エリック・クラプトン96回目の武道館公演を観た【SPICEライブレポート】
エリック・クラプトン
平成の終わりも差し迫った4月20日(土)、エリック・クラプトンの通算22回目となる来日公演を観に武道館へ向かった。クラプトンは武道館で最も公演回数をこなしている来日アーティストとして君臨しており、その回数はこの日で96回目と他を圧倒している。
この日は今回の来日公演の最終日であり、また週末の公演であることから多くの人が早い時間から武道館に集まり始め、敷地内では長蛇の列になっているオフィシャル・グッズ販売のみならず、クラプトン・ガチャ(!)や、ギターメーカーのマーティンが出している特設ブースなど見どころが多く、また敷地外には来日アーティストの公演では久しぶりに見た非公認グッズや生写真販売(!)の屋台までもが出て、お祭りのような賑わいぶり。この光景を見ただけで、どれだけ今日の公演の主役は日本で愛されているのかがわかる。
近年は聴覚に問題があるなどの不調が見られるためワールド・ツアーから引退を発表し活動がセーブされてきたが、昨年はマジソン・スクエア・ガーデンやハイド・パークでの大規模な公演をこなしたり、今年は、自身が設立した依存症回復施設クロスロード・センターの運営資金を集めるためのフェス、クロスロード・ギター・フェスティバルの開催を発表(2013年以降開かれていなかった)したりと、再び活動が活発になり始めファンを喜ばせている。が、果たして、74歳という年齢に達したギターの神様はどんなプレイを見せてくれるのだろうかと、かなりの期待と共に開演を待った。
場内は、二階の一番上やステージ脇までびっちりの人の入り。これが5日間続いたとは、日本でのクラプトン人気はさすがの一言。開演を待つ間のSEはなしで、時折スクリーンを使って、今後のウドーが招聘する公演の宣伝が流れるのみという潔さ(さすがに開演直前は薄く数曲のSEがかかったが)。
エリック・クラプトン
ほぼ定刻の17時5分に暗転しまずはメンバーが登場と思いきや、クラプトン本人が先頭で登場。サンキューと声を発するかと思うと、すぐにアルバム『Journeyman』 からの「Pretending」になだれ込むという展開の早さ。1曲目から大歓声が巻起るも、立ち上がるのはアリーナの前の方のブロックのみといったところで、他は皆、おとなしめに堪能するといった感じに受け取れる。まずは、もうサポート・ギターとしてはすっかりおなじみのドイル・ブラムホールIIがソロの口火を切るが、その切れ味のよさに感服。こちらも80年代からお馴染みのベーシスト、ネイザン・イーストの素晴らしいプレイとコーラス・ワークも含め、もう既に4公演をこなしているからか、バンド全体に余裕というものが感じられる。そして、曲の終盤に披露されたクラプトンの最初のソロでは、会場は地鳴りのような歓声に包まれ、どれだけクラプトンは楽しみに待たれていたのかがわかる瞬間だった。
エリック・クラプトン
続いてはB.B.キングとのアルバム『Riding With The King』 にも収められていた「Key to The Highway」。 この曲ではまるでメンバー紹介をするかの如く、まずは上手(かみて)に陣取ったピアノのクリス・ステイントンからソロが始まり、そこからハモンド・オルガンのポール・キャラックへとソロが回され、そのままドイル~クラプトンへとソロが繋がるというブルースのソロまわしの展開。そこから2人のギターのユニゾンが楽しい「I Want To Make Love To You」、ドイルのスライド・ギターが聴かせる「Hoochie Coochie Man」と、ブルースの名曲が続く展開に野太い歓声が上がった。
エリック・クラプトン
そして最初の山場は、ネーザンのベース・ソロをイントロとして披露された5曲目「I Shot The Sheriff」で訪れた。レゲエの伝説ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのカバーであるこの曲は裏打ちのカッティングが特徴的で、クラプトンが単なるブルースのギターヒーローではなく、幅広い音楽的視野を持ったアーティストであることを証明している。のちにYMOの「Behind The Mask」までもカバーするなど、彼の守備範囲の広さはかなりのものだ。また、クラプトンのボーカリストとしての魅力も十分に発揮され、渾身のシャウトがさく裂した際には、場内は大歓声と共にヒートアップし、前半の山場を迎えた。
エリック・クラプトン
暗転と共にステージには椅子が用意されアコースティック・セットへと転換し、「Driftin’ Blues」「Nobody Knows You When You’re Down and Out」とミドル・テンポのブルースの名曲が続く。会場からは手拍子が起こり、とても和やかでアットホームな空気となった。クラプトンは足で軽くリズムを取るが、その様がとても軽快でこのステージを楽しんでいることが伝わってきた。フリンジのついたハイカットのスエード・シューズを履いており、そのフリンジが揺れる様が楽しげなのが印象的だ。
続いて、アコースティック・セットの定番でお待ちかねの「Tears In Heaven」のイントロのギター・フレーズが聞こえたとたんに、場内はひときわ大きな歓声があがる。アレンジはアルバムで聴きなじんだものとは少し異なり、裏打ちのリズムを強調したもので、バラードというよりはややBPMは早目の、全体的にさらっとした印象を受けた。この日のセットリストはブルースの名曲が多数織り込まれていたため、必然的にカバーが多かったが、この曲はクラプトンのソングライターとしての力を大いに証明したものとして、この日もひときわ輝いていた。発表翌年の93年にはグラミー賞の最優秀楽曲賞も受賞しているこの名曲は、月日を経てよりその輝きを増しているような気がする。幼い息子の死という悲劇を乗り越えて生まれたこの楽曲を聴いていると、クラプトンを聴くことは彼の人生を一緒に一喜一憂することでもあるような気がするし、事実、多くのファンがそういう気持ちで時間を共有しているのではないかと思える。そんな暖かな時間が武道館に流れた瞬間だった。
そんな山場は続く「Layla」でさらに更新された。こちらもやや早目のテンポで、ボーカルの熱量も7割くらいと抑え気味のアレンジ。大歓声に、手拍子にと、武道館がとてもアットホームな空間に変わる。クリスのエレクトリック・ピアノのクールなソロに相対して、ポールのハモンドはやや派手目のソロを展開するなど遊び心も旺盛なホーム・パーティ的な演奏に、クラプトンのささやくようなヴォーカルがとても印象的だった。今回の5日間の武道館公演の初日にはこの曲が珍しくエレクトリック・ギターでのバージョンで披露されたことから、熱心なファンの間では大騒ぎとなったが、結局、エレクトリック・ギターのバージョンは初日のみのサプライズで、この日もアコースティック・バージョンとなった。
エリック・クラプトン
アコースティック・セットの最後は、ドイルの弾くスライド・ギターが味わい深い「Running On Faith」。「Layla」からこの曲への流れは奇しくも92年の名盤『Unplugged』と同じで、ちょっとドキッとしてしまう。ドイルのギター・ソロと、ポールの弾くハモンドのメロディアスなソロがメインに据えられ、クラプトンのソロはなし。
ややアコースティック・セットが長めな印象を持ったが、そのネガティブな印象はバンド・セットに戻った最初の曲「Badge」のイントロと共に吹き飛んだ。盟友ジョージ・ハリスンとの共作によるこのクリーム時代の名曲では、フィード・バックさせたギターのボディを右手で叩くなどクラプトン自身も一気にヒートアップし、この日のショーがクライマックスに差し掛かっていることを感じさせる。
エリック・クラプトン
そのまま一気に駆け抜けると思いきや、次に流れたのはスローなチョーキングが印象的な「Wonderful Tonight」。スローな曲であっても、ここ日本では特に人気のある曲であるため歓声は一際大きくなり、多くの観客は携帯のフラッシュライトをかざしてペンライトのように振り、武道館が幻想的な空間へと変わった。クラプトンのクリーン・トーンのソロは、この日一番の出来と言っていいものだった。
今回のセットリストは非常に攻めの姿勢が強く、続いて「Crossroads」とさらなる名曲が投入され、観客は総立ち。前曲から一転して、歪の音色が気持ちいい熱いソロが展開され、会場はさらにヒートアップ。この日のセットリストでは少なめだったややロック的なアプローチでのギターソロが、とても心地よく響いた。そして、そのまま間髪入れずに正統派ブルースといっていい「Little Queen Of Spades」。長めのソロまわしで、じっくりと熱いブルースのフレーズを堪能。特筆すべきは、サポート・ギターのドイルのプレイ。彼は左利きなのだが、サウスポーのギターを使用せずに普通の右利き用のギターをそのまま逆に持って演奏しているため(通常上側に低音弦がきて下に向かって高音弦となるが、その逆で低音弦が下にくることになる)、通常の奏法にくらべやや響きが異なる場面がある。その響きを生かしたエキセントリックなソロに、とても高揚させられた。
そして本編最後は問答無用の「Cocaine」という、これぞ代表曲のオンパレードの選曲。クラプトンにしては珍しいワウ・ペダルを踏みながらのソロや、サビでの「コケイン!」の一節の大合唱も楽しく、会場のボルテージは最高潮に達する。全体を通し一気に駆け抜けるような演奏で、体感としては本当にあっという間の出来事の様に感じられたのだが、時計を見て本編で1時間40分も演奏していたことにとても驚いた。それぐらい、あっという間の出来事だった印象だ。
エリック・クラプトン
そして、最後は、サポート・キーボードのポール・キャラックがリード・ボーカルをとる「High Time We Went」で締められた。ポールはボーカリストとしても非常に優れた人で、この日はほとんどコーラスでも声を聴けなかったことに多少の物足りなさを感じていたところ、最後はリードとして熱いボーカルを聴かせてくれた。この曲は名ボーカリストのジョー・コッカ―のカバーだが、オリジナルにも負けない熱い歌はクロージングナンバーとしてはぴったり。
終わってみると、1時間45分で全16曲の熱演と、御年74歳とは思えないフル・サイズのライブを見せてくれた。ヒット曲とブルースの名曲を絶妙な配分でちりばめたセットリストは、これぞクラプトンと言っていいほどの秀逸なもので、難をつけるとしたら前述の「Layla」のバージョン件ぐらいではないか。
ライブを通して何度も、クリスのピアノから、ポールのハモンド、ドイル、クラプトンのギターという順でブルースの常套句としてのソロまわしが頻繁に行われ、派手なプレイではないがツボを確実についてくるソロの展開が会話の様でとても楽しく、強い印象を残した。味わい深いクラプトンのギターはもちろんだが、サポートメンバーそれぞれの様々なアプローチのソロが音楽の豊かさをこれでもかと感じさせてくれた夜だった。
ちなみに、ライブ中にクラプトンが使ったギターは、アーモンドグリーンのストラトキャスター(この武道館のレジデンス公演で初お披露目となった新作のシグニチャーモデル)とマーティンのアコースティック・ギターの2本のみ。他のアーティストのライブでよく見る曲ごとの楽器替えは一切なく、サポートメンバーもエレキとアコースティックの2本のみで、それ以外の持ち替えは一切なしという潔さ。また、「Thank you」というくらいで、メンバー紹介以外のMCらしいMCもなし。そんな潔さに、職人気質を見た思いがしたことを蛇足ながら付け加えておきたい。
セットリスト
<SETLIST>2019/4/20
1. Pretending
2. Key To The Highway
3. I Wanna Make Love To You
4. Hoochie Coochie Man
5. I Shot The Sheriff
アコースティックセット
6. Driftin' Blues
7. Nobody Knows You When You're Down and Out
8. Tears In Heaven
9. Layla
10. Running on Faith
11. Badge
12. Wonderful Tonight
13. Crossroads
14. Little Queen of Spades
15. Cocaine
アンコール
16. High Time We Went