山海塾が二つの“リ・クリエーション”を上演~『卵を立てることからー卵熱(リ・クリエーション)』『金柑少年(リ・クリエーション)』

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2018.5.9
『金柑少年』(c)Hitomi Sato

『金柑少年』(c)Hitomi Sato


日本を代表する国際的なダンス・カンパニー山海塾(さんかいじゅく)」は、1980年にフランスの「アヴィニョン・フェスティバル」等でヨ-ロッパ・デヴューを果たした。その後1982年からは、「コンテンポラリー・ダンス(現代舞踊)」の世界的な殿堂と言われる「パリ市立劇場」との共同プロデュースが始まり、2年に1度のペースで、これまで15作品を発表。またヨーロッパのみならず、北米、中南米、アジア、オセアニアなど、47カ国のべ700都市以上でワールド・ツアーを行なって来た。

また、すべての作品の演出・振付および空間・衣裳のデザインを行なう主宰者の天児牛大(あまがつ・うしお)は、1992年にはフランスのコンテンポラリー・ダンスの登竜門「バニョレ国際振付コンクール」の審査委員長(92年)を務め、同年に「山海塾」は、イギリスの歴史ある舞台芸術賞「ローレンス・オリヴィエ賞」で、日本のダンス・カンパニーとして初めての「作品賞」を受賞。加えて、天児は2011年には「紫綬褒章」、2014年にはフランス政府より芸術文化勲章「コマンドール章」を受章した他、数々の栄光に包まれている。

このような天児が率(ひき)いる「山海塾」だが、振り返れば海外に出る契機となったのが、1978年に初演後、まず国内ツアーで大成を納めた『金柑少年(きんかんしょうねん)』だった。横須賀という海辺の地に育った天児の少年時の思い出が、作品の低音部を支えている。たとえば、それはダンサー達が踊る背後の壁一面に、〈数千百匹のまぐろの尾尻(おしり)〉が貼り付けられた舞台設定がなされる。あたかも潮の香りが広がり、〈原初の生き物達の鼓動〉も聞こえて来るように感じられる。そこへ登場した少年の悪夢、鈍い警報音、性を超えたエロティシズム、記憶の底に染みついた心象風景が、鮮明に強烈に舞台の上で展開される。

『金柑少年』(c)Hitomi Sato

『金柑少年』(c)Hitomi Sato

だが、やがて〈生命の有限性に対する不安を感じた少年の夢の連なりは、成人することの痛み、絶望、歓喜へと向かってゆく〉。本作では、特に当時の「山海塾」の印象的な演出の一つであったダンサーの背後への倒転や、逆さ吊りも現れる。そして、ダンサーの白塗りの身体に映える極彩色の孔雀(くじゃく)という生き物との共演もある。本作は、天児が28才の時に初演後、15年間にわたり、約1時間半の作品中の計60分にわたる4つのソロ・パートを天児自身が担った。そして1993年に一度、封印された。その後、2005年に作品をリ・クリエーション(再創作)し、3人の若手舞踊手達に4つのソロ・パートがゆだねられた。本作は、9年ぶりの東京での上演となる。

ところで「山海塾」の踊りの原点にあるのは、「重力との対話」である。これは重力に逆らう強いジャンプや、あたかも重力がないように踊る「浮遊感」を重視するバレエの思想とは対極的なものである。東洋的な身体観であると共に、身体感覚の解放や重力を重視した「ドイツ表現主義舞踊」、そこから生まれた「舞踏」を経由して、「山海塾」で独自に開発された。それは当初から「山海塾」のすべての作品で重視されたが、1986年に初演したカンパニーの代表作『卵を立てることからー卵熱(うねつ)』の中で、鮮やかに視覚化されたと言えるだろう。題名にあるように、大きな卵型のオブジェが舞台上にいくつも並び立ち、小さな砂山の上には、卵が天井から振子のように吊られている。

『卵熱』(c)Sankai Juku

『卵熱』(c)Sankai Juku

「卵を立てることから」と言うタイトルも印象的だが、実は誰でも「生卵の中味の水分」と「重力」を机の上で上手く「対話」させると、「卵を立てること」ができることが知られている。東京芸術大学の教授だった野口三千三(1914~1988/のぐち・みちぞう)によれば、人間の体も60パーセントから70パーセントは水である。そこから卵と同じように、「重力との対話」により体内の水分のバランスを得て立つという、身体観の独自の脱力体操を考案し、「野口体操」と名づけた。そして、卵も身体も中に含まれる水分こそが「生命体の源」である。そして、水や〈生命の連鎖〉を意識した作品づくりがなされている。

また、それらを地球規模で考えれば、水辺(砂浜)が生命体の発生場所だ。『卵を立てることからー卵熱(うねつ)』でも、舞台上では「水」と「砂」が重要なモチーフになる。そのように身体から発しつつも、大きく「ユニバーサルな神話的世界」に観客を誘うのも、「山海塾」の魅力の一つだ。音楽も、衣裳も、おそらく西洋から見ればエキゾチックだろうが、それは日本のテイストにも、アジアのテイストにも単純には治まらず、まさに「ユニバーサル」と言うのにふさわしい。本作では、卵の行方(ゆくえ)がクライマックスになるが、それは見てからのお楽しみとしておこう。

なお本作も2009を最後に、封印されて来た。今年になって「リ・クリエーション」初演を迎えたばかり。6人の舞踏手によって踊られる。どのような作品に生まれ変わったのか、あなたの目で確かめてほしい。
 *〈   〉内は、「山海塾」のプレスリリースを参照

『卵熱』(c)Sankai Juku

『卵熱』(c)Sankai Juku

公演情報

山海塾
『卵を立てることからー卵熱(リ・クリエーション)』
『金柑少年(リ・クリエーション)』

 
■日程:2018年6月1日(金)~6月6日(水)
■会場:世田谷パブリックシアター
■演出・振付・デザイン:天児牛大
■出演:
竹内晶 市原昭仁 長谷川一郎(『金柑少年』のみ) 松岡大
石井則仁 百木俊介 岩本大紀(『卵熱』のみ)
■公式サイト:
山海塾 http://www.sankaijuku.com/sankaijuku_j.htm
世田谷パブリックシアター https://setagaya-pt.jp/performances/201806-50139sankaijuku.html
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