『特別展 人体 神秘への挑戦』記者発表会レポート ダ・ヴィンチ&アインシュタインの資料や最新研究から人体の謎に迫る
発表会ではスライドを交えて本展のコンセプトなどが説明された
国立科学博物館で2018年3月13日(火)~6月17日(日)に開催されることが決定した『特別展 人体 神秘への挑戦』。11月30日にその記者発表会が行われ、展示テーマや詳細内容が紹介された。ここでは、その内容をわかりやすくレポートしていく。
本展は、NHKで9月から来年3月まで全8回に渡って放送されているテレビ番組『NHKスペシャル 人体』と連動した企画だ。タレントのタモリとノーベル賞学者の山中伸弥の両者を司会に迎えたことでも話題のテレビ番組は既に第2回まで放送され、人体に関する新たな知見の数々が大きく反響を呼んでいる。最新の電子顕微鏡やCGを駆使した映像はこの番組の見どころであるが、展覧会でも4Kの超高精細映像で、神秘的な体内の世界が見られる予定になっている。
記者発表会に登壇した、国立科学博物館の篠田謙一副館長(兼 人類研究部長・右)、同館の山田 格 名誉研究員、『NHKスペシャル 人体』の浅井健博チーフ・プロデューサー
心臓と腎臓が直接おしゃべりしてる? 「人体の巨大ネットワーク」とは
ここ20年ほどで見つかった人体研究の新たな潮流、および本展を見るのにまず押さえておきたいポイントは、「人体の巨大ネットワーク」があるということだ。これをわかりやすく説明すると、一昔前までは、人体は脳が全身を司って成り立っているものと考えられてきたが、主に21世紀以降の研究が進んだ説によれば、我々の体の中では臓器と臓器がコミュニケーションし、脳を介さず直接“おしゃべり”することによって、我々の命は支えられているのだという。例えば、心臓が「苦しい」というつぶやきを腎臓が聞いて血圧を下げ、腎臓が「酸素が欲しい」というつぶやきに骨が血液を使って答える……という具合だ。
「今まで私たちは、人体とは中枢神経系の一元的な支配によるもので、脳が体を支配していると考えていたのですが、最新の人体の見方はそうでもないということがわかってきました。この展覧会では『人体の巨大ネットワーク』という最先端の人体像を紹介していきますが、そこでおそらく浮かんでくるのは、『人体の理解とは将来的にどこへ向かっていくのか』ということになると思います。それを考えるにあたって、そもそも今まで人はどのように人体を理解してきたのかという、その歴史を振り返って将来的な人体への考え方を見通したいというのが、本展の最初のコンセプトでした」
本展監修者の一人である、国立科学博物館の篠田謙一副館長(兼 人類研究部長)は、発表会の席で本展の狙いをそのように述べ、加えて、心臓の右心房・左心房の構造などを例に挙げ、人体を理解するための基礎となる「機能的な説明」「進化的な説明」「発生からみた説明」という3つの制約について解説をおこなった。
ダ・ヴィンチから始まる現代へ続く解剖学へのアプローチ
篠田氏が語るように、本展では「人体の巨大ネットワーク」という最先端の説を踏まえつつ、改めて人体研究の歴史を概観していく。まずは現代の解剖学へと続く人体研究の大きな分岐点となったイタリア・ルネサンス期(14世紀~15世紀)ごろの歴史を解説。その第一歩として、『モナリザ』や『最後の晩餐』といった名画の作者でありつつ、『ウィトルウィウス的人体図』など数々の人体図・解剖図を残したことでも知られるレオナルド・ダ・ヴィンチの足跡を数々の資料で知ることになる。
「ダ・ヴィンチは医者でも解剖学者でもありませんが、ある種のスーパーマン的な巨人。おそらく最初のモチベーションは絵を描くために人体の中を見てみたくなったのだろうと思いますが、実際に解剖して中を見てみてしまうといろんなことを考えたわけです。例えば、心臓の中にある流れを見つけて『心臓はどのようにコントロールされているのか』と考えるなど、さまざまな思いが巡った。それは、レオナルドのような知的好奇心の強い人なら当然のことだったのでしょう」
発表会の席でそう述べたのは、同じく監修者の一人で、国立科学博物館の山田 格名誉研究員。本展には英国・ウィンザー城が所蔵するダ・ヴィンチの『解剖手稿』が来日予定といい、自ら解剖を行うことで人体をより精細に描こうとした、彼の情熱の一端に触れる。
アンドレアス・ヴェサリウス『ファブリカ』 ファクシミリ版 1964 年より ※本展には 1543 年発行の初版本 (広島経済大学所蔵)が展示されます。
また、ダ・ヴィンチが芸術のために人体解剖に興味を持った一方で、今日の解剖学に先鞭をつけたのは、同じイタリアのパドヴァで17世紀に活躍した学者、アンドレアス・ヴェサリウスだったと山田氏は述べる。
「ヴェザリウスはおそらく自分で解剖をして、それを観察し、記録して医学を志す人にガイドラインとして伝えようとした。彼は一部に迷信や想像を含んでいた古い医学に対して、自分が人体を解剖して証明したものをいろいろな形で表現した。そして、それをやっていくうちにどんどん次の新しい疑問が生じていくことになったのです。さらにヴェザリウスに刺激を受けて、同じくパドヴァで研究した人物、例えばウィリアム・ハーヴェイが血液循環の発見をするなど、次から次へと学問の発展を果たしていったのです」
ヴェザリウスについては、彼が著した革命的な解剖図譜『ファブリカ』の初版本(広島経済大学所蔵)が展示される。さらにヴェザリウスとほぼ同時代にオランダで毛細血管の観察に力を注いだアントニ・ファン・レーウェンフックの顕微鏡が、同国・ライデンのブールハーフェ博物館から来日する予定だ。
アインシュタインの脳皮質を展示。そして最新研究へ
このダ・ヴィンチとヴェザリウスの足跡を辿る第1章「人類研究のパイオニアの足跡」に続いて、第2章「人を人たらしているもの」では、主に19世紀に飛躍的に研究が進んだ脳の構造について解説。ここではアインシュタインの大脳皮質の切片が大きな見どころ。不世出の天才科学者の脳には、普通のヒトに比べて部位によって特異な部分が見られたという論文もあるといい、そうした謎についても見逃せない。
そして、テレビ番組と連動した人体研究の最新知見を知ることができるのが、第3章の「21世紀の人体研究」だ。ここでは、体内で起こる現象を分子・原子レベルで研究できる現代だからこそわかり得た人体実験の新たなアプローチ「人体の巨大ネットワーク」について見ていくことになる。
腎臓の糸球体 ©甲賀大輔・旭川医科大学/ 日立ハイテクノロジーズ/NHK
精巣の精細管 ©甲賀大輔・旭川医科大学/NHK
「番組の中では歴史的なことにはあまり紹介できていないのですが、この人体展で歴史的な軸を知ることで、番組の中で述べていることの立ち位置がどこにあるのかを知っていただけると思います。取材で集めた情報や映像の中で、時間の都合もあって番組ではご紹介できないものもたくさんあり、今回の人体展ではそのうちから3Dコンテンツなどを用い、小さなお子さんも含めて体感していただけるような仕掛けも用意しています。展覧会とうまくリンクして、蓄積してきたものをしっかりお見せできるようにしたいです」
『NHKスペシャル 人体』の浅井健博チーフ・プロデューサーは、発表会の壇上でそう述べた。
登壇したNHKの浅井健博チーフ・プロデューサー
そのほか、展示の中では、ヒトの器官と哺乳類を中心とする他の動物の器官とを対比させ、比較解剖学の視点から人体の成り立ちを考察。また、19世紀に教育用として作られた紙粘土製の精密人体模型で、日本にはわずか4体しか現存しないという「キンストレーキ」も展示される予定だ。
「キンストレーキ」(男性)19 世紀 金沢大学医学部記念館所蔵
同館で人体展が行われるのは33年ぶりのこと。人体というのは我々に最も身近な存在でありながら、そこにはとても深くてたくさんの謎があふれている。今回はテレビ番組との連動企画なので、テレビを見てから展覧会に行けば、さらに理解が深まるはずだ。タモリ司会の『NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク』第3集の放送は2018年1月7日(日)21時15分~の予定。本展に興味のある人は、ひと足早く人体の世界に没頭してみてはいかがだろう。
会期:2018年3月13日(火)〜6月17日(日)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
休館日:月曜日(3月26日、4月2日、4月30日、6月11日は開館)
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は閉館時刻の30分前まで。金曜日、土曜日は午後8時まで。
4月29日・30日、5月3日は午後8時まで。5月1日・2日・6日は午後6時まで)
入館料:一般・大学生1600円、小・中・高校生600円
公式サイト:http://jintai2018.jp