劇団文化座公演『夢たち』──演出家・松本祐子、俳優・藤原章寛、制作・中山博実に聞く

インタビュー
舞台
2018.5.13
劇団文化座公演『夢たち』、左から、藤原章寛、松本祐子。

劇団文化座公演『夢たち』、左から、藤原章寛、松本祐子。


劇団文化座が、文学座の松本祐子の演出で、三好十郎の『夢たち』をシアターXで上演中だ。この公演を企画したのは、文化座の代表である佐々木愛。「戦時下で〝愛〟とか〝夢〟を最も語りにくかった時代の、作家や演劇人の情熱と、ほとばしるような抵抗のエネルギーに、今再び若い劇団員たちが挑みます」という佐々木の言葉は、『夢たち』の上演意図を端的に表している。ここには戦時中の困難な時代を生きた人たちが、簡易旅館兼下宿屋「ことぶき屋」で、胸にいだき、心の支えにしていた夢の数々が語られている。

16年ぶりの再挑戦

──『夢たち』は、文化座の代表である佐々木愛さんの企画と聞きました。文化座といえば、即座に連想する劇作家のひとりが三好十郎で、30年前に『斬られの仙太』を見せていただいてから、折に触れて、三好作品をいくつも見せていただいてきました。

中山 『夢たち』は文化座創立60周年、いまから16年前に上演しました。昨年、劇団創立75周年を迎えて、これまで三好作品を上演しつづけてきた劇団として、いま、もう一度チャレンジしたいと思いました。松本祐子さんの演出作品は、佐々木愛をはじめとして劇団員も見せていただいていて、以前からお願いしたいと思っていたんです。松本さんが文学座に入られたきっかけも、三好十郎の『その人を知らず』を見たのがご縁ということもあり、松本さんのお力を借りて、再演することになりました。

──では、松本さんが文学座に入られるきっかけを話していただけますか。

松本 わたしは文学座に入る前は、俳優座の制作部にいて、そこでいままで食わず嫌いだった劇団をたくさん見るようになりました。同時に、演出の勉強をし直したいなと思っていたときに、サンシャイン劇場で文化座の『その人を知らず』を見て、ある意味古典的な作品だなと思ったんですけど、すごく鵜山仁の演出のバランスがよかったんです。非常に抽象的なセットなのに、多角的にいろんなものが見えてくる。これはものすごく才能のある人ではなかろうかと思いました。それで、どこの劇団の人だろうと思って調べたら、文化座ではなく、文学座と書いてあった。

──一字違いだったんですね。

松本 そうそう、一字違いで(笑)。それで文学座で勉強したいという気持が固まった。とくに鵜山の演出に惹かれた部分が大きかった。そのきっかけを作ってくれたのが、文化座の『その人を知らず』だったんです

三好十郎作品を俳優として演じてみて

──藤原章寛さんは、三好十郎作品とどのような出会いかたをされましたか?

藤原 ぼくが初めてやったのは、『稲葉小僧』という作品です。

──2015年2月、文化座アトリエでの上演でした。

藤原 『稲葉小僧』はものすごくまっすぐというか、あの作品は戦後の復興の時期を描いていたので、敗戦後、暗くなっている日本人への批判も含めつつも、やっぱり明日に向かって生きていこうというストレートな内容になっています。三好十郎はまっすぐな人間ドラマを書く劇作家だと思っていました。

 次に読んだのが『廃墟』で、続けて『その人を知らず』『胎内』といった戦後三部作を読んでいくと、だんだん三好十郎がどういう人なのか、わからなくなってきた。ただ、ちゃんと人間と向きあおうとしてる人だということはすごく感じました。

 ぼくが芝居をやりたいと思ったのは、人とうまくコミュニケーションがとれなくて、人間関係は難しいと思っていたから。芝居だと、もちろんシナリオがあるからなんですが、人間と人間が真正面からぶつかるし、絡んでいく。そういうことをやりたいと思っていたので、三好さんの作品は、自分でもやってみたいと強く思っていました。とりわけ『廃墟』は、ちゃんと愛をもって人間にぶつかってるような感じがして。

──お芝居を作るという作業そのものも、人間関係のかたまりみたいなところもある。文化座という家族みたいな劇団自体もそうだし、三好作品という濃密な関係のなかに、藤原さんは飛び込まれていると思います。

劇団文化座公演『夢たち』(三好十郎作、松本祐子演出)のチラシ。

劇団文化座公演『夢たち』(三好十郎作、松本祐子演出)のチラシ。

戦時中に執筆された『夢たち』

──次に、作品について伺います。『夢たち』は初期の戯曲で、1943年に『演劇』に発表され、その年に苦楽座が上演しています。だから、戦時中のかなり暗い時代に書かれている。『夢たち』は下敷きにしているのがゴーリキーの『どん底』だと思うんですが、『どん底』に流れている諦めや屈折、そういう負の気分を、『夢たち』はなんとかして超えようとする希望みたいなものが込められている。それは「ことぶき屋」という旅館に集まる人たちに、内に秘めたエネルギーがみなぎっていることからも感じます。

松本 『夢たち』が上演された1年半前の1941年12月に、日本は真珠湾攻撃をおこない、それ以後、戦局は拡大し、禁止されることも増えていく。だからこそ、人間として生きる支えを持ち、絶望したくないという思いがものすごくあったんじゃないかと思うんですよ。

 戦後の作品になると、もっとシニカルできびしいし、人に対して「おまえの言ってることは本当か」とか、「嘘をつくのはなぜか」とか、「嘘をつかずに生きる、配給を拒否して生きるとはどういうことか」とか、ときには、そういった考えかたすらも欺瞞ではないかと、きびしく掘り下げて書いている。

──内省的で自己批判的な要素が増えてくる。

松本 そう。自己批判がすごく多いけど、これはたぶん、時代があまりにもきびしかったから、逆に絶望してなるものか、禁止の波に呑まれてなるものか、夢を持つのだよ人間は、という三好さんのある種の抵抗だと思うんです。絶望の時代に、劇作家として絶対に絶望したくない。かといって、いわゆる体制が押しつける夢みたいなものではなく、もっと個人の欲望とか、支えになる夢……それは見果てぬ夢かもしれないけれど、持っていなければ人間としての尊厳が保たれないと思って書いたんじゃないか。だから、ある種の明るさと、ある種の喜劇性もある。それは暗い時代に呑まれてなるものかみたいな抵抗から生まれている。

──戦中の作品だからこそ、持っている抵抗感がそこにはある。その一方で、戦後に書かれた作品は、どうしても敗戦を内省的にとらえるので、自己批判もあれば、自ら戦争責任を背負おうとしたり、ある種諦めのムードを漂わせる人物が必ず登場します。でも、『夢たち』には、そういう人物はひとりも登場しない。

松本 諦めたいけど、諦められない人たちばかりですよね。

──しかも、まだ人生をやり直せると思っている。たとえば、薬物に依存している男は、自分の故郷に帰ってやり直すとか、再生の余地が残されている。そのように、たとえうまくいかなかったとしても、誰かが支えてくれたり、やり直すチャンスが、それぞれに小さいけれど残されている感じがする。それも『夢たち』で描かれる「夢」のひとつなのかな。どんどん自由が奪われていき、戦争への協力を強制される時代に、すべてをはねのけるほどのパワーで書いている。やっぱりすごいなと改めて思います。

人間とは何かという問い

松本 しかも、人間に対して優しいんですよね、さっき藤原さんが言ったみたいに。非常にまっとうに、人間とは何かと問いかけることで、人を愛したがっているような気がする。それは戦後に書かれた他の作品もそうですよね。

藤原 そうです。いろんな思想など、すべてを突き詰めたうえで、さらに思想プラス人間感情というか、人間関係を含めたうえでの舞台が展開していく。とくに『廃墟』の議論の応酬には、それがよく表れている。ちゃんと自分の立場もものすごく考えるし、相手の立場もものすごく考える。そのうえで、結局、どうしたらいいんだという……『廃墟』のときは、これではやっぱり戦争はなくならないと思ったりした。でも、『廃墟』は家族の話だったし、愛はやっぱりある。だから、もしかしたら、人間はいちばん怖ろしい存在であるかもしれないけれど、やっぱり人間愛がないと生きていけないみたいな……すごい矛盾したものを両方持っているというか……。

松本 すごく人を愛していらっしゃる劇作家だと思います。ある意味、シニカルではないのかもしれないですね。人を信じられないのに信じたいと思ったり、愛せないのに愛したいと思ったり。だから、始終怒っているみたいな……。

──登場人物は、とにかく全力でぶつかっていきますよね。

松本 そうですよね。藤原さんが演じる松方三郎は「二十歳位」という設定だから、顔を合わせばぶつかっている一閑齋は、父親より上の世代になるのかな。仲がよすぎて、常に胸を貸してもらって、言いたいことを言い合える仲になってます。

藤原 そうですね。

──ああいうぶつかりあいは、わたしが子どもの頃は、よく見かけたんですが、最近ではめっきりなくなりました。劇団内では、先輩に対してそういうことはありますか?

藤原 軽口は叩きますよね。

──松本さんが所属する文学座ではどうですか。

松本 まあ、人によりますね。信用してる先輩に対しては、かなり偉そうなことを言って、わたしは生きてきたし、好きじゃない先輩には距離をとるし。『夢たち』では「ことぶき屋」が、ある意味、社会のセーフティネットになってるわけですよね。いま、貧困についての本を読むと、個が大事な社会になってるから、『夢たち』に書かれているような、セーフティネット的な空間に行かない人があまりに多くなっていて、人知れず貧困に陥り、ダメになることが、日本はすごく多いと思うんです。

 で、『夢たち』における貧困は、もちろんいろいろ辛いんですけれど、この場所があることがものすごい幸せだなとわたしは思っていて、この「ことぶき屋」がすごくすてきなセーフティネットになっている(笑)。ここに集えば、なにがしか人間にふれられる。でも、この場所も、もしかしたら夢で、当時だってそんなに優しい社会ではなかったかもしれないんですけど……こんな大部屋で仲良く、ちゃんと人間として心配もし、腹も立てっていう、人間感情溢れた行動をとりながら、人と対峙していられるというのは、すごい幸せなことなので、それも三好さんの夢だったのかもしれません。当時だって、現代社会みたいに、人知れず貧困で苦しんでいる人はいただろうし。いまの社会でこういう横のつながりができたら、どんなにか気が楽になるだろうと思ったりもしますね。

──おたがいに欠点を知ってるんだけど、それを見つめながらも、同時にその人を心配している。そういう場所はだんだん減ってきた気がします。

藤原 たぶん自分だったら、ここまで関わってはいかないだろうなとは思っちゃう。でも、ここの住人たちは、そうはいう思いがあったとしても、関わらずにはいられない。

──助け合うところがありますよね。言わなくてもいいことまで言っちゃって。そうふるまうことには長短両面がありますが、この場合はうまく機能している。なんとかいまの状況をよくしようとか、人を信じたいという強い思いが、常に物語を動かしていって、それによって事態がいい方向に転がっていく感じがします。

格差社会のなかで試みたいこと

松本 わたしたちはこの先を起きたことを知っている。そして、こんなにすてきな人間たちがいても、結局は戦争に巻き込まれていく。もしかしたら、登場人物の大多数が命を落としたかもしれない。だから、この先に起きることを知ってるからこその個々の人間の美しさだったりもする。逆に、先を知っているからこそ、この先をどうして食い止められなかったのかについても考えたい。たとえば、いま、横のつながりは社会的にはすごく減っていると思うし、貧しい人はセーフティネットからもこぼれてどんどん貧しくなっていく。

──経済格差はさらに広がる方向にありますね。

松本 『夢たち』に登場する人たちは、かなり愚かで、実現不可能な夢まで持っているのだが、程度の差こそあれ、性善説じゃないけど、人を大事に思う気持ちを備えている。そういう人たちを戦争で殺していいのかとか、このまま時代に押し流されて、犠牲にしてもいいのだろうかと、なんとなく感じていただけるようには作りたいなと思ってるんです。

──「ことぶき屋」で展開する問題を現代に置き換えると、たとえば、「こども食堂」の子供たちとか、ネットカフェで暮らす若者たちが重なって見えてくる。

松本 ネカフェ難民が可哀相なのは、隣の人と顔見知りになれないじゃないですか。

──区切られて、それぞれが個室になってるみたいですね。

松本 でも、「ことぶき屋」は、みんなが友達になり、親子みたいな感じになっている。

──「こども食堂」なんて、本当に豊かだったなら、あってはいけないことだけど、本当に豊かな人々は、ごく一部になりつつある。

松本 でも、意外と、人と関わることを面倒くさがる人が増えている時代ではあると思うんです。実際に、面倒くさいし(笑)。

──疲れるし、消耗する。

松本 でも、演劇はそこがすてきだよと言い続けるのが、ある種の使命なのかなと思ってるんです。なんか面倒くさいけど、楽しいよって言い続けるのがお仕事かなと思っていて。だから、芸術とか偉そうなことは言えないけど、見終わったあとに、いつもより人としゃべってみようかなと思っていただければいいと思っています。

──演じる役者さんとして、藤原さんはどうですか。

藤原 今回、松本さんとは初めてで、いまは自分でもが腑に落ちないところや、流してしまっていたところを、具体的に指摘してもらい、それですこしずつ埋まっている状態です。やっぱり、愛を深くしていくことは、すごく難しいなと思って。だから、喧嘩をするにしても、余計なことを言っちゃうにしても、やっぱり、そこには愛があって、それでも、腹は立つしみたいな状態。でも、その根底にある愛を、どこまで自分のなかに作れるかが、今回、勝負したいところです。それをすこしでも見ている人に感じてもらえればなと。

──三郎はそういった人間愛に加えて、もうひとつ、お米に対する愛もありますね。行動には表さないけれど、秘かにずっと抱いている気持ち。

松本 人間愛と恋愛と……。

藤原 三郎のことで言うと、お米ちゃんとの愛にしても、一閑齋とのことにしても、結局は、自分が徴兵検査に不合格だったために国民として数えられていない疎外感がある。だから、お米ちゃんに対しても、まっすぐいけないし、一閑齋にもひどいことを言ってしまう。そういったものすごい劣等感のなかで生きてている。

──気持が常に屈折して出てきてしまうというか、あまりにも不器用というか。

藤原 そういった役作りにもチャレンジしています。

取材・文/野中広樹

公演情報

劇団文化座公演『夢たち』
■作:三好十郎
■演出:松本祐子
■日時:2018年5月10日(木)~20日(日)
■会場:両国・シアターX
■出演:伊藤勉、津田二朗、青木和宣、米山実、小谷佳加、白幡大介、髙橋美沙、藤原章寛、井田雄大、兼元菜見子、大山美咲、諏訪正美
■公式サイト:http://bunkaza.com/
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