七之助が疾走するコクーン歌舞伎『切られの与三』いよいよ開幕~ゲネプロレポート 

2018.5.9
レポート
舞台

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1994年に始まり25年目を迎えるコクーン歌舞伎『切られの与三』が、5月9日より31日までBunkamura シアターコクーンで上演される。開幕前日には会見が開かれ、演出・美術を手がける串田和美と、出演の中村七之助、中村梅枝、中村萬太郎、笹野高史片岡亀蔵、そして中村扇雀が意気込みを語った。マスコミ向けに公開されたゲネプロ(総通し稽古)の模様とあわせてレポートする。

コクーン歌舞伎で新たな与三郎が生まれる

主人公である江戸の伊豆屋の若旦那 与三郎を演じるのは、コクーン歌舞伎11回目の出演となる中村七之助。近年は女方の大役を数々勤めてきたが、ひさしぶりに立役に挑戦する。

「不慣れな立役です。今になって与三郎をやるとは思いませんでした。お尻まで白く塗ってTバックをはくんです。女方なのに何やっているんだろう、脚を見せるだけでも抵抗があるのにって思います(笑)。 舞台でも、まだ色々考えてしまうことがありヒロ兄(扇雀)にも確認しながらやっています」

「女方の時はトップギアに入れたりセカンドに落としたりは自在です。それに比べ立役だと、なかなかエンジンがかかりにくい。感情が入ってくれば自然と他もついてきますが、ちゃんと(役にはいって)いかないとエンストしてしまう」

(左から)扇雀、萬太郎、梅枝、亀蔵、七之助、笹野、串田

七之助にとって、もう1つ挑戦と言えるのが与三郎のキャラクター像だ。

一目ぼれから始まる恋の別れと再会を描いた原作『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』は、歌舞伎ファンならよく知る演目。名台詞「しがねえ恋の情けが仇」の台詞回しまで含め、与三郎のイメージは定着している。

「歌舞伎の与三郎が好きな人には、金返せと言われるかもしれない(笑)。それほどイメージが違う与三郎になります。ぼくも歌舞伎役者なので、もともと強烈にもっていた与三郎のイメージと葛藤しながら取り組みました」

そう語る七之助に対し、演出の串田は「素晴らしい与三郎が出来上がってきていますよ」と背中を押す。「先輩はこうしていた」というイメージや習慣から一度はなれて、1つ1つ動きの意味を確かめるように役を作り上げたそう。

コクーン歌舞伎に初めて参加する中村梅枝もまた、七之助と同様に物語の新たな解釈に「パンクしそう」と苦笑い。演じるのは、与三郎のファムファタルとなるお富だ。

「古典のイメージからの脱却が大変で、今でも皆さまに助けられながら精進している最中です。美しくしようとすると歌舞伎に寄っていってしまう。そこの塩梅がむずかしい」

これに対しては七之助が、相手役としての梅枝に心強さを感じているとコメント。

「(梅枝を相手役に)いっしょにやることの多い(尾上)菊之助さんは、やりやすいんだろうなと思います。あらためて女方って大切だなと感じました」

(左から)扇雀、萬太郎、梅枝、七之助

コクーン歌舞伎『切られの与三』は、ストーリー全体もまた従来の『与話情浮名横櫛』とは一線を画したもので、七之助の言葉を借りるならば「与三郎という1人の人間が、どう人生を歩んできたかがメイン」となる。

これについては串田も解説をした。今回、木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎)により補綴されたコクーン歌舞伎『切られの与三』は、1853年に江戸中村座で初演された『与話情浮名横櫛』を原作としている。この原作にもまた原作があり、さらに古くから落語や講談で語られてきた「江戸の人なら誰もが知っていた長い話」がベースとなっている。

本作は、原作の原作まで遡り、落語等では演じられるが、現在歌舞伎では見かけないエピソードもすべて洗い出し、再構築した物語だ。

演出・串田和美

コクーン歌舞伎だからこそ期待してしまうのは、斬新な演出。

コクーン歌舞伎初参加の中村萬太郎は「観る方はびっくりされると思われます」とニヤリ。今やコクーン歌舞伎には欠かせない存在の片岡亀蔵も「久しぶりにブッ飛んだ舞台になりそうです。公演期間中にもどう変貌していくのかを楽しみたい」と期待を込める。

亀蔵に次ぐ参加回数を誇る俳優の笹野高史は、下男・忠助役と蝙蝠安役をつとめる。

「ただ楽しみにしてくださっているお客様のために、コクーン歌舞伎をはじめた勘三郎さんの遺志をついでやっています。コクーン歌舞伎が初めての梅枝さんや萬ちゃん(萬太郎)に、また出たいなと言っていただける舞台にしたいです」

同じくコクーン歌舞伎常連の中村扇雀は「(若手の)皆さんを助ける立場になったと思っています。周りで一生懸命固めて、いいお芝居を作ろうと思います」と意気込みを語った。劇中では和泉屋多左衛門と観音久次を演じる。

<原作のあらすじ>
江戸の大店の息子、与三郎は木更津の浜で美しいお富と出会い、互いに一目で恋に落ちる。しかし、お富は囲われ者、逢瀬の現場を押さえられ、与三郎は顔も身体もめった斬りにされ、お富は海へ飛び込んでしまう……。
3年後、お富は溺れた自分を助けてくれた男の世話になっている。そこへ蝙蝠安と強請に来たのは、刀傷を売りにする小悪党に変貌した与三郎だった。一度は夫婦になるものの、またまた引き裂かれてしまう二人。ふとした恋が運命を狂わせていく、その先は……。

※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください

キレのある展開、疾走する与三郎

梅枝、七之助

会場となるシアターコクーン。過去のコクーン歌舞伎では、せり出した舞台やベンチ席が設けられたこともあったが、今回はいつも通りの舞台と客席。開幕時間が近づくと拍子木がなり、さらに三味線音楽。会場の拍手とともに古風に幕開き。

……と思ったところに躍り出てきたのは、弾むようなピアノの旋律。舞台の空気が一変した。音楽監修はDr.kyOn。舞台両脇に控えるピアノ、パーカッション、ウッドベースのピアノトリオに、附け打ちが加わり、『切られの与三』の世界を彩る。

扇雀、亀蔵、笹野が講釈師となり、ことの始まりを語って聞かせ、お富と与三郎が運命的な出会いを果たす木更津の浜辺のシーンに入る。

会見では「まだまだ」と言っていた七之助だが、第一声を発したところから、すでに新しい与三郎キャラができあがっているよう。文句なしの色男。品がある。ただ下男を相手に駄々をこねるような子供っぽいところもある。下男・忠助を演じる笹野は、劇中の与三郎だけでなく、観る者の心も癒すような人情味あふれる演技が印象的だった。

七之助

梅枝

客席通路を歌舞伎舞台でいう両花道に見立て、元深川芸者のお富(梅枝)が登場する。梅枝の古風な面立ちと佇まいは、現代の感覚と古典の世界を行き来する本作でも魅力を発揮していた。

萬太郎は与三郎の弟・与五郎役を力むことなく演じる。その妻・おつる(鶴松)を伴い登場するたび和やかな空気が流れた。海松杭の松五郎と藤八、兄弟という設定の2役を勤めるのが、亀蔵だ。お富に言い寄ったり、私利私欲のために毒薬を使おうとする不届き者を不快感なく演じてみせ存在感を発揮していた。物語のキーパーソンとなる役どころは扇雀が演じ、クライマックスでは心をえぐるような演技でシアターコクーンをのみこんだ。

大詰めの立ち廻りは前衛的。照明効果により舞台と客席、物語と現実を繋ぐような演出は、観劇後にも余韻を残す。

笹野高史片岡亀蔵中村扇雀、中村萬太郎

ストーリー上、与三郎とお富は幾度も出会い、幾度も別れを経験する。凄惨なシーンも多い。ドロドロした気持ちにさせられる瞬間も多々あるが、そのたびに軽快な音楽と与三郎の仲間たち、そして与三郎のキャラクターが払拭していく。与三郎はずたぼろになっても走り続けた。決して強くはないのに生命力を感じさせた。七之助だからこそ成立する、コクーン歌舞伎のための与三郎だった。

歌舞伎好きの方ならば、今後『与話情浮名横櫛』を観るたびにコクーン版与三郎の「しがねえ恋の情けが仇」の台詞回しを思い出すのではないだろうか。コクーン歌舞伎『切られの与三』は、5月9日より31日までの上演。

七之助、梅枝

取材・文=塚田史香

公演情報

渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾『切られの与三』(きられのよさ)
 
■日時:2018年5月9日(水)~5月31日(木)
■会場:Bunkamuraシアターコクーン
■原作:三世瀬川如皐『与話情浮名横櫛』
■補綴:木ノ下裕一
■演出・美術:串田和美
■出演:中村七之助、中村梅枝、中村萬太郎、笹野高史、片岡亀蔵、中村扇雀 ほか
 
料金:
1等席 13,500円 2等席 8,000円 3等席 4,000円
立見A(当日券のみ) 3,500円 立見B(当日券のみ) 2,500円
※当日券は、劇場窓口にて、各公演の開演1時間前より販売します。
※立見Bは立見A完売後に販売します。
※3等席は特にご覧になりにくいお席です。ご了承のうえ、ご購入ください。
※1等席~3等席はすべて椅子席です。
■公式HP:http://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/559​
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