高橋一生「場所を体感するのに、知識は必要ない」 特別展『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』インタビュー

2025.7.29
インタビュー
アート

特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』広報大使・高橋一生

画像を全て表示(7件)

特別展『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』が2025年9月9日(火)から11月30日(日)まで、東京国立博物館 本館特別5室にて開催される。奈良・興福寺北円堂は、鎌倉時代を代表する仏師・運慶の仏像が安置される空間をそのまま伝える貴重な例であり、本尊の弥勒如来坐像と両脇に控える無著・世親菩薩立像は、運慶晩年の傑作として広く知られている。本展は、この弥勒如来坐像と無著・世親菩薩立像に加え、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像の合計7躯の国宝仏を一堂に展示し、鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みるものだ。今回、この特別展の広報大使を務める俳優・高橋一生にインタビュー。本展の見どころや、自身の関心のある“アート”や“文化”について聞いた。

特別展『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』

縁深い地「奈良」と「運慶仏」の魅力

ーー今回の展覧会で広報大使と音声ガイドナビゲーターを務めることが決まったときの心境を聞かせてください。

昨年、法隆寺でお仕事をさせていただいたので、奈良がまた一段と縁深い地になりそうだなという感覚がありました。奈良がとても好きになったので、どんどん縁が深まっていくといいなと思っています。

ーー奈良に対する印象はいかがですか?

仕事でよく行く京都と比べても、奈良は「古都のさらに古都」という感覚があります。なんと言いますか、原初的な部分がとても多く、法隆寺の時代(飛鳥時代)は、大陸から流れ込んできたものに枠組みを加えなければいけなかった時代だったんだと想像します。それまであった原初的な「古神道」を守るために枠を作りつつも、排他的にならず、仏教などといった外来のものも受け入れた。それは日本人特有の感覚なんだと思うんです。他の文化を見てみても、突っぱねてしまうことのほうが多いと思うんですけれど、受け入れることでより醸成される結果となった。その感覚は素晴らしいなと思いました。

ーー今回は7の運慶の作品が展示されますが、高橋さんは運慶仏のどんなところに魅力を感じますか?

運慶以前の天平彫刻(てんぴょうちょうこく)は、神秘的なものを抽象化した仏様や彫り物が多かったんだと思うんです。そんな中、運慶一派はもっと写実的で、力強さも取り込んでいったような気がします。その写実的でダイナミックな部分は誇張したりもするけれど、ただ、肉体の連なりのようなものから逸脱するようなことはなく、人間をちゃんと彫っていこうとしている。人間の先に仏がある……という感覚を大事にしていたんじゃないかなと思います。

ーー今回、鎌倉期の北円堂の再現展示や、約60年ぶりの本尊の寺外公開などの見どころがたくさんあります。高橋さんがこの展覧会に期待していることを教えてください。

本来だったら実際にその場所に行く必要があるけれど、美術館や博物館でそれを見られる。寺外公開することは、とても意味のあることだと思います。

この間、別の取材で「どうも(仏像の)背中も見られるらしいですよ」と聞きまして、それはなかなかなことだなと。法隆寺にも聖徳太子の像があるんですけれど、後ろに回ることはできませんでした。仏はやはり“そういう位置”にあって、誰でも見られるわけではないものだと思いますから、寺外公開されるというのはすごいことだと感じます。さらにいろいろなアングルから自分の視点で捉えることができるのは稀有なことで、面白いことだと思いました。

ーーそうなんです! 今回は弥勒如来坐像の光背(こうはい。仏像や神像の背後に表される、光を形にした装飾)が無いそうなので……!

光背が無い状態で見られるなんて、レアなことですね。

ーー報道発表会では「仏像を鑑賞するというよりも、お像と向き合って祈りの空間を体感するような機会になるのではないか」とコメントされていましたよね。

仏像などと向き合うときって、じっと見られている感覚がとてもあって。なんだか存在感のようなものに当てられてしまうことが結構あるんです。そういった空間になるといいなと期待しています。

ーー実際にお寺で仏像を見る場合と印象や気持ちに変化はあるものですか?

お寺の場合は、空間構成されているなと感じます。足を踏み入れた瞬間に、自分がいる立ち位置だったり、仏像と対峙する位置だったり、全部がデザインされていると思うんです。この間、法隆寺に行かせていただいたときにも、すべてが構成されているなと感じました。構成や配置も含め、来た人がそこに立ったときにどういう感覚になるかということすら、デザインしようとしているというか。その感覚は本当に特殊なものですね。失礼な言い方かもしれませんが、悟りに向かっていく境地は、当時の人たちにとっては一種のアトラクションだった部分もあったと思うんです。今回、再現展示によってそれを体感できるという意味では、当時のアトラクションを現代で体験できる良い機会なのではと感じました。

ーー生で仏像を見たときに、何かを語りかけられているような不思議な感覚になったことが個人的にはあるのですが、高橋さんはそんな経験はありますか?

昔、朝礼で校長先生が喋っているときに、校長先生の話に集中しすぎて周りが全く見えなくなったことがあったんです。校長先生だけが浮き上がっちゃって、先生の周りが緑っぽくなって他は何も見えなくなって、「校長先生のオーラ、すごい……」と思った記憶があります。多分、熱中症だったのかもしれません(笑)。

ただ、ある仏像を見たときに、そのときと同じような感覚になったことがあったんです。生きている人間でもないのに。立体のものって、何かが宿るのかな……と感じました。ちょっとオカルティックな話になりますけれど、「誰々が残した遺物」と聞くと、念がこもっているような感覚になるじゃないですか。仏像は救済を求めるものであり、何かしらの願いが込められて作られているものなので、その立体自体が大きな領域を作っている感じがするんです。

ーーこの展覧会がご自身の表現に対して、何か影響を与えるようなことはありそうですか?

仏像の居住まいや肉体のありかたに影響受けるといったことは直接的にはないですけれど、どこか自分の頭の中に残っているような気はします。神聖な空間がどのように構成されているのか考えるなど……。それは、自分が舞台に立って空間認識をするときにとても役立つような気がします。

ーーそれは俳優の方ならではの感覚かもしれませんね。

そうですね。職業病みたいなものだと思うんですけれど。

ーー今回は音声ガイドナビゲーターも担当されますよね。

まだ収録前なのですが、鑑賞者の方の邪魔にならない声にしたいです。なるべく寄り添っていくというか、静かに一緒に見ているような感覚になれるのが一番いいなと思います。そのように努めてまいります。

知識がなくてもいい、その場に身を置いたときの感覚を楽しんでほしい

ーー高橋さんは普段からたくさんインプットをされていらっしゃって、様々なことに対する知識をお持ちだと感じます。アートや歴史についてはいかがでしょうか。

気になったら足を向けてしまうので、車やバイクでひとりでふらっと出かけることが結構あります。最近気になっているのは、例えばお寺や美術品が、その土地の地層や地形みたいなものと関係しているのではないかと。

お寺にはそれぞれの伽藍配置があるのですが、なぜその形になったのか興味があります。きっと地形や風土を考えて柔軟に対応していったはずだと思うので、そうした角度から読み解いていくと、意外と面白いことが分かってくる気がするんです。例えば「花見塚」という場所があります。花見が出来る場所に、塚があるのって、すごくないですか? 多分、その土地の人たちは死と隣り合わせの空間で生きていて、現代の人たちに比べても死に対する断絶がなかったんじゃないかな……。そこで生まれる文化ってどういうものだったんだろう?……など。そんな感じで、ふらふら散歩に出かけたりしています。文化が根付く土壌というか、もっと根っこの部分から調べていきたい欲があります。

話が外れますが、英語や他の言語を勉強すると、日本語はつくづく主語がなくても伝わる文法なのだなと感じます。つまり、日本人は大体を察しながら生きることのできる人たちだと思うんです。この独自性は文化においても、文化が作られていく過程の中でも、とても面白い作用をしているんだろうなと。この特殊性のようなものは、僕は勝手に誇りに思っていますし、守っていかなくちゃいけないことだと感じます。

ーー文化が根付く土壌にご関心があるということで……。そういう意味では奈良は最たる土地かもしれませんね。

本当に原初的ですね。同じ仏教でも、どこか神道的な部分がまだ残っている仏教である気がするんです。なので、とてもいい空間だなと。奈良はつくづく好きだと思える場所になりました。なぜこれまで行かなかったのかというくらい(笑)。

ーー読者の皆さんの中には「運慶や仏像に関する知識がない」という方もいらっしゃるかと思います。そういった方に向けて、本展の楽しみかたを教えていただけますでしょうか?

知識がなくても、好きなところに立って、そこで何かを受け取る、でいいんじゃないでしょうか。読み解いていくことって、とても実はもったいない行為のような気がしていて。多くの人が陥りがちな“罠”だと僕は思うのですが、例えば原作がある映画やドラマなどの映像作品を観るときに、「先に原作読んでおかなきゃ!」と思ってしまいがちです。が、体感するのに本当は知識なんか必要なくて、その場所に立って居合わせること自体、“百聞は一見に如かず” というか。そこに立っていることで生まれてくる感情だったり、自分の内側から出てくる言葉だったり、「なんだかよく分からないけれど、すごい」という感覚だったりでも十分だと思うんです。

せっかくの寺外公開なので、自分の好きな位置に身を置いてみたときに、どういう感覚になるのか。それだけで僕は十分だと思います。運慶が彫ったものには十分な説得力と、取り込まれるような感覚があると思うんです。なので、その像や美術と向き合うだけでいい。実際に感じることを楽しむことが一番いいのではないでしょうか。

ーー写真や映像を見るだけでなく、ぜひ足を運んで実物を体感すべしと。

そうですね。決定的に違うと思います。実物を目にすると、感じ方が大きく変わってくると思います。

ーー最後に、展覧会を楽しみにしている読者の方に向けてメッセージをお願いします。

楽しみかたや向き合いかたは人それぞれだと思うので、実際にその空間に入って、空間や配置そのもの、造形そのものを純粋に楽しんでいただきたいと思います。その邪魔をしないような音声ガイドをお届けできるよう努めたいと思います。

特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』は、2025年9月9日(火)から11月30日(日)まで、東京国立博物館にて開催。前売券はイープラスほかプレイガイドで販売中。


文=五月女菜穂、撮影=大橋祐希
スタイリスト=部坂尚吾(江東衣裳)、ヘアメイク=田中真維(MARVEE)

イベント情報

特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』
◎会期:2025年9月9日(火)~11月30日(日)
◎休館日:9月29日(月)、10月6日(月)、14日(火)、20日(月)、27日(月)、11月4日(火)、10日(月)、17日(月)、25日(火)
◎開館時間:午前9時30分~午後5時 *入館は閉館の30分前まで
◎会場:東京国立博物館 本館特別5室
◎主催:東京国立博物館、法相宗大本山興福寺、読売新聞社
◎特別協賛:キヤノン、大和証券グループ、T&D保険グループ、明治ホールディングス
◎協賛:JR東日本、清水建設、竹中工務店、三井住友銀行、三井不動産、三菱ガス化学、三菱地所
◎特別協力:文化庁
◎協力:非破壊検査
◎お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
*入館方法や観覧料等の詳細は、展覧会公式サイトをご確認ください。
*展示作品、会期、展示期間、開館時間、休館日等については、今後の諸事情により変更する場合があります。
  • イープラス
  • 高橋一生
  • 高橋一生「場所を体感するのに、知識は必要ない」 特別展『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』インタビュー