大衆演劇の入り口から[其之零] あなたも一緒に!泣いて笑って
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たつみ演劇BOX・小泉たつみ座長(2015/3/26) 筆者の知人提供
【大衆演劇の入り口から 其之零】
大衆演劇の舞台は、叫び出すよう。今、目の前のあなたを、感動させる!夢中にさせる!絶対に楽しませる!
「毎日違う芝居やってんの?!」
ある大衆演劇役者さんの3日間。
火曜日の芝居。彼が演じるのは大学教授 (『夜叉ヶ池』)。水曜日の芝居。彼は僧侶崩れの盗人 (『三人吉三』)。木曜日の芝居。彼は腕利きのスリ (『すりの家』)。
「大衆演劇って毎日違う芝居やってんの?!すごいね!」
大衆演劇を観たことのない友人に話すと、必ず目を丸くする。そう、大衆演劇の芝居は日替わりだ。役者さんたちの頭には200本超の芝居が入っていて、それを1ヶ月間の公演に合わせて組む。1回約3時間の公演の中で、時代劇を中心とした芝居と、歌に合わせて踊る舞踊ショーをやる。お休みは月に1日か2日の劇場の休館日と、次の公演地へ移動する月末のみ。あとは平日も土日もずーっと、1日2回公演をこなす。(ある大衆演劇役者さんとはトップにお写真を上げた、たつみ演劇BOX・小泉たつみ座長)
“すごいね!”筆者も、改めてすごい興行だと思う。なのになぜ、大衆演劇は芸能として語られることが少ないのだろう?歌手の梅沢富美男さんや俳優の早乙女太一さんは大衆演劇出身だ。けれど彼らがテレビや映画で活躍しても、その背景にある大衆演劇界にはなかなかスポットライトが当たらない。
だから、少しのぞいてみませんか?生々しい息吹に満ちた旅役者の世界。人生の哀しみや喜びが浮かぶ芸の世界。
子どもの頃から旅役者
橘菊太郎劇団・三代目橘大五郎座長。現在28歳の芸達者だが、子役の頃から美しい女形で知られた。(2015/6/14) 筆者撮影
昔も今も、彼らは旅役者だ。現在、約130と言われる劇団が、専門劇場や健康ランドを月ごとに移動している。劇団に子どもが生まれたら、たいてい毎月転校(!)して親と一緒に全国を巡る。昼は小学校に行き、放課後や土日に子役として舞台に上がる。
「かわいいねえ」「頑張ってねー」
と、目を細めて声をかけるお客さん。一方、普段優しい親は稽古のときには厳しい師匠になる。旅・稽古・拍手漬けの青春を送り、みずみずしい10代半ばには、すでに人生のイロハを飲み込んだ旅役者の顔になる。20代は花盛り、30代になればベテランの域だ。
10代~30代と聞いて、役者さんの若さに驚いた読者もいるんじゃないだろうか?同世代の読者の方、大衆演劇の舞台に“同級生”の姿を見ると、こんな人生もありなんだ!と衝撃を受けるかもしれません。
芝居に“浸りきる”
ありのーままのー自分になるのー♪去年、アナ雪の映画がヒットするやいなや、エルサのコスプレで踊る役者さんが次々現れたことを思い出す。大衆演劇は流行とともに生きている。新しい月9ドラマが始まれば主題歌がかかるし、初音ミクの『千本桜』は和風な曲調が大衆演劇に合うのか、定番曲になりつつある。演歌、懐メロ、ヒップポップ、洋楽、K-POP…大衆演劇の舞踊ショーは、もう何でもありだ。
じゃあ、芝居は?
「お涙ちょうだいの古~いお芝居じゃないの?お年寄り向けで、なんか共感できなさそう」
こんなイメージで大衆演劇を敬遠している人には、ぜひ生のお芝居を一度“体感”していただきたい。舞台と客席が非常に近いため、役者さんの切羽詰まった息づかいや、糸のようにつたう涙までハッキリわかる。ためしに、芝居のワンシーンにずずいと目を凝らしてみる。たつみ演劇BOXの『下北の弥太郎』より。
「苦労したろう、もうこれから先は、絶対お前を離さねえぞ…!」
はらはらと、弥太郎(小泉たつみ座長)の目から涙がしたたる。弥太郎は、幼い頃に兄妹のように育ったお千代を15年間探してきた。だが、ようやく再会したお千代(辰巳小龍さん)は苦労がたたって失明していた。
「こんな姿、弥太兄ちゃんにだけは見られたくない」
見えない目でつぶやく女郎こそが変わり果てたお千代だと、気づいた瞬間の弥太郎。衝撃に唇がわなわな震え、顔を覆う。泣きながら抱きしめる弥太郎の腕の中、お千代の手足があがく。
「あたしみたいな女をしょいこんだら、あんたまで不幸になっちまう」
客席のあちこちで鼻をすする音が聞こえ出す。こじんまりした劇場の中、密着した客席では、隣前後の様子が肌に伝わる。弥太郎の大きな手がお千代の手をしっかりと包みこむ。
「お前の持ってる不幸せを、これから二人で引きずって生きていこうじゃねえか!」
たつみ座長の力強い声が絶望を割る。舞台と客席がひとつの手のひらに包まれているような大衆演劇には、どっぷりと“芝居に浸りきる”喜びがある。
今、目の前のあなたを絶対に楽しませる!
客席のノリがいまいちのとき。ある座長さんは、舞踊ショーを中断してトークを始めた。ある役者さんは、ひょいと客席に降りて来て、自ら声を張って観客をのせた。大衆演劇を観ていると、とにかく客席を揺さぶってやる!盛り上げてやる!というエネルギーをギュンギュン感じる。
木戸銭は安い。東京・浅草木馬館が1600円、大阪・浪速クラブが1200円。他、全国どこでも大体1200円~2300円だ。お客さんが月に何度も通うことができる金額設定である。
今日のお客さんに、明日も通ってもらうために。そして役者さんたち自身、今日の舞台に心身を燃やすために。今、目の前のあなたを絶対に楽しませる!笑わせて、泣かせて、興奮させて、身を乗り出させて、「ああ楽しかった!」と満足して帰ってもらう!
全国の劇場で、健康ランドで、大衆演劇の綺羅星たちが、今日もその人生を舞台で光らせている。
桐龍座恋川劇団・二代目恋川純座長。24歳とは思えない熟達した芸と気迫。(2015/4/20)筆者撮影
春陽座・二代目座長 澤村心。緻密な芝居とたおやかな美しさ。(2015/1/3) 筆者撮影
新生劇団春・姫川寿賀座長。元気いっぱいに一座を引っ張る女座長さん。(2014/11/2)筆者撮影
私自身、日々勉強しながらお話していきたいと思います。どうか、大衆演劇をまだ観たことがないあなたと一緒に。
【初めての方にもおすすめの大衆演劇場】
【記事で触れさせていただいた劇団の公演先】
たつみ演劇BOX
7月:博多新劇座(福岡県)
8月:ヤングセンター(大分県)
橘菊太郎劇団
7月:新開地劇場(兵庫県)
8月:浅草木馬館(東京都)
桐龍座恋川劇団
7月:ユラックス(三重県)
8月:新開地劇場(兵庫県)
春陽座
7月:鈴蘭南座(愛知県)
8月:弁天座(奈良県)
新生劇団春
7月:オーエス劇場(大阪府)
8月:天然温泉 ゆの蔵(大阪府)