鈴木京香主演のシニカルな大人のコメディ『大人のけんかが終わるまで』開幕へ
舞台『大人のけんかが終わるまで』
舞台『大人のけんかが終わるまで』はフランスの人気劇作家ヤスミナ・レザによる最新コメディで、日本版の上演台本は岩松了が、演出は文学座の上村聡史が手がける。出演は鈴木京香、北村有起哉、板谷由夏、藤井隆、麻実れい。
6月30日と7月1日にプレビュー公演として北千住シアター1010で、その後、愛知、静岡、岩手を巡演し、7月14日より29日にかけて日比谷・シアタークリエで上演される。8月には大阪、広島、福岡、愛媛、兵庫の全国ツアーも控えている。プレビュー公演目前の29日、最後の通し稽古(ゲネプロ)が公開された。キャストのコメントと稽古の模様を、本編第2場の舞台写真とあわせてレポートする。
どこか共感でき、余韻に浸れる舞台
まずはキャストからの、本番へ向けたコメントを紹介する。
鈴木京香(アンドレア役。薬局に勤めるシングルマザー)
「いよいよ始まるなという気持ちですが、やはり舞台に立ってみると稽古場の時よりも楽しさが増えてきた感じがします。この客席でお客様が観てくださると思うと、緊張もしますけど、なにより楽しみですね。演出の上村さんのもとで、5人のキャラクターを皆で作ってきたので、私もアンドレアを生き生きとした女性として演じたいですし、どのキャラクターにもイヤな人がいないといいますか、どこか共感してもらえるところがあると思います。素敵なお芝居になっていますので、お客様にはぜひ楽しみに来ていただきたいと思います。」
北村有起哉(ボリス役。アンドレアと不倫関係にある)
「いざ舞台に立って稽古をしていると、そんなに僕自身出ずっぱりではなく、台詞をまくし立てるわけでもないのに、思った以上に疲弊する舞台だなと感じました。ただ、今回ほど不安な舞台も初めてで、どんなことが起こっても動揺しないで、リラックスして初日に臨めるかなと思います。大人にコメディと銘打っていますが、それだけではなくて、もっとたくさん色々なお土産が出来る、色んな思いを残して余韻に浸れる舞台だと思うので、お客様にはその部分も含めて十分味わってもらいたいです」
板谷由夏(フランソワーズ役。ボリスの妻の友人)
「今まで稽古場でお稽古をしていましたが、いざ舞台に立つと、空気感といいますか、自分の中の何かが変わるのを感じ、一生懸命稽古したことや、稽古のとき以上のものを出せるように、頑張るしかないと思っています。舞台の上ではずっとけんかをしているので、私は俯瞰で見ることが出来ないのですが、お客様がこの舞台で何を受け取ってくださるのか、私自身すごく興味があるので、観ていただいた方に、是非何か感じとっていただければと思います」
藤井隆(エリック役。フランソワーズの内縁の夫)
「舞台稽古では、衣装をつけさせていただいて、美術セットの中に入らせていただいて、照明の中に立たせていただいて、緊張感がいまMAXの状態です。もう初日を迎えるので、なんとかこの場に慣れるように、努めます! 今は客席に誰もいない状態でお稽古をしていますが、お客様に入っていただいたら、力をいただけるんじゃないかと思っておりますので、どうぞ劇場でお待ちしております」
麻実れい(エリックの母親役イヴォンヌ)
「初夏に相応しい、ちょっと大人の辛口コメディですので、楽しんで演じたいと思います。こういうちょっと辛口の楽しい作品には、私たち自身もそうですが、お客さま方にとってもなかなか出会えないと思うんです。日本では女性中心の客層になることが多いですけれども、ぜひこの舞台はご夫妻でいらっしゃるととても面白いと思います。お二人でいらして、観劇なさって、その後、お二人の時間を過ごすーそれには最高の、素敵で幸せな時間をお届けできる作品だと思います」
表向きには良い顔
開幕すると、舞台中央には漆黒のクーペ。そこに真っ赤なブラウス、ひざ上丈のスカートに、サングラスでキメたアンドレアが、ハイヒールで颯爽と登場する。アンドレアの煙草に火をさしだすボリスもスマート。二人の距離の近さから、いかにも親密な仲であることがうかがえる。ケレン味たっぷりの登場シーンを格好よく決めた二人は、ザ・ローリング・ストーンズのナンバーをBGMに意気揚々とレストランへ車を走らせる。
しかし、ついた先の駐車場で車から降りたアンドレアは「うんざり」といった表情だ。
「もういい」とアンドレア。
「もういいって何だよ」と返すボリスの声にもトゲがある。
不毛な喧嘩の始まりだ。
この“いい感じ”のレストランが、実は、ボリスの妻がおすすめするレストランだったのだ。アンドレアはボリスのデリカシーのなさを責める。ボリスはせっかくのデートで機嫌を損ねるアンドレアに嫌気がさし「帰ろう」と切り出す。しかし車を発進させたところで、誤って老女イヴォンヌをひいてしまうのだった。
幸いイヴォンヌは無傷だったが、同行していたのがボリスの妻の親友・フランソワーズ。さらにイヴォンヌの息子でありフランソワーズの内縁の夫であるエリックが、何を思ったのか「せっかくだから一杯!」と、ボリスとアンドレアをレストランに誘う。ふつうならばここで遠慮するであろうが、アンドレアがその誘いにのり、しぶしぶボリスもついていく。
原題『Bella figura(ベラ フィギュラ)』は、元はイタリア語のイディオムで「表向きに良い顔をする」という意味があるそう。全てうまく行っていないときに、全てうまく行っていると言い張ること、また、何も顔に出さないこと、「毅然としている」こと。その原題のとおり、5人ははじめこそ大人同士らしく(表向きには)良い顔で乾杯する。しかしこの状況が居心地良いはずもなく、見る間に綻びが出始める。
実はボリスは事業の失敗で破産寸前に追い込まれており、そのことで頭がいっぱい。アンドレアとは喧嘩をしたばかりだし、妻の親友と鉢合わせるし、八方ふさがり。北村は憔悴するボリスをきっちり演じ、ドタバタではなくシニカルな喜劇としての土台を固めていた。
イヴォンヌか、しばしば話がかみあわない。常にハンドバッグを失くす不安にとりつかれている。認知症のようでもあるが、ふと物事の核心を突くようなことを言う。そしてイヴォンヌはこの場を意地悪な目線で楽しんでいるようにも見え、麻実はそんなイヴォンヌ役を楽しんで演じているいるようだった。コミカル&チャーミングなイヴォンヌは、たびたび客席の大きな笑いを誘った。
そんなイヴォンヌがボケてか正気でか無邪気にはしゃぐほど、フランソワーズはストレスで頭をかかえる。イヴォンヌとの折り合いが悪いのだ。しかも親友の夫が知らない女を連れ、同じテーブルで乾杯をしている。フランソワーズの真面目さゆえの“いっぱいいっぱい”を、板谷がリアリティをもって演じる。
フランソワーズの苛立ちを鮮やかにスルーして、エリックはかいがいしく母親の世話をする。はじめこそ空気を読めないお馬鹿さん、あるいは、ただのマザコン男にもみえたが、どんな状況でもニコニコいることこそ大人の振る舞いとも思える。藤井が絶妙なバランスで体現するエリックに、共感する男性は多いのかもしれない。一方で「何で助けてくれなかったの?」と詰め寄るフランソワーズには、女性からの共感が集まりそうだ。
アンドレアは情緒不安定なところもあるが、悪ふざけはボリスへの思いの裏返しに思えてならないし、スカートの短さにも訳がある。それでも娘からの電話がくれば、母親の顔で応じる。強さと脆さ、華やかさとしどけなさ、少女性と母性。鈴木はこれらの要素を目くるめく切り替えて演じ、アンドレア本人でさえコントロール不能な多面性を描きだし、「大人になると色々あるよね」という共感と、「大人になっても色々あるよね」という同情を誘う。
滑稽なシチュエーションで、建前と本音が行きかう会話劇だが、劇中には心に刺さる台詞がちりばめられている。誰に共感し、どの台詞が心に残るかは、観る人により大きく違うはず。だからこそ、5人の修羅場をのぞき見るような気持ちで、ぜひ大人同士で劇場に足を運んでほしい。クスクス笑ってみていたら、いつしか誰かと自分自身を重ね、ほろ苦い気持ちにさせられるだろう。舞台『大人のけんかが終わるまで』は、日比谷・シアタークリエで7月14日開幕。その他全国を巡演。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
■作:ヤスミナ・レザ
■翻訳:岩切正一郎
■上演台本:岩松了
■演出:上村聡史
■出演:鈴木京香、北村有起哉、板谷由夏、藤井隆、麻実れい
■日程:2018年6月30日(土)~7月1日(日)
■会場:シアター1010
■日程:2018年7月4日(水)~7月5日(木)
■会場:日本特殊陶業市民会館中ホール
■日程:2018年7月7日(土)
■会場:静岡市清水文化会館(マリナート)
■日程:2018年7月10日(火)
■会場:岩手県民会館
■日程:2018年7月14日(土)~7月29日(日)
■会場:日比谷 シアタークリエ
■日程:2018年8月1日(水)
■会場:岸和田市立浪切ホール
■日程:2018年8月3日(金)
■会場:上野学園ホール
■日程:2018年8月5日(日)
■会場:博多座
■日程:2018年8月8日(水)
■会場:松山市総合コミュニティセンターキャメリアホール
■日程:2018年8月10日(金)~8月12日(日)
■会場:兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール