大衆演劇の入り口から[其之三十五] 気になりすぎて!舞踊の名手・つばさ準之助座長に新潟でロングインタビュー
-
ポスト -
シェア - 送る
つばさ準之助座長
2015~2016年頃から大阪を中心にさまざまな大衆演劇の劇団にゲストとして出演し、瞬く間に人気者になった方がいる。劇団つばさ・つばさ準之助(じゅんのすけ)座長、42歳。
もともとは、いわゆる大衆演劇とフィールドの異なる舞踊専門の劇団だったという。しかし大衆演劇へのゲスト出演が増えるにつれ、大衆演劇ファンのブログ・SNSでよく名前を見かけるようになった。
“それにしてもつばさ準之助の舞踊は格別や。抜群に上手い。つばさ真琴(※)の立ちも平均以上。どこの劇団におったんやろ。” 『BOOのなみはや国風土記』2017年4月5日
※…筆者注。劇団つばさの若手メンバー。
筆者の場合、気になったきっかけは、大衆演劇ファンのMr.BOOさんによる人気ブログ『BOOのなみはや国風土記』だった。
準之助座長は、竹がしなるように体が動く舞踊技術に加えて、慈愛の微笑みもその魅力だ。先月2019年2月11日(月)、大阪・九条笑楽座で開催されたイベント「準之助祭り」。ぎっしり満席の客席に準之助座長が「いい男」と歌いかけると、客席は全力でレスポンスした。「じゅんじゅん!!」すると、座長のふわーっとした微笑みが客席を包み込んだ。
この人は一体どのような芸歴なのだろう――?
風鈴屋・大衆演劇上演ホール
3月2日(土)、新潟・月岡温泉のホテル「風鈴屋」に向かった。劇団つばさの単独公演(2/23~3/23)を観るためだ。終演後にインタビューのお時間をいただき、夕方のロビーで待機していると、準之助座長がいつもの笑顔で現れた。
5歳から「舞踊でずっと生きてきた」
優しく、美しい女形。
――大阪をはじめ、大人気です。じゅんじゅんフィーバーが起きていますね。
ほんまにですか? 本人はそれ、全然実感ないですよ(笑)。僕、初見はめっちゃ近寄りがたいらしいんですよ。基本、ゲストだから初めて観てくれるお客様が多いし、ふざけないし、口上でもあんまり喋らないし。だからお客様から、踊ってるときと喋ってるときのギャップがすごいねってよく言われます。
――出演されるゲスト先はどうやって決まるんですか?
基本はプランツ・プロモーションという会社の社長の依頼で動いています。此花演劇館(大阪市)や九条笑楽座(同)を運営している会社です。だからこれらの劇場での仕事は多いですね。行かせていただいた劇団さんと仲良くなったら、じゃあ次の公演先も行くわーみたいに広がっていくこともあります。
――このインタビューでは「つばさ準之助」という役者、そしてその踊りがどのように誕生したかという経歴を知りたいんです。
全部話しますよ! 生まれ育ちは宮崎県えびの市で、初舞台は5歳くらいです。
――では、親御さんが舞台の仕事を?
いえ、親は全然。きっかけは、知り合いが鹿児島の舞踊劇団に入ってたことでした。
――舞踊劇団とは?
昔はホテルや温泉旅館で、お客さん向けに舞踊ショーを見せるサービスがけっこうあったんです。そういうショーを専門でやっている劇団でした。ショーで使う曲は演歌が多かったですね。自分では記憶にないんだけど、小さい頃、僕はテレビで音楽が流れると踊ってたらしいんですよ。そしたら、その知り合いが僕を見て、この子面白いからうちの劇団に入れようや!って。うちの親は反対でした。そんな世界全然知らへんし、続かへんよって。でも僕が、やりたいやりたいって言ったらしいんです。結局、劇団に入り、そこの師匠に弟子入りしました。
――師匠からは日本舞踊を教わったんですか。
そうです。藤間流の師匠でした。『高砂』とかの古典舞踊や、長唄舞踊もさせてもらいました。だから子どもの頃、平日は学校に行きながら、土日はホテルで踊りの仕事をするという生活でしたね。
――ハードですね!
さらに、僕の実家も温泉旅館だったんですよ。なので踊りするんだったらうちでも使おか、ってことになって。これがすっごい嫌でした。だって全然遊びに行けないんですよ! ほら、僕らが子どもの頃って景気が良かったから、温泉やホテルに来るお客さんも多くて。僕は土曜日も日曜日も平日の夜もほんまになかった。でも踊らへんって言ったら怒られて、勉強するよりもお前、舞台やろ!ってご飯食べさせてもらえないとか。
――厳しい…!
踊り漬けでした(笑)。だからその頃から、舞踊でずっと生きてきたんです。でも、子どもの頃は目立たない存在でしたね。単発のイベントで踊る仕事に行くと、「あれにお金払いたくないわ」とか言われたり。初めて本格的に女形したときは、「腕がないわ」とかすっごい厳しいことも言われて。でも、僕はなんせ負けたくない人だから、くそっと思って頑張りましたね(笑)。
――その生活が長く続いたんですか?
でも多感期というか思春期の頃はやっぱり嫌になって、普通の仕事もしたことあるんですよ。ガソリンスタンドでバイトしたり。親父とおふくろは、僕に結婚やかたぎの仕事を望んでたし、僕も友達と遊びたい。で、やめてバイトとか色々するけど、自分の意志じゃなく、必ず舞台の世界に引き戻されるんです。「人が抜けたからちょっとだけ手伝って」とか言われて、一週間のつもりが一か月、そのあとずーっと…みたいに。やめちゃ戻されるって繰り返しが長く続いたのかな。
――舞台で食べていくって覚悟を決められたのは、おいくつのときだったんですか?
遅かったですよ。28歳ぐらいかな。きっかけは、僕の先々のことをずっと心配してたおふくろが諦めたんですよ。僕に一言ボソッと、「お前はこの道に引き戻される運命なんやな」と。それを聞いて、ああ、じゃあもうこの道をやっていこうかって。宮崎の企画会社の劇団にタレントとして所属して、単発公演に出るようになりました。ホテル公演や、歌手の方との共演とかの仕事が多かったですね。そこに10年くらいいました。
古典、演歌、ポップス、どんなジャンルの音楽で踊っても体の動きが抜群に面白い。
恩人の言葉「君は翼がないから羽ばたけないんだ」
――調べていたら、「つばさ準之助襲名披露公演」が2013年12月に鹿児島の文化会館で行われたという記録が出てきました。
よく見つけましたね(笑)。その前、僕は桜(さくら)準之助っていう名前だったんですよ。企画会社での仕事の後、劇団隼(はやぶさ)っていう劇団を旗揚げしたんですが、当初は仕事もなかなかないし、7人くらい劇団メンバーがいたのに食べさせていけないし…。それで、病んだんですよね。どうにか1年間やったんですが、もうやめようと思ってたんです。
――そのお気持ちを変えた方がいたんですか。
はい。曽根幸明(そね・こうめい)先生っていう、作曲家の先生です。もう亡くなりはったんだけど…。曽根先生に仕事をもらっていたので、もう劇団やめようと思うんです、いただいている仕事が最後になると思うんですって相談したら、絶対あかんと。「君はずっと舞台に立ってなきゃいけない人間だ」って言われて。そして、隼って劇団名は鳥だけど、「君は翼がないから羽ばたけないんだ」って。
――素敵な表現ですね!
なんかその気になっちゃって…(笑)。それで37歳のとき、つばさ準之助になり、劇団名も劇団つばさになりました。結局、ここでもやめようとしたら引き戻されたんですよね。一度、曽根先生から吉本興業にまで話が行ったんですが、やっぱり今までの僕の経歴を生かせる場所でということで、最終的にプランツ・プロモーションの社長の下に行かせていただきました。
――ここで初めて大衆演劇とつながるんですか?
そうです。それまでに大衆演劇を観たことはありました。観てたら、劇団員にならないかってスカウトされたり(笑)。でも、芝居の経験はほとんどなかったです。だから、初めて大衆演劇のゲストのお仕事をいただいたときは、5回くらい断りました。いや、僕、芝居できないんでお役に立てないと思いますって。でも根負けしちゃって、じゃあ舞踊だけで役に立てるならって行ったのがきっかけで、大衆演劇に関わらせてもらうことになりました。
――それから約5年、今では心のこもったお芝居をされています。ですが、準之助さんが専門にやってこられたのはやっぱり舞踊なんですね。
そうですね。大衆演劇の役者さんには、僕には思いつかない、すごい世界観を持って踊る人や、こういう攻め方すごいなって人がいっぱいいます。今仲良くしていただいてる劇団さんは、若い子にはどんどん踊りを教えてほしい!って方が多いです。たとえば、劇団寿の寿翔聖(ことぶき・しょうせい)座長。すっごく気さくな方で、うちの子たちみんなに踊り教えてって。いやいや僕なんかがって思うんだけど、そうやって言われると、一つでも自分が気が付いたことを言ってあげられればなって。
哀しげな曲では表情もアンニュイに。
――お好きな舞踊曲はありますか?
やっぱり、民謡が入っている曲や古典寄りのものが好きです。魂入れて踊らな!みたいな曲は、自分が息するの忘れるくらい夢中になって踊れます。
――踊り手の魂の込もった舞踊は、客席も夢中になって観ていますよ。
ほんまですか? でも、自分自身はもっと上手になりたいって毎日ヘコみます。はぁ~全然思うように踊られへんかったわ、もっとこうすればよかったって。
――芝居を始めたことで、踊りにもプラスになったものはありますか?
大いにあります。たとえば、踊りの中でお酒飲む仕草がありますよね。以前は特に考えてなくて「酒飲むね」って感じでサラッとやってたのが、芝居をするようになってから、実際に人間がお酒飲むときってどうやってるのかな、感情によっても飲み方が違うよな、とか細かいことをすごい気にするようになって。芝居ができないと、こういうことがちゃんとできないと思うんです。
――ファンの方のブログやSNSの拡散力も大きいと思います。あまり準之助さんを観る機会のない関東の大衆演劇ファンからも「すごい人なんだよね、観てみたい」って声を聞きます。
観ていただいて、期待に応えられるといいなぁ…(笑)。実は今年から関東でのお仕事が増える予定なんです。
――えっ?!
1月に拠点を九州から横浜に変えたんですよ。倉庫も住まいも全部。なので、これから関東でのお仕事を少しずつやっていきます。
――関東ファンには嬉しい情報ですね!
根本は、泣いて喜んでくれる人のため
劇団つばさメンバー。左からつばさ輝さん、つばさ真琴さん、つばさ奈月さん。
――座長として、心掛けていることは何でしょうか。
ご飯のときや稽古のとき、劇団メンバー一人一人と絶対喋るようにしてます。みんなでお稽古しといてねっていうやり方は好きじゃないので、稽古中はずっと稽古場にいます。でも座長が見てると怖いとか緊張するとか言われるので、だからよそ見してる振りをしながら、みんなの稽古を見ています(笑)。
――それは気を遣いすぎでは(笑)。
いや、多分実際に威圧感があるんですよ。こと踊りってなると、僕は目つきが変わるんだと思います。だからあんまり威圧感出すといけないなって、無駄にニコニコしてみたり。
――これからの劇団つばさの目標は何でしょうか。
僕の役割は劇団の土台作りなので、僕の代で一花咲かせようとは思ってないです。でも、せっかくここまでやったから、劇団つばさの名前は残ってほしいと思ってます。もともと僕はホールの出身なので、いつか劇団つばさはトラックでツアーをして、ホール回りをできるような劇団になってほしいですね。都会も行くし、地方も行く。若い人たちの集まる場所にも行くし、おじいちゃんおばあちゃんに観てもらえる公民館とかにも行きたいですね。今のホテルでの公演も、あえてちょっと昭和感を出してます。おじいちゃんおばあちゃんにも楽しんでもらう時間が必要やって思って。
――老人ホームでの慰問ボランティアもされていると聞きました。
はい、日が合えば劇団みんなで行ってます。以前、老人ホームで公演したときに、おじいちゃんおばあちゃんがね、泣きはったんですよ。泣いて喜んでくれたんです。根本、これなんですよね。もちろん僕もだけど、劇団のみんなに根本をずーっと忘れずにいてほしいから、ボランティアは話がある限りはやります。
人の気持ちを和ませる笑顔。
――どの座長さんもプロなので、もちろん笑顔で舞台に立っていますが、準之助さんの笑顔は少し性質が違う気がします。ふわ~っとしていて、優しい。
あ、なんかふわっとしてるねっていうのは、お客様から言われるかもしれません(笑)。僕は、ほんまは40歳ですっぱり舞台から消えようと思ってたんです。それで、会社を作りたかったんですよ。芸能の総合会社。鬘や衣装の部門も、営業部門もあって、若い役者さんが才能を発揮しやすくなるような会社にできたらって考えてました。
――それでは将来的には経営方面に行かれる可能性もあるんですね。いつまでも舞台に立っていてほしいですが…。
ありがとうございます。でも去年の5月、明生座(大阪市)のゲスト出演中にケガをして。あのとき、ほんとは再起不能って言われたんです。膝の靭帯が伸びてまったく歩けなくなって、松葉杖生活でした。靭帯専門の先生に診てもらったら、手術をしたら多分、もう舞台は無理だろうと。もし僕が20代だったらまだ先があるけど、あとどのぐらい舞台を続けようと思ってますか?って聞かれて、あと2~3年ですかねぇって答えたら、そのつもりだったら体と相談しながらこのまま続けたほうがいい、手術は勧めませんって。
――えっ、じゃあ今は、靭帯はどうなってるんですか?
伸びきったまんまです。でもね、ありがたいもんで、長年踊ってきたから、こっちに動くと痛いなとか、自分の体が熟知できてるんです。逆に、今まではこんなこともできてたのに、あんなこともしてたのになっていう不完全燃焼な気持ちにはなりますね。
――直近の引退も視野に入れているんですか?
それはないです。体はきついときもありますが。少なくとも来年引退とかっていうのはないです。
――良かったです。今年は43歳になられますね。
なんか、人生を駆け抜けて終わっていくような気がします。舞台に立つ人には、歳を重ねてもずっと舞台に立ち続けるっていう考え方の人もいれば、スパッとやめたい人もいます。僕はどっちかっていうと後者のほうなんですよね。あの人きれいだったよねって、もったいなかったよねって言われるうちに引退したい。でも、きっとそれ叶わんのやろなって、すでに思ってます。多分、誰かにまた「この役やってください」とか言われて…。
――引き戻される運命ですもんね。
だから叶わないんだろうなーって。結局なんだかんだ言って、ずっと舞台をやるのかなーっていう風に未来を想像してます(笑)。
山あり谷ありの人生を明るい声で話してくれた。その舞踊を観ていると、人の体がこんなに速く、なめらかに、複雑に動くことが、心地よくて目が離せない。演歌もポップスも全部面白い。ゲスト出演告知は主にTwitterでされているので、興味を持たれた方はぜひフォローしてほしい。つばさ準之助座長 @jun19760628
紆余曲折を経て。
今日も翼は、舞台に羽ばたく。
公演情報
■会場:此花演劇館(大阪府)
満劇団・大日方皐扇座長
■会場:此花演劇館
劇団紫吹・紫吹洋之介座長