庭劇団ペニノ、関西の俳優たちと作る『笑顔の砦』。城崎国際アートセンターでの稽古場に潜入
-
ポスト -
シェア - 送る
庭劇団ペニノ『笑顔の砦』全出演者がそろった稽古風景。右端が作・演出のタニノクロウ。 [撮影]吉永美和子(このページすべて)
この上なくリアルに、そしてとことん粘り強く。誰もが時間を忘れて創作に没頭する、白熱の現場。
関西の俳優・スタッフとともに、自らの過去作品をリクリエーションするシリーズを開始した「庭劇団ペニノ」のタニノクロウ。その第一弾となり、各地で好評を得た『ダークマスター』(2016年)に続き、2006年初演の『笑顔の砦』を取り上げる。アパートの隣接する二部屋を舞台に、漁師の男と介護老人の対照的な暮らしを、同時進行で観せていく作品だ。大掛かりな美術を用いて、人間の潜在的な欲望や悪夢を大胆にビジュアル化することが多いペニノだが、本作は日常的な美術の中で人情的な物語をつづるという、異色の作品となっている。現在豊岡&大阪公演に向け[城崎国際アートセンター]に滞在中のペニノの、その稽古場の様子をレポートする。
世界的に有名な温泉地・城崎温泉の中心部から少し外れた所にある、アーティスト・イン・レジデンスの施設[城崎国際アートセンター]。国内外のアーティストが多数稽古場に利用しているが、年に数本ほど自主公演を行っており、『笑顔の砦』もその一本に選ばれた。今回のリクリエーションで、城崎近隣を思わせる港町に舞台を設定し直したことが、理由の一つになったという。稽古場となっているホールのステージ上には、すでに実際の舞台でも使用する、リアルなアパートのセットができていた。造りが左右対称となっている、一見どこにでもありそうな六畳一間だが、その境となっている壁は大きく開かれている。
城崎温泉のメインストリートに設置されていた『笑顔の砦』豊岡公演の看板。町内各地でポスターやチラシを見かける機会も多かった。
客席から見て左側の部屋は、中年の漁師・剛史(緒方晋)が一人で住む。とはいえその部屋には、同僚の亮太(井上和也)と健二(野村眞人)が入り浸り、いつもにぎやかな笑い声が響いている。隣の部屋は空き室だったが、短期バイトの漁師・大吾(FOペレイラ宏一朗)がやって来るのとほぼ同時期に、軽度の認知症を患う老婆・瀧子(百元夏繪 )が入居。「海の近くで暮らしたい」という瀧子の夢をかなえるため、この転居を手配した息子の勉(たなべ勝也)は、娘のさくら(坂井初音)に手伝ってもらいながら、母の介護に通っている。
午後1時から始まった稽古は、第二場を通す所から始まった。瀧子の部屋では、勉が荷物整理の真っ最中。剛史は夜の漁のために起床した所で、大吾が初めて訪ねてくるというシーンだ。瀧子は一人で寝起きもおぼつかないほど弱っていて、途中で手伝いに訪れたさくらは、祖母と父に冷めた態度を取っている。一方剛史は、隣室の気配がいつもとは違うことと、大吾の現代っ子らしい受け答えに戸惑いを感じる。2つの物語は、一見平行線のように思えるが、稽古が進むに連れて、実は内容的にも演技的にもしっかりリンクしていることが、じょじょにわかってきた。
『笑顔の砦』漁師チーム。(左から)FOペレイラ宏一朗、野村眞人、緒方晋、井上和也。4人とも『ダークマスター』に引き続いての出演。
それが明らかになったのが、剛史が大吾に、勉がさくらにお茶を出すという、実になにげないシーンだ。稽古は途中から、この動きとタイミングがまったく同じになるようお互いの演技を合わせる、その段取りの確認に終始するようになった。部屋を仕切る壁は、先ほど述べた通り大きく開いているので、向こうの部屋の様子はよくわかる。しかし自分の演技を続けながら、相手の演技も横目で見てタイミングをはかるのは相当な難易度。しかも周りの役者の動きや会話のスピードなどで自分の演技も変わってくるため、周りの俳優たち全員も、そこまでの演技を精密にこなす必要がある。
これに関しては、荷物の出し入れに夕食の準備と、やることが何かと多い瀧子チームの方が苦戦。途中からは俳優3人だけで、ベストな流れを考える時間が取られた。瀧子を演じる百元は、このシーンでは寝ていることが多いが、話し合いに加わっていろいろ意見を述べている。そのシャキッとしたたたずまいは、とても先ほどまで弱々しい老婆を演じていた人とは思えない。話し合いの結果、演技を変えた所をメモ帳にリストアップし、それにそって稽古を再開。さすがにすぐには全部把握しきれないたなべは、ちょくちょくリストを確認しては笑いを誘う。しかしタニノから「引っ越しの時、実際にリストをチェックしながら動くのは不自然じゃないと思う」という一言が入り、リストを持ったまま演じてもOKということになった。
タニノの説明を聞く『笑顔の砦』介護家族チーム。(左から)百元夏繪、たなべ勝也、坂井初音。
この瀧子チームが話し合いをしている間、剛史チームは演技を固める作業をしていた。タニノの演出を見ていると、俳優の細かい動きや台詞の言い回しなどは、基本的に本人がやりやすい方法に任せているように思える。たとえば緒方は「船に若いの(乗組員)がもう2人おる」という台詞に違和感があったらしく「若いのがもう2人船におる」「船にはもう2人若いのがおる」と、単語の順番を変えてしゃべりまくり、一番しっくり来る言い回しを探求していく。結局一番最後の台詞で行くことになったが、その間もタニノはあまり口をはさまず、緒方自身が納得できる台詞を見つけるまで、辛抱強く待っていた。
しかし人間の行動として不自然に見える所、動作や言葉がどういう気持ちで出てきたのかが不明瞭に思える所には、それがクリアになるような演出を綿密につけていく。大吾が剛史の説明に「はい」「はい」と答える場面を通した直後には、ペレイラに「それはどんな気持ちで出てきた“はい”なのか?」を、一つひとつ確認。そうすると「はい」も単なる肯定や相槌ではなく「何言ってんの?」「思ったのと違うなあ……」というニュアンスがこもっているケースがあることもわかってくる。この辺の心理の掘り下げ方の執拗さや分析の鋭さは、やはり元精神科医というのが大きいのだろうか。さらにタニノが作家の意図として、この時の大吾の気持ちを「相手を拒絶してるのではなく、ただ感覚がズレているだけ」と説明した上で、それが観客にも感じられるような「はい」の言い方を実演していたのだが、それが実に巧かったということを特記しておきたい。
『笑顔の砦』稽古風景。
二場の稽古が終わると、そのまま第三場の稽古に突入する。剛史の部屋では船の仲間たちが宴会を行い、瀧子の部屋ではさくらと勉が瀧子の世話に来ている。ここで勉が剛史の部屋に引っ越しの挨拶に行き、初めてこの2つの部屋の住人の生活が交わる、中盤のクライマックスと言えるシーンだ。さらに、剛史たちが酒のバカ話でボルテージが上がりっぱなしなのに対して、瀧子は不安の影を家族に落とす言動を見せるという、明暗がクッキリとわかれる場面となっている。
ここでも徹底的に稽古を重ねたのが、2つの部屋の行動がリンクするシーンだ。亮太が宴会の酒の肴を、さくらが祖母の昼食をそれぞれ調理して、テーブルに出す動きをシンクロさせること。さらに剛史たちの乾杯と、瀧子たちの「いただきます」をほぼ同じタイミングで行うという、2つの難関が待ち構えている。この場面は全登場人物が舞台上にいるため、動きを合わせるのはさらに至難の業。井上と坂井がお互いの動きが何となく見える立ち位置を確認したり、誰の台詞をきっかけに動き出すかなど、この2人のためにチーム全員が演技プランを考える。ちょっと突飛な例えかもしれないが、一人をジャンプさせるために全員が水面下で周到に動き、その瞬間に向けて準備とパワーを整える、アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)の演技のようだ。
『笑顔の砦』稽古風景。
この段取りが見えてきた17時半頃に、本日初の休憩時間が取られた。気づけば4時間半近く、ほぼノンストップで稽古が行われていたことになる。私が今まで稽古場取材してきた現場では、だいたい2時間ぐらいで休憩が入ることが多かったので、これは結構ハードだな……と思ったが、役者に聞くと「稽古が朝の4時までかかったこともある『ダークマスター』に比べたら楽」との声が大半だった。「タニノさんとの作品作りは細かい演技が求められるし、稽古ごとに変わっていく所も多いから、それを身体に落とし込むのに苦労します。でもやればやるほど、深い所に入っていける実感があるから、大変だけど楽しいですね」と、休憩時間中に緒方が語ってくれた。
休憩後は同じ三場の、剛史たちの宴会に勉が混ざるシーンの稽古が行われた。健二が剛史をフナムシに例えてシバかれるなど、おかしなやり取りが続いていく。大半の関西人が割と無意識に、極端にいえば息をするようにできる「漫才みたいな会話」だが、ネイティブな関西人同士でも“演技”というのを意識しだすと、かえって難しいようだ。俳優たちは「フナムシ」を「ゴボウ」に変えるなどあの手この手を試してみるが、やればやるほど逆に違和感が高まっていることが、観ている側にも伝わってくる。どういう流れで、どんな強弱で台詞を言えば観客も笑ってくれるのか。役者がどう反応すれば「演技で笑ってる」ように見えずに済むのか……など、わずか30秒ほどのふざけたシーンに対して、打ち合わせが大真面目に、何十分も続いていく。
『笑顔の砦』稽古風景。写真ではなごやかだが、実は「楽しげな会話」作りに苦労している真っ最中だ。
やがてこう着状態になってしまった所で、俳優たちの苦闘をほぼ静観していたタニノが口を開く。タニノいわくこのシーンは「実際の家族関係が危うい勉に対して、この関係が理想的な家族に見えてうらやましいと思わせたい」という狙いで入れたこと。さらに「演技に正解なんてないし、むしろ本当にリアルな存在として舞台にいられるわけがない。でも“舞台にこう在るためにはどうするか”に向かって、考えたり試したりすることが大事。その気持ちをなくしたり終わらせたら、俳優としての重みがなくなるから、最後まで格闘し続けてほしい」と、現時点で(いや、もしかしたら本番ですら)無理に答を出そうとしなくてもいいということを、役者たちに伝えた。
その後も同じシーンの稽古が何度も繰り返され、タニノが「そろそろいい時間では?」と切り出したのは、20時半近くになった頃だった。当初聞いていた稽古終了予定時間からは、大幅にオーバーしている。役者たちは身体に落とし込みやすい演技の可能性をとことんまで探り、タニノはそれをジッと待ち、ここぞという所でアドバイスを入れては、再び待ちの姿勢に戻る。その粘り強さと冷静な判断力は、まるで大きな獲物がかかるのをひたすら待つ、百戦錬磨の漁師を想起させた。それこそ、この後のシーンで引用されている『老人と海』のサンチャゴのような。
2つの部屋のリンクに対して、細かく演出を付けるタニノクロウ。
わずか2シーンの稽古だけだったが、リアリティの極限を目指すような繊細な演技と、2つの話のシンクロが生み出す効果、そして様々な不安材料を投げかけつつもどこか楽観的な空気がただよっている、本作の雰囲気が伝わってくる。演出と俳優たちの粘りが生み出した、その結果をぜひ見届けたいと思わずにいられなくなる、静かな熱気に満ちた稽古場だった。この稽古の後にはタニノのインタビューが実現したが、それはまた後日掲載する。
取材・文=吉永美和子
公演情報
■作・演出:タニノクロウ
■出演:井上和也、FOペレイラ宏一朗、緒方晋、坂井初音、たなべ勝也、野村眞人、百元夏繪
■日時:2018年11月24日(土)・25日(日) 14:00~
■会場:城崎国際アートセンター
■料金:一般1,500円、学生・シニア(65歳以上)500円、高校生以下無料(要予約)
■日時:2018年11月29日(木)~12月2日(日) 29日…19:30~、30日…14:30~/19:30~、1日…13:00~/18:00~、2日…15:00~
※30日昼公演、1日夜公演は終演後にポストパフォーマンストークを開催。ゲスト:30日…サリngROCK(突劇金魚)、1日…福谷圭祐(匿名劇壇)
■会場:インディペンデントシアター2nd
■料金:前売=一般3,900円、学生3,400円 当日=4,200円
■劇団公演サイト:http://niwagekidan.org/performance_jp/760
■豊岡公演サイト:http://kiac.jp/jp/events/5248