オペラか?ミュージカルか?最も新しく、最も古い新制作『カルメン』~英国ロイヤル・オペラ・ハウス2017/18シネマシーズン
(C) ROH.Photo by Bill Cooper
「英国ロイヤル・オペラ・ハウス2017/18シネマシーズン」、5月11日から上映中なのが新制作『カルメン』だ。オーストラリア出身の人気演出家バリー・コスキーが2016年、ベルリンで初演、英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)では2018年5月に初めて上演された。何かと話題も多く、現地でも様々な意見が飛び交った作品は、それだけ新しいともいえる。何せセットは大階段のみ。スペイン色を排し1930年代の世界を、モノトーンを基調に構成した舞台は却って斬新だ。一方で音楽は1874年の『カルメン』初演の、いわば原典版。最も新しく、最も古い『カルメン』といえよう。
■それはまるで宝塚の大階段。時代のカリスマ・カルメン
『カルメン』は幕間インタビューでも「オペラ座の数だけプロダクションがある」とも言われる人気作品。世界一有名な、人気のオペラのひとつといっても過言ではないだろう。
ストーリーは奔放なジプシーの女性カルメン(アンナ・ゴリャチョーヴァ)と兵士ドン・ホセ(フランチェスコ・メリ)の愛憎劇。奔放で自由な魅惑的美女・カルメンを愛してしまうドン・ホセは、彼女との恋のために婚約者も出世もすべてを捨てる。だがカルメンの心は人気闘牛士エスカミーリョ(コスタス・スモリギナス)へと移っていた。嫉妬にかられたドン・ホセと、自由を貫き通すカルメンの運命が、クライマックスで描かれる。
ROHの新制作『カルメン』は、オーソドックスなストーリーはそのままだ。しかし幕が開きまず目に入るのは、暗闇に浮かぶ舞台いっぱいの大階段。まるで宝塚歌劇のフィナーレだ。だがそこに華やかなネオンや装飾は何もない。無機質なモノトーンの空間がただあるだけだ。
(C) ROH.Photo by Bill Cooper
そして登場するのはピンク色の闘牛士の衣装を纏ったカルメン。男装のカルメンは背後の大階段ともどもまるで宝塚の男役を彷彿させ、ファム・ファタルというよりは、ジェンダーを超えたカリスマのような存在にも見えるし、19世紀、男装し社交界を闊歩したフェミニストの先駆け、ジョルジュ・サンドの姿も彷彿とさせる。
演出のバリー・コスキーはこの『カルメン』を「1930年代のニューヨーク、ハリウッド、ベルリン、パリなどに設定した」という。つまり大切なのは1930年代、という、いわば2つの世界大戦の間に挟まれた時代、あるいはその時代が象徴するもの……であるのかもしれない。ジョルジュ・サンドの時代から100年を経ても、カルメンの男装は依然、衝撃的であったということだろうか……。
(C) ROH.Photo by Bill Cooper
■初演時のモノローグと音楽を再現。『カルメン』を知る人ほど新しい
このコスキー版『カルメン』の、もうひとつの忘れてはならない最大の特徴は音楽だ。オペラ『カルメン』は1875年、パリのオペラ・コミーク座で初演された。作曲はビゼー。楽譜には初演時からすでに様々な手が入り改訂がなされ、現在でも様々な種類の楽譜があるこの作品を上演するにあたり、コスキーは1874年に書かれた原典の楽譜・スタイルを採用している。
(C) ROH.Photo by Bill Cooper
だから『ハバネラ』にしても一般的に知られているものとは違うし、ストーリーもドン・ホセとエスカミーリョがカルメンに対する思いを打ち明ける場など、後世にカットされたシーンなども復活している。唯一のセットである大階段もアリアや合唱、ダンスの力で時には広場になり、留置所になり、あるいは闘牛場になったり。山賊のアジトの演出はミュージカルかと思わせられる小粋さ。
加えて、オペラ・コミーク座上演時に行われていたオペラでは書かれていない場面を説明するモノローグも極力近い形で復刻され、聴いたことのない曲、見たことのないシーンが次々登場する。この作品に親しんでいる人ほど、逆に新しいものを見ている感覚になるのではなかろうか。また実際、エスカミーリョ役のスモリギナスが幕間インタビューで「改めて役を掘り下げ直す必要がある」と語ったように、出演者たちも新たに『カルメン』という作品と向き合う必要があったのだ。
(C) ROH.Photo by Bill Cooper
そして時代設定は1930年代とはいえ、この『カルメン』は現代にも通じる要素があまりにも多い。ネタバレは控えるが、ラストシーンのゴリャチョーヴァの表情に、ぜひご注目いただきたい。
今回の上映は原典版『カルメン』がどのようなものであったのかが知ることができる貴重な機会ともいえる。そして舞台セットがシンプルだからこそ、この作品が持つ普遍的なテーマが立体感を持って浮き上がってくるのだ。
とにかくこの作品、一度は聴いて、目にしてよい。