KERAの悪戯心が捏造した世界に多部未華子&瀬戸康史が挑む 舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム 〜カフカ第4の長編〜』ゲネプロレポート
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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ドクター・ホフマンのサナトリウム 〜カフカ第4の長編〜』が、2019年11月7日(木)~2019年11月24日(日)にかけて上演される。開幕前日の6日(水)に行われたゲネプロ(総通し稽古)の模様をレポートする。
出演は、多部未華子、瀬戸康史、音尾琢真(TEAM NACS)、大倉孝二、村川絵梨、そして渡辺いっけい、麻実れい他。作・演出は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)。
カフカ小説の戯曲化ではないカフカの戯曲
プラハに生まれ、40歳で世を去った小説家フランツ・カフカ。愛好家の方ならば、晩年のカフカが公園を散歩中に、とある少女と出会い、心温まる交流をもったことを知っているだろう。少女は大事にしていた人形を失くし、泣いていた。カフカはその子のために“人形からの手紙”を創作し、毎日、女の子に渡してあげたのだそう。
舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム』は、カフカが執筆したものの未発表となっていた第4の長編小説の原稿を、KERAが戯曲化するという試み。公園で出会った少女が、未発表の原稿を持っていたというのだ。
ここで、整理したいことがある。公園での少女とカフカのエピソードは事実として多くの場所で語られている。しかし肝心のカフカの第4の長編小説は、現時点で存在しない。KERAは、カフカの幻の未発表長編小説をも創作(捏造?)し、戯曲にした。それが舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』だ。
陰鬱な世界の列車に乗って
今作は、大きく分けて「小説世界」と「現実世界」で構成される。まず「小説世界」の主人公は、カーヤ(多部)。物語の始まりは、列車のシーン。出兵間近の婚約者ラバン(瀬戸)と列車にのり、子どもは何人ほしいか、何年に1回は遠くに旅に出よう、など夢いっぱいの会話をする。
しかしラバンは、ある駅でサンドウィッチを買いにいきったきり、席に戻ってくることはことなかった。最愛のラバンとはぐれてしまったカーヤは、ラバンの手がかりを求め、ラバンの母と兄弟が暮らす実家を訪ねる。
ほどなくして戦地にいるというラバンから、手紙が届くけれども、カーヤへの言葉はない。追い打ちをかけるように、バルナバス大尉(音尾)とクラム中尉(武谷)がやってきて、ラバンの戦死を伝えるのだった。納得のいかないカーヤは自分の目で生死をたしかめるべく、バルナバス大尉とクラム中尉とともに戦地へ向かう。
「小説世界」は仄暗く、日常と地続きの不可解な出来事が起こる。『不思議の国のアリス』のようにどこか皮肉めいた、クールに残酷な、しかし憎めないキャラクターが続々と登場する。音尾は軍人を無骨に演じる。本作においてスパイスとなる役どころで目が離せない。
多部演じるカーヤは、悪い夢のような世界でも、ラバンへの思いを軸に先を目指す。多部の持って生まれた愛らしさと、絶妙なバランスによるほどよい“悲壮感のなさ”は、ダークな世界をメルヘンチックに色づけていた。
瀬戸もまた、映像作品に限らず舞台でも定評のある演技力を発揮。明るさ、闇、残酷さ、優しさ、さまざまな要素を見事同時に成り立たせる。
祖母が持っていた幻の原稿
同時に進行するのが「現実世界」の話。登場するのは、男1=ブロッホ(渡辺)と、その友人の男2(大倉)、女1=男1の妹フリーダ(犬山)、そして男1と女1の祖母である女2(麻実)。
祖母はすでに高齢で、会話の中身も虚実を判別しがたいところがあるが、かつてカフカと交流のあった少女、その人だった。そんな祖母の所有物から、カフカの長編小説の原稿が見つかった。ブロッホは、これを出版にこぎつけようと奮闘するうちに……。
渡辺と大倉の掛け合いは、客席の誰をも笑わせる本人たちが困窮すればするほど笑いが生まれた。麻実も、現実ばなれした空気感をチャーミングに演じる。複数の役をこなすが、いずれのキャラクターでも存在感を発揮していた。
虚実、表裏、錯綜する世界を行き来する
虚実二つの世界は、次第に相関性を孕みはじめる。マクロからミクロまで、そこかしこに矛盾が散りばめられ、あるシーンで掴んだものが、次のエピソードではひっくり返っているようなことも起こる。
これはエッシャーが描いた無限階段に放り込まれたような、体験と言えるのではないだろうか。ゴールを目指し駆け上がろうとすれば、息切れするばかりか自分の感覚に懐疑心が生まれる。「分かったこと」を手放す勇気をもち、不可解を丸呑みできれば、その瞬間から翻弄される快感に、ぞくぞくできるはず。
舞台美術は、先日紫綬褒章を受章したばかりの松井るみ。セットには、大きな階段が設えられている。可動式の腰かけ、扉、階段を駆使し、虚実入り混じる世界を表現する。そこに映像が加わり、さらなる奥行きが生む。さらに、小野寺修二が振付けるマイム、動きとも相性が良く、ただの背景に終わらスタイリッシュな印象を残した。
極めつけが、バイオリン、トランペット、パーカッション、ギターという4人編成のバンドが生演奏だ。ある時は耳馴染みの良いノスタルジックな曲を、またある時は観客の時空まで歪ませそうなノイジーな音楽で劇場を満たし、「虚」と「実」の境目をつないだ。
全ての場面を、秩序立てて解説するのは困難な本作。にもかかわらず、物語には大きなまとまりが感じられ、最後はそれを突き抜ける力に圧倒される。休憩15分を含めて全2幕、3時間半はあっという間だった。KERAのカフカ愛と悪戯心から生まれた唯一無二の世界観を、見逃さないでほしい。『ドクター・ホフマンのサナトリウム 〜カフカ第4の長編〜』は、2019年11月7日(木)より2019年11月24日(日)まで、KAAT神奈川芸術劇場で上演。その後、兵庫、北九州、愛知を巡演する予定だ。
公演情報
振付:小野寺修二
音楽:鈴木光介
多部未華子 瀬戸康史 音尾琢真 大倉孝二 村川絵梨
谷川昭一朗 武谷公雄 吉増裕士 菊池明明 伊与勢我無
犬山イヌコ 緒川たまき 渡辺いっけい 麻実れい
王下貴司 菅彩美 斉藤悠 仁科幸
<神奈川公演>
日程:2019年11月7日(木)~11月24日(日)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
料金:S 席 9,500 円 A 席 7,500 円 / U24
(全席指定・税込) 高校生以下割引(高校生以下)1,000 円 / シルバー割引(満 65 歳以上)9,000 円
<兵庫公演>
日程:2019年11月28日(木)~12月1日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
主催:兵庫県/兵庫県立芸術文化センター
お問合せ:芸術文化センター
http://www.gcenter-hyogo.jp/
日程:2019年12月14日(土)~12月15日(日)
会場:北九州芸術劇場 中劇場
主催:(公財)北九州市芸術文化振興財団
共催:北九州市
お問合せ:北九州芸術劇場 093-562-8435(10:00~18:00 土日祝除く)
http://q-geki.jp/
日程:2019年12月20日(金)~12月22日(日)
会場:穂の国とよはし芸術劇場 PLAT 主ホール
主催:公益財団法人豊橋文化振興財団
お問合せ:プラット
https://www.toyohashi-at.jp/