シルクロードの面影を色濃く残す名品約110件が東京に集結 『正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−』レポート
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正倉院宝物《螺鈿紫檀五絃琵琶》 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
約9千点の宝物を、1200年以上の時を超えて守り伝えてきた正倉院。古代日本の代表的な作品を紹介する展覧会である、御即位記念特別展『正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−』(会期:〜2019年11月24日)が、東京国立博物館にて開催中だ。
《模造 螺鈿紫檀阮咸》 明治32年(1899) 東京国立博物館蔵 通期展示
本展は、天皇陛下の御即位を記念して開催されるもの。「シルクロードの終着点」とも呼ばれる正倉院は、中国やペルシア、インドなど、アジアの面影が見られる国際色豊かな文化財の宝庫。華麗な装飾が施された五絃琵琶や、天平文化を彩る染織美術などの傑作をはじめ、現在は東京国立博物館が所蔵する法隆寺献納宝物も併せて公開されている。さらに、明治時代以降に本格化した、宝物の保存修復に目を向けた貴重な展示や、雄大な正倉院のスケールを体感できる原寸大模型も見逃せない。
正倉院 南倉(一部再現)
皇室の保護のもと、長きにわたり守り伝えられてきた日本の美を体感できる会場より、本展の見どころをお伝えしよう。
会場エントランス
8世紀より伝わる正倉院の宝物リスト《国家珍宝帳》
正倉院宝物は、光明皇后が聖武天皇のご冥福を祈り、ご遺愛品をはじめとする六百数十点の品々を東大寺の大仏に捧げられたことに由来する。第1章にて紹介されている、長さ15メートルの長大な巻物《東大寺献物帳(国家珍宝帳)》は、正倉院宝物のリストにあたるもの。この目録には、宝物の名称やサイズ、材質、由緒などが細かに記録されているほか、巻末には、愛する人を失った光明皇后のお気持ちが綴られている。
巻頭には光明皇后のお祈りの言葉が綴られ、「太上天皇(聖武天皇)のために、国家の貴重な宝を捧げて東大寺に奉納する」との旨が記載されている。 正倉院宝物《東大寺献物帳(国家珍宝帳)》 奈良時代 天平勝宝八歳(756年) 正倉院蔵 前期展示
「奈良時代、8世紀頃の文化財は、地面から発掘される出土品が多いことに対して、正倉院宝物は蔵に入って、人の手によって伝わったことが特徴」と語るのは、猪熊兼樹氏(東京国立博物館 学芸企画部特別展室長)。宝物を納める動機が明確で、なおかつ現存品との照合が可能な、リスト付きの文化財が今に伝わっているのは、極めてめずらしいとのこと。
正倉院宝物《平螺鈿背円鏡》 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
《平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)》は、鏡の背中部分に夜光貝や琥珀の薄板を貼り付けて、宝相華(仏の世界に咲くと考えられている空想上の花)を表している。文様の間には、トルコ石やラピスラズリなどの小石が散りばめられ、国際色豊かな作品になっている。
国宝《海磯鏡》 中国・唐または奈良時代 8世紀 東京国立博物館蔵(法隆寺献納宝物) 通期展示
ほかにも、光明皇后が聖徳太子の命日に法隆寺に納めた《海磯鏡(かいききょう)》や、文字の部分に鳥の羽毛を使い、君主の座右の銘を記した《鳥毛帖成文書屏風》なども展示されている。
正倉院宝物《鳥毛帖成文書屏風》 奈良時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
織田信長も切り取った香木《黄熟香》
第2章では、天平文化の華麗な染織美術を紹介。麻布に堂々とした筆致で菩薩が描かれた《墨画仏像》の頭部には、三日月と円を組み合わせた飾りの冠が見られる。「これはササン朝ペルシアの王冠宝飾の流れを汲むもので、仏像の冠にもシルクロードの面影が見られる」と猪熊氏。
正倉院宝物《墨画仏像》 奈良時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
羊毛製の敷物に、色鮮やかな文様を施した《花氈(かせん)》は、中央アジアの牧畜文化から伝わったものと考えられている。中央部分には打毬(だきゅう)に興じる男の子の姿が描かれ、猪熊氏は、「羊の毛の厚みや質感などを間近で見てほしい」とコメント。
正倉院宝物《花氈》 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
第3章では、仏教儀礼に使われる香木や、香を焚くために用いる道具を展示。香道は室町時代に盛んになり、なかでも「蘭奢待(らんじゃたい)」の別称を持つ《黄熟香(おうじゅくこう)》は、足利義政が部分的に切り取った跡が今も残っている。香木を切り取る際には勅許(天皇の許可)が必要となり、戦国時代の武将・織田信長も、一連の手続きを経てから香木の一部を切り取ったようだ。
正倉院宝物《黄熟香》 東南アジア 正倉院蔵 通期展示
世界にたったひとつだけの五絃琵琶
正倉院宝物を代表する名品《螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)》は、第4章で公開されている。「古代インドを起源とした五絃琵琶で、世界で唯一現存しているのは本品のみ。中央アジアの壁画や古代の石彫には、かつて五絃琵琶が存在していた様子が描かれている」と解説するのは、三田覚之氏(東京国立博物館 学芸研究部調査研究課 工芸室研究員)。
正倉院宝物《螺鈿紫檀五絃琵琶》 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
全面に螺鈿やタイマイ(カメのべっ甲)を用いた華やかな文様が施され、琵琶の撥(ばち)があたる部分には、ラクダに乗って琵琶を弾く人物や、熱帯樹が表される。「中央アジアの砂漠を通って、音楽が伝えられてきたことを象徴するかのような文様です」と三田氏。本作品は、各部材がばらばらの状態だったが、明治時代のはじめに修理が行われ、現在の姿になったという。
正倉院宝物《螺鈿紫檀五絃琵琶》(背面) 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
本章では、実際に演奏可能な五絃琵琶の復元模造品も併せて展示。会場には、完成した五絃琵琶の音色が流れている。さらに本品の絃には、上皇后陛下がお育てになられた、小石丸の繭が用いられている。
《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》 平成31年(2019年) 正倉院事務所蔵 通期展示
時代を超えた工芸美の共演から、現在も続く保存修復の歴史まで
第5章では、正倉院宝物と法隆寺献納宝物の品々を比較展示することで、飛鳥時代から奈良時代にかけての美意識の変化をたどる。法隆寺献納宝物は、法隆寺から皇室に献納され、戦後は国に移管された宝物300件あまりを示し、現在は東京国立博物館が所蔵している。正倉院宝物と法隆寺献納宝物について、三田氏は「7世紀の終わりから8世紀における、共通した時代背景の中で、同じ用途のために作られた作品がいくつもある。時代の発展の中で、様式的な違いや共通性を感じてほしい」と解説した。
正倉院宝物《白石鎮子 青龍・朱雀》 中国・唐時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
《動物闘争文帯飾板》 中国・前漢時代 前2〜前1世紀 東京国立博物館蔵 通期展示
伎楽(仏教の教えをわかりやすく伝えることを目的に、音楽と共に演じられた仮面劇)で着用する《伎楽面 酔胡王》は、お酒に酔っ払った西域の王様を、誇張的に表現した仮面。本章では、法隆寺献納宝物と正倉院宝物の2種類の「酔胡王」の仮面を展示し、時代による表現の違いを比べて見ることができる。
重要文化財《伎楽面 酔胡王》 飛鳥〜奈良時代 7〜8世紀 東京国立博物館蔵(法隆寺献納宝物) 前期展示
正倉院宝物《伎楽面 酔胡王》 奈良時代 8世紀 正倉院蔵 前期展示
《模造 伎楽面 酔胡王》 平成16年(2004年) 正倉院事務所蔵 前期展示
第6章では、正倉院宝物がどのように守り伝えられてきたのか、現在も続いている保存活動に目を向ける。18本の竹管を並べた吹奏楽器《甘竹簫(かんちくのしょう)》は、現在修理中の文化財を紹介した貴重な展示品。明治時代の修理では、12管の姿で修復されていたが、その後新たなパーツが発見され、本来の姿に戻すべく修理が続けられているという。
正倉院宝物《甘竹簫》 奈良時代 8世紀 正倉院蔵 通期展示
また、正倉院宝物の残片である《塵芥(じんかい)》について、三田氏は「古代の宝物を修理するのが、いかに大変な作業であるかを実感してほしい」と話す。こうした塵芥が整理され、修復が加わることで古代の作品がよみがえり、現代へと受け継がれていく。
正倉院宝物《塵芥》 飛鳥〜奈良時代 7〜8世紀 正倉院蔵 通期展示
「世界の宝とも言える正倉院宝物が残っているのは、単なる奇跡ではなく、人々の努力があってこそ。その努力を今後も伝えていくことで、日本の文化が末長く伝えられていくことを願っている」と三田氏。
『正倉院の世界−皇室がまもり伝えた美−』は2019年11月24日まで。会期中は、作品の入れ替えがおこなわれるので(前期:〜11月4日、後期:11月6日〜)一度ではなく二度足を運び、華やかな宝物の数々に浸りたい。