ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』に、プラダのアートミュージアム イタリア・ミラノの美術探訪【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.10 遠山昇司(映画監督)
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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、映画監督の遠山昇司さんが、映画祭の折に訪れたイタリア・ミラノの美術館と、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』について語ってくださっています。
10月下旬、私の監督作品『冬の蝶』がノミネートされた映画祭へ出席するために、イタリアへ向かいました。地中海性気候に属するイタリアの空は、雲ひとつなく、心地いい日差しと穏やかな風が吹く中で、日本とは異なるゆっくりとした時間が流れていました。
映画祭の授賞式を終えると、私は、ミラノへ電車で向かいました。ミラノ中央駅に到着すると、アールデコ調の装飾がまず目に入ってきます。
まるで博物館のような、重厚で華やかな佇まい。思わず立ち止まり見上げてしまうミラノ中央駅は、芸術の都・ミラノの入り口に相応しい美しさ。心が躍る。
さて、どんな出会いが待ち受けているのでしょうか。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』へ
ミラノでの仕事を終えると、早速、街へ繰り出しました。
出張先の空き時間には、必ず滞在している街の美術館へ向かうことにしています。その土地でしか鑑賞できない作品と接する中で、その街と国の歴史や生活、そして感性が少しずつ自分の中へ入り込んでくる感覚が生まれてくると思います。
最初に向かったのは、見学予約をしていたレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』。ミラノで最も有名な作品と言っても過言ではない『最後の晩餐』は、世界遺産のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に収蔵されています。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
今から500年以上前の1495年から1498年にかけて、ルネサンス期の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された、キリストと12人の弟子を描いた作品。
受付に向かい、見学時間まで待合所で待機したら、30人ぐらいの見学者と一緒に、いよいよ『最後の晩餐』が描かれている教会内の食堂へと向かいます。食堂内に入ると、壁を覆うように巨大な壁画が静かに現れました。
イエス・キリストを囲む、12人の弟子たち。この中の誰かひとりが、これからイエスを裏切ることになる。
彼らの表情を一人ひとり、ゆっくりと眺めていると、何か大きな物語の中へ沈み込んでいくような感覚になっていきました。劇的な瞬間が描かれていながらも、とても静かな時間が流れていきます。
『最後の晩餐』を見上げる鑑賞者たちの背中。たまに聞こえてくる鑑賞者の小さな足音が、この場の空気を静かに振動させ、空間の中で反響し、広がっていきます。15分間という見学時間は、今を生きる自分自身の時と大きな物語の時が重なり、まさに『最後の晩餐』の奥行きとして私の中を通り抜けていきました。
500年前から現代へ
プラダのアート・ミュージアム「Fondazione Prada – Milano」
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を鑑賞した私は、地下鉄に乗って、ミラノ市内南部の倉庫・工場が立ち並ぶ、ラルゴ・イザルコという地区へと向かうことにしました。次に向かう場所は、2015年にオープンしたばかりのプラダ財団(Fondazione Prada)が運営する新たなアート施設「Fondazione Prada – Milano」。
最寄駅に到着すると、どこまでも続くように見える線路が、まず目に入ってきました。『最後の晩餐』を鑑賞したサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の地区とは打って変わって、やや殺伐とした雰囲気が漂う界隈。本当にこの先にプラダのアート・ミュージアムがあるのだろうか。そんなことを考えながら、でも、少しワクワクしながら、線路沿いの道を歩いて向かいました。
15分ほど、歩いたでしょうか。
すると、不思議な雰囲気を醸し出す建物が現れました。建物の外壁には、「Fondazione Prada」という文字。敷地内に入っていくと、金色の建物が現れました。
美術館でありながら、大規模な複合施設であるこの「Fondazione Prada – Milano」は、元々1910年代に建造された蒸留所を改築し、7つの既存の建物と3つの新しい建物を組み合わせた会場によって構成されている、広大なスペース。かつての蒸留所の雰囲気と、現代的な研ぎ澄まされた美しい佇まいが融合したこの施設には、まず、建築的な見応えがあります。
ちょうど、開催中だった4つの展示を見てまわることにしました。
社会的なテーマの作品からポップな作品、そしてエキセントリックな作品まで様々なジャンルが混在しつつも、美しく配置された空間。刺激と発見が目まぐるしく私の中をかき回し、静かな興奮に満たされていきました。
現代アートには、今の社会や世界の映し鏡としての一面もありますが、作品を通して、私たちは、ひとつではない多様な答えを見つけていくことができます。それは、もしかしたら、自分が知らなかった「戸惑い」との出会いなのかもしれません。
アートは、時に私たちを戸惑わせてくれます。そんな作品に出会った時、あなたは、知らなかった世界とその瞬間、出会っています。作品にだけではなく、様々な文化や歴史、そして人への理解は、「戸惑い」の後すぐに訪れるものではないかもしれません。それでも、出会った瞬間、あなたの中できっと静かに生まれています。
作品を鑑賞した後、私は敷地内のベンチに座り、目の前に広がる風景をゆっくりと眺めました。
500年前のダ・ヴィンチの『最後の晩餐』と、今しがた鑑賞した現代アート作品がゆっくりと時を越えて、混ざり合っていく。
頭の上で葉っぱが少しだけ動いていて、遠くから鐘の鳴る音が聞こえてきて、なんだか美しいなと思えました。