聖地転変 ~あのとき『らき☆すた』と鷲宮と埼玉県に起こったこと~ Vol.3

コラム
アニメ/ゲーム
2019.1.31
2016年土師祭。筆者撮影

2016年土師祭。筆者撮影

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実在する場所がアニメの舞台になり、そこにアニメファンが訪れる。そしてアニメの舞台になった場所、地域がアニメファンを迎え入れることで、地域が活性化されるということが当たり前になってきている。そんなアニメファンがアニメの舞台になった場所を訪れることを「聖地巡礼」と呼ぶ。
聖地巡礼プロデューサー・柿崎俊道氏によるアニメファンとアニメの“聖地”になった地域との関わり方を問うコラム連載の第三回。アニメファンの想い、“聖地”となった地域の人々の想いに直に触れたきた柿崎氏が語る、聖地巡礼の走りとも言える『らき☆すた』と鷲宮の姿とは?

 

第三回 聖地とコスプレ

広がる遊び場

鷲宮神社は地域の子どもたちの遊び場だった。その子どもたちが大きくなり、地域を担うようになったとき、思いもよらぬ出来事が起きる。

アニメ『らき☆すた』の放送だ。

鷲宮神社はアニメの舞台となり、その周辺も含めて多くのアニメファンたちが集まるようになった。子どもたちの遊び場が、地域を飛び越えて多くの人々の遊び場になったのである。
当時の鷲宮町商工会がアニメファンと最初に出会ったのも鷲宮神社である。2007年7月、神社の境内や駐車場に集うアニメファンの姿を見つけ、話しかけ、『らき☆すた』というアニメ作品とその舞台であることを知ったという。同じ年の12月には、商工会とアニメ『らき☆すた』の権利窓口である角川書店が協力し、イベント「『らき☆すた』のブランチ&公式参拝 in 鷲宮」が開催するのだから、その機動力は目を見張るものがある。

2012年土師祭。筆者撮影

2012年土師祭。筆者撮影

印象深いことがあった。
2012年前後の頃だったと思う。

鷲宮神社において『らき☆すた』はすっかり定着していた。
例年9月第1日曜日に行われている鷲宮のお祭り「土師祭」では2008年に完成した「らき☆すた神輿」が定番として威勢よく担がれ、商工会が中心となって作る『らき☆すた』グッズも飛ぶように売れていた。お祭りの来場者は7万人を超える。そのなかでちょっとした変化が目立ちはじめていた。

コスプレをした男女の姿だ。
『らき☆すた』のキャラクターに扮したコスプレイヤーはもちろん多いが、それだけではない。『刀剣乱舞』『ハイキュー!!』や『プリキュア』と思しきコスプレも入り交じる。「土師祭」は『らき☆すた』ファンだけが楽しむものではなくなり、多くのアニメファンが思い思いに楽しむお祭りへと変化していた。
とくに目に付いたのが、女装姿の男たちだ。彼らは『プリキュア』や『ローゼンメイデン』など女性キャラクターのコスプレをして屋台が並ぶ参道を歩く。僕はコミケやAnimeJapanなどのイベントにはよく行くが、女装した男性コスプレイヤーの姿はあまり見ない。数えてはいないものの、土師祭における女装コスプレの比率はかなり高いように感じた。

彼らに話を聞くと、こういった事情だった。
「コスプレイベントは全国で開かれているけど、女装禁止というところがほとんど。僕らはコスプレをできる場所が少ないんです。その点、土師祭は逆です。女装はむしろウェルカムで、歓迎されています。だから集まってくるんだと思いますよ」

2011年9月の土師祭では「MISSコンテスト」と銘打ち、女装コスプレイヤーのコンテストが開催された。コンテスト参加者によるパレードも行われた。コンテストは2013年の第3回まで続く。2014年にはMISSコン優勝者によるパフォーマンスイベントが開催された。
多くのコスプレイベントで女装コスプレが受け入れられていないというのは悲しい話ではあるが、だからこそ土師祭の姿勢が際立つ。しかも、ただ許可をするだけではなく、祭りの主役としてコンテストまで開くのだから、その思い切りの良さには、当時、僕は感動すら覚えた。

2013年土師祭、MISSコンテスト。筆者撮影

2013年土師祭、MISSコンテスト。筆者撮影

さらに広がる遊び場

思い切りの良さは他でも発揮されていた。
土師祭では、鷲宮神社の境内が開放され、コスプレ撮影が可能となっていた。コスプレイヤーはふだんと違う環境で撮影することを好む。鷲宮神社の境内は広く、また林に囲まれているため余計な要素が入り込まない。コスプレ撮影にうってつけの環境なのだ。土師祭に女性コスプレイヤーが増えた理由のひとつに、撮影スポットとしての鷲宮神社の存在は大きい。
ただ、当然のことながら撮影時間が設けられていた。夕暮れになる頃には撮影時間が終了し、解散となっていた。
それがある年の土師祭から撮影時間を延長した。日が沈んでもコスプレ撮影ができるようになったのだ。

写真は光の芸術だ。

日が沈むと、鷲宮神社の灯籠に火が灯される。その光を利用すれば、さらに幻想的なコスプレ写真が撮れるようになる。
そうしたコスプレ撮影に優しい環境が評判となり、土師祭ではコスプレイヤーの数が増続けた。2014年には1500名のコスプレイヤーが参加した。
僕がスタッフとして関わっている「アニ玉祭」というイベントがある。埼玉県さいたま市大宮区で開催され、1日で3万人以上が来場する埼玉県最大のアニメ・マンガ関連イベントだ。アニ玉祭でももちろんコスプレがある。コスプレ更衣室を設け、会場内では自由に撮影ができるようにしている。そして、更衣室の利用者数から参加コスプレイヤーの数を知ることができる。土師祭が1500名を記録した2014年は、アニ玉祭は104名だった。土師祭の1割にも満たない数である。アニ玉祭に毎年関わっている僕としては、それでも「コスプレイヤーさんが増えたなぁ」という印象ではあった。1500名という数は相当なものである。
鷲宮神社を囲む林の向こうに日が沈む。灯籠の光に頬を寄せて撮影していた女性が呟いた。
「今日は帰りたくない……」

失われた遊び場

2017年9月3日。第35回土師祭が行われた。この連載の第1回で書いたとおり、鷲宮神社の灯籠には1枚のコピーが貼られていた。

「境内でのコスプレの写真撮影はご遠慮願います。」

この年、女性コスプレイヤーの参加数は激減したという。
そして、2018年。第36回土師祭そのもの中止が「土師祭(はじさい)/千貫神輿 公式サイト」に掲載された。
写真撮影を禁止する張り紙の写真と土師祭中止のアナウンスを見ていると、暮れゆく鷲宮神社で撮影し、「帰りたくない」と呟いた女性のことを思い出す。
コスプレ撮影はひとりで行わないものだ。少なくてもコスプレイヤーと撮影担当者の2名となる。複数のコスプレイヤー、複数の撮影者という大所帯で来るグループも多い。
そして、コスプレができるイベントは全国で毎週のように行われており、彼らのスケジュールはびっしりと埋まっている。たとえば、アニ玉祭を開催している僕らは数あるイベントのなかから選んでいただくために日々、苦心している。
そして、鷲宮だ。鷲宮神社の撮影がなくなり、土師祭もなくなったとなれば、コスプレイヤーたちはきっと別のイベントで撮影しているだろう。将来、土師祭が復活し、鷲宮神社でのコスプレ撮影が可能になったとしても、同じような勢いが戻ってくるのだろうか。

もうひとつ思い出す顔がある。

快く写真を撮らせてくれたプリキュアのコスプレをした4人の男性だ。コスプレをする場所がないといっていた彼らは、いまどこでコスプレをしているのだろうか。先日最終回を迎えた『Hugっと!プリキュア』のキャッチコピーは「なんでもできる!なんでもなれる!」だった。彼らは土師祭で出会ったときのように、のびのびとやりたいことをして、のびのびと女装コスプレを楽しんでいるのだろうか。土師祭がなくなったことで大事な居場所を失ってしまったのではないか。

かつて、神社は地域の子供たちの遊び場だった。アニメ『らき☆すた』の登場から、まずは『らき☆すた』ファンの遊び場となり、さらにアニメやマンガが好きな人々の遊び場になった。土師祭は7万人超という来場者を記録し、聖地巡礼・コンテンツツーリズムの大きなうねりを生み出した。

そのうねりは、ひとりひとりの小さな幸せが集まって生まれたものだということに、失われてから改めて気付かされる。

 

柿崎俊道

聖地巡礼プロデューサー。株式会社聖地会議 代表取締役。

主な著書に『聖地会議』シリーズ(2015年より刊行)『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(2005年刊行)。

埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」をはじめとした地域発イベント企画やオリジナルグッズ開発、WEB展開などをプロデュース。聖地巡礼・コンテンツツーリズムのキーマンと対談をする『聖地会議』シリーズを発行。イベント主催として『アニメ聖地巡礼“本”即売会』、『ご当地コスプレ写真展&カピバラ写真展』、聖地巡礼セミナーなどを開催している。

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