国立新美術館『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展レポート ハイブリッドな生き物たちがひそむ、幻想的な世界
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《うねりの春》 2018年 『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
木々や山と一体化した人物や、ぼんやりとした空間に浮かび上がる少女たち。1970年代にヨーロッパに渡り、スペイン・スイス・ドイツとヨーロッパを拠点に活躍しているアーティスト・イケムラレイコの画業をたどる展覧会『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』(会期:〜2019年4月1日)が、国立新美術館にて開催中だ。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
本展は、国際的にも高い評価を得るイケムラの創造の軌跡を、「少女」「山」「メメント・モリ」「コスミックスケープ」など、各テーマに基づいた16のインスタレーション(展示空間を含めて作品とみなすもの)として紹介するもの。絵画だけでなく、彫刻、ドローイング、版画、写真など、多数のメディアを手がけたイケムラの作品約210点が集う、過去最大規模の個展となっている。さらに会場には、文学に資質を持つイケムラが作った詩が、随所に散りばめられている。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
一般公開に先立ち催された内覧会より、見どころをお届けしよう。
会場エントランス 『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
自然と人間が混ざり合う、ハイブリッドな生き物たち
内覧会に登壇したイケムラは、「私たちの生命はどこから来ているのかということをよく考えるのですが、異国の土地で生活しながら、問題はもちろんあるけれど、人間同士が理解し合うことは可能だということを、身に沁みて生きております」とコメント。その上で、「西洋は二極的な考え方をしますが、私は、いろいろな考え方の柱があって、それをつなぐのが私たちの希望ではないか。あるいはアートの役目ではないかと考えます」と語った。
イケムラレイコ
西洋と東洋、この世とあの世、現実と夢、イメージと言葉など。イケムラの作品はそうした境界をあいまいにしていく。存在の多様性を受け入れようとする作家の思いは、異なる要素を組み合わせたハイブリッドな生き物たちを生み出した。山や木々などの自然と一体化した人物は、神秘的な雰囲気を漂わせている。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
初期の貴重なドローイングから、最新の大型絵画まで
本展は、「プロローグ」から「エピローグ」に至る16のインスタレーションから構成される。「ドローイングの世界」では、スイスのバーゼル美術館が所蔵するパステルや鉛筆、木炭など、さまざまな技法で描かれた初期のドローイング約40点が展示されている。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
さらに、80年代の終わりから着手した粘土を用いた彫刻作品や、90年代を代表するモティーフである「少女」をテーマにした作品、ギリシア神話に登場する女性部族をモティーフにした近年の版画の連作など、40年の集積を幅広く紹介している。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
イケムラは、男性や女性になる前の少女という時期は「非常に繊細な、特別な境界を揺れ動く浮遊状態」であると表現し、「少女性には、大体が男性の視点から理想化された『女の子』のイメージがあって、私たちがいかに少女性を見逃しているのかということを、自分もずっと後になってから気づいた」と語った。ぼんやりとした空間に浮かび上がる少女の姿は、どこか虚ろな感覚を呼び起こす。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
終盤の「コスミックスケープ」では、2010年代に入りイケムラが取り組んだ、東洋のアミニズム的世界観が広がる大型の風景画が並ぶ。
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
《うねりの春》 2018年 『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
《うねりの春》と題された最新作では、明るく暖かな色彩で描かれた風景の中に、女性や不思議な生き物のすがたを見つけることができる。ここでは、人や動物が大地に溶け込む幽玄の世界にたっぷりと浸りたい。
《うさぎ観音》に託された願い
生命の循環を念頭に置いてきたイケムラは、2011年の東日本大震災を機に、「死はそれだけで終わるものではなく、そこからはじまる何かという発想があって、自然や人間が作る破壊ののちに、新生や再生という希望がある。それを心から託して、アートにつなげていきたい」という自らの信念を再確認したという。
《うさぎ観音》 2012/14年 『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
未曾有の災害に衝撃を受けたイケムラが、制作に戻っていくなかで生まれたのが、うさぎと観音が組み合わさった《うさぎ観音》。野外展示場に設置された3メートルを超える巨大なうさぎ観音は、陶器で作られている。一方、室内の《うさぎ観音 II》はブロンズ製。どちらの作品もスカートの裾が広がっていて、内部は空洞になっている。傷ついた人を中へ誘うような造形は、被災者への祈りが託されているそうだ。
《いずこでもない》 2017年 『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
野外の《うさぎ観音》が涙しているのに対応し、室内の《うさぎ観音Ⅱ》は少し微笑もうとしている。悲しみと慈愛の表情を浮かべる2つの作品に、じっくりと向き合いたい。
最後に、イケムラは展覧会のタイトルについて、以下のように語った。
「震災を含めて、まだ過去は終わっていないし、いろいろな問題が世界中にある。それに対して私たちは何ができるのかということを意識しながらも、我々が享受している自然や、宇宙の大切さというのを、夢を持って託したいという気持ちがあります。それで、土と星と名付けました」
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』展 2019年 国立新美術館展示風景
『イケムラレイコ 土と星 Our Planet』は2019年4月1日まで。作品同士が呼応し、あらゆる境界があいまいになっていく空間に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。