サンプル・松井周が、伊藤キムにひとめぼれ

インタビュー
2015.10.5
松井 周 撮影:平岩 享

松井 周 撮影:平岩 享

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夫婦、兄弟、はたまた…変容する関係性の向こうにーー

松井周率いるサンプルの新作に、なぜかダンサーの伊藤キムがいる。なんだかゾクゾクする違和感だ。「現代口語演劇」を掲げる青年団で俳優として活動し、2007年に「サンプル」を旗揚げ。一般的な価値観を反転させ、人間関係やコミュニケーションについての幻想を打ち砕いた虚無的な世界を描いてきた松井。でも、なんだか、ふつふつと新たに湧き出すものがあるようでーー。

ーー『離陸』は、サンプルとしては珍しい少人数の芝居であり、松井さんが役者として出演すること、ダンサーの伊藤キムさんが出演するなど気になる作品です。
 
 『離陸』は兄と兄嫁と弟という三角関係がテーマです。夏目漱石の小説『行人(こうじん)』の枠組みを借りています。あれも、兄と兄嫁と弟の三角関係で、やがて兄がおかしくなっていくという話。ただ、『行人』は、彼らがどういう収入で食っているかわからないので、そこを少し現実的に。生計は兄が立て、兄嫁は介護をしつつくすぶっていて、弟はニートでちょっとぐらっと来たという設定にしています。妻への不信感から兄は弟に「妻と二人で一泊してきてほしい」、でも「その間に起きたことを逐一報告するように」と言い出すんです。
 
ーー松井さんの好きそうな設定です(笑)。

 そうですね(笑)。2004年に書いた『通過』がまさにそういう話で、母を介護している夫婦のもとに兄がふらっと帰ってきてめちゃくちゃにしていく、『離陸』を書きながら原点に帰っていくのかなって思いましたね。

 サンプルの作品はその場にあるものから考えるんです。空間とかセット、小道具などから物語を発見していく。そして俳優それぞれが好き勝手にプレイをして周りを巻き込む、という作り方が多かった。でも今回は、シンプルに人間関係のぶつかり合いから起きる化学変化によって何が生まれるかを試してみたかったんです。自分が見えている現実を相手に押し付けていく、あるいは誰かの妄想を押し付けられて演じていくのは、現実があまりにも妄想染みていたり、言葉で誰かをまとめてしまう傾向がありすぎて、僕があえてやらなくてもいいのかなって。

 例えば「ネトウヨ」や「きずな」とか、たった一言のキャッチコピーでまとめてしまうようなことが氾濫していて、プレイの全面化というか、誰もがわかりやすいプレイに乗っかっていくことが多い。なんなんでしょうね? だからそこを追求しても、そこから逃れていくような新しいことはできない気がして、人と話す時、人と衝突を起こす時に言葉と身体、そこで生まれる人間関係を丁寧に追ったほうが面白いかもしれないと。KAATで演出した『蒲団と達磨』も同じ流れにあるんです。なるべく小さなことを丹念に作る、ということをやった。だから今、僕は会話劇に興味があるのかもしれません。
 
ーーそこにチャレンジしようと思った時に、ダンサーの伊藤キムさんに必要性を感じたところがユニークですよね。

 サンプルでは「世界を着せ替えるワークショップ」を年に1回やっていまして。それは1週間で演出、演技、舞台美術、照明、音響、制作、宣伝美術などを一気に詰め込んだものなんですけど、なぜかキムさんがいくつか続けて受講されていたんですよ。このワークショップは、参加者はもちろん演劇関係の方が多いけれど、専門性のある具体的なことはやらず、「音って何?」「光って何?」というところから始めて、自分のセンサーを研ぎ澄ますみたいな感じなんです。(制作の三好さん曰く「照明のワークショップなのに暗闇の中で、アイマスクをして口の中に何か物を入れて、それが何色かって聞かれるんですよ。あるいは、見た絵葉書をどんな温度だと思いますか、とか。全部のスイッチを切り替えていく作業をするんで、生まれ直しみたいな感じ」だとか)。

 決め手は、僕のワークショップで発表会をやるんですけど、キムさんが死体安置所のようなところで、マニアに死体を売る仕事のバイヤーを演じたんですよ。たくさんのテーブルが並んでいて、もちろんエアですが、そこにある死体のどこがすごいかをお客さんに説明する手つきや佇まいが完璧で、空間と自分の居方がすごくフィットしていた。その場で、すぐにキムさんとやりたいと三好に伝えたんですよ。
 
「離陸」 撮影:中島伸二

「離陸」 撮影:中島伸二

 
ーー稲継美保さんはどういう女優さんですか?

 サンプルへは2回出ていただいているんですけど、もともとは僕が東京藝術大学で教えていた時の学生さんです。身体が動くから矢内原美邦さんのカンパニーやチェルフィッチュに出たり、一方で、新劇的な芝居もできる。そういう意味では、僕とキムさんをつなぐ役としてぴったりだと思いました。技をかけられて、相手の魅力を引き出すプロレスラーみたいな女優さんです。

 キムさんも、稲継さんも自分で考える俳優なんですよ。どうやったら面白くなるかを、常にあるものの中で試していける。僕が持っている文法ではない、例えばリアリズムではない身体の動きも取り入れているんですけど、そうすると空間がゆがんだりという面白いことが起きたりしています。
 
ーー作り方もこれまでと違ってきているわけですね?

 エチュードで作った部分が結構ありますね。僕が演出として外から見た何かというよりも、役者として中に入って会話をしていくことでルールを外れられない。僕は今までルールを外して作っていく部分がありましたので。そういう意味ではやりやすかったんですけど、タイトルを『離陸』とつけているくらいですから、飛躍させる部分をどうするか悩みました。普通の会話がどんどん続くから、そこから人間関係が変わっていく時に、飛躍が必要だったので。

 キムさんの演じる兄は性的欲望や恋愛感情を誰にも抱かないという設定。それが難しすぎて、普通に会話しているだけだと見えにくい。誰かがタッチして強引な局面に持っていくようなエチュードで作るのも難しい。そこは補強するように書きながらだんだんそういう方向にいくみたいな感じでしたね。おかげで日常の会話をしながら少しずつずれていくという世界がうまくできつつあると思います。
 
ーー改めて、今、こういう世界を描きたかったわけを教えてください。

 ある種の固定化された関係、レッテルを貼られて、その関係を演じ続けなければいけないということに窮屈さがあって、じゃあ全然違うプレイ、夫婦だったものが親子になったり、男と女という関係もセクシャリティーがこれだけ多様化している時代だから、枠を崩してもいいのではないかと思うんです。

 枠を崩すことには不安もある。だったら自分たちで新しい言葉で呼び合う関係を作っていくような、新しい言葉で関係を捉え直すようなことはできないだろうかと。周りからあの人たち何?と言われようとも、今までの価値観になかった関係だけれど、自分たちの中ではオッケーであればといいと思うんです。そこまでいかないとしても、自分たちがこうだと思っている関係を疑うとか、マッサージのようにほぐしていくようにこの作品が受け入れられたらなと。決してエログロの変態ではなく、関係が変化していく“変態”として伝わればいいですね。
 
新潟県十日町で行われた大地の芸術祭では、「上郷クローブ座」という劇場作りにかかわるなど、刺激的な経験をしてきたとか。松井さんの中で、いろいろ変わってきた演劇についてお話は、また今度。
 
まつい・しゅう
1996年に平田オリザ率いる「青年団」に入団。その後、作家・演出家としても活動をはじめ、青年団若手自主企画公演『通過』で2004年に日本劇作家協会新人戯曲賞入賞。2007年の『カロリーの消費』の際に「サンプル」を旗揚げし、青年団から独立。『自慢の息子』(2010年)で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。さいたまゴールド・シアター『聖地』(2010年)、新国立劇場『十九歳のジェイコブ』(2014年)など外部への脚本提供多数。小説家や俳優としても活躍している。
 
「離陸」 撮影:中島伸二

「離陸」 撮影:中島伸二

 
イベント情報
サンプル:16『離陸』

日時:2015年10月8日(木)〜18日(日)
会場:早稲田小劇場どらま館
作・演出:松井周
出演:伊藤キム(GERO) 稲継美保 松井周
料金:
10/8-11:前売2,800円/当日3,300円
10/13-18:前売3,000円/当日3,500円
学生2,000円/高校生以下1,000円(前売・当日共)※公演当日、受付にて要学生証提示
開演:8・13・14・16日19:00、9・15日14:00と19:00、10・11・17日14:00と18:00、18日14:00、12日休演
問合せ:劇団  Tel.090-2903-8363
公式サイト:http://samplenet.org/
 
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