【公演レポート】反田恭平 ピアノ・リサイタル~プロとしての安定感と、芸術性の深化を感じさせたオール・ベートーヴェン・プログラム
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
反田恭平にとって2018年の夏は特に「熱い」季節だった。6月にはミハイル・プレトニョフ率いるロシア・ナショナル管弦楽団でチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」を弾き、フェスタサマー・ミューザでは日本フィルとラフマニノフの「ピアノ協奏曲第5番(交響曲第2番のピアノ編曲)」のアジア初演を果たした。7月下旬から日本全国19か所を回るリサイタル・ツアーが始まり、9/9のサントリーホールでのコンサートはツアー開始から18回目の公演で、翌週の9/15の沖縄県浦添市が千秋楽だった。
9月9日のサントリーホールは満席。全国ツアーがスタートする直前に、リサイタルと同じ内容の新作CD『悲愴/月光/熱情』がリリースされていた。今年の4月に録音され、反田が把握しているベートーヴェン像が生き生きと伝わってくる内容で、これを事前に聴いていたので、ライヴの演奏が録音とは違っていることにはっとした(もちろん、レコーディングではさまざまな効果が加えられるし演奏の条件も違うのだが)。ツアー終盤になって反田のベートーヴェンが、かなり「引き締まった」ものになっていると感じたのだ。録音では感情的なテンションが高まると、彼が得意とするリストやラフマニノフのような後期ロマン派的な音楽に近づき、旋律のみを追っているように聴こえたり、肉厚なロシアの歌に聴こえていた部分があった。サントリーではそれらが厳しくチューニングされ、厳密に純粋なベートーヴェンに近づいていた。
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
何をもってしてベートーヴェン的というか…様式的な堅牢さ、音楽の論理性ということもあるが、何より「アジテート」していたり「モノローグ」を語っているような強い言語性が感じられることが必要だと認識する。ピアノ・ソナタはにはすべて、命がけで書いた遺書のような決然とした性格がある。ダイナミックな打鍵の後に訪れる静寂の表現に、ピアニストが実践しているストイシズムが感じられた。ツアーの最初から18回目までの間で、発見するものも多かったのだろう。
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
プログラムは『創作主題による32の変奏曲 ハ短調』と、『悲愴』『月光』『熱情』のメジャーな3大ソナタであったが、反田恭平が早くもマルチなピアニストとしての正念場を見せようとしていることが伺える選曲だった。ベートーヴェンは逃げ場所がない。技術的に難解なだけでなく、個性や無我夢中さだけでは凡庸なリサイタル・ピースになってしまい、『悲愴』のアダージョもただのセンティメンタルなポップ・ソングに堕してしまう。リストやラフマニノフに厳しさがないわけではないが、華麗な超絶技巧にはエンターテイメント性も求められるし、それらの作曲家を得意とする反田は「聴衆を楽しく湧かせる」天才でもあった。
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
実際、反田恭平は何でも弾けるピアニストなのだ。難しい現代曲のコンチェルトの初演も果たしたし、浜離宮ではすさまじい数のレパートリーを連日リサイタルで披露した。室内楽のプロジェクトも立ち上げており、まさにオールマイティーだ。「だからこそ」このオール・ベートーヴェンに真剣勝負を賭けていたと思う。なんでもできる軽薄なエンターテイナーではないことを証明してみせた。ベートーヴェンには正解しかないのだ。さまざまな価値観の中で、揺らぎのない「絶対的な善」という軸を表現する。道徳的で、清潔で、最も深い人間愛が表現されなくてはいけない。骨の折れる長期間のツアーで、反田は自分に大きな負荷をかけたのだろう。その成果は恐るべきものだった。
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
サントリーホールでピアニストが客席を満たす時間は特別だ。ポリーニやアルゲリッチや内田光子と同じクオリティのことをやらなければならない。例外的なアーティストもステージに上がることがあるが、何度もここで演奏できるピアニストは、やはり選ばれしピアニストなのだ。反田恭平の安定したプロフェッショナリズムは、これから何百回もここで演奏を行っていく未来を予感させた。反田は現在ポーランドに留学し、ピオトル・パレチニのもとで学んでいる。パレチニといえば1970年のショパン国際コンクール第3位のピアニストで、ショパン指導者として高名な人物だ。プロとして名声を得た反田が、再び学び始めたことを嬉しく思う。モスクワ音楽院留学時代「サムライ・ピアニスト」というニックネームで呼ばれていたという彼。留学生に対して過度に厳しいことで有名なモスクワ音楽院の教授たちにも、聴かせたいと思わせる無敵で深遠なオール・ベートーヴェン・リサイタルであった。
反田恭平 2018.9.9(撮影:早川達也)
取材・文=小田島久恵 撮影=早川達也
公演情報
■会場:愛知県芸術劇場コンサートホール
■日時:2019年1月11日(金)開場18:00 開演18:45
■料金:全席指定¥4,000 学生券¥2,000(学生券の扱いは中京テレビ事業センターのみ)
■問合せ先:中京テレビ事業 TEL 052-588-4477(営業時間/月~金 10:00~17:00 土・日・祝休業)
■会場:福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
■日時:2019年1月12日(土)開場13:30 開演14:00
■料金:S席¥4,000 A席¥3,500
■問合せ先:キョードー西日本 TEL 092-714-0159
■会場:東京オペラシティコンサートホール
■日時:2019年1月18日(金)開場18:30 開演19:00
■料金:全席指定¥4,500
■問合せ先:サンライズプロモーション東京 TEL 0570-00-3337(全日10:00~18:00)
■会場:福島市音楽堂
■日時:2019年1月26日(土)開場14:30 開演15:00
■料金:全席指定 前売¥3,500 当日¥4,000
■問合せ先:福島放送 営業推進部 TEL024-933-5856(平日9:30~17:30)
■会場:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
■日時:2019年1月27日(日)開場13:15 開演14:00
■料金:全席指定 S¥4,500 A¥3,500
■問合せ先:リバティ・コンサーツ TEL 06-7732-8771(10:00~18:00)
■会場:札幌コンサートホール Kitara 大ホール
■日時:2019年2月2日(土)開場12:30 開演13:00
■料金:全席指定¥4,000
■問合せ先:オフィスワン TEL 011-612-8696、道新プレイガイド TEL 011-241-3871