尾上松緑『二月大歌舞伎』菊五郎、仁左衛門、玉三郎たちと辰之助の歌舞伎を繋ぐ
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尾上松緑
2019年2月2日(土)に歌舞伎座(東京)で、『二月大歌舞伎』が開幕する。「初世尾上辰之助三十三回忌追善狂言」として、『義経千本桜 すし屋』、『暗闇の丑松』、そして『名月八幡祭』が上演され、辰之助の長男である四代目尾上松緑をはじめとした、縁ある俳優が出演する。
初世尾上辰之助は、1946年、二代目尾上松緑の長男として誕生した。1965年頃より、当時の若手俳優、四代目尾上菊之助(現・尾上菊五郎)、六代目市川新之助(十二世市川團十郎)とともに、「三之助」の呼び名で人気を博し、歌舞伎を盛り上げた。しかし1987年3月、40歳という若さでこの世を去った(死後、三世尾上松緑追贈)。
『二月大歌舞伎』初日に先立ち、松緑は合同取材会で思いを語った。
『名月八幡祭』縮屋新助を 父と同じ配役で
尾上松緑
取材会で松緑は、追善狂言について「33年という月日が経ち、お客様の中には父をご存じない方もいらっしゃるかとは思います。しかし次の時代に繋ぎ、倅も含め、後輩たちにも、父という役者がこういうものを演じていたのだと感じていただけるよう一生懸命勤めさせていただきます」と意気込みを語る。
夜の部『名月八幡祭』は、松緑の縮屋新助(ちぢみやしんすけ)に、坂東玉三郎の深川芸者の美代吉、片岡仁左衛門の船頭三次という配役。昭和58年には辰之助が、やはり仁左衛門、玉三郎と『名月八幡祭』を演じた。子どもながらにインパクトがあり、思い出深い演目なのだという。
松緑は、2017年6月の歌舞伎座以来2度目の新助役。初演では、玉三郎に色々相談をし、助言を仰いでいた経緯から、「三十三回忌ならば自分が美代吉に」と玉三郎から提案があったという。
「そして玉三郎のお兄さんと、仁左衛門のお兄さんでご相談くださったのだと思います。お二人の先輩から心強いお言葉をいただきました」「まさか父の盟友だったお二人が出てくださるとは。ありがたいことです」
前回は比較的若い世代(三次:市川猿之助、美代吉:市川笑也)で挑戦した作品だからこそ、2月の歌舞伎座で父親世代と共演することに「毛色の違うものになるのでは」と期待をよせ、「父が『俺がやるよ』と出てくるんじゃないかという顔触れ」だと笑顔をみせた。
ストーカーではなくニュートラルに
『蘭平物狂』の蘭平や『暗闇の丑松』の丑松を当り役とした辰之助。粋でイナセな役のイメージも強いことから「父はどちらかというと三次のキャラクター」、そして自分自身は「おそらく新助の人間」だと語る松緑。
さらに松緑が指摘したのは、辰之助による新助の描き方。
白鸚や吉右衛門、芝翫、三津五郎らによる新助と比べ、辰之助の新助は、ストーカー気質ではなくニュートラルな田舎の商人であり、人生最初の恋を自分の中で消化できず逆上し……という描かれ方になるという。そんな「父のやり方を踏襲したい」という。さらに辰之助による新助については「後半にかけて逆上していく時の凄まじい爆発力。インパクトがあり、子ども心にも強く印象に残っている」とも語った。
前回の『八幡祭』では、演出家を入れたというが、今回は仁左衛門と玉三郎の存在が何よりも、心強い様子。
「新助は美代吉に転がされる役。どうこられても対応できるよう、アドバイスを伺いたいです。お二人にリードされる形で、新助を一から作りたいです」
音羽屋の権太のスタートライン
「父以上に祖父、二代目松緑のイメージが強い役」と切り出したのは、初役で挑む『義経千本桜 すし屋』いがみの権太。『義経千本桜』の登場人物の中でも、碇知盛、狐忠信、そしていがみの権太の三役は、大きな役どころだ。
権太というキャラクターについては、不良青年が「維盛さまのために」と最後は心根を正す。そこに「不良青年には不良青年なりの親への思いがあって、悪ぶってはいても、シャイなところがある男です。舞台とプライベートは違いますが、三役の中でも素の自分に近い役では」と思いを重ねる。
役作りは、祖父(二世松緑)の権太を継いでいる菊五郎に教わり、その通りに演じたいという。
「一からお稽古をしていただき、音羽屋型の権太をここで勉強させていただければと思います」「今回をスタートに今後何度も演じていく中で、紀尾井町系統の権太を作っていければ。そして菊五郎のお兄さんに教わりつつも、どこかに祖父や父の匂いを出せればと思います」
尾上松緑
父の年齢を過ぎる日がくるとは思わなかった
松緑は、今年の2月5日で44歳。父親の年齢を過ぎた。
「父が生まれてから死ぬまでを日にちで数えていたんです。自分がそれを超えるとは思ってもいませんでした。今、こうやって役者をさせていただき、(辰之助が惜しくも演じられなかった役に向かう時は)父だったらどうしただろうと、考えることも多くなりました」
初めて「歌舞伎役者ってかっこいい」と思ったのは、子どもの時に観た父の『蘭平物狂』。スーパーヒーローを見るような感覚だったと振り返る。
「蘭平のような派手な立廻りを見せる人が、(役が変われば)内気で女性とも喋れない役をやったり。毎月ぽんぽん変わるのは、面白いなと思っていました。しかし大人になり大きな役をやらせていただくようになると、実在の人物でも架空人物でも、他人の人生を演じるということには責任を伴うのだと感じるようになりました」
そして「最近思うのは、父は蘭平で当てた人ですが、人間の心理を細かく抉っていく役も好きだったのではないか、ということ」と続けた。
辰之助が急逝した当時については、率直な思いを吐露する。
「父が死んだという事実は分かるのですが、ショックだったんでしょうね。12歳で父が死に、14歳で祖父が死に、16歳で辰之助を襲名したのですが、その辺りの記憶がスコンと抜けているんです」
最後に父・辰之助の顔をみたのは、松緑の誕生日だった。
「おめでとうと小遣いをくれ『一緒には行ってやれないけれど好きなモノを買いな』と。そこから急変し、父は入院しました。先輩方や母は病室に入れるのですが、僕には弱った姿をみせたくなかったのでしょう。父は意地っ張りなもので、『絶対に退院するから、あらし(本名)は病院にこさせるな』と。一度も病院には行けず誕生日が最後になりました」
断片的な記憶が、再び繋がり始めるのが自身の襲名披露興行の初日から。松緑は『寿曽我対面』で五郎役を勤めた。
「菊五郎のお兄さんが、『そんなに力むなよ』とぽーんと背中をたたいて言ってくださった。そこからの記憶は繋がっているんです」
おじいさんはもっと、ひいおじいさんはもっともっと
長男の左近は、現在中学2年生。左近もまた、松緑が父親を亡くした時の年齢をすでに超えた。
「ありがたいことに息子が『今月、お父さん格好よかったね』と言ってくれることもあります。その時は『お前のおじいさんはもっと格好よかったし、ひいおじいさんはもっともっとかっこよかった』『お父さんではなく、おじいさんやひいおじいさんを目標にしなさい』とよく言っています」
『當年祝春駒』では、中村梅玉の工藤祐経に、松緑の長男・尾上左近の曽我五郎。梅玉から直々に声がかかった時、左近が声変わりの時期でもあることから「ご迷惑では?」と尋ねたという。すると「亨さん(辰之助)の追善なのだから、ぜひ出してやらないとと、逆にたしなめられまして(笑)」と背中を押された経緯を語り、感謝を述べた。
『暗闇の丑松』には、辰之助とともに「三之助」時代を盛り上げた尾上菊五郎が出演する。松緑、左近と、二人を支える父親世代の俳優たちが盛り上げる『二月大歌舞伎』は2月2日(土)から26日(火)まで。
公演情報
日程:2019年2月2日(土)~26日(火)
出演
尾上菊五郎、中村吉右衛門、片岡仁左衛門、中村梅玉、坂東玉三郎、尾上松緑 ほか
※菊五郎は昼の部のみ、吉右衛門、仁左衛門、梅玉、玉三郎は夜の部のみ出演
曲目・演目
【昼の部】
一、義経千本桜 すし屋(よしつねせんぼんざくら すしや)
二、暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)
三、団子売(だんごうり)
一、一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)
二、當年祝春駒(あたるとしいわうはるこま)
三、名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)