三谷幸喜×松本幸四郎「六月大歌舞伎『月光露針路日本』風雲児たち」稽古&会見レポート
六月大歌舞伎 稽古場
三谷幸喜が脚本・演出を手がける『月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち』が、6月1日(土)~6月25日(火)にかけて、歌舞伎座『六月大歌舞伎』夜の部で上演される。1日に迫る開幕に先がけて、稽古の模様が公開された。さらに会見では松本幸四郎、市川猿之助、片岡愛之助、そして松本白鸚と、三谷幸喜が本番に向けて意気込みを語った。
原作は、みなもと太郎の歴史ギャグ漫画「風雲児たち」。関ケ原の戦いから幕末に至るまで、時代を駆け抜けた人物たちを、教科書では知り得ない仲間たちとのエピソードとともに、ギャグ満載、かつドラマティックに描いている。
三谷かぶき『月光露針路日本』では、鎖国中の江戸時代にロシアへ渡り、エカテリーナ二世に謁見までした大黒屋光太夫のエピソードが上演される。
幸四郎から声掛け、三谷「断る理由なし」
三谷幸喜は、2006年「PARCO歌舞伎」と銘打ち、幸四郎(当時染五郎)主演『決闘!高田馬場』を脚本・演出した。しかし、歌舞伎座での公演は今回がはじめてとなる。前回も今回も、きっかけは幸四郎からのオファーだったという。
「『決闘!高田馬場』の時は、より歌舞伎っぽく作らなくては歌舞伎にならないのでは、という不安がありました。今回は歌舞伎座でやらせていただける。これだけの俳優の皆さんにも集まっていただいたので、何やっても歌舞伎。じゃあ逆に、自由な発想でやらせてもらおうと思いました」「このメンツでやりたいと言われ、断る理由はありません。ぜひやりましょうと言いました」
そして「僕をきっかけに初めて歌舞伎を見る方には、歌舞伎の面白さを知ってほしい。歌舞伎をずっと見てきた方には、『こういうのもあるのか。なかなか面白いな』と思ってもらえないと意味がない。その両輪を考えていきたい」と意気込みを語った。
さらに三谷は学生の頃に、原作を読み「大黒屋光太夫のエピソードは歌舞伎でみたいと思いました。やりたいと言ってできるものではありませんから、出来るとも思っていませんでした」と、率直な思いも明かした。
歌舞伎座でやる怖さはある
愛之助は、三谷幸喜が『風雲児たち』の別のエピソードをTVドラマ化した際に主役を務めた。
「『決闘!高田馬場』は客席でみてすごい! 面白そう! こういう風な歌舞伎に出られたらいいな、と思っていました。今回、実現して嬉しく思います」と笑顔で答える。
片岡愛之助
幸四郎は、主人公の大黒屋光太夫を勤める。「『決闘!高田馬場』は、芝居の内容や役だけでなく、一座全体がずっと突っ走り、走り抜けた記憶があります。またこうして三谷さんをはじめ皆さんと、歌舞伎座で再会することができて幸せです」と笑顔を見せた。
松本幸四郎
猿之助も、『決闘!高田馬場』以来2度目の三谷かぶき。今回は、舞台が歌舞伎座となることに「怖さもあります。けれども、そこは三谷さんが責任をとってくれると思います」とコメント。それを聞いた三谷は「怖さがあるんですか? なぜ今いうんですか?」と落ち着きを失うも、猿之助は不敵な笑みで「(怖さが)あるんです」と制し、「どのような評価を得るかは初日が開いてから分かることですので、そこまでは、皆で力を尽くしていこうと思います」と力強く語った。
三谷と、過去に何度もタッグを組んできた白鸚。『決闘!高田馬場』は、舞台でも映像でもみて「両方とも素晴らしかった。そんな三谷さんの作品に出させていただくことに、ワクワクしております」と語った。
風をよむ三五郎(白鸚)は、ベテラン船おやじ。
記者から新作を歌舞伎座で上演することへの不安を問われると、「三谷さんも我々も日本人。歌舞伎は日本人が作った唯一の演劇ですから。この作品を通し、もういっぺん日本の演劇、日本の劇作家、日本の役者を考え直す機会になれば」とコメントした。
歌舞伎ならではの苦労を聞かれた三谷は、「皆さん役を掴むのが早くてやりやすい」と絶賛しつつ、「この方(猿之助)だけは、やたらと早く帰りたがるんです。稽古場に来た瞬間から『今日雨だから中止じゃないか?』とか。でも、いざ舞台に立てば、とてつもない力を発揮されるんですよね」とエピソードを披露し笑いを誘った。
さらに三谷は、現代劇と歌舞伎を比較し、演出家の有無にも言及した。歌舞伎の場合、伝統的な演目は、主演俳優が演出もする。
「皆さん演出家でもあるので、自分の場面の演出、音や音楽のイメージをお持ちです。今回はそれを僕がコントロールしていくわけですが、たまに勝手に音楽の方と相談をはじめる方がいて……」
口ごもる三谷に、登壇した出演者全員が爆笑。一際大きく反応した幸四郎に、三谷が「勝手に変えないでね。一応僕を通してね」と念を押すと、一同はさらに笑いに包まれた。
本番に向けて、幸四郎は次のように思いを語り締めくくった。
「新作歌舞伎だからとか歌舞伎だからという思いはありません。今回は三谷さんのお芝居を、その通り面白くできるかということです」「前回『決闘!高田馬場』では、興奮と不安がマックスの毎日でした。あの時の熱さに負けず、なんとか傑作を傑作として、皆さんにびっくりしていただきたいと思うばかりです」
『月光露針路日本』稽古レポート
天明3年7月、商船「神昌丸」は江戸に向けて伊勢湾を出て、嵐で遭難し8カ月。公開された第一幕第一場は、まさに過酷な漂流をしているシーンだった。
お頭(かしら)と呼ばれ、人はいいが、少し頼りない光太夫(幸四郎)。
スタジオに組まれたセットが神昌丸で、船頭の大黒屋光太夫役を松本幸四郎、水夫の庄蔵を市川猿之助、新蔵を片岡愛之助、経験豊かな船親司の三五郎役を白鸚がつとめる。
クールなキャラかと思いきや、自前のたくあんを自慢げに食べ始める新蔵(愛之助)
個性豊かな面々が、マスト代わりになるものをこしらえたり、塩にぎりを食べたり、陸までの距離を占ったりして過ごしている。会話の端々に笑いの要素が散りばめられているが、長引く過酷な漂流生活。ぶつかり合いもあれば、生死をさまようものもいる。
何かと悪態をつき、隙あらばちょっかいを出す症蔵(猿之助)。
大黒屋光太夫は、船頭ではあるものの、どこかまだ頼りないところがある。
三五郎(白鸚)が、光太夫(幸四郎)をフルスイングでひっぱたくシーンは、叩く方も叩かれる方も抜群の間合いと喜劇的アクション。三谷の喜劇との相性の良さを感じさせた。
大黒屋光太夫の旅は、ロシアにたどり着いてからも長く続く。海、シベリアの雪原、サンクトペテルブルグの宮殿など、様々なシーンが歌舞伎座でどのように表現されるのか。舞台転換も見どころだ。
公開シーンは、光太夫が持ち前の明るさで、なんとか皆を奮い立たせようとするところで終わり、この続きがとても気になるところ。ロシア上陸後のシーンでは、猿之助が、時の女帝エカテリーナ二世、白鸚が軍人ポチョムキンを洋装で演じる。歌舞伎界以外のキャストとして、ラックスマン役の八嶋智人が登場するのも見逃せない。
この日の稽古は不在であったが、尾上松也が口上で、幸四郎の長男・染五郎が三五郎の息子・磯吉役で出演する。会見で三谷が、「彼(染五郎)を見ているだけで、元がとれますよ。ずっと見ていたくなる。肌つやつやなんですよ」とアピールすると、幸四郎が「主役は僕ですよ!」と一歩前に出て、笑いを誘う一幕も。
この日の稽古では、歌舞伎的要素は少なめだったからこそ、歌舞伎座で、どのような舞台をみせてくれるのか期待が高まる。大黒屋光太夫と壮大な旅をする『月光露針路日本 風雲児たち』は、『六月大歌舞伎』夜の部で、6月1日(土)~6月25日(火)までの上演。
ここはロシア、遥かなる故郷を目指して
鎖国によって外国との交流が厳しく制限される江戸時代後期。大黒屋の息子光太夫は、商船神昌丸の船頭(ふながしら)として伊勢を出帆します。しかし江戸に向かう途中で激しい嵐に見舞われて帆は折れ、大海原を漂流することになるのでした。
海をさまよう神昌丸には17人の乗組員たち。船頭の光太夫、経験豊富な船親司(ふなおやじ)三五郎、最年長の乗組員九右衛門、喧嘩ばかりの水主(かこ)庄蔵と新蔵、どこか抜けている小市、三五郎の息子の青年磯吉…。光太夫はくじけそうになる乗組員を必死で奮い立たせ、再び故郷の伊勢へ戻るため方角もわからない海の上で陸地を探し求めます。
漂流を始めて8カ月─。神昌丸はようやく発見した陸地に上陸します。ところがそこは日本ではなく、なんとロシア領のアリューシャン列島アムチトカ島。異国の言葉と文化に戸惑いながらも、島での生活を始める光太夫たち。厳しい暮らしの中で次々と仲間を失いますが、光太夫らは力を合わせ、日本への帰国の許しを得るため、ロシアの大地を奥へ奥へと進みます。
異国から来た日本人である光太夫たちに対して、親切なキリル・ラックスマンをはじめ、行く先々でさまざまな人の助けを得て、ようやく光太夫はサンクトペテルブルグにて、女帝エカテリーナに謁見することが叶い…。
公演情報
■場所:歌舞伎座
<昼の部>
一、寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)
松本幸四郎 尾上松也 三番叟相勤め申し候
二、女車引(おんなくるまびき)
三、梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
四、恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)
「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)」
みなもと太郎 原作
三谷幸喜 作・演出
大黒屋光太夫 幸四郎
庄蔵/エカテリーナ 猿之助
新蔵 愛之助
口上 松也
キリル・ラックスマン/アダム・ラックスマン 八嶋智人
マリアンナ 慎吾
藤助 廣太郎
与惣松 種之助
磯吉 染五郎
勘太郎 弘太郎
藤蔵 鶴松
幾八 松之助
アレクサンドル・ベズボロトコ 寿猿
清七/ヴィクトーリャ 宗之助
次郎兵衛 錦吾
小市 男女蔵
アグリッピーナ 高麗蔵
ソフィア・イワーノヴナ 竹三郎
九右衛門 彌十郎
三五郎/ポチョムキン 白鸚