佐々木蔵之介×森新太郎に聞く、作品への思いとは 笑って泣ける、テンションが高い男の40年間を描いた『佐渡島他吉の生涯』
(左から)森新太郎、佐々木蔵之介
2020年3月13日より始まる新生PARCO劇場のオープニング・シリーズ。その第二弾として5月に上演されるのが、佐々木蔵之介主演、森新太郎演出の『佐渡島他吉の生涯』だ。太宰治や坂口安吾らと共に無頼派の作家として活躍し、「オダサク」の愛称で親しまれる織田作之助の「わが町」を原作に舞台化された作品で、森繫久彌の主演で1959年に初演された。大阪の人力車夫の他ぁやんこと他吉がたくましく生き抜いていく姿を描いており、佐々木が演じるのがこの他吉だ。
この作品の上演に向けての思いを、主演の佐々木と演出の森に聞いた。
「この作品です、と言ったら神妙な顔をされました」(森)
ーーオダサク作品は、喜劇性の中にも庶民の生活をありのままに描き、社会性も含んでいるところが魅力でもあると思います。森さんは、明治から昭和初期の庶民を描いたこの作品を、現代においてどのように舞台で見せたいと思っていらっしゃいますか。
森:現代に上演するとはいえ、物語の時代を変えるわけにはいかないので、むしろ明治・大正・昭和という、僕たちのルーツというか原風景みたいなものを出せたらいいかなと思っています。この物語は1905年から始まっていて、今より100年以上も前なんですけど、人間それほど変わっていないな、と感じます。昔から変わらず、人々はこうやって笑って泣いて明日のことなどわからずに生きていたんです。実は僕はオダサクのファンなのですが、まさか舞台でこうやってやれる日が来るとは思っていませんでした。僕がオダサク作品を好きだと感じるところは、登場人物の無名性にあるような気がしています。日々の暮らしに精一杯な市井の人たちを、苦しいだけじゃなくてこんなふうに笑って生きてますよ、と見つめるオダサクの優しい視線といいますか、その描き方が好きで、それを今回、舞台上でどんなふうにお客さんに届けることができるのかな、と本当に楽しみですね。
ーーオダサク作品と出会ったきっかけは何だったのでしょうか。
森:最初は『夫婦善哉』を読んで、あまりにもこの小説に惚れ込んでしまい、僕は演出が生業ですが、これまで1本だけ戯曲を書いたことがあって、それがオダサクを主役にした戯曲なんです。オダサク自身が他吉のような突っ走る人生を送っていて、そういうところにちょっと憧れというか興味がわいたんですね。いつかオダサクの小説を舞台化できないかな、という思いは以前からあって、たまたま東宝制作のこの作品を見つけたので、しばらく自分の中で温めていました。今回こうして蔵之介さんと2度目の機会をいただいて、パルコでこのタイトルで大丈夫か? 東宝は上演を許可してくれるのか? と思いながらも提案してみたら、東宝も森繫さんのご遺族も快くOKしてくださって、パルコ側からもOKが出ました。あとは蔵之介さんを口説くだけになって、この作品です、と言ったら神妙な顔をされましたね(笑)。確実に戸惑っていました。以前から、蔵之介さんと喜劇色の強い芝居をやりたいと言っていたんですけど、まさかこれを持ってくるとは思ってなかったでしょう(笑)。
森新太郎
ーー確かにこれはすごく意外性がありますね。
森:この作品は一人の男の、30代くらいから70代くらいまでの40年間を演じなきゃいけない。そうなると、蔵之介さんが今ちょうどいい年齢なんです。この作品をやるなら、今の蔵之介さんに頼まないとだめだと思ったのと、やはりこの作品は関西のノリが満載なので、それはやっぱり蔵之介さんにお願いしたい、と思ったんです。
ーー喜劇を佐々木さんで、というのはなぜそう思われていたのでしょうか。
森:僕が演劇を始めた頃が、まさに惑星ピスタチオ(佐々木がかつて所属していた劇団)が活躍していた頃なんです。蔵之介さんは世間的には渋い俳優さんとして認知されていると思いますが、僕にとっての蔵之介さんは、隙あらばふざけまくっていた、体を酷使してお客さんを笑わせまくっていた集団の一員だったという、そっちのイメージなんです。けれど、初めてご一緒したのは2016年の『BENT』というとてもシリアスな作品でした。でもあの作品も、極限状況での会話の中には基本的にユーモアが貫かれていて、このリアリティは生かした方がいいんじゃないかなと思って演出したら、お客さんもたくさん笑ってくれて、だからこそ悲劇性が浮き彫りになって、僕の想像以上に物語に深みが増したと感じました。それを見ながら、ごくごく自然に次は直球の喜劇を蔵之介さんとやりたいな、という思いを強くしたんです。
「“あ、わかった、これやろう”って思った」(佐々木)
ーー佐々木さんは先ほどの森さんのお話しですと、この作品をやると言われたときに神妙な顔をされたということですが、どんなお気持ちだったのでしょうか。
佐々木:「これをやるの?」っていうのが正直な思いでした。タイトルからして、これをパルコでやるの? って。でも、なぜ僕とパルコでこの作品をやりたいのか、なぜこの作品を選んだのか、って神妙な顔で聞いたときに、森さんの「たくましさ」という言葉を聞いて「あ、わかった、これやろう」って思ったんです。
佐々木蔵之介
森:オダサク作品といえば、その根底に描かれているものは人間の「たくましさ」なので。たとえみっともなくアホらしい生き様であっても、そこにある「たくましさ」をお客さんに感じてほしいのだと蔵之介さんに伝えました。
佐々木:それを聞いて「そうか、そこか」と思いました。森さんとは『BENT』でご一緒させていただいたときに、それぞれの役者を平等に演出し、それぞれの役者の持ち味や能力を見極めて、役者がちゃんと役と向き合ってさえいれば、それを引っ張って評価してくれるところが非常に信頼できると思いました。緊張感のある稽古場だったんですが、たまに見せる笑顔がめちゃめちゃチャーミングで、これを見せられると「この笑顔のために何かできたらいいな」というふうに思えるんです。今このインタビューの中で、森さんがここまでオダサクのことを愛していたということを初めて聞いて、改めて「これはやらなあかんな」という思いが徐々にわいて来ています。
森:今の世の中、他吉みたいに向こう見ずで馬鹿正直な男いないじゃないですか。だからこそ、逆にそれが新鮮なんじゃないかな、という気もします。そしてやっぱりこの作品は、脚本の椎名龍治さんと潤色の森繫さんが、オダサクの原作から見事に脚本化しているんですよね。森繫さんは潤色となっていますけど、このライブ感のある言葉のやり取りは、稽古するうちに生まれたものもあったんじゃないかなという気がします。僕は菊田一夫さんが好きなんですが、この作品も東宝制作というのもあってか「放浪記」にも通じるような世界観があって、人間の描き方が生き生きとしていてうまいなと思います。
「PARCO劇場でどう魔法をかけられるか」(森)
ーーセリフが関西弁なのも、よりライブ感に繋がるんじゃないかという気がしますね。
森:僕は関西の人間ではないので、関西弁のあのグルーブ感にあこがれがあるんです。だからキャスティングにも相当こだわっていて、イントネーションだけじゃなくて、体全体のリズム感とか、「俺がしゃべりたいんだ!」という沸き上がるエネルギーとか、そういうものは関西弁ネイティブの俳優さんに助けてもらえたらいいなと思っています。
ーー蔵之介さんは関西弁でお芝居をやることに関してはどうですか。
佐々木:舞台で関西弁っていうのはこれまでなかったです。それこそ、惑星ピスタチオのときは要所要所、ネタで関西弁を入れてましたけど……ネタというか、芝居なんですけど(笑)。関西弁で芝居をやることに関しては、楽しみです。森さんの言う雰囲気は出るかなと思いますね。
(左から)森新太郎、佐々木蔵之介
森:演出的には、舞台セットどうするんだろう、というところが……、大劇場でセットが次から次にジャンジャン出てくれば楽なんだけど、それをPARCO劇場でどう魔法をかけられるかな、と思案の最中です。
佐々木:そうそう、それも最初言ってたんです。「パルコでやるんでしょ? どうセット作るんですか?」って。
森:満天の星とか、雪が降ったりとか、結構スペクタクルなんです。このタイトルからはまるで想像できないような詩的で美しいシーンがあるので、そのへんは演出家の野望として、果敢に攻めていきたいと思っています。
「お客さんを乗せてこの時代を見せてあげたい」(佐々木)
ーー蔵之介さんは他吉という男に対してどういう魅力を感じていますか。
佐々木:明治・大正・昭和とずっと生き抜いていく彼のすぐそばで、バタバタと人が死んでいくんです。歴史的な背景がどうだろうが、時代がどう動こうが市井の一人である彼は変わらず生き続けていく、しかも笑って泣いて怒り狂って、というそれがたくましさなのかな、と思います。他吉みたいな口が悪くて暴力的で破壊的なオッサン、周りからしたら迷惑だし近くにいたら嫌ですけど(笑)、でも魅力的ではあると思うんです。そんな舞台を、もう令和になった今の時代に渋谷で上演できるというのは面白いな、と思っています。
佐々木蔵之介
森:すごく渋谷っぽくない話ですよね(笑)。PARCO劇場のオープニング・シリーズのラインナップが出たとき「やっぱり浮いてるよ」って自分でも笑っちゃいました。他吉は無茶苦茶な人なんだけど、モテ男なところが蔵之介さんと被るんです。他吉みたいなどこか抜けた人ってちょっとチャーミングだから、って言うと蔵之介さんが抜けてる、ってなっちゃいますけど(笑)。脚本を読むだけでも、なんだか色気がある人なんです。人としてのダメさ、完璧じゃないところに、皆がどんどん魅かれていっちゃうというか。蔵之介さんはわりとクールな役が多いから、お客さんには新鮮かもしれないですね。
佐々木:車や電車じゃない、人力で動かしている車夫っていうのがまた、たくましさに繋がります。あとちょっと思ったのが、かっこいいこと言うつもりはないんだけど、お客さんを乗せてこの時代を見せてあげたいな、って。
森:かっこいいこと言いますね。
佐々木:この時代の景色とか人々とか、演劇も人力なので、そんなエネルギーをお客さんに見てもらえたらな、と思いますね。
「蔵之介さんの限界ぶりを見て」(森)「すごく不安(笑)」(佐々木)
ーー今回、PARCO劇場パルコのオープニング・シリーズに参加するということに関してはどうですか。
佐々木:パルコは僕がまだ劇団にいた頃に初めて出演して、それからいろんな演出家の方といっぱい作品をやって、育てていただいたと思っています。今回のラインナップにのせていただけたのはすごく嬉しいですし、またここからパルコと一緒にいろんな作品ができたらいいなと思っています。
森:僕はパルコでやるのは初めてなんです。だからよく「新進気鋭の演出家がパルコデビュー」と言われているのを傍目で苦々しく見ていました。もうパルコでやることなんて一生ないんだろうな、なんて思っていた頃にこの話が来たんです。
森新太郎
佐々木:パルコから一切お呼びがなかった?
森:「渋谷」や「パルコ」と、「森新太郎」はちょっと違うみたいですよ。そこにこの作品を持っていく、というのが僕なりの回答です(笑)。
ーーそれでは最後に舞台に向けてのメッセージをお願いします。
森:泣けるし、笑えるし、本当に人間って愚かだな、って感じながら救われるところもあって、こんな生き方しかできないかもしれないけど、その中に輝く瞬間があるという、人間まるごとを味わってもらえるような作品になればいいなと思っています。こんなふうに楽しくしゃべっていますけど、蔵之介さんは大変だと思います。他吉という役は喜怒哀楽が激しいから、心も体もすり減らしていくと思うんです。すごいテンション高いオヤジの40年間をやらなきゃいけないので。だから蔵之介さんの限界ぶりを見てもらいたいです。だって、この脚本を読んだときの感想が「1日2公演は絶対無理だ」って(笑)。
佐々木:舞台は毎回不安なんですが、この作品は特に不安(笑)。僕もどうなるかわからないですし、僕がどうなるかわからないです(笑)。でも、スペクタクルであるし、人情物であるし、いろんなものが見られる作品ですからぜひ来ていただきたいですね。
(左から)森新太郎、佐々木蔵之介
取材・文=久田絢子 撮影=敷地沙織
公演情報
『佐渡島他吉の生涯』
脚本:椎名龍冶
潤色:森繁久彌
演出:森新太郎
出演:
藤野涼子 大地洋輔(ダイノジ) 弘中麻紀 福本伸一 上川周作 どんぐり 陰山 泰
清瀬ひかり 高本 学 辻本みず希 長橋遼也 橋本菜摘 橋渡竜馬 原口侑季
早野ゆかり 双松桃子 平宅 亮 ほりすみこ 横濱康平 前田一世 高橋克明 山野史人
<東京公演>
日程:2020年5月13日(水) ~ 6月7日(日)
会場:PARCO劇場(渋谷PARCO 8F)
入場料金:10,000円
(全席指定・税込) U-25 5,000円(観劇時25歳以下対象、要身分証明証)
(当日指定席券引換/ぴあ、「パルステ!」にて前売販売のみの取扱い)
※未就学児のご入場はお断りいたします。
※の不正転売禁止。
※各回最前列2枚あり 1月15日(水)12:00~1月19日(日)23:59
一般発売 :2月15日(土)~
お問合せ:パルコステージ 03-3477-5858(月~土 11:00~19:00/日・祝 11:00~15:00)
http://www.parco-play.com/
<大阪公演>
日程:2020年6月25日(木)~28日(日)
会場:NHK大阪ホール
入場料金:S席 10,000円 A席 8,500円(全席指定・税込)
前売開始:4月26日(日) AM10:00~
お問合せ:キョードーインフォメーション 0570-200-888(全日10:00-18:00)