『ベルサイユのばら45』出演の湖月わたるが思いを語る~「感謝と愛をこめて頑張りたい」
湖月わたる
1974年、宝塚歌劇団で上演の始まった『ベルサイユのばら』。池田理代子原作の華麗な少女漫画の世界を舞台化し、一大ブームを巻き起こした。そして、初演から45年となる2019年、作品の上演史に豊かな彩りを与えてきたスターたちが集い、名場面や名ナンバーでつづってゆく『ベルサイユのばら45』が上演される。宝塚在団中、アンドレ及びフェルゼンとして観客を魅了した湖月わたるが、今回の公演への思いを語った。
ーー久々に『ベルサイユのばら』の作品世界にふれられることとなります。
今日(取材日の11月12日)、実は私、退団記念日なんです。退団の一つ前の作品が『ベルサイユのばら−フェルゼンとマリー・アントワネット編−』でしたから、13年ぶりということになりますね。
私は入団一年目、星組に配属されて最初の公演が『ベルサイユのばら−フェルゼンとマリー・アントワネット編−』で、バスティーユの場面で市民として踊らせていただきました。専科生時代に、稔幸さん主演の『ベルサイユのばら−オスカルとアンドレ編−』で、トリプルキャストでアンドレを演じさせていただいて。そして星組トップ時代にフェルゼンを演じましたが、全国ツアー・韓国公演、そして宝塚大劇場・東京宝塚劇場公演があったので、在団中、一番長く演じた役が、実はフェルゼンなんです。それに、全国ツアー・韓国公演と、宝塚大劇場・東京宝塚劇場公演とでは、内容がまったく違っていて。全国ツアー・韓国公演バージョンは、ショーと二本立てだったんですが、舞踏会で初めてマリー・アントワネットと出会うシーンや、謹慎中の身でスウェーデン国王の前で剣舞を踊り、そのまま脱出するというシーンがあって、アントワネットとの出会いをそのとき演じさせていただいていたことで、宝塚大劇場・東京宝塚劇場公演のときには、そのシーンがなくても、彼の思いは肉体に宿っていました。唯一二人の幸せな時を描いた『愛の小舟』のシーンは思い出深いですね。そういう意味では、いろいろなフェルゼンのシーンを演じさせていただけた、贅沢な一年だったと思います。
研一で出演したときは、俄然アンドレ派だったんです。旧東京宝塚劇場での公演中、アンドレが橋に出ていくシーンで、セリが上がらなくて橋が出なかったんですよ。どうするんだろう……と思っていたら、アンドレ役の麻路さきさんが平場に飛び出していって、オスカル役の紫苑ゆうさんと熱演されて、もう大興奮したんです。本当にかっこよくて、その姿に感動して、私もいつかアンドレを演じられるような男役になりたい! と思って。そして、専科のとき、アンドレを演じさせていただけることになって、すごくうれしかったですね。トリプルキャストの経験も初めてでしたし、できるだけ歴代の方のアンドレの映像を何とか入手し、観て研究しながら、自分が演じるのはどのようなアンドレなのか、それをすごく追求していた記憶があります。オスカル役の稔幸さんが上級生の方だったので、アンドレとして常にオスカルの側にいて、彼女を見守り、大きく包み込む懐の深さをどう表現したら良いのかを日々考えていました。
ーーそのコツとは?
愛することですね(笑)。舞台上でどれだけ愛せるか。控えて聞いていることも多い役なので、そのときにどれだけオスカルを思っているか、そういうところは滲みでてくると思うんです。公演のお稽古期間中、私は別の大劇場公演に出演中だったので、公演が終わって稽古場に駆け付けたころには、他のお二方のお稽古はすっかり終わっていて。後は私の稽古だけという感じで、なかなか他の方の演技を見られなかったんです。だからもう意識せずに、自分の演技をすることに集中していました。人間意外とせっぱつまっているときの方がいいのかもしれないですよね(笑)。とても充実していて、もともといた星組でもあったので、稽古場に行くのがすごく楽しかったです。
湖月わたる
ーー今回は『ベルサイユのばら45』と銘打ってのスペシャル公演です。
これまでも初演の方々のご苦労をうかがったことはあるんですが、人気少女漫画の舞台化は本当に大変なことだったと思います。『ベルサイユのばら』ならではの様式美がそこで創り出されたわけですから、その皆様のお話をうかがえて、歌も聴かせていただけるのが、お稽古場から本当に楽しみです。私が研一で出演した公演の主要なメンバーの方々もずらり出演されますので、そこはもう下級生としても、とても幸せです。私は扮装しての出演になるのですが、退団後、主題歌を歌わせていただく機会は多いんですけれど、実際扮装までさせていただけることはなかったので、『ベルサイユのばら』45周年記念公演ならではの企画ですよね。『エリザベート スペシャル ガラ・コンサート』でも扮装して歌わせていただいたのですが、現役時代とはまた違う感覚と言いますか、あのときできなかったこと、それが少しできるようになっていたり、より大人の男性として演じることができて。そのときはそのときなりに必死だったんですが、今だからこそもっと出せるアンドレ像、フェルゼン像があるのではないかなと思っています。『エリザベート スペシャル ガラ・コンサート』を観ていても、皆さん、人生経験を積まれて演じられるとさらにすばらしくて。『ベルサイユのばら』の世界もやはり“愛”がテーマですから、より深い愛の世界をお届けできたらと思っています。
ーーさきほどアンドレの愛のお話がありましたが、フェルゼンの愛についてはいかがですか。
フェルゼンをさせていただくにあたっては、私は宝塚の男役の中でもより男らしいタイプだと言われていたので、「わたるが貴公子役だ!」と、皆さんご心配されて(笑)。先生方からも、「わたる、貴公子になれるか」と言われたこともありました(笑) そんな中で貴公子になるべく臨んだんですが、初めてフェルゼンの視点で原作を読んだとき、ラストで、彼はスウェーデンの群衆に惨殺されるんですが、実在の人物であるというところにすごく重みを感じました。それから、非常に情熱的で、情熱の赴くものに対して行動を起こす、周りにどれだけ反対されようともそれを突らぬき通す意思の強さ、芯の強さがあるなと。肖像画を見るとすごくやわらかい印象があるんですが、根はすごく熱いものを持っている。原作ではフェルゼンが国の人々に濡れ衣を着せられて惨殺される場面で終わるんです。最期までアントワネットへの愛を貫いた彼の強さをあらためて感じました。
退団後、何度かマリー・アントワネットが生きた時代の展覧会を観に行く機会があったのですが、アントワネットの愛用品やフェルゼンとアントワネットがやりとりした暗号の手紙を見て、二人の愛について考えさせられましたね。私は二人は天に召されたのちも、出逢えていないような気がするんです、何となく……。何か、そんなことをふっと思った瞬間がありました。それくらい重い、大罪、罰せられるべき愛の形だったんじゃないかなと。そこは宝塚らしく、夢の世界でその愛を表現していますけれど。そういう意味ではフェルゼンはものすごく魅力的な人物ですよね。「たとえ背徳の罪で地獄に落ちようとも」というフェルゼンのセリフがすごく好きで。私の体の奥底ではまだフェルゼンが息衝いているのかも知れませんね。あのときとはまた違う形で演じられるんじゃないかと思います。
宝塚が初めて海外で『ベルサイユのばら』を上演する韓国公演に、主演という立場で行かせていただいたのですが、日韓国交正常化40周年記念公演ということで、いつもとは取材の内容も違っていて、私は今、宝塚を代表して、宝塚の代表作を上演しに行くんだなと、大きな責任を感じたのと同時に、充実感、達成感があったんです。黒燕尾を着ての大階段でのフィナーレ・ナンバーもあり、本当に悔いはないなと思って……。今のこの仲間に見送ってもらいたいという思いがすごく強くなり、退団を決意したんです。それで、『ベルサイユのばら』の宝塚大劇場公演と東京宝塚劇場公演の間に、退団を発表しました。
湖月わたる
ーーその大劇場公演を観ていて、一幕ラスト、湖月さんのフェルゼンが「♪振り向けば心の荒野に/優しくほほえむ愛の面影」と「愛の面影」を歌いながらフランス宮廷を去っていくシーンで、……退団するのかな……と思ったら、その通りになってしまいました。
組の全員が舞台上にいて、それぞれに愛の形を伝えて、それで、見送られて去っていくというシーンなんですよね。宝塚はそういうところ、すごく愛がありますよね。そのときそのときに合わせて演出してくださるので。
ーー韓国でのお客様の反応はいかがでしたか。
字幕を出して上演するんですが、コスプレで客席にいらっしゃる方もいました。漫画、作品への愛がすごく深くて。当時、宝塚が来るなら『ベルサイユのばら』を上演してほしいという要望があったと聞いています。海外公演というと和物のショーと洋物のショーの二本立てが多かったので、『ベルサイユのばら』を上演するとうかがったときは、自分でもびっくりしました。マリー・アントワネットを助けにスウェーデン王宮を脱出するシーンでは、剣舞の後、マントをひるがえして客席に降りるんですが、そのときの歓声がものすごくて。すごく広い講堂で、客席通路を走る距離も長くて、ここでつまずいたら全て台無しになると思い、慎重に走って行ったのを覚えています。皆さんすごく楽しんでくださっていましたね。
ーーオスカル、アンドレ、マリー・アントワネット、フェルゼンといる中で、湖月さんが一番お気に入りのキャラクターは?
やっぱりアンドレかな。私のアンドレはどこ? って、あのころ、皆で言ってましたね(爆笑)。近くにいて、ずっと見守ってくれている。そういうシチュエーションって、憧れますよね。振り向いたらアンドレがいるんじゃないかって、皆で振り向いてみたりして(笑)。
ーー『ベルサイユのばら』というと、寺田瀧雄先生が作曲した楽曲も有名です。
本当に名曲ですよね。オープニング、音楽が始まった瞬間にテンションが上がりますね。退団後も式典や記念公演などどで歌わせていただくことも多いんですけれど、「愛あればこそ」のイントロがかかった瞬間、皆さんの集中度合いが変わります。どんなにざわざわしていても、シュッと集中するのがわかる。そういうとき、一番二番と歌うことが多いんですが、一番はアンドレとして、二番はフェルゼンとして歌っているんです。『ベルサイユのばら』の世界感が凝縮された曲ですので、今回も、大切に歌わせていただきます。
湖月わたる
ーー今回の公演での湖月さんの登場シーンは?
アンドレが、バスティーユで撃たれて「オス、カル……」というシーンが好きで、再び演じられると思うと、血が騒ぎます。退団してからは、命がけで何かをする作品てあんまりないんですよね。革命起きたりしないんですよ(笑)日常で。命をかけて戦うとか、命がけで愛する人を守るとか、現実にはない劇的なものって、役者としてはやはりすごくテンションが上がりますし、やりがいもありますので、もう一度このフランス革命の時代に生きられるというのが楽しみです。フェルゼンは「駆けろペガサスの如く」から「牢獄~断頭台」を演じます。名場面中の名場面なので、相手役だった白羽ゆりちゃんが断頭台へと昇っていくのを、もう一度深い愛で見守りたいですね。それに今回、ダンス好きの私としては、フィナーレナンバーもあるのがうれしくて。『ベルサイユのばら』はフィナーレナンバーも名場面揃いなんです。「小雨降る径」はフェルゼンとオスカルが踊るナンバーなのですが、在団中も一緒に組んだ朝海ひかるさん、貴城けいさん、水夏希さんの3人と踊ります。階段もあるそうなので、大人のダンスをお見せしたいですね。そして実は私、「薔薇のタンゴ」を踊ったことがなかったんですが、今回踊らせていただけるんですよ! 気合入れて踊らせていただきます。在団中、白羽ゆりちゃんと踊った踊ったフェルゼンとアントワネットの「ボレロ」は、今回は朝海ひかるさんと。退団してから『セレブレーション100! 宝塚 この愛よ永遠に』で星奈優里ちゃんと踊ったんですが、そのとき、初演でオスカルを演じられた榛名由梨さんも出演されていたんです。私が在団中に『ベルサイユのばら』を演じたときには、榛名さんにご指導いただけなかったので、もしよかったら……とうかがったら見てくださって。このときはこういう感情で相手のここに手を出してとか、振りの一つひとつにそういう意味があったんだ! と、新たな発見があってとても勉強になりました。今回も榛名さんはもちろんご出演されるので、現役時代よりレベルアップした深い「愛のボレロ」の世界をお届けしたいですね。
ーー湖月さんは宝塚を退団されてからもますます男役としてパワーアップされていっているなと感じます。その一方で、女優さんとしてもかっこよくていらっしゃるので、そのバランスが興味深いです。
退団して12年、いろいろな舞台を経験させていただきましたが、その都度その都度、私だからできること、私に求められていることは何かを考えて、自分に課題を与え、一つひとつクリアすることを目指す、この繰り返しです。現役時代に戻ることはもうない、宝塚の男役としてはあそこでもう完結していますが、再び演じるならば、今だからこそできるもの、あのときなれなかったもっとリアルな役を生きたいという思いがあって……。在団中は、無意識のうちに、「宝塚の男役」という鎧のようなものをつけていたのかもしれないですね。どうしたら男役になれるのかと考えていたのが、今は一人の人間としてその役と向き合えるといいますか、宝塚の男役ということではなくて、フェルゼンという人物、アンドレという人物に、鎧がとれた分、より深い部分を演じることができるということじゃないかなと思います。そういう意味では、退団してからまた男役に挑戦できるということは非常に興味深いですね。『エリザベート』ガラ・コンサートのルキーニにしても、様々な役に挑戦してきたからこそ、“ルキーニ”により近づけたのではないかと思っています。
芸の世界に終わりはないなと思います。宝塚という場所で、男役というものを基本に18年間学んで得てきたことも活かしながら、舞台と真摯に向き合って私にしかできない役、ダンス、歌をこれからもお届けしていきたいなと思います。
ーー初演から関わっていらっしゃる植田紳爾先生が、9月の新聞のインタビュー記事で、今回の公演にかける熱い意気込みを語っていらっしゃいました。
植田先生のおっしゃる一言一言は、すごく深くて、重くて。植田先生は、朝の劇団レッスンや通し稽古にいらして下さると、稽古場のみんなのテンションがグワッと上がるんです。通し稽古を見て言ってくださる植田先生の言葉が、ヒントになったり、勇気になったり、また頑張ろうと思えてきます。私のころは理事長も務めていらして、偉大な存在の方です。退団してからも、『シカゴ』のヴェルマをアメリカ・カンパニーの来日公演で演じたとき、観に来てくださったんですよ。「本当に貴重な経験をさせてもらってよかったな」と言ってくださいました。今回、植田先生はじめ、宝塚歌劇団、そして『ベルサイユのばら』を、宝塚を愛してくださる皆さんへのできる限りの感謝と愛をこめて、頑張りたいと思います。
湖月わたる
取材・文=藤本真由(舞台評論家)撮影=山本 れお