オペラ夏の祭典《トゥーランドット》の立ち稽古がスタート! 時をかける世界に描かれる〈権力〉と〈トラウマ〉のドラマに注目

2019.6.21
レポート
クラシック
舞台

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東京文化会館と新国立劇場が共同制作するスペクタクルオペラ、プッチーニ作曲《トゥーランドット》。2019年7月12日の東京文化会館における公演初日に向けてリハーサルが始まっている(公演は、7月12日~14日に東京文化会館、7月18日~7月22日に新国立劇場 オペラパレス、7月27日~28日にびわ湖ホール、8月3日~4日に札幌文化芸術劇場で行われる)。去る6月11日には、演出家のアレックス・オリエによるコンセプト説明会が行われた。

稽古場に揃ったのは、新国立劇場オペラ芸術監督で指揮を手がける大野和士、演出のアレックス・オリエ、衣裳のリュック・カステーイス、照明のウルス・シェーネバウム、演出補のスサナ・ゴメス、舞台監督の菅原多敢弘。そして舞台を支える音楽、技術スタッフたち。

キャストとしては、ジェニファー・ウィルソン(トゥーランドット)、テオドール・イリンカイ(カラフ)、中村恵理(リュー)、砂川涼子(リュー)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)、妻屋秀和(ティムール)、持木弘(アルトゥム皇帝)、桝貴志(ピン)、森口賢二(ピン)、与儀巧(パン)、秋谷直之(パン)、村上敏明(ポン)、糸賀修平(ポン)、豊嶋祐壹(官吏)、成田眞(官吏)、加えて助演の出演者たちが出席した。

まずは大野和士が英語で挨拶をする。

「《トゥーランドット》のプロダクションにみなさんをお迎えできてとても嬉しく思っています。このプロダクションは特別なものです。東京文化会館と新国立劇場の史上初の共同制作、そこに、びわ湖ホールと札幌文化芸術劇場hitaruが加わります。東京都と国がこのような文化イベントで協力するのも初めてのことです」「どうか皆でエネルギーを出し合って、最高の舞台を作っていきましょう」

「演出にアレックス・オリエ氏を迎えられたのも大きな喜びです。彼とはリヨン歌劇場で、ワーグナー《さまよえるオランダ人》、そしてシェーンベルクの《期待》とダッラピッコラ《囚われ人》で一緒に仕事をしました。私が魅せられるのは、彼の芸術の力強さです。まずはモニュメンタルな大きな舞台美術。そこにドラマチックな世界を作り上げます。もう一つは人間の内面とその繊細さ、そして魂を描くこと。その意味で《トゥーランドット》はまさに彼のためのオペラだと思います」

「トゥーランドット姫は先祖の呪いというトラウマを抱えています。そしてリューが、トゥーランドットにかけられていた呪いから彼女を自由にするために、最後に犠牲となるのです。リューの死は私たち皆に人間の愛の力を気づかせてくれます。このオペラはとても複雑ですが、トゥーランドットとリューはコインの表裏のような存在なのです。では、このオペラの演出コンセプトをこれからアレックスに語ってもらいましょう」

続いてアレックス・オリエによる、映像をはさみながらの説明があった。

「来日をとても楽しみにしていました。オリンピックを盛り上げる機会に私たちを呼んで下さったことに感謝し、名誉に思っています。私は1992年のバルセロナ・オリンピックの時にも開会式で仕事をしました。そして、マエストロ・大野との仕事は今回で三度目。ご一緒できて嬉しいです。今回はバルセロナ交響楽団が来日し、日本のチームと一緒にプロダクションを作りますが、私はバルセロナの出身なのでそれも嬉しいことです」

「《トゥーランドット》は、私が演出する三つ目のプッチーニの演目です。シドニーで演出した野外オペラ《蝶々夫人》。これはローマのカラカラ浴場跡でも上演されました。それから《ラ・ボエーム》をこのオペラが初演されて120周年の記念の年に、初演されたトリノ王立歌劇場で演出しています。このプロダクションもその後、ローマやエジンバラで上演されました。今年の9月にはフランクフルトで《マノン・レスコー》も演出する予定です。ということで私がプッチーニを大好きだということはお分かりいただけると思います。プッチーニは舞台人。彼のオペラは素晴らしいストーリーを持っており、その音楽は感情表現に巧みなのです。中でも《トゥーランドット》は素晴らしい。音楽もモダンです。ドビュッシーやストラヴィンスキーに近いものがあります」

「《トゥーランドット》はファンタジーのお話です。元はペルシャの物語詩から来ているそうです。中央アジアのトゥルキスタンと呼ばれる地方です。この演出を考えているうちに色々な疑問が湧いてきました。まるでカラフが解かねばならなかった謎のように。《トゥーランドット》は未完のオペラですから、最終的にプッチーニが何を伝えたかったのかを考えねばなりません。プッチーニが生きていたら本当はどのような結末になっていたのか? 作品の最後の15分はフランコ・アルファーノが補完作曲しています。この重要な最後の部分の謎を解きたいのです。《トゥーランドット》は象徴的で神秘的な物語であり、登場人物たちもプッチーニの他のオペラのような人間味が感じられません。私は二つのことを伝えたいと思っています。それは〈権力〉と〈トラウマ〉についてです」

「トゥーランドットは男性を嫌っています。謎を解かせるのも、彼女が男性と結婚したくないからに他ならないのです。トゥーランドットの抱えている辛い思いは先祖の受けた虐待があります。それが彼女の中のトラウマになりました。私は精神科医とも話をして確かめましたが、先祖のトラウマが遺伝的に伝えられることはあり得るそうです」

「そしてカラフも同じようにトラウマを抱えています。彼は王国の王子だったのに国を追われ全てを失ってしまったのです。カラフが初めてトゥーランドットを見た時、彼女の何に惹かれたのか?それは彼女の権力だったのではないか。ペルシャの王子の処刑を命じるトゥーランドット姫を、たったの5秒間見ただけのカラフが惚れたのは彼女の権力なのです。自分が持っていた権力へのノスタルジーです。舞台装置に使われているピラミッドのモチーフは権力の象徴です」

「舞台のインスピレーションを受けた画像などを紹介します。インドの階段井戸。金鉱。永遠につながるエッシャーの階段のイメージ。過去なのか未来なのか、時間が固定されていない物語。そして、映画『ブレード・ランナー』にもインスパイアされています」

「権力者たちの衣裳には白を使いたい。保守的なデザインです。一方、民衆の衣装は暗いイメージで、アジアのいくつかの国のデザインが見られます。さまざまな国籍や時代の入り混じった衣裳も『ブレード・ランナー』の世界に共通するところがあります」

「コンセプトとして〈権力〉と〈トラウマ〉の話をしましたが、結末をどうするか、という問題があります。トゥーランドットもカラフもトラウマを抱えている人間です」

「彼らはリューを通じて愛を知ることができるのでしょうか?プッチーニのオペラを研究してみて、私はこのオペラにハッピーエンドはありえないと思います。トゥーランドットは男たちを次々に処刑し、リューも拷問して死に追い込みます。そのような女性が愛を知ることは出来るのでしょうか? 彼女は男性への憎しみも抱えている。そしてカラフの権力への野望。その二人が一緒になってハッピーエンドはありえないと思うのです」

今回のオリエの演出で結末がどうなるかは、まだこれからのリハーサルで決定する部分もあるということで、結論は東京文化会館での初日を待つしかない。インスピレーションを受けたという様々な画像、そして舞台および衣裳のデザイン画を見ながらオリエの説明を聞いていると、まさに大野の言う、スペクタクルで、かつ人間心理に深く切り込む《トゥーランドット》の演出が実現しそうだ。大野とオリエの二人が、選び抜かれたキャストと共に作り上げる舞台に期待しよう。

取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

 

<プロフィール>

【指揮】大野和士(ONO Kazushi)
東京生まれ。東京藝術大学卒。ピアノ、作曲を安藤久義氏、指揮を遠藤雅古氏に師事。バイエルン州立歌劇場にてサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。1987 年イタリアのトスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。以後、世界各地でオペラ公演及びシンフォニーコンサートの客演で聴衆を魅了し続けている。90~96 年ザグレブ・フィル音楽監督。96~2002年ドイツ、バーデン州立歌劇場音楽総監督。92~99 年、東京フィル常任指揮者を経て、現在同楽団桂冠指揮者。02~08 年ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督。12~15年アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、08~17年フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。15年から東京都交響楽団、バルセロナ交響楽団音楽監督。オペラでは07年6月にミラノ・スカラ座デビュー後、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン州立歌劇場、グラインドボーン音楽祭、エクサンプロヴァンス音楽祭などへ出演。渡邉暁雄音楽基金音楽賞、芸術選奨文部大臣新人賞、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、エクソンモービル音楽賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞ならびに恩賜賞、朝日賞など受賞多数。紫綬褒章受章。文化功労者。17年5月、大野和士が率いたリヨン歌劇場はインターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。6月にはフランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受勲。同時にリヨン市特別メダルが授与された。18年9月より新国立劇場オペラ芸術監督。

 
【演出】アレックス・オリエ(Àlex OLLÉ)
バルセロナ生まれ。パフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの6人の芸術監督の一人で、同カンパニーは世界的な評価を確立した。カルルス・パドリッサと共同演出したバルセロナ・オリンピック開会式をはじめとする大規模イベントや、演劇、映画と多くの分野で活動している。近年ではオペラの演出で特に活躍し、ザルツブルク音楽祭、ウィーン芸術週間、マドリード王立劇場、バルセロナ・リセウ大劇場、パリ・オペラ座、ブリュッセル・モネ劇場、英国ロイヤルオペラ、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、ザクセン州立歌劇場、ルールトリエンナーレ、ネザーランド・オペラ、ミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場、オーストラリア・オペラなど世界中で活躍、『魔笛』『ノルマ』『仮面舞踏会』『イル・トロヴァトーレ』『ファウストの劫罰』『トリスタンとイゾルデ』『さまよえるオランダ人』『ペレアスとメリザンド』『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』『青ひげ公の城』『消えた男の日記』『マハゴニー市の興亡』『火刑台上のジャンヌ・ダルク』など幅広い作品を手掛けている。新国立劇場初登場。

 

公演情報

2018/2019シーズン
オペラ夏の祭典 2019-20 Japan↔Tokyo↔World
オペラ『トゥーランドット』/ジャコモ・プッチーニ ※フランコ・アルファーノ補筆
Turandot / Giacomo PUCCINI 
全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉

<スタッフ>
■指揮:大野和士
■演出:アレックス・オリエ
■美術:アルフォンス・フローレス
■衣裳:リュック・カステーイス
■照明:ウルス・シェーネバウム
■演出補:スサナ・ゴメス
■舞台監督:菅原多敢弘

 
<キャスト>
■トゥーランドット:イレーネ・テオリン〇/ジェニファー・ウィルソン●
■カラフ:テオドール・イリンカイ〇/デヴィッド・ポメロイ●
■リュー:中村恵理〇/砂川涼子●
■ティムール:リッカルド・ザネッラート〇/妻屋秀和●
■アルトゥム皇帝:持木 弘〇●
■ピン:桝 貴志〇/森口賢二●
■パン:与儀 巧〇/秋谷直之●
■ポン:村上敏明〇/糸賀修平●
■官吏:豊嶋祐壹〇/成田 眞●

 
※東京文化会館 大ホール
〇=7月12日(金)18:30、7月14日(日)14:00
●=7月13日(土)14:00
※新国立劇場 オペラパレス
〇=7月18日(木)18:30、7月20日(土)14:00、7月22日(月)14:00
●=7月21日(日)14:00
※びわ湖ホール大ホール
〇=7月27日(土)14:00
●=7月28日(日)14:00
※札幌文化芸術劇場 hitaru
〇=8月3日(土)14:00
●=8月4日(日)14:00

 
■合唱指揮:三澤洋史
■合唱:
新国立劇場合唱団
藤原歌劇団合唱部
びわ湖ホール声楽アンサンブル
■児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
■管弦楽:バルセロナ交響楽団

■制作:新国立劇場/東京文化会館
■予定上演時間:約2時間50分(休憩含む)
*大幅に変更になる場合は、後日あらためてご案内いたします。正式な上演時間は開幕直前の表示をご確認ください。
*開場は開演の45分前です。開演後のご入場は制限させていただきます。

 
【東京文化会館公演】
■会場:東京文化会館大ホール
■日程:
2019年7月12日(金)18:30
2019年7月13日(土)14:00
2019年7月14日(日)14:00
※都合により、出演者等の変更の可能性がございますのでご了承ください。
※未就学児の入場はご遠慮いただいております。
※東京文化会館大ホールには、エレベーター、エスカレーターはございません。予めご了承ください。
料金(税込):
SS席32,400円 S席27,000円 A席22,680円 B席18,360円 C席14,040円 D席9,720円 E席5,400円 F席3,240円 U25席3,240円 ハンディキャップ割引有

【新国立劇場公演】
■会場:新国立劇場 オペラパレス
■日程:
2019年7月18日(木)18:30
2019年7月20日(土)14:00 託児サービス利用可
2019年7月21日(日)14:00
2019年7月22日(月)14:00 託児サービス利用可
託児サービス利用可 ...託児室<キッズルーム「ドレミ」>がご利用になれます。
料金(税込):
S席32,400円 A席27,000円 B席19,440円 C席12,960円 D席6,480円 Z席1,620円
■公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/turandot/

 
【滋賀・びわ湖ホール公演】
■会場:びわ湖ホール
■日程:
2019年7月27日(土)14:00
2019年7月28日(日)14:00
料金(税込):
SS席22,000円 S席18,000円 A席15,000円 B席13,000円 C席10,000円 D席8,000円 E席5,000円 U30席3,000円 U24席2,000円 S席2日間セット券32,000円
 
【北海道・札幌
文化芸術劇場公演】
■会場:札幌文化芸術劇場
■日程:
2019年8月3日(土)14:00
2019年8月4日(日)14:00
料金(税込):
S席20,000円 A席16,000円 B席12,000円 C席10,000円 D席6,000円 U25席(D席)3,000円
 
■オペラ夏の祭典特設サイト https://opera-festival.com/
■イベント・講座
 
☆大野和士のオペラ玉手箱 with Singers Vol.2「トゥーランドット」
2019年06月29日(土) 14:00
会場:新国立劇場オペラパレス
 
☆【オペラパレスバックステージツアー】
オペラ「トゥーランドット」
2019年07月20日(土) 14:00公演 終演後
会場:新国立劇場オペラパレス

<ものがたり>
【第1幕】古代の北京。戦いに敗れ、女奴隷のリューとともに放浪中の老王ティムールは、息子の王子カラフと再会し、無事を喜び合う。皇女トゥーランドットが無言で姿を見せ、人々はひれ伏す。カラフは皇女の美しさに魅せられ、3つの謎を解き明かせば彼女が自分のものになると知り、謎に挑戦する。
【第2幕】3人の大臣が、皇女のせいで命を落とした異国の王子たちを思い返す。宮殿前の広場に人々が集まり、トゥーランドットが「謎が解けなければ死をもって報いる」と告げる。しかし、カラフはすべての謎を見事に解き明かす。狼狽する皇女に、カラフは自分の名を謎として与える。
【第3幕】皇女の命で人々は一睡もせずに異国の王子の名前を調べている。カラフが自らの決意をアリア〈誰も寝てはならぬ〉で歌い上げる。ティムールとリューが捕えられる。リューは「若者の名前は自分だけが知る」と訴えた後、自害する。人々が去った後、カラフは皇女に愛を語り、口づけをする。心を開いたトゥーランドットは、カラフの名を「愛」であると叫ぶ。
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