったんですね。フィッシュマンズの「ゆらめき IN THE AIR」という楽曲を想い出したんです。
僕、このアルバムが出来て佐藤伸治さん(フィッシュマンズ・ボーカル ‘99年3月に33歳の若さで亡くなる)の事を想い出して。今回の歌詞の書き方は、影響されていたかも知れない。佐藤さんはプロレスが好きだからイベントタイトルに『闘魂』とか男っぽい言葉を付けるけど、音楽は真逆で……。自分の熱さを出す為に、拳をあげるのではなくて、拳を想像させることをしていたのかなって。いかに抜いて抜いて、静かでいられるかというか。そして、そこで立ち上がっていく熱さ。凄く日本人向きのファンタジーだなって。「深呼吸」でも《あと一歩だけまえに》で歌詞を止めたんだよね。「あと一歩だけまえに進もう」まで言うと、こっちの拳が上がっちゃう感じになるので。映画でも最後、良多は変わろうとするけど、あの先もしかしたら良多は変わらないかも知れない。《あと一歩だけまえに》の後の歌詞も毎回、聴き手が入れていくものかなって。僕は、あそこまでしか言えないというか。言い切っちゃうと、ある瞬間は側に入れるけど、いずれ別れが来そうな気がする。メッセージじゃなくて、言葉の向こう側に自分を見つけてもらう事が揺るぎないメッセージなので。それぞれ指針は自分の中にあって、その上で重ねられる瞬間を作るのが好きなんだよね。
――他のインタビューで、来年から何かが変わりそうな気がするという事をおっしゃっていて気になっているんですが。
何の根拠も理由も無いんだけどね(笑)。曲も無くて、何にも無いんだけど。でも、始まりは感じていて。頭で考えている事はあるけど、それを口にしちゃうと消えちゃう気がして。魔法が消えるというか。だから、先の事まで考えているけど、今は言語化しないようにしている。
――拓けた未来の話も聴けて嬉しかったです。本当にありがとうございました。
ハナレグミ 撮影=森好弘
取材・文=鈴木淳史 撮影=森好弘
11月26日(日)
<大阪公演>“Thank You Sold Out!”
会場:オリックス劇場
開場:17:30 開演:18:00
12月6日(水)
<東京公演>“Thank You Sold Out!”
会場:国際フォーラム ホールA
開場:18:00 開演:19:00
品番:VICL-64847 価格:3,000円(+税)
※初回生産分のみ紙ジャケット仕様
《収録曲》
01. 線画(作詞作曲:永積 崇)
02. ブルーベリーガム(作詞:永積 崇/作曲:堀込泰行)
03. 君に星が降る(作詞:竹中直人/作曲:坂本龍一)
04. 深呼吸(作詞作曲:永積 崇)映画「海よりもまだ深く」主題歌
05. My California(作詞:阿部芙蓉美/作曲:永積 崇)
06. ののちゃん(作詞作曲:永積 崇)
07. 消磁器(作詞作曲:永積 崇)
08. 秘密のランデブー(作詞:かせきさいだぁ/作曲:沖 祐市)
09. Primal Dancer(作詞:阿部芙蓉美/作曲:永積 崇)
10. 太陽の月(作詞作曲:永積 崇)
11. YES YOU YES ME(作詞:永積 崇・阿部芙蓉美/作曲:阿部芙蓉美・永積 崇・YOSSY)