新国立劇場バレエ団『ホフマン物語』~ホフマン役・菅野英男インタビュー「出せる気持ちは全て舞台に置いてきたい」
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撮影:鹿摩隆司
新国立劇場バレエ団は2018年2月9日から『ホフマン物語』を上演する。2015/2016シーズンのオープニングを飾ったこの作品は、スコティッシュ・バレエ団の元芸術監督にして振付家ピーター・ダレルが1972年に発表した作品。オッフェンバックの同名のオペラ(新国立劇場でも2/28~3/10に上演予定)をベースとしながら、詩人ホフマンが恋した4人の女性を巡って起こった奇譚を回想するというストーリーだ。
主役ホフマンを演じるのは前回に引き続き福岡雄大、井澤駿、そして菅野英男の3人だ。今回は菅野にこの作品の見どころなどを聞くことができた。
撮影:鹿摩隆司
■年代を演じる難しさとサポートの難しさ
――菅野さんは2度目のホフマン役となりますが、この作品に初めてふれた時、どのように感じましたか。
ストーリーは聞いていましたが、やってみてこれは難しいぞと。1人の人間が年齢を経ていく作品は、ホフマン以外にあまりありません。1人のダンサーが20代、30代、40代、50代という年齢を経て、またそれを演じ分けないとならない。
女性は1幕ごとに変わりますが、男性はプロローグとエピローグ、1幕から3幕まで出ずっぱり。しかも踊りも全幕に比べてサポートが多く、手を回す位置も独特で体力的にも難しいです。
――演技の面でも行間が広く、ホフマンというキャラクターもダンサーの解釈による部分が多いように感じました。
各幕のストーリーは決まっていて振付は指導の先生から教わりますが、1幕から2幕、2幕から3幕の繋ぎの部分は演じる側も、観るお客様もご自身の体験や、作品の時代背景といったものを考えながら観ていただかないとならない。
演じる側としては、2幕から3幕は心から愛したアントニアを結果的に死なせてしまい、そこから信仰の道に入るという流れが見えますが、1幕から2幕は悩みます。でもお客さんにぶつ切りに見えてもおかしいし、説明的なやり方になっても面白くない。どうやって自然に見てもらえるか、そこを考えていきたいと思います。
■20、30、40、50代の恋。初老のホフマンは心を50代に
撮影:鹿摩隆司
――それぞれの世代を演じるということで、20代、30代は実際に経験されていますが40代、50代というご自身のこれからの年齢はどうやって考え演じられたのでしょうか。
プロローグで気を付けたのは「動きをのろのろしすぎない」ということです。恋を何度も失い人間が信じられず、ステラが好きだけれど自分なんかでいいのかといったところをイメージしてやっていました。今までいろいろありすぎてもう疲れたよと(笑) もうステラが最後だと、という気持ちで挑みました。
――動きではなく、心を50代にすると。
はい。そういうことをイメージしていると、動きもなんだか年を取るんです(笑) 肉体的なものでなく、それまでの人生経験を考えることで、それが動きに出るのかなと。実際今、60代、70代の方も若い人は若いし、お元気です。そういう方々は気持ちが若いのだと思うんです。ちょうどよく見せるためには、僕らがイメージする50代では違ってしまう。
――先ほどの繋ぎの話や行間の話、心の50代化など、大原監督はこの作品で非常に難しい課題を男性ダンサーに託したなぁと思いました。ホフマンを演じる男性は1人とは言え、新国のプリンシパルなり主役を踊る男性ダンサーは、この課題をクリアしないとならないわけですね。
すっごく難しいですよ。でもこの作品を経験すると、ほかの作品のいろいろな演技に対してもとても自信がつくと思います。
――実際にホフマン役をやって演技に対する影響や、考え方が変わことなどはありましたか?
今までも自分の気持ちで踊りたい、と思っていましたが、さらにどういう見せ方がいいのかとか、それぞれの登場人物の思いなどをより意識するようになりました。僕はどちらかというと演技で見せた方がいいダンサーなのかなとも思います。役に気持ちが入らないと絶対にダメなんですよ。気持ちが入れないとほかのことも上手くいかず、テクニックで失敗しないかなとか、余分なことを考えてしまうんですが、気持ちが入れれば余計なことを考えずに、すんなり入って行けるんです。
■それぞれの女性に対するサポートの違い
撮影:鹿摩隆司
――ホフマンはそれぞれの幕で違った女性をパートナーとして踊りますが、サポートも難しいというお話でした。菅野さんのサポートは素晴らしいと定評ですが。
もともとソロを踊るより人と踊っていた方が楽しいので(笑)、 米沢さんからも「菅野さんは女性をきれいに見せてくれる。サポートが上手」と言ってもらってはいるんですが、僕自身はそこまで女性をきれいに見せているという意識はありません(笑)。
――え、そうですか? ニューイヤー・バレエの『シンフォニー・イン・C』ではやはり菅野さんのサポートは素晴らしい、という声をあちこちで聞きました。
ありがとうございます。女性がしっかりしたポジションにいられて、なおかつ自分もしっかり見えるというのを意識しているんです。結局一番お互いに一番やりやすいところに入ればそのように見えるのかな。だからホフマンは楽しいですね、3人の女性と物語を作りながら踊れるわけですから。
――4人の女性のうちステラとは踊りませんから、実際に踊るのは3人ですね。それぞれ癖もタイプも違い、頭の切り替えは大変なのでしょうか。
そういうことはないです。逆に相手に要求を聞きます。相手が誰だからこうしなきゃ、というのは意識したことはないですね。サポートに関しては女性に合わせるようにしているんです。極力女性のやりやすい方に持って行こうと。初回は打ち合わせができていないときはともかく、ぶつかることはあまりないです。
■悪魔は「恋の実らないホフマン」の具現化?
――『ホフマン物語』の登場人物として、常にホフマンの邪魔をする悪魔(リンドルフ/スパランツァーニ/ドクター・ミラクル/ダーパテュート)の存在があります。今回リンドルフ役の貝川鐵夫さんとは打ち合わせなどはされているんでしょうか?
特にしていないです。作品の中でもホフマンは彼の存在に気付いていないし、目の前に現れるときは毎回違う人物として現れるし。人間なのか悪魔なのか運命なのか……敢えて例えれば「悪魔」なのかもしれないし、ホフマンの「運命」なのかもしれない。思った人とどうしてもうまくいかない運命のシンボル、というのか。
――上手くいかない恋の象徴、ですか。
そうですね。彼の中に何か上手くいかないものがあって、それを具現化したものがリンドルフでありスパランツァーニであり、ドクター・ミラクルであったりダーパテュートなのかもしれないですね。
■哀しい役が似合う!? 前回は放心状態にも
撮影:鹿摩隆司
――踊られていて好きなシーンはありますか?
最後の幻想の4人が出てきて1人取り残されるところから最後までの流れの哀しいシーンが一番好きです。知り合いのダンサーに「菅野さんは哀しい役や苦悩する役、ほんとうに可哀想って思う役がすごく似合うよね」って言われたことがあるんです。どっちかというとそういう役が似合うらしいです(笑)。
――なんだか分かります(笑)。余韻というか、人の心に降らせる何かが染み込んでくる感じがするんですよね。
ありがとうございます。でもそういう気持ちをお客様に伝えたいと思っています。最後に「あ、この人可哀想」って思っていただければいいなと。
前回ホフマンを踊ったあと、しばらく楽屋でぼーっとしていました(笑)。各幕でいろいろな気持ちを出して、最後の大好きなシーンで思いっきり出し切ってきたのかな。自分では珍しいというか、毎回そこまでやり切れるかどうかはわかりませんが、でも毎回自分の気持ちは全部舞台において来ようと思っています。「白鳥の湖」などはファンタジー的なところもありますが、ホフマンは実際に人間の話ですし、こういった感情表現のできる作品はそうないですし。
――人として役に入っていきやすいんですね。今回のホフマンですが、前回からここをブラッシュアップしようと考えていることはありますか。
いえ、むしろあまり慣れ過ぎないようにしようと思います。新鮮さがなくなってしまいますから。前回は前回、今回は今回で、フレッシュな新鮮な感覚で、今回の自分は何を感じるかな、ということを大切にしながらやっていきたいです。
■バレエマスターとして「オール新国を見てほしい」
――今回は主演の合間にバレエマスターとしてのお仕事を?
今回は大原監督からも自分が主役を踊るんだからそれに徹しろと言われています。
――バレエ団にとってこの『ホフマン物語』はどういう作品でしょう。
若いときにこうした作品を通して、感情を表に出して踊るということを経験するのはいいことだと思います。指導者の方も言っていたのですが、コールドのペアにしても一組一組にドラマがあっていいと。そうしたドラマを作ってほしいと。
また演劇性の強い作品は大事だと思います。日本人は技術はすごいが、感情表現が弱いところがある。技術がいいだけに、そこが磨けたらバレエ団としてもっとレベルアップするんじゃないかなと。バレエは台詞がない分、人の気持ちは表情や仕草、自身が纏う雰囲気で見せるしかないので演技の部分の勉強は大事だなと思います。
――最後にお客様にメッセージを。
ホフマン役は前回とキャストは同じですが三者三様を楽しんで欲しいです。また主役だけでなく新国のダンサーすべて、舞台の端から端まで見てほしいです。オール新国、といいますか、どこを見ても面白いと思います。言い過ぎたかな(笑)。
――ありがとうございました。楽しみにしています。
(文章中敬称略)
取材・文=西原朋未
■会場:新国立劇場 オペラパレス (東京都)
■日程:2018/2/9(金)~2018/2/11(日・祝)
2018/2/9(金)19:00
【ホフマン】福岡雄大
【オリンピア】池田理沙子
【アントニア】小野絢子
【ジュリエッタ】米沢唯
【リンドルフ(悪の化身)ほか】中家正博
【ホフマン】菅野英男
【オリンピア】柴山紗帆
【アントニア】小野絢子
【ジュリエッタ】本島美和
【リンドルフ(悪の化身)ほか】貝川鐵夫
【ホフマン】井澤駿
【オリンピア】奥田花純
【アントニア】米沢唯
【ジュリエッタ】木村優里
【リンドルフ(悪の化身)ほか】中家正博
■音楽:ジャック・オッフェンバック
■編曲:ジョン・ランチベリー
■振付・台本:ピーター・ダレル
■指揮:ポール・マーフィー
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団