ミュージカル『フランケンシュタイン』はなぜ観る者の心を掴んで離さないのか

2019.10.24
コラム
舞台

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日本初演からちょうど3年が経つ2020年1月、ミュージカル『フランケンシュタイン』がついに日生劇場で蘇る。韓国の地で命を吹き込まれ、2017年の日本初演で多くのミュージカルファンを熱狂させた本作。千穐楽後には”フランケンロス”に陥ったという声も上がり、それほど多くの人々にインパクトを与えた作品だった。

ミュージカル『フランケンシュタイン』をまだ観ていない人たちは、「なんだか暗そう」「救いがなさそう」、そんな風に思っているかもしれない。否定はしない。作品全体を通して暗いシーンは多い。ストーリー展開も決して救いがあるとは言えない。けれど、それでもまた劇場へと足を運んでしまう。そんな中毒性のある魅力が本作には秘められている。それは一体何なのか……年明けの再演を前に、今改めて本作の魅力を考えてみたい。

涙なしでは見れない人間ドラマ

“フランケンシュタイン”という言葉から連想するのは、継ぎ接ぎだらけの不気味な大男の姿だろうか。実際にはフランケンシュタインというのは怪物ではなく、怪物を生み出した科学者の名だ。ミュージカル『フランケンシュタイン』が単なる怪物の復讐劇ではなく愛憎劇たる所以は、“怪物は元々は創造主(科学者)の親友だった”という設定にある。

天才科学者ビクター・フランケンシュタインとその親友アンリ・デュプレの関係性は、1幕を通して描かれる。

中川晃教 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

柿澤勇人 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

(左から)加藤和樹、中川晃教 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

舞台は19世紀のヨーロッパ。戦場で生きる意味を見失いかけていた軍医アンリは、初対面のビクターに思いがけず命を救われ、彼の研究を手伝うことになる。互いに両親を亡くした過去を持ち、生命創造によって新たな未来を切り開くという志を持っていた孤独な二人。彼らが固い友情で結ばれるようになるのは時間の問題だった。

ところがある事件が起き、アンリが殺人犯として捕らえられる。実は殺人を犯したのはアンリではなくビクターなのだが、アンリは自ら進んでビクターの身代わりとなることを望む。生命創造の研究を続けるために、ビクターは生き残るべきだと考えたのだ。アンリは夢と未来をビクターに託し、静かに断頭台へと消えていく。

加藤和樹 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部


小西遼生 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部


(左から)小西遼生、柿澤勇人 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

親友アンリを生き返らせたいためか、それとも己の野望を果たすためか、危うい精神状態の中、ビクターはアンリの首を手に生命創造の実験を試みる。その結果誕生したのが、アンリの記憶を失った醜い怪物というわけだ。創造主ビクターに銃を向けられた怪物は、その場から忽然と姿を消してしまう……。こうして、1幕でビクターとアンリの出会いから怪物誕生までの経緯が描かれる。

時は流れ、2幕はその3年後。怪物がビクターの前に突如として現れると、これまで過ごしてきた生き地獄のような日々を語り始める。怪物の回想である闇の闘技場のシーンを挟んだ後に、いよいよ創造主ビクターへの復讐が始まる。1幕でビクターとアンリの友情が深く揺るぎないものであればある程、2幕の悲惨な復讐劇がより一層切ないものとなり、心をえぐってくるという構成なのだ。

想像力を掻き立てられる演出

『フランケンシュタイン』は賛否両論の作品でもある。その理由の一つとして挙げられるのが、観客に解釈を委ねるような演出が多いという点だ。

まず、ストーリー展開がとにかく速い。場面から場面への切り替わりが激しく、筆者自身も初見時はストーリーを追うのにかなり必死だった記憶がある。だがそれ故に、描かれていない空白の時間に一体何があったのかを想像する余地が生まれる。

例えば前述したビクターとアンリの関係。私たちが客席に座っている時間で考えたらあまりにも速いスピードで二人の心理的距離が縮まるのだが、そこに至るまでにはきっと彼らの間に様々な背景や想いがあるはずだ。

(左から)中川晃教、加藤和樹 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

(左から)小西遼生、柿澤勇人 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

また、怪物の中にアンリがどれ程存在しているのか、ということも想像力を掻き立てるポイントとなる。最初から怪物の心の中にアンリはずっと存在しているのかもしれない。時と共にアンリの記憶が蘇ってきているのかもしれない。最初から最後までアンリの顔をした全く別の生き物だったのかもしれない。物語の終盤、ビクターと怪物が対峙する場面がある。そのときの怪物は本当にただの怪物なのだろうか。それとも……。この部分の解釈によって、エンディングがもたらす意味も大きく変わってくる。

ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

プリンシパルキャストが全員“一人二役”というトリッキーな演出であることも、かなり意味深だ。なぜ一人二役という設定なのかについて、制作側からは明言されていない。それぞれの登場人物の真逆の特性を描いているのか、深層心理を表現したいのか、パラレルワールドという設定なのか、はたまた特に意味はないのか……。観れば観る程考えさせられる。

音月 桂 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

音月 桂 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

相島一之 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

相島一之 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

明確にされていない部分があることに対して、不自然だと言う人もいれば、観客に想像する楽しみを与えてくれていると言う人もいるだろう。複数人で観劇してそれぞれの解釈を話し合うのもまた一興だ。初見でもストーリーをしっかり把握しながら観たい場合は、事前にしっかり予習しておくことをおすすめする。

一作品で何度もオイシイ

本作には、プリンシパルキャストが全員一人二役を演じるという特徴がある。二役のキャラクターは主にビクターの周りの人々と、2幕の闇の闘技場シーンの人々に分かれている。注目すべきはその二役の振り幅だ。以下に、一人二役のキャラクターを筆者の独断と偏見で簡単にまとめた。
 

ビクター(若き天才科学者。研究に熱中するが故に周囲から孤立気味)→ジャック(闇の闘技場の主人。人を人として見ていない。アドリブが多い)

アンリ(真面目でクールな軍医。ビクターと共に生命創造の研究に打ち込む)→怪物(美しさと醜さを兼ね備えた名もなき怪物。クマが好き)

ジュリア(ビクターの幼馴染であり婚約者。明るく純粋なお嬢様)→カトリーヌ(闇の闘技場の下女。壮絶な過去から人間嫌いになり、自由を渇望している)

ルンゲ(ビクターお坊ちゃまを愛する健気な執事。アドリブが絶品)→イゴール(ジャックの手下。非常に寡黙でほとんど喋らない)

ステファン(ジュリアの父でありビクターの叔父。ビクターに対して厳しい目を向ける)→フェルナンド(闘技場を手に入れようと画策する悪どい金貸し)

エレン(慈愛に満ちたビクターの姉。母のように弟を見守り続ける)→エヴァ(闇の闘技場の血も涙もない女主人。ジャックより一枚上手かもしれない)



一作品の中でここまで振り幅のある二役を演じるというのは、役者冥利に尽きるのではないだろうか。何も知らずに観ると、1幕と2幕で同じ人物が演じているとは気づかない人もいる程だ。

また、主演のビクター/ジャックとアンリ/怪物がそれぞれダブルキャストであるということも、本作をより一層楽しめる要素の一つだ。今回の再演では、ダブルキャストの4名は奇跡的に同じ顔ぶれが揃った。初演時に受けた各々の印象を記しておく。

ビクター/ジャック役は中川晃教柿澤勇人。中川はそのずば抜けた歌唱力を武器に、孤高の天才科学者という役柄にこれ以上ない説得力を持たせていた。2019年はストレートプレイの出演が続く柿澤は、時に狂気的な息を呑む程の迫真の演技が鳥肌モノだ。

中川晃教 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部


(写真左)柿澤勇人  ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

アンリ/怪物役は加藤和樹小西遼生。昨今ミュージカル界での活躍が著しい加藤は、男同士の友情に燃えるアンリと、哀愁漂う孤独な怪物を見事に演じ分けていた。端正な顔立ちでどんな衣装も着こなしてしまう小西は、情熱と憂いが混在した複雑な心情を内に秘めたアンリと、普段の彼のイメージとは程遠い猟奇的な怪物を好演。

加藤和樹 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部


(写真右)小西遼生 ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部

個性溢れる4人の俳優陣が中心となって織りなす愛憎劇、『フランケンシュタイン』におけるダブルキャストの組み合わせは全4パターン(中川×加藤、中川×小西、柿澤×加藤、柿澤×小西)。全く異なる魅力を放つそれぞれの組み合わせを、時間とお金が許す限り楽しんでほしい。

ミュージカル『フランケンシュタイン』2017年初演より 写真提供/東宝演劇部


以上、大きく3つに分けて筆者が考える作品の魅力を挙げた。これらを壮大で美しくも狂気に満ちた楽曲で紡ぐミュージカル、それが『フランケンシュタイン』だ。2020年の観劇初めは、雷に打たれるような刺激的な作品で幕を開けてみるのはいかがだろうか。それはもう、刺激的な1年になること請け合いだ。

公演情報

ミュージカル『フランケンシュタイン』
 
■日時・会場:2020年1月8日(水)~30日(木)
■会場:日生劇場
■音楽:イ・ソンジュン
■脚本/歌詞:ワン・ヨンボム
 
■潤色/演出:板垣恭一
■訳詞:森雪之丞
■音楽監督:島健
■出演:
ビクター・フランケンシュタイン/ジャック:中川晃教 柿澤勇人 ※Wキャスト
アンリ・デュプレ/怪物:加藤和樹 小西遼生 ※Wキャスト
 
ジュリア/カトリーヌ:音月 桂
ルンゲ/イゴール:鈴木壮麻
ステファン/フェルナンド:相島一之
エレン/エヴァ:露崎春女
 
朝隈濯朗 新井俊一 岩橋 大 宇部洋之 後藤晋彦
白石拓也 当銀大輔 丸山泰右 安福 毅
江見ひかる 門田奈菜 木村晶子 栗山絵美 水野貴以
宮田佳奈 望月ちほ 山田裕美子 吉井乃歌
 
■公式ホームページ:https://www.tohostage.com/frankenstein/index.html