『生きる』でミュージカルに初挑戦する市原隼人に聞く「守りに入りたくない。もっと何かを掴みに行きたい」
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市原隼人 (撮影:福岡諒祠)
2018年10月8日(月・祝)から東京・TBS赤坂ACTシアターにて、ミュージカル『生きる』が上演される。本作は日本を代表する映画監督・黒澤明が1952年に発表した代表作をミュージカル化したもの。主人公の渡辺勘治(市村正親と鹿賀丈史のWキャスト)の息子・光男を演じるのは本作が初ミュージカルとなる市原隼人。30歳を越え、新しい世界に踏み出そうとする市原の胸の内を聞いた。
――映画版の『生きる』をご覧になっているとのことですが、映画版からはどのような印象を受けていますか?
黒澤監督の作品は映像に映る登場人物すべてが生きているんです。「はい、今から芝居してください。撮影します」と言って撮影した感じではなく、「あ……今の、撮ってしまったんですが、これ世に出してもいいですか?」っていうくらい生活感や人間味溢れる作品で、カメラワークも照明も、技術スタッフすべてが「アーティスト」。「アーティストってこういう人たちのことなんだ」と教わったのは黒澤監督の作品からですね。
『生きる』は、物語の内容に反しているかもしれませんが、興奮するんです。このあとどうなってしまうんだろう、どうなっていくんだろう……と。映像に映る世界すべてが楽しそうで、観ているうちにその世界に行きたくなってしまうんです。生きていくのが大変な時代に、自分の身を削ってでも息子に愛情を注いだ父の想いが胸の奥に突き刺さる作品でした。
――その作品がミュージカル化され、また、そこに市原さんが出演されることになりました。初めてのミュージカル出演に対し、今、何を考えているところですか?
「ミュージカル」とはどのようなものか、から考えています。歌を歌う。お芝居をする。そのエンターテイメントが向かう先には何があるのか。何のために、どのようにメッセージを届けるべきなのか……そういったいろいろな「?」が頭の中を回っているんです。でもワークショップを経てその「?」がだんだん集約され、シンプルになってきています。「歌わなければならない」ではなく「あ、歌もお芝居の中の一部なんだ。お客様に楽しんでいただくためのエンターテイメントの一部なんだ」と考えられるようになりました。
――本作のワークショップで思わず涙がこぼれてしまった、と製作発表会見でおっしゃっていましたね。
作品の内容もそうですが、メロディがあることでより一層胸の奥を突いてくる。音楽っていろいろな人の感情を揺さぶる力があるんだなと改めて思いました。(作曲・編曲を手掛ける)ジェイソン・ハウランドの音楽は本当にすばらしくて、誰かが歌っているのを聴くと、楽しくなったり、涙が出たり、寄り添いたくなってしまうようなメロディなんです。
――映像から感じていた作品の迫力を、これからは生身の肉体を持って観客に伝えていくことになりますが……。
そもそも映像で感じる「迫力」を舞台でも見せていいものなのか、とも考えています。映像作品って瞬間最大風速みたいなところがあるじゃないですか。カットごとに場面を分け、一つのカットに集中して撮っていく……それに対して舞台って感情の流れ、テンポ、間合いが大事なように思います。同じフィクションを描いていますが、舞台のほうがよりリアルだと思うんです。
この作品にはいろいろなジャンルから人が集まって一つのものを作ろうとしています。そこには熱の違い、ボルテージの違いなどがありそれをどう統一させていくかが鍵なのかなと思うんです。どこまで生々しくすればいいのかな、それとも音楽にもっと寄せていったほうがいいのかな、と考えています。
――そもそも市原さんがミュージカルと接点を持ったのはいつ頃ですか?
24歳の頃、ニューヨークでミュージカルを観たんです。それまでは正直なところミュージカルが苦手だったんです。好き、嫌いというより、ミュージカルというものをどう捉えればいいのか、楽しみ方がわからなかったんです。とあるTV番組でミュージカルの製作現場の舞台裏の特集を偶然観て「この人たちは、こんなにも楽しく本気になって泣いたり苦しんだりしながら作品を作っているのか、すごい!」……そう思った3日後にはニューヨーク行きの飛行機を手配していました(笑)。ホテルを決めず、とりあえずどこかに宿があればいいくらいで。
――それはすごい行動力ですね!現地で観てみた感想は?
どの作品の演者も皆楽しそうで! 「この場所は絶対誰にも渡さないよ」「これができるのは私しかいない!」そういう思いを、お客さんに押しつけがましくなく楽しそうにアピールしている姿を初めて観たんです。皆、本当にキラキラしていて「僕もそこに行きたい」と思わせる力がありました。言葉もたいしてわからないのに隣に座っていたおばちゃんと一緒にゲラゲラ笑いながら観ていたんです。ミュージカルって楽しい!って思いました。
でも、その一方で「僕にミュージカルは似合わない。できないだろう」という思いもあり、これまで避けて通ってきたのも事実です。でも30歳を越えて、もっと何かを掴みに行きたいという欲が出てきたんです。今の自分で「市原隼人ってこういう人だよね」って誰かに評価されたとしてもそれに納得ができなくて。20代後半で「守りに入っている」と周りの人に指摘されたり、自分でも「そうかも」と思ったことがあったりもして、すごく悔しく感じていました。その守りをとっぱらいたい!いろいろな蓋を開けてみたい! ……それでミュージカルをやってみようと思ったんです。
――「市原隼人、ミュージカルに出演!」といった記事が出たとき、周りの方々の反応はいかがでしたか?
「おまえ、ミュージカルは絶対やらないって言ってたよな!」とか「どうしたの?」とかいっぱい言われました(笑)。カラオケは行きますけど、なにせ人前で歌うのをずっと避けてきていましたから。最初はこの仕事を断ったくらいです。でもその直後「あれ、今俺守りに入ってないか……!?」そう思って、追いかけるように「やる!やります!」って言いました(笑)。
――そんないきさつがあってこのお仕事を受けたんですね(笑)。出演を決意した今、本番に向けて何か準備されていますか?
やるとなったら前のめりなので。今は何かを吸収したくて、できることは全部やってみようと思っています。声はどう出したらいいのか、発声の仕方やリズムの乗り方などをジェイソンに教えていただいているんですが……。でもジェイソンって“ジャズみたいな人”なんですよ。常に変わる人、弾いているピアノのキーもリズムもどんどん変わるんです。「これが“ナマモノ”なのか! ジェイソンも楽しそうだしなあ、悔しいな、僕ももっと楽しみたい!」って思いながら学んでいます。
――長いようで短いかもしれない本番までの期間、市原さんはどんなことに取り組んでいきたいですか?
とにかくできることをしっかり、遠回りでもいいからやっていこうと思います。よく父親に言われましたが、「他の人が寝ている間に練習しろ、他の人の10倍練習しろ」って言われてきました。今も父の言葉が胸の中にあります。本番まであと半年あるので、すべての物事の理由を明らかにしながら取り組んでいこうと思います。
取材・文=こむらさき 撮影=福岡諒祠
公演情報
■作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド
■脚本&歌詞:高橋知伽江
■演出:宮本亜門
【市村正親出演回】
渡辺勘治:市村正親
渡辺光男:市原隼人
小説家:小西遼生
小田切とよ:May'n
渡辺一枝:唯月ふうか
助役:山西惇
【鹿賀丈史出演回】
渡辺勘治:鹿賀丈史
渡辺光男:市原隼人
小説家:新納慎也
小田切とよ:唯月ふうか
渡辺一枝:May'n
助役:山西惇
■一般発売:2018年6月9日(土)
■公式ホームページ:http://www.ikiru-musical.com/