新日本プロレス内藤哲也「崖っぷちで開き直った男の仕事術」~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術~【コラム】
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ファンから嫌われ、開き直った男・内藤哲也
数年前まで、その男は観客に嫌われていた。
ギミックとしてのブーイングではなく、リアルなヘイトブーイングである。…と言っても最近、新日本プロレスにハマった人には信じられないかもしれない。なぜなら、そのレスラーは今の新日本プロレスで最も大きな声援を受けているからだ。内藤哲也、36歳。この夏に発売されたプロレス関連の雑誌ではことごとく内藤が表紙を飾っている。子どもの頃は巨人の原辰徳ファンで野球やサッカーに燃えるスポーツ少年。それがなぜカープファンに…じゃなくて、どうしてプロレスラーになり、いわば嫌われ者から団体の救世主へと大逆転を起こしたのか?
5年前の2013年夏、友人と両国国技館で『G1CLIMAX 23』の優勝決定戦を観戦した日のことをよく覚えている。結果は内藤哲也が棚橋弘至を敗って初優勝を飾ったのだが、客席からはブーイングを越えた不満の怒号が飛び交っていた。隣の20年来のプロレスファンの友人も「なにこれタココラ、なんで内藤なんだよ!」とややギレ気味。ヤバイよ、ヤバイっすよこの雰囲気…。そりゃあ棚橋・中邑時代のあとを継承する、若いオカダのライバルを育てたい会社事情は痛いほど分かる。だがプロレスファンは試合内容が伴わず露骨にプッシュされたレスラーを嫌う。
あの頃の内藤は、ファイトスタイルもマイクアピールも“一生懸命さ”を売りにしているような正統派レスラーだった。しかし、現代では行動や言動が制限される正統派レスラーは、清純派アイドル以上に生き残るのが難しい。皮肉なことに、その真っ直ぐさが周囲からはいまいち退屈に見えてしまったのも事実だ。目標にしていた年初めの東京ドームのメインイベントも、唐突なファン投票で完敗を喫し、直前でセミ降格の屈辱を味わう。各会場で容赦なく浴びせられるブーイング。頑張りすぎて空回りし続けた男は、15年5月にメキシコへ飛び、心機一転ヒールターンして戻ってくる。崖っぷちに追い込まれ、ついに“一生懸命さ”を捨て、開き直ったのである。
リング上で観客が感情移入しやすいレスラー
バラエティタレントとして生きる決意をした元アイドルとか、代打に活路を見出した元ホームランキングとか、ヌルい合コンからガチの婚活へとか、どのジャンルでも開き直った人間は強い。帰国後の内藤はゆっくりと入場して、相手に合わせず好き勝手にファイトして、「トランキーロ(※1)、あっせんなよ」と言い放つ。正直、ファンも当初は「こいつなに言ってんだ」的な空気だったが、内藤は折れなかった。怪しいスペイン語で吼え続け、誰よりも新日を愛していた男が、会社の戦略やオーナーすら批判するようになる。このあたりの背景は昔の長州力の「俺はおまえのかませ犬じゃない」発言と非常によく似ている。伸び悩み、イラつき焦り、同僚レスラーに先を越され、追い込まれた状態で開き直って上に噛みつく。
長州も内藤も、自らの置かれた境遇をリアルな感情に結びつけ、リング上の戦いへと昇華させた。こうなると、見ているファンも感情移入しやすくなる。誰だって学校や会社で、先輩や上司や組織に何らかの不満を持っているものだ。その自分より強い巨大な敵をあえて笑い飛ばし挑発する男の出現。当初の「内藤どうしちゃったの…」から、次第に「あぁアイツ面白いな、俺らの気持ち分かってんじゃん」となるのは時間の問題だった。嫌悪から共感へ。やがて「LOS INGOBERNABLES de JAPON(ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン)」というヒールユニットを立ち上げ、16年初頭にトップレスラーの中邑真輔やAJスタイルズが退団した穴…というか枠を奪ってみせた。
今、満員御礼が続く新日の会場では「L・I・J」と書かれた黒いTシャツ姿やタオルを持った人たちが無数にいる。闘魂SHOPでも上位独占と、圧倒的な売上げを誇るロスインゴグッズだが、かく言う柴田勝頼ファンのはずの俺でもキャップを持ってる。最近は街中でも普通に赤黒のロスインゴTシャツを着ている人を見かける。環状線の外側に出たプロレスグッズ、こんな現象は90年代に売れまくったnWoTシャツ以来ではないだろうか。16年4月にはIWGPヘビー級王座初戴冠をし、両国の地場をひっくり返す程、締めのマイクでの観客からの大合唱と内藤コールで包まれた。そして昨夏、G1で以来4年ぶり2度目の優勝を飾った内藤は、今度は両国の観客からブーイングではなく大きな拍手で祝福された。
鋭い“プロレスファン目線”を持つレスラー
えっ前置きが長すぎて内藤本の内容に1秒も触れてないって? トランキーロ、あっせんなよ(これ遅刻した朝の言い訳にも使えます)。今回は『新日本プロレスブックス トランキーロ 内藤哲也自伝 EPISODIO1』(イースト・プレス)を紹介しよう。この本は新日スマホサイトで連載中インタビューをまとめ書籍化された上巻である(下巻は2019年初春発売予定)。もちろん幼少時代から時系列でレスラーへの歩みを語っているので内藤入門書としても申し分ないし、普段から新日を追ってるファンにも嬉しいコアな情報が満載だ。
例えば、レスラーデビュー前に通った浜口ジムから続くYOSHI-HASHIとの近すぎる関係。オカダ・カズチカがまだ無名の“岡田かずちか”だった時代の両者の意外な交流の数々。「アイツはこれから何年、何十年と競っていく相手」とレインメーカーになる前からその秘めた力を誰よりも早く認めライバル視しながらも、寮では同部屋となりキャッチボールや釣りを楽しむ。まさに5歳下の可愛い弟分である。そんな二人が後年、東京ドームのメインイベントで戦うことになるのだから人生は分からない。
個人的に最も興味深かったのは、ファンクラブに入るほど熱烈な新日マニアで棚橋ファンだった内藤が語る、棚橋弘至評の数々だ。リング上の輝きや放つオーラが他のレスラーとは違うと、憧れを隠そうとしない一方で、一時期のタグチジャパンに加わりお笑いに走る姿に違和感と苦言を呈す。ここでも周囲の団体を立て直した功労者だから…という温かい目線に噛み付いてみせる。熱心にプロレスを見てきたからこそ気付く鋭いツッコミ。基本的に内藤はすべての試合後コメントをしっかり残すことを意識する。ファンがその言葉から今後の展開を想像して楽しむことを知っているからだ。いわゆるひとつのお客さま目線。作るだけじゃなくカスタマーサービスも自分でやっちゃうラーメン屋の店長のような視野の広さ。まさにレスラー脳とファン脳の共存。そりゃあ人気出るよ。
ちなみに5年前の両国でブーイングを飛ばしていたあの友人も、今はすっかり内藤ファンである。
(※1)トランキーロ:スペイン語で『静かな・落ち着いて』という意味の形容詞です。 新日本プロレスの内藤哲也はマイクアピールで「焦んなよ」といったニュアンスで使っており、プロレスファンの間ではおなじみのフレーズ。