AKB48×劇団鹿殺し×コンドルズが生み出す愛憎劇 舞台『山犬』が開幕
『山犬』ゲネプロより
2019年2月27日(水)、東京・サンシャイン劇場にて舞台『山犬』が幕を開けた。『山犬』は、劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が脚本・演出を務める衝撃の監禁ホラー劇。監禁されて極限状態に陥った人間の姿と純愛を描き出した作品だ。2006年の初演、2014年の再演に続く再々演となる。
今回の2019年版ではAKB48から岩立沙穂(AKB48 TeamB)、太田奈緒(AKB48 Team8)、谷口めぐ(AKB48 TeamB)、劇団鹿殺しからオレノグラフィティ、丸尾丸一郎、ダンス集団コンドルズから山本光二郎をキャストに迎え、異色の組み合わせが実現した。AKB48メンバーの出演に伴い、これまでの公演とはメインキャストの配役を男女逆転させ、高校の元コーラス部という設定も新たに加わった。さらに、日替わりでメインキャスト以外のAKB48メンバーが同級生役で出演することも新たに発表されている。本公演の『山犬』は、全く新しい作品へと生まれ変わったのである。ここでは、2月27日初日公演に先立ち報道向けに公開されたゲネプロの模様をレポートする。本公演の上演時間は、休憩なしの約2時間だ。
「私たちが埋めたタイムカプセルを一緒に掘りに行きませんか?ハマダマコト」
物語は、高校の同窓会の前日に届いたこの1通の手紙から始まる。元コーラス部の生徒たちと教師は、誰一人として手紙に記されている「ハマダマコト」という名前を覚えていなかった。早速彼らはタイムカプセルを掘り起こすために学校の裏山へと向かうが、タイムカプセルから出てきたのは、骨とハマダマコトの名札だったー。その後、突如として始まる監禁生活。日が経つにつれて本性を表していく滑稽な人間の姿と、10年前の高校時代の出来事が交錯しながらストーリーは進行していく。
あらすじだけを聞くとダークで重そうな印象を受けるかもしれないが、決して重いだけの作品ではない。所々にAKBネタが散りばめられており、登場人物たちのコミカルなやり取りに客席から笑いが起こることもあった。また、抽象的なダンスシーンは想像以上にアクロバティックでスピード感があり、作品を立体的なものにしていた。
コーラス部という設定を活かしたコーラスシーンは、「監禁ホラー劇を観ている」という事実を忘れさせ、劇場の空気を和ませてくれる。歌唱のみならず、女優陣のかわいらしい振付を楽しめるということもファンにとっては嬉しいポイントだろう。
以下で、6名のメインキャストを役柄と共に一人ずつ紹介していこう。
岩立沙穂/ハマダマコト・ハマダアキラ役
岩立の役は、他のAKBメンバーと比べてかなり異質な存在だ。いつも孤独で、けれど誰よりも純粋な心を持っている少女だった。彼女の強い想いが、この物語全体を動かしていると言ってもいいだろう。ダンスシーンでの活躍も目を見張るものがある。
太田奈緒/山本雲雀役
太田が演じるのは、自分のことを「ドジでのろまでカメ」だと言う少女・山本雲雀。高校時代にイジメを受けていた過去を持ち、部長の石橋に対してある思いを抱いていた。物語序盤、同窓会の会場となる居酒屋でバイトリーダーとして奮闘する様子は、実に活き活きとしていた。それ故に、監禁生活が進む中で変貌していく様子が際立つ。本作の中で最も変化していくキャラクターでもある。空腹に追い詰められ、支離滅裂な発言や狂気的な思考に支配されていく姿からは、人間という生き物の恐ろしさが伝わってきた。
谷口めぐ/石橋直子役
谷口が演じる元コーラス部の部長・石橋直子は、真っ赤なワンピースに真っ白なコートというキャバ嬢らしい派手な装いに身を包んでいる。服部先生に学生時代から想いを寄せているということもあり、先生に詰め寄るシーンでは大人の女の色気を醸し出していた。自分が一番というような、ちょっとわがままで強気な性格だが、なぜか憎めないところがある役どころだ。
オレノグラフィティ/服部先生役
本作の音楽も手掛けるオレノグラフィティは、初演、再演に続いて3度目の出演となる。今回の役どころは、2人の女子生徒から想いを寄せられる罪な教師・服部先生。優しくて、頼りがいがあるのかないのかわからないコーラス部の顧問の先生だ。監禁事件に巻き込まれ翻弄されていくポジションではあるが、AKBメンバーを先生として、役者として、引っ張ってまとめている印象を受けた。
山本光二郎/或る男役
ダンス集団コンドルズに所属している山本は、その身体能力の高さを活かした動きを舞台上で魅せてくれた。作品の中で発するセリフはほとんどないものの、大きな体とそれを活かしたダイナミックなダンスで存在感は抜群だ。物語の要所要所で登場し、舞台上を自由自在に駆け回っていた。
丸尾丸一郎/コック役
本作の脚本・演出も務める丸尾は、インド人のコックという謎めいた人物として物語に登場した。出演時間は極めて短かったが、それにも関わらずかなりインパクトがあるキャラクターだった。ギョロッとした目つき、どこを見ているのかいまいちわからない表情からは、不気味さが漂っていた。本作にとって、まるでスパイスのような存在であったと言うのが適切だろう。
人の記憶とは、不確かなものだ。実際、覚えていることより覚えていないことの方が多いのだろう。そしてそのことが、知らぬ間に誰かを傷つけてしまう。『山犬』は単なるホラー演劇作品ではなく、純粋な愛憎劇だ。本作で描かれていることは、実は遠い世界の出来事ではなく、極めて身近なことなのかもしれない。観劇後、そんな風に思えてくる作品だった。
取材・文・撮影=松村蘭
公演情報
<東京公演>
2月27日(水)〜3月3日(日) サンシャイン劇場
<大阪公演>
3月6日(水)〜10日(日) ABCホール
■原案:入交星士
■音楽:オレノグラフィティ