飯伏幸太「誰よりも危険な男の仕事術」~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術【コラム】
G1最注目カード、飯伏幸太vsケニー・オメガ
G1クライマックスは、その時代のプロレスを映す鏡だ。
8日夜、横浜文化体育館のG1公式戦を新日本プロレスワールドで観て、再確認した。メインイベントの内藤哲也vsSANADAはロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン同士のシングル対決だったが、その期待感と会場の盛り上がり方は6年前のG1で実現した中邑真輔vsオカダ・カズチカを思い出した。同門でツートップを張っていた中邑とオカダはその2年後の2014年大会の決勝戦で相見えたわけだが、あの頃の新日の人気No.1ユニットは間違いなく彼らの所属するCHAOSだった。しかし、圧倒的な会場人気を誇る中邑が16年にアメリカのWWEへ移籍して、オカダも長らく続いたIWGPヘビー級王者ロードがひと段落つき新たな路線を模索している。
結果、ロスインゴが2018年の新日本プロレスのど真ん中へ。現在進行形で最も勢いのある内藤と、シングルプレーヤーとしてG1で完全にブレイクした感のあるSANADA。彼らの初直接対決は今大会の目玉カードのひとつだった。そして、その今が旬の同門対決以上に注目を集めるのが、11日に日本武道館で対決する飯伏幸太vsケニー・オメガだ。例えば、今の内藤vsSANADAや棚橋弘至vsオカダが安心の高クオリティ新日ブランドならば、飯伏とケニーからはなんでもありのプロレス団体DDT仕込みの危険な香りがプンプンする。プロレスにおいて“危険な香り”とは「緊張感」や「何が起こるか分からない」と同義語だ。そして、中邑が去り、柴田勝頼も欠場中の今の新日ではその種のデンジャラスさは貴重だ。
校庭で受け身を取り続けた少年時代の飯伏
飯伏のプロレスと言えば、体育館の2階席バルコニーからラ・ケブラーダを飛んでみせたり、トップロープからのスワンダイブ式投げっぱなしジャーマンで相手をマットに高角度で叩きつけたりと、以前から「危険すぎる」とか「危なくて見ていられない」という批判の声も少なくない。正直、自分も時々そう思っていたのだが、2年ほど前に1冊の本を読んでその考えが変わった。
『ゴールデン☆スター飯伏幸太 最強編』(小学館集英社プロダクション)である。同時発売の『最狂編』もあるが、まずはレスラーとしての歩みはこの『最強編』だけでも充分カバーできる。とにかくプロレスラーになるために生まれてきたかのような男・飯伏の幼少時代のエピソードは凄まじい。小学生で「危険な角度で落とされる」ことにこだわり、友人にプロレス技で硬い校庭に投げてもらうわけだ。飯伏はこう言う。
「小学生で垂直落下式の技を、それも校庭で受けられる人間なんて自分以外にいないんですよ」と。
まあそりゃあそうだろうと突っ込む間もなく、「いつのまにか、頭を打つことが快感にもなっていて…」と無茶苦茶なカミングアウトから始まる本書が面白くないわけがない。やがて飯伏は校庭よりも砂浜の方が安全だと気が付き、同級生と自転車チューブを張り巡らせた砂リングを作り難易度の高い技も次々とクリアしていく。
そして、小学校を卒業した12歳の春休みに九州のローカルプロレス団体の入門テストを受けに行き圧倒的な身体能力を見せつけるも、「中学を卒業してから来てください」なんて当たり前の理由で不合格。仕方がなく中学へ進学すると、水泳部に入りつつ、“プロレスラー”として柔道部の道場へ異種格闘技戦を仕掛けにいく日々。近所のジムへ通いバキバキの肉体を作り上げ、トイレではヤンキー軍団相手に1人で勝手に“仮想UFC”と位置付けボコボコに一蹴。今のプロレスラー飯伏の原型はこの頃に着々とできていたわけだ。
その男、ナチュラル・ボーン・プロレスラー
小学生時代から技を食らい続けてきた自己流の受け身の数々。プロになり練習で先輩から教えてもらうリング上の受け身は普通に痛い。でも、自分が開発してきた受け身はコンクリートの上で取っても怪我をしない。だから飯伏はデビュー直前に「自分なりの受け身があるので、もう合同練習には参加したくありません」なんつって団体の先輩に直談判してみせる。これらのエピソードを読んで思ったのが、こういうナチュラル・ボーン・プロレスラーに、我々ファンの感覚であの技は危ないとか言うことにどれだけ意味があるのだろうか…ということだ。
しかも、飯伏はDDT時代の2012年にケニーとの一戦で「危険技の応酬だけのプロレスからの卒業」を決意している。自分は潰し合いの先にある新しい形のプロレスを追及したい。その思いが、のちに業界初の2団体所属レスラーへと駆り立てたのだろう。
恐らく、11日の日本武道館で行われるBブロック公式戦最終戦の飯伏幸太vsケニー・オメガの戦いは我々の想像を越えるような一戦になるはずだ。普段はプロレスに興味がない人が見ても間違いなく面白い試合になると思う。同時にまた危険だなんだと批判される攻防もあるかもしれない。だから、その試合の前に、ぜひこの一冊を読んでおいてほしい。
誰よりも危険な男・飯伏幸太が、「危険じゃない理由」が書いてあるのだから。