水谷八重子×波乃久里子インタビュー~新派の看板女優が『二月競春名作喜劇公演』で松竹新喜劇と競演

2019.2.7
インタビュー
舞台

(左から)波乃久里子、水谷八重子

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新派130年と松竹新喜劇70年、合わせて200年達成の夢の競演『二月競春名作喜劇公演』が2019年2月2日(土)~23日(土)、新橋演舞場にて上演中だ。「競春」と冠された通り、両劇団の名作喜劇を二本立てで、しかも各劇団の役者が双方にミックスして出演するという贅沢なコラボレーションだ。演目は、新派の「華の太夫道中」(北條秀司・作「太夫さん」)と、松竹新喜劇の「おばあちゃんの子守唄」(館直志・作「日本一のおばあちゃん」、後の「船場の子守唄」)。

『二月競春名作喜劇公演』の製作発表記者会見後、劇団新派の水谷八重子と波乃久里子に、上演作品への思いや過去の名優たちとのエピソードを聞いた。

(左から)波乃久里子、水谷八重子

■松竹新喜劇の名作「おばあちゃんの子守唄」

——「おばあちゃんの子守唄」の初演は1954(昭和29)年。当初は「日本一のおばあちゃん」という題で曽我廼家十吾(1891年-1974年)さんが、その後「船場の子守唄」という題で藤山寛美(1929年-1990年)さんがつとめた役を、今回は八重子さんが演じられます。

水谷八重子 この作品を初めて観たのが、藤山寛美先生の「船場の子守唄」でした。阿吽の呼吸で、お客様を手玉にとる。寛美先生が寛美流になさったものですから、真似をして真似できるものではありません。

波乃久里子 名優の後は、本当に苦しいんですよね。でも残っている古典は、どれも名優さんが演じてきたから残っているんですよね。

——八重子さんは藤山寛美さんと舞台で共演されたそうですね。

八重子 1回しかご一緒できなかったという思いと、1回だけでもご一緒できたという思いがあります。新橋演舞場が建て替えられる時のリクエスト公演で『銀のかんざし』を1回きり。寛美さんは、他の作品にも出ずっぱりでしたから、すでに声を潰すだけ潰して。それでも私とやった1回だけ、ワイヤレスマイクを外して演じておられたことを覚えています。

水谷八重子

■新派の財産「華の太夫道中」

——久里子さんは今回の二本立てのうち「華の太夫道中」(『太夫(こったい)さん』)で、6度目のおえい役です。こちらも錚々たる方々が、つとめてきた役ですね。

久里子 花柳章太郎先生(1894年-1965年)のおえいが、目に焼きついています。「上手いな」と感じるようでは、まだ上手い芝居をしているだけですよね。花柳先生の場合、演じていらっしゃらないんです。「そこに、おえいがいる」という見事な舞台でした。

——八重子さんも、平成21年の三越劇場でおえいを演じられています。それ以前には、再演から小車太夫をつとめ、喜美太夫も4度おつとめになりました。

八重子 私にとってのおえいは、山田五十鈴先生(1917年-2012年)なんです。本番の舞台でも、まったくのスッピンで演じて。本物のおえいだと思いました。

——花柳章太郎さんのおえいと、山田五十鈴さんのおえい。魅力が異なるものだったのでしょうか?

八重子 女方と女優。違いますね。

久里子 女方さんには、嘘をつくエネルギーがあって「そんな不思議なことが?」という、マジックがかかることがあるんです。山田先生は女優ですから超リアル。かつてのお女郎屋さんの女将を、望遠レンズで覗き見るような感覚になりました。

八重子 京都公演の時、花柳先生は青木楼(島原にあったお茶屋)さんから南座に通ってらしたんですよ。

久里子 それは妓楼の女将さんになれるわけですよ!

波乃久里子

■消えていく遊郭を華やかに

——将来おえいを演じる、次の世代の役者さんに向けたアドバイスを、いただくことはできますか?

久里子 私の後は、誰にもやらせない。死ぬまでやります。だって、自分が演じている時に、役を人に譲ることなんて考えます?(笑)

——では新派の次の130年後の役者さんに向けて……。

八重子 そこまで生きていたらバケモノね(笑)。

久里子 (笑)。私のは観なくて大丈夫よ。花柳章太郎先生のをみてください、と言いますね。花柳先生と山田先生を超えるおえいが、ありえます? 喜美太夫も、京塚昌子(1930年-1994年)先生の右に出る人はいませんね。

八重子 喜美太夫は、北條先生が京塚さんのために書いた役ですから。

久里子 『太夫さん』は、花柳先生が北條先生の一年を買い、北條先生を青木楼に住まわせて書かせた作品なんです。50代後半になった花柳先生が、「若い役ばかりでなく、年齢を重ねてもできる役を」って。

波乃久里子

八重子 ちょうどその頃、昭和29年か30年でしょうか。花柳先生と『太夫さん』に出演する全員が、青木楼さんへ一晩泊りがけの見学にいったんです。その時、私は出演の予定もありませんでしたが、京塚さんにくっついて一緒にいかせていただいて。本物の太夫をみられたことは、とても幸せなことでした。

久里子 まだ、お客をとっていたころ?

八重子 そう、売春防止法のできる前ね。『太夫さん』の太夫はキャーキャーと賑やかですが、本物はものすごく暗い。私たちの目を、まっすぐに見ることもありません。首はおしろいで白く、顔はお化粧を落とした太夫が、腹巻をしたおじさんと部屋へ消えていくのを隠れるようにして見たのを覚えています。

久里子 北條先生も、遊郭の暗い一面、本物の太夫の姿を見たからこそ、「太夫さん」の最後をファンタジックに描かれたのかもしれません。

八重子 遊郭が消えていくことを、北條先生は分かってらしたのでしょうね。

水谷八重子

■お芝居は好きじゃない?

——役者である花柳章太郎さんが、劇作家である北條秀司さんの一年を買ったというエピソードは大変興味深いです。

久里子 北條先生にしたら幽閉ね(笑)。でもすごいことでしょう? 今の時代に、一介の役者が、作家の一年を買い上げるなんてことができますか? しかも月に一度、花柳先生は北條先生の部屋に押しかけて、一晩中「この汽車の音をいれろ」「あの燭台をつかえ」って注文を出して寝かさないの。合方(三味線で演奏される下座音楽)も、全部ご自分で決められて。喜多村緑郎先生(初代)も「日本橋」の合方は、ご自分で決めてらしたはず。当時の役者さんは歌舞伎にも詳しかったんですね。歌舞伎をすべて知った上で、それを崩した。藤山寛美先生もそう。歌舞伎のやり方を本当によくご存じだから、崩し方も見事でした。

——勉強熱心な方が多かったのでしょうか。

久里子 昔はお年寄りがお孫さんの手をひいて、お芝居にきていたんです。小さい頃から親しんでいた。今はお年寄りだけでいらっしゃいますからね。

——では、おふたりをはじめ、小さい頃から歌舞伎もお芝居もお好きな方が多かったのですね。

久里子 いいえ。好きじゃないのよ、おねえちゃまはね。

——え?

八重子 お芝居は好きじゃありません。観るのは、弱いんです。

久里子 困ったものですよ。なぜ観ないの?

八重子 映像なら観られるんですが、舞台だとなんだか恥ずかしくて。すぐそこで久里(子)が泣いたりわめいたりして、見ていられない。見るとしても、一番後ろの席から。

水谷八重子

久里子 私は前から4列目くらいで観たいわ。役者の汗とか涙が見たいの。

八重子 あなた、本当にお芝居が好きね。

久里子 大好きよ? おねえちゃまは?

八重子 女優はやるものよ。見るものじゃないの。

久里子 おねえちゃまは、もう!(笑)

波乃久里子

取材・文=塚田史香

公演情報

『二月競春名作喜劇公演』
 
■日程:2019年2月2日(土)~23日(土)
■会場:新橋演舞場
 
■演目(昼夜共通、二本立て):
「華の太夫道中」作:北条秀司(「太夫さん」)
「おばあちゃんの子守唄」作:舘直志(「船場の子守唄」)
■出演:
水谷八重子 波乃久里子 春本由香 瀬戸摩純
 
渋谷天外 藤山扇治郎 髙田次郎
 
井上惠美子 曽我廼家八十吉 曽我廼家寛太郎
 
藤原紀香 曽我廼家文童 丹羽貞仁
 
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