あのグリム童話が姉弟の愛憎劇に?! 「グレーテルとヘンゼル」インタビュー&稽古場レポート
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「グレーテルとヘンゼル」宣伝ビジュアル(左から土居志央梨、小日向星一) 撮影:宮川舞子
カナダ・モントリオールの劇団ル・カルーセルの代表作「グレーテルとヘンゼル」がこの夏、8/18~26に横浜にあるKAAT神奈川芸術劇場で上演されます。
本公演はル・カルーセルとKAATの共同製作。カナダから演出家を招き、日本人の若手俳優たちにより日本語で上演されますが、有名なグリム童話「ヘンゼルとグレーテル」とは内容がちょっと違うみたい。
まず、童話では兄・ヘンゼルと妹・グレーテルとなっていますが、この作品では姉・グレーテルと弟・ヘンゼル。童話では微笑ましい兄妹愛が描かれていますが、この作品では、グレーテルは弟の存在が面白くない様子。「もし弟がいなかったら……」そんな恐ろしい考えがグレーテルの頭をよぎったりして……。
どうしてそのようなストーリーになったのか?この作品の目指すものは何なのか?演出のジェルヴェ・ゴドロさんと、オーディションで決定した姉・グレーテル役の土居志央梨さん、弟・ヘンゼル役の小日向星一さんにインタビューしました。
スタートは、土居さんと小日向さんのお二人から。
ーーまず土居さんにおうかがいします。ご自身が俳優を志したのはいつからだったのでしょう?
土居:大学で映画学科に入って、もちろん映画も作っていたんですが、同級生たちと時間があれば舞台も作っていました。その活動をしているうちに徐々に、という感じです。大学入学時は、俳優になる、とは全然思っていませんでした。大学3年生の途中から卒業後を意識し始めて、俳優をしていることが楽しいからそちらの道に行きたいな、と思いました。
ーーこれまでの出演歴を見ると、映像と舞台の両方に出ていますね。
土居:映像の仕事がずっと続くと舞台をやりたくなるし、舞台をやっていると映像もやりたいな、という気持ちになります。どちらもそれぞれの楽しさがあって、全く違うものだと思っているので、これからも映像と舞台、両方バランスよく出来たらいいな、と思っています。
土居志央梨
ーー今回演じるグレーテルはお姉さんですが、実生活では?
土居:弟がいます。まさにグレーテルとヘンゼルと同じなんです。しかも弟が(ヘンゼル役の)星一くんと同い年なので、すごく親近感があります。
ーー脚本を読んで、グレーテルにどんな感想を持ちましたか?
土居:自分と比べて、全くこのままだな、と思いました(笑)不思議なくらい疑問を感じる部分が全くなくて、共感しかないです。脚本のスザンヌ・ルボーさんが、お孫さんたちの様子を見て書かれたものなので、リアリティがあって素晴らしい脚本です。
ーー弟役の小日向星一さんは、土居さんから見てどんな方でしょうか?
土居:芝居をしているときも、それ以外のときも、こちらが頑張らなくても自然にコミュニケーションが取れる人です。オーディションのときから、星一くんは決まるだろうな、と思っていたくらいこのヘンゼル役にぴったり。不思議な魅力のある人です。
ーーでは、続いて小日向さんにおうかがいします。大学で演劇サークルに入ってからお芝居を始められたそうで、過去にお父様(=俳優の小日向文世)と一緒にインタビューを受けたものを拝見したら、あのお父様を持ってしても「すごくたくさん舞台に出ている」と星一さんのことを評されていました。
小日向:大学のときはほとんど演劇しかやっていなかったと言ってもいいくらいです。多いときだと、月1くらいのペースで舞台をやっていました。
ーー今年の3月に大学を卒業されたばかり。やはり大学時代に演劇活動をしている中で、俳優の道に進もうと決めたのでしょうか。
小日向:大学に入って演劇を始めて、全く知らない世界だったのですべてが新鮮でした。人前で何かをするということをそれまであまりやってこなかったのですが、最初から『すごく楽しいな』と思ったことを覚えています。大学2年生のときに、大学が主催する公演に出演して、会場が大きなホールだったので、そこで初めてたくさんの観客の前で演じました。そのときに僕自身とても感動して、お芝居を続けたいな、と強く意識しました。
小日向星一
ーー今回は弟役ですが、実生活でご兄弟は?
小日向:弟が一人います。弟が生まれたとき僕は3歳で、急に親がかまってくれなくなったときの寂しさが実感としてありましたね。弟が何でも僕の真似をするとか、実際にそういう体験をしてきたので、この作品のヘンゼルを見て「ああ、弟ってこういう感じだよな」という共感はすごくありますね。
ーー弟役から見て、お姉さん役の土居さんはいかがですか?
小日向:すごく頼りになる、本当のお姉さんのような存在です。稽古場でもとても堂々としていて、演出のジェルヴェさんにもちゃんと自分の意見を言ったりしていて、そういうところを見ると『ああ、僕も堂々としよう』と思いますね(笑)
ーーお二人は、海外の演出家とのお仕事は初めてとのことですが、これまでお仕事してきた演出家たちと、何か違いを感じたりしますか?
土居:ここまでひとつひとつ丁寧に伝えてくださる方はなかなかいないです。あと、ジェルヴェさんは昔オペラ歌手だったそうで、発声についてすごく知識のある方。声に関してはこれまでも意識していたつもりだったけど全然認識が甘かったな、と思わされました。これから俳優としてやっていくにあたって、なんだか授業を受けているような感じで、ものすごくいい影響を受けています。この作品のためだけではなく、俳優という大きな括りで私たちのことを考えてくれているのが伝わってきて、懐の深い、愛情のある方だなと思います。
小日向:『このセリフはお客さんに対して言う』『このセリフは相手役に言う』『このセリフは自分自身に言う』という3つのフォーカスを丁寧に説明してもらいました。セリフを台本の頭から最後まで一行ずつ全部説明してもらったことはこれまでなかったので、ジェルヴェさんを信頼して、安心してお芝居ができていて、楽しいです。
ーー今回は舞台装置が15脚のイスのみ、とうかがいました。具体的な装置がない分、観客の想像力をかきたてるものが必要になってくると思います。特にこの公演は4歳から入場可、ということで子どもの観客も多いと思いますが、どういう点を心がけて演じていますか?
土居:ジェルヴェさんからは、相手が子どもだからといって型にはまったような子どもっぽい演技や、誇張した演技、押し付けるような演技はしないでくれ、自分自身の気持ちと直結したお芝居をしなければいけない、と言われています。イスもそうですし、演出がとてもシンプルなものなので、お芝居も過剰にならないように気を付けようと思っています。
小日向:並んでいるイスを僕たち二人が少しずつ動かしながら森にしたり、牢屋にしたりするんですが、そのときにただイスを動かしているんじゃなくて、森を作っているときは自分の目で森を見ているように、木を触っていたり枝をかき分けていたりするようにイスを動かさないと、お客さんからは本当に森を歩いているように見えないよ、とジェルヴェさんに言われました。
土居:でも操作がものすごく難しくて、何気なく動かしたイスの位置が後々の芝居に響いたりするので、ミリ単位で正確な場所に二人で頑張って持っていく作業を練習しています。
と、ここで演出のジェルヴェさんが登場。作品の内容について詳しくお聞きしました。
ーーまず、ジェルヴェさんと共に劇団ル・カルーセルを立ち上げた盟友スザンヌ・ルボーさんによる脚本についておうかがいします。基になっている童話「ヘンゼルとグレーテル」では、ヘンゼルが兄、グレーテルが妹ですが、今作品ではそれが逆、グレーテルが姉、ヘンゼルが弟になっています。
ジェルヴェ:そもそもスザンヌはおとぎ話に忠実にする、という気持ちはあまりなく、おとぎ話をベースにしてそこからもっとコンテンポラリー(=現代的)な物語を展開することを考えたと思います。数年前からスザンヌの書くものは、女性に大きな役割を与える作品が多いです。この作品の中でも、力を持っているのはグレーテルになっています。
ーー脚本の中で、特にこの劇のポイントとなっているのはどこでしょう?
ジェルヴェ:スザンヌはこの脚本を書くにあたって、子どもの観客が登場人物に共感できるか、自分自身をそこに見出すかどうか、ということを大事にしています。描かれているのは姉弟の力関係、支配的・被支配的であったり、時には仲良くなったり、という関係性で、それにはすべての子どもが共感できると思います。たとえ兄弟のいない一人っ子であっても、友達との関係の中できっと同じことを体験していると思います。また、童話「ヘンゼルとグレーテル」を再解釈して新しく書くにあたって、客観的な語りの視点だけではなく、語られているその状況を演じるという主観的な視点も大切にした脚本になっています。
ーー子どもに見せる舞台を創作する上でのポイントということですね。
ジェルヴェ:スザンヌは、子どもというのはとても大きな認識や理解のキャパシティを持っていると言っています。脚本がこれだけ豊かな語りの世界なので、あからさまに全部見せてしまうのではなく、物事を喚起するとか示唆するといった、想像力をかきたてるような手法を用いました。各国で上演したときに、アフタートークの質疑応答で観客が「もっと本当の森が見たかった」とか「本当の家があったらよかったのに」というコメントをすることがあり、そのとき私は「想像力がないんですか?ここにそれらを想像させるだけのものはそろっていますよ」と言います。現代人は、映画でもテレビでも、あるいは児童劇を含めた演劇でも、すべてを差し出してくれる、すべてを見せてくれる世界に慣れてしまっていますね。
ーーだからこそ、子どもの頃から想像力をかきたてるものと接することが必要であると。
ジェルヴェ:基本的なことだと思います。子どものごっこ遊びが、まずそうですね。石を拾ったり、枝を拾ったりしても、何かを想像して遊んでいます。
ジェルヴェ・ゴドロ
ーーこの作品はイス(ベビーチェア)15脚のみで様々な場面を表現していくそうですね。
ジェルヴェ:まず、どうしてベビーチェアなのかというと、子ども用のイスは高さがあるので子どもが権力や力を手に入れるようなイメージがありますが、ベルトやベビーガードで締めてしまうので牢獄のようでもあります。なので、閉じ込められるといった概念や“子ども”を演じるのに適したオブジェだと思います。
表現方法については、例えば、出産を表すのにイスの間を通って出てくるとか、すごく足が長い木製のイスなので森を表現したり、家はイスを丸く並べてその中が家、としたり、そうやってイメージを提示して、お客さんを信じさせることができるのが演劇の素晴らしさです。演劇の目的はリアリズムではありません。現実を再解釈して提示するのが、演劇だと思います。俳優たちにも、イスを動かすときに「イスを動かしているんじゃないよ、そこで世界を作っているんだよ。」と言っています。
日本に滞在する中で文化に触れて思ったのですが、この装置はちょっと日本文化に似ているのではないでしょうか。日本の文化には「わび・さび」のようなシンプルなものがありますよね。料理の盛りつけなんかでも、何かに見立てたり、小さな器の中で世界を作ったりといった、象徴で物事を語る、見せるという文化があると思います。
ーー今回は日本との共同製作ということですが、実際にお稽古が始まってみていかがでしょう。
ジェルヴェ:クリエーションに際して、舞台側と観客側との関係性によって成り立つということを大事にしていますので、これだけ丁寧に準備をする時間があり、とても嬉しく思っています。
ーー昨年秋にも、今公演の出演者オーディションのために来日されていました。
ジェルヴェ:オーディションの目的は、ヘンゼルもグレーテルも子どもらしく見える人を選ぶのではなくて、俳優としてベストのクオリティとポテンシャルを持った人を選ぶことでした。この作品は俳優にとっても、観客の方に向かって語りかけることもあれば、舞台の中に戻って状況を俳優として演じることもあり、その行き来が目まぐるしく切り替わるので、演技のエクササイズみたいに面白い作品だと思います。
ーーオーディションで土居さんと小日向さんを選んだ決め手はどこだったのでしょう?
ジェルヴェ:二日かけてオーディションをしていろいろな人に会いましたが、その場にいた全員一致でこの二人を選びました。俳優として自分の内面性に迫ることができるか、内面を演じることができるか、というところが基準でした。あとは、オーディションの短い時間の中でも、理解の能力とか、一緒にやっていけるか、ということがわかりました。
ーーまさに連日稽古の真っ最中ですが、お二人の俳優さんに求めることは何でしょう?
ジェルヴェ:私の劇団が世界でやっている児童劇のアプローチというのは、決して上から目線で一方的に押しつけるだけではなくて、子どもからの反応を見て、子どもの言いたいことを聞くことが大切です。
今現在、稽古の段階としては枠組みは出来上がっていて、ディティールを作り込むという次の段階に進んでいます。この段階に至ると、私は稽古をどう進めるか、役者のニーズを聞きながらやっています。みんながこの作品の責任者なので、俳優のニーズに耳を傾ける、ここでも「聞く」ということが大事になります。一方的に演出家の言うことを周りが聞くというのではなくて、クリエーションは双方向でやっていくことが大事だと思っています。
ーーでは最後にお一人ずつ、この公演を見にいらっしゃる方へメッセージをお願いします。
土居:1時間ちょっとの短いお芝居でとても見やすいです。そこがこのお芝居の素晴らしいところの一つだと思うので、気負わずに遊びに来るような気持ちで見て欲しいなと思っています。
小日向:わかりやすいお話ですが、決して子どもだましの作品ではなくて、ちゃんと姉と弟の愛憎関係が描かれているので、おとなにも子どもにも楽しんでいただける作品だと思います。あと、カナダのモントリオールで作ってもらった衣装がとっても可愛らしいので、それもぜひ見て欲しいです。
ジェルヴェ:ぜひ二つの文化の出会いを見に来てください。カナダの作品が日本の観客に出会う場でもありますし、カナダですべてのコンセプトが作られた作品ですが、今回は日本バージョンということで、若い日本の俳優さんが日本語で演じます。こうした文化のミックスがとても面白いと思います。
「グレーテルとヘンゼル」宣伝ビジュアル(左から小日向星一、ジェルヴェ・ゴドロ、土居志央梨) 撮影:宮川舞子
そしてインタビュー後、稽古場を見学させていただきました。
この日の稽古は、グレーテルとヘンゼルが両親によって森に置き去りにされてしまったシーン。それまで弟を疎ましく思っていたグレーテルが、ヘンゼルに対する愛情に目覚め始める、この物語の中で一つのターニングポイントとも言える重要なシーンです。
「グレーテルとヘンゼル」稽古場写真(左から土居志央梨、小日向星一) 撮影:宮川舞子
土居グレーテルは、弟への憎しみと愛で揺れ動く心を繊細に表現し、弟の前では気丈にふるまう姉のプライド、そして勇敢さを見せる素晴らしい演技でした。観客に向けて語りかける部分と、幼い自分を演じる部分の切り替わりが、まるでスイッチのようにテンポよく鮮やかで、土居さんの俳優としての勘の良さを感じました。また、ジェルヴェさんからの演出の要求にすぐに的確に応えてみせていて、土居さんの瞬発力の高さと感性の豊かさに感心しきりでした。
「グレーテルとヘンゼル」稽古場写真(左から土居志央梨、小日向星一) 撮影:宮川舞子
小日向ヘンゼルは、森に一人きりで不安に震えるいじらしさ、そして姉が自分の元に戻ってきてくれたときの喜び弾ける瑞々しい演技から浮かび上がるのは、まさに無垢なヘンゼルの姿。姉であるというただそれだけで、まっすぐに信じて頼る弟の健気さには、グレーテルならずとも観客みんなが心をつかまれること間違いなしです。ジェルヴェさんから「ここはこうして」というリクエストが出ると、その部分を何度も動きながら確認していて、地道にじっくり自分の身体にしみこませている姿が印象的でした。
「グレーテルとヘンゼル」稽古場写真(左から土居志央梨、小日向星一) 撮影:宮川舞子
ジェルヴェさんの演出は、インタビューで俳優のお二人から「とても丁寧」と聞いていましたが、本当に一つ一つきめ細かに見ていて、ディティールを作り込んでいく段階に入っていることが伝わってきました。「ここはもっと自分の内面の恐怖と向き合って」など、気持ちの流れにも的確に指示を飛ばしていて、シーンがどんどん出来上がっていくところを目の当たりにすることができました。
「グレーテルとヘンゼル」稽古場写真(左から小日向星一、土居志央梨) 撮影:宮川舞子
インタビュー、そして稽古場見学を経て、あえてこの作品のことは「子ども向けのお芝居」ではなく、「子どももおとなも一緒に楽しめるお芝居」と表現したい、と思いました。
想像力をかきたてるものと接することの大切さは、子どもにはもちろんですが、おとなたちにも当てはまるのではないでしょうか。
子どもの観客には、「きっと舞台上にはあなた自身がいるよ」と言いたい。グレーテルとヘンゼルは、あなた自身を移す鏡となるはずだから。
そしておとなの観客には、「子ども向けのお芝居だからと躊躇う必要はありませんよ」と言いたい。だってあなただって、かつては子どもだったのだから。
さあ、おとなも子どももぜひ、グレーテルとヘンゼルに会いに行きませんか?
そして、8月18日(土)15:30、8月19日(日)11:30と15:30の回は、終演後に演出のジェルヴェさんが登場して質問に答えてくれます。カナダからやってきたジェルヴェさんにもぜひ、会いに行ってみてください!
取材・文・撮影(一部)=久田絢子