ヒグチアイ インタビュー “自身の多面性”を認めたうえで制作された最新アルバムを紐解く
ヒグチアイ
7月中旬に開催される東京・大阪でのワンマンライブ『HIGUCHIAI band one-man live 2018』を控えた、鍵盤シンガーソングライター・ヒグチアイ。彼女がニューアルバム『日々凛々』と共に贈る各曲に、ぜひ自身を重ね合わせて欲しい。マイルドで聴きやすく、スッと入るがズッシリとした存在感が残る「他人ごととは思えない楽曲たち」は、丸ごと自身を愛させるものばかり。あなたのこれまでの生き方や選択をささやかに肯定し、これからをほのかに照らしてくれる。
これまで様々な側面や角度にて自分を重ね合わせるべく歌の数々を紡いできた彼女。そんな中でも今作からは、よりパーソナル度が高い作品印象を受けた。いわゆる自分と向かい合い、見つめた末に現われたと思しき歌内容たちというか……。が故に私は安心して、それを信頼し、そこに身を委ね、自身を重ね合わせていた。だがしかし、実際に本人に話を訊くと、それとは若干異なった意図が伝えられた。これだけ独白性が高くリアリティを擁しながらも、実際は「なりたい自分」や「こうであったら」を根底に描き出されたフィクション性も織り交えられていると語る。意外だった。でも、逆にそれが嬉しかった。その意外性と嬉しさを紐解くべく彼女に今作の真意を問いた。
――2016年の、ある意味第二のスタートラインでもあったメジャーデビューから早くも1年半が経ちました。ここまでのビフォー/アフターで何か想うことはありますか?
目標ではありませんでしたが、「メジャーデビューしないと!!」っていう気持ちは活動当初からずっと抱いてましたからね。それが実現はしたんですけど、そこからやそこを越えて、私自身に何か気持ちが変わったり、大きな変化があったかと言えばそんなことは特にはなくて。だけど周りからの見え方は変わったんだなと思います。
――メジャーアーテイストとして一目置かれるようになったり?
そうなんですかね。いい意味でも、悪い意味でも空気が違う感じはしました。具体的に言うと、これまで気軽に声をかけてくれたライブハウスの方からのお誘いが減ったり……。逆に誘われても、それには応えたいけど、その枠を超えて変わっていかなくてはならない自分も必要だったりして。
――難しい選択ですね。
これまでは私一人での活動だったんで、気持ち一つでどうにでもなったんです。だけど、メジャーデビュー以降、色々な方が携わってくれるようになって。その人ひとりひとりが私を良くしてくれようと一生懸命になってくれてる中、気軽に一人では動けなくなってしまったのかもしれないです。極力、みなさんがいい気持ちになるように活動しなくちゃいけないし、且つ、よりお金も稼ぎ出さなくちゃいけなくなったわけで。それを考えると、今までのような“気持ちだけでは出れないイベント”も出てくるよな……と考えるようになりましたね。
――分かります。背負うものもたくさん出てきたでしょうし。
そうなんです。それを感じながら、1年ぐらいはやってたんですけど、去年ぐらいから“それじゃダメだ!!”と気づき始めて。このまんまじゃ私、全然ダメになっていく……って。それもあり、今作を出して以後どのように動いていくかを決めようかなって。いかんせん私、曖昧なままデビューしたので……。
――曖昧ですか?
キャラクター的にですね。そのキャラクターって誰かが勝手に決めてくれるものだと思い込んでて。ある種、その曖昧さが良いところだし、自分の個性だとも信じてはいたんですけど、やっているうちに“もっと私というものを分かりやすく発信しなくちゃダメなんじゃないか?”と考え直したんです。
ヒグチアイ
――よりキャラクターを明確化させようと。
見た目と楽曲の印象を近づけるというか。もう少し、私という人間が想像できたり、一目瞭然で伝わる方向性というか。それもあり今作は、色々と一見して歌の雰囲気や内容とがリンクするように、と考えました。例えば、写真にしてもあまり笑ってなかったり……。
――アイコン的なものと実際の音楽とをイコールで結びつくようにしたわけですね?
そうです、そうです。私の音楽って決して明るいわけじゃないじゃないですか。そういった面をパッと見て伝わるビジュアルや色使いにしてみたんです。
――でも、そのようにある程度絞ると、それが本質と捉えられる懸念はありませんか? ただでさえ、歌だけ聴くと、コミュ障やメンヘラに勘違いされる懸念をはらんでいるわけで。
よく称されますからね(笑)。その辺りも以前は気になってたんですけど、ここ最近は特に気にならなくなりました。「今ではそうじゃないから」としっかり明言できる自分が居て。もちろん、そういう面は今でも一部ありますよ(笑)。だけど、それだけで生きているわけではないので。人ともちゃんと喋れるし(笑)。
――(笑)。
浅いかもしれないけどコミュニケーションも取れるし。そこがしっかりあるから、自分の内側をキチンと守ってられる自負があるんです。でもそれって、みなさんそうなんじゃないですか? みんな持っているものだろうし、今作はその問いかけであったりもするんです。
――「こういった面もある」等、いろいろな面がある中、今回はそこをよりクローズアップした、みたいな?
ですね。みんな外では明るくても、実は内側は暗かったり、家に帰るとポツンとしたり、寂しくなったり……。そんな時、どうしたら良いのか分からない時ってないのかな?って。
――歌は歌、本人は本人ですもんね。
そんな自分もいるし、そうじゃない自分もいるしで。今までは、それをたった一つの面しか表しちゃいけないと決めつけていて。でもたくさんの面を出していってもいいじゃないかと。人間自体そうじゃないですか。基本多面なわけで。私という人間が病んでいる時もあれば、ふざけている時もある。あまりクラスで喋らない子でも喋らない子たち同士だと、むちゃくちゃ喋盛り上がる時があるじゃないですか。そういった部分が自分の歌たちの中にもあって。クラスの中でリーダー的な時もあれば、全く喋らない時もある。ボーッとしてる時もある。そんな様々な面があるのを認めての今作ではあります。
ヒグチアイ
――今作もサウンドアプローチや歌い方、歌表情も様々ですが、リリックの内容的には一本筋が通ってる感があります。
あるみたいですね。私の中では全然違ったことを書いたつもりだったんですけど、よく「今回はまさしく自己紹介みたいなアルバムだね」と言われて。「恥ずかし!!」って(笑)。
――では、自分の中ではもっとフィクション的な?
そうなんです。自分とはまた別の人格がいるというか。自分の中のあまり出てこない人格だったり。それらを出したつもりが、逆に「ヒグチアイっぽい」と思われてるようで。それは自分的には意外でした。
――いや、私も今作からは凄くヒグチさんのパーソナルを感じました。心情吐露とはまた違いますが、今の自分自身に言い聞かせている感がすごくしていて。
でも、その「言い聞かせている」はある意味、当たってます。1曲を除いて前作EPが出てから、この1年間に作った曲たちですけど、その1年間は同じような気持ちでいた気がします。
――それはどんな気持ちだったんですか?
「こんなふうになりたい!!」ていう強い気持ちよりかは、むしろ、「こんなふうになりたいと思っているけど、この先どうなるんだろう……?」と、もしかしたら「そうならないかもしれない」し、「新しい道が見つかるかもしれないな」って。なんか分かれ道の真ん中あたりに居る感じだったので。
――自分は今作1枚を通して、どの曲からも、「幸せじゃないけど、不幸ではない」。そんな言葉が思い浮かびました。
まさにそれです! 分かります、分かります!! この作品の曲達って、自分の大切なものがしっかりと分かってはいるんだけど、いざ、じゃあ自分に返ってきた時に、はたしてそれで自分はいいのかな?と、「この状態で生きて行こうと思えば生きていけるんだけど、じゃあ本当に自分は自分のことを幸せにしてあげられてるんだろうか?」っていう問いと、答え探しのアルバムでもあるんです。これらの歌の主人公たちって色々な意味で、そんな中途半端な立ち位置に居る人たちで。イコール私自体だとも言える。「メジャーデビューしたはいいけど、この先どうなっていくの?」って。もちろん、アマチュア時代から考えると幸せかもしれないけど、ここからのことを考えたら、もう一度スタート地点に立ったような、結局自分の進む道は自分次第だから“こっから私、どうなっていくんだろう……”みたいな。そのあたりが表れているかもしれません。
ヒグチアイ
――加えて、「それでも私は私を愛す」って所信表明的なものも感じました。
うん、そうですね。ああすれば良かったではなく、あの経験があるからこそ、それを糧や反面教師に今がある、みたいな。あの頃に描いていた未来とは違うけど、自分を大事に出来るのって、ちゃんと自分のことを愛せるが故ですからね。それもあって、「こうなれたらいいな」のテーマの曲ばかりなんでしょう。
――どの曲もそうですよね。残念なことを歌ってはいるけど、それはけっしてどれもどん底や絶望までは至っていなく、キチンとどこか一縷の望みを擁していますもんね。
そこは常に持っているし、絶対に失くしたくない部分なんです。昔から変わってませんが、結果、救われないと嫌なタイプなので。映画でもバッドエンドや後味が悪いものは苦手。私はそういうものは作りたくないですし。「そんなふうに生きてるけど、最終的にはこんなふうに成れる可能性があるよ」と自分の中でも持っておきたいし、聴いてくれる人にも感じてもらいたいです。
――先程のフィクションなんですが、図らずともパーソナルな面が露わになったり、自分に向き合うような歌に響いてくるのは、どうしてだと思いますか?
なんでだろう……? 頑張って、頑張って、自分の中から絞り出したからですかね。自分の書きたいもの、書きたいことを素直に出してみた結果でもあるんです、今作は。自分でもこれを受け入れてもらえないってことは、以後どんなことをしても、どんな歌を歌っても私を受け入れてはもらえないってことだろうと覚悟さえしています。これまでは「そこで受け入れてもらえなくても、まぁ、そんなこともあるか」っていう捉え方だったんですけど、今回はそれこそ「これでダメだったら、その人は今後もきっとヒグチアイを好んで聴かないんだろうな」っていう。ある意味、勝負作かも。私、勝負するの苦手なんですよね(笑)。ずっとそこから避けてきたり、逃げてきた人生だったもので(苦笑)。
――でも、根底にはどの曲からも、「愛されたい」が見え隠れしています。
基本、人に愛されたくて歌を歌ってますから (笑)。この作品で私の28歳は書けた気がします。「こんな面を待ってました!!」と、昔から私のことを知っている人はもとより、是非新しい人にも聴いて欲しいんです。ここで好きになってくれたら、ヒグチアイを丸ごと好きになってもらえる自信はあるんで。
ヒグチアイ
――今作を通して聴き手に何か望みはありますか?
聴いていてフッと何かを思い出す。そんな、楽曲が独り歩きしてくようになってもらえたら本望です。だから、こうは歌ってますが、みんなが同じ映像やシチュエーションを思い浮かべる必要は全然なくて。むしろ、各々自分なりの映像を思い浮かべて欲しい。昔のことを想いだす=忘れないでいて欲しいんです。
――誰もが思い当る節のある曲が並んでいるので、逆に幅広い方が聴けますもんね?
ウェーイと弾けてはしゃいでる、そんな人でも一人になったり仲間といない時は、こんな気持ちになるんじゃないかな。むしろ、そんな方々にも聴いてもらいたいです。
――あとは、今作はそんな重い歌がドーンなのに対して、サウンドでバランスを取っている印象があります。
アレンジは、前作から引き続き伊平友樹さんと、今作で出逢った御供信弘さんのお二方にお願いしました。「歌詞もメロディも書くので、それを聴きやすいようにアレンジして下さい」と丸投げしちゃいました(笑)。もちろん楽曲の仕上げてもらいたい大体の雰囲気は伝えますよ。かなり抽象的ですが……(笑)。これまでは、ほぼ自分でやってきたんで、バランスも分からずにやってましたからね。今回は歌もですが、サウンドから入ってもらって、歌を聴いてもらえるようなアプローチも視野にあったんです。それもありプロのアレンジャーさんにあえてお願いしました。聴きやすいんだけど、ちゃんと私の感じが出たかなと。まっ、その辺りもアレンジの妙ですが(笑)。
――で、今作を引っ提げて7月中旬からは大阪と東京でワンマンライブもありますね。
とても楽しみです。今回は私を含め4ピース編成で。ギターを除いた3ピース(Dr伊藤大地/Ba御供信弘)で、5月末にきのこ帝国を招いてプレリリースパーティをやったんですけど、これまでに経験したことなかったぐらいの楽しさで。それをまた感じられるかと思うと自分でも今からワクワクしてます。
――なんでもギタリストは実の妹さん(ひぐちけい)だとか?
そうなんです。これまでも、「ここぞ!!」という箇所では参加してもらっていて。ちょくちょく手伝ってもらってました。去年の『FUJI ROCK FESTIVAL』も、私と妹とパーカッションの3人で出たし。妹の方もちょっと……「アーティスティック」と称せば良い言い方なんだけど(笑)、自由度の高いギタリストで。そんなプレイも見れます。声質もすごく私に近いのでライブでのコーラスやハーモニーも楽しみで。あとは姉妹ということもあってでしょうが、なんとなくの空気感が一緒なんですよね。演っていて何も言わずとも「ここだ!!」と困難な箇所も自然とシンクロしてくれるんです。呼吸のリズムが近いからですかね。それはドラムの大地(伊藤大地)さんも一緒で。ベースは、今作のアレンジもしてくれた御供(御供信弘)さんなので、大分気持ちが近くなってるはず。当日は、この最強な布陣との掛け算を魅せられると思うので、楽しみに待っていて下さい。
――楽しみにしておきます。
これを逃すと、ライブでは、このアルバムから聴けなくなる曲も出てくるかもしれないので、今作を気に入ってくださった方はもれなく来て欲しいです。今作からガッツリ演るのはもちろん、“あれ、ヒグチアイってこんなに素敵だったっけ?”と感じてもらえるものにするので。それから、このアルバムからヒグチアイを知って「こんな歌を歌っているけど、実際はどんな人なんだろう?」と訝しがっている人は是非来て欲しいです。意外と喋るし、さっき話したように、ある一面だけじゃなく、私のパーソナルやキャラクターをお見せできると思います! 私も、みなさんと同じ様に、様々な側面からできあがっているのを是非確かめに来て下さい(笑)。
取材・文=池田“スカオ”和宏 撮影=菊池貴裕
ヒグチアイ
リリース情報
2018年6月20日(水)発売
アルバムCD+DVD / TECG-30121 / ¥2,778+税
・DVDには新録「ぽたり」&ライブ定番曲「わたくしごと」のスタジオ弾き語りライブ映像収録
[通常盤]
アルバムCDのみ / TECG-26122 / ¥2,407+税
・通常盤ボーナストラック:「きっと大丈夫」(長野都市ガス(株)新企業CMタイアップソング)収録
01.わたしはわたしのためのわたしでありたい
02.永遠
03.コインロッカーにて
04.かぜ薬
05.玉ねぎ
06.わたしのしあわせ
07.ぽたり
08.不幸ちゃん
09.最初のグー
10.癖
ヒグチアイ本人、カット&手書きシリアルナンバー入り "ひびりぼん"
特典はなくなり次第終了となりますので、予めご了承願います。
※対象店舗はこちら(http://www.teichiku.co.jp/artist/higuchiai/)を御覧ください。
ライブ情報
2018年7月7日(土) 21:00~ タワーレコード新宿店
※詳細はオフィシャルサイトを参照ください。
HIGUCHIAI band one-man live 2018
7月16日(月祝) 大阪 心斎橋Music Club JANUS
7月21日(土) 東京 下北沢GARDEN
<発売中!!>