加藤和樹が体当たりの演技で魅せる! 城田版ミュージカル『ファントム』囲み取材&ゲネプロレポート
ガストン・ルルーのベストセラー小説「オペラ座の怪人」(1911年)を原作としたミュージカル『ファントム』が、城田優による新演出で11月9日(土)、東京・TBS赤坂ACTシアターにて幕を開ける。
ミュージカル『ファントム』は日本では2004年に宝塚歌劇団で初めて上演され、梅田芸術劇場プロデュースでも過去に3度上演された人気作。本公演では前回の2014年公演でタイトルロールを務めた城田が再びファントムを演じ、かつ演出も担うということで注目が集まっている。
初日に先立ち、11月8日(金)に囲み取材とゲネプロが行われた。ファントム(エリック)、クリスティーヌ・ダーエ、フィリップ・シャンドン伯爵の3役はダブルキャストとなっており、この日のゲネプロではそれぞれ加藤和樹、愛希れいか、廣瀬友祐の組み合わせとなった。
「オペラ座の怪人」と聞くと、アンドリュー・ロイド・ウェバー版やケン・ヒル版のそれを思い浮かべる人もいるかもしれないが、本作はブロードウェイで活躍するモーリー・イェストンが作詞・作曲、アーサー・コピットが脚本を手掛ける全く異なる作品だ。本作が「オペラ座の怪人」を原作とした他の多くの戯曲と一線を画す理由、それはファントムを一人の人間として描き出していることだ。ファントムに“エリック”という親からもらった名があることが、そのことを象徴的に表している。
時は19世紀後半。歌手志望のクリスティーヌ・ダーエは、憧れの街パリで楽譜売りに励んでいた。七色の街灯が立ち並ぶおとぎの世界のような街並みは、演出の城田によるとクリスティーヌの目を通して見たパリの姿なのだという。
あるとき、クリスティーヌの歌声に聴き惚れたオペラ座のパトロン・シャンドン伯爵は、彼女にオペラ座でレッスンを受けるよう取り計らう。ところが、意気揚々とオペラ座に訪れたクリスティーヌを待ち受けていたのは新支配人の妻でありプリマドンナのカルロッタ。若く可愛らしいクリスティーヌのことが気に入らないカルロッタは、彼女を自分の衣装係に命じる。それでもオペラ座にいられるだけで幸せだ、と素直に喜ぶクリスティーヌが健気だ。
衣装部屋で一人で歌う彼女に、暗闇の中から熱い視線を送る人物がいた。オペラ座の地下を住処としているファントム(エリック)だ。クリスティーヌの歌声に自身の亡き母親を重ねた彼は、彼女に自分の歌のレッスンを受けることを提案する。こうして、二人きりの秘密のレッスンが始まった。その甲斐あってクリスティーヌはコンテストでオペラ座の主演の座を手に入れるのだが……
城田による新演出となる本公演は、「オペラ座の怪人」のおどろおどろしいイメージを覆す色彩の美しさが際立つ演出となった。鮮やかなビビットカラーが舞台上に散りばめられ、セットのみならず衣装にも細部までこだわりが感じられた。
生まれつき醜い顔を持ち、仮面でその顔を隠しながら孤独に生きる男エリックを、加藤は体当たりの演技で魅せてくれた。触ったら壊れてしまいそうなほど繊細な心を持つエリックが、クリスティーヌと出会い、愛することを知り、徐々に変わっていく。時には初恋に夢中な少年、時には愛ゆえに狂気的な行動を取る恐ろしいファントム……感情の振り幅の大きい役どころを、加藤は飾らず真っ直ぐに演じきっていた。彼が持つ憂いを帯びた瞳や、不器用なほどのまっすぐさを最大限に活かした役だと言えるだろう。
クリスティーヌ演じる愛希は、素朴で純粋な誰からも愛される少女を体現。くるくると変わる表情に思わず目が離せなくなってしまう。その純粋さ故に、結果的にエリックを傷つけてしまうことにもなるのだが……エリックとシャンドン伯爵の二人が彼女に夢中になるのも頷ける魅力を放っていた。その歌声は劇中で“天使の歌声”と評され、ストーリーが進むにつれて少女の声から包み込むような温かみのある声へ変化させていく様も見事だった。
エリックの恋敵であるシャンドン伯爵役の廣瀬は、華のある伯爵役を堂々と、そして活き活きと演じた。決して遊びではなく、誠意をもってクリスティーヌに接しているということが真剣な表情や態度から伝わってくる。夜のパリの街で繰り広げられるシャンドン伯爵とクリスティーヌの恋の駆け引きのシーンは、ついうっとり見入ってしまう人も多いのではないだろうか。リアレンジされて本公演から新たに追加された三重奏のナンバー「ワット・ウィル・アイ・ドゥ」も、1幕後半で効果的に歌われていた。クリスティーヌをめぐる三角関係をより一層濃く描きたいと語っていた演出の城田の想いは、本公演で具現化できたに違いない。
ゲネプロ直前に行われた囲み取材の場には、城田優(演出・出演)、加藤和樹、愛希れいか、木下晴香、廣瀬友祐、木村達成の6名が登場。各々が、城田版『ファントム』に対する熱い想いを述べた。
(左から)木村達成、木下晴香、城田優、加藤和樹、愛希れいか、廣瀬友祐
初の演出と出演の二刀流に挑む城田は、開幕直前の心境を「初めての経験で、言葉にできない謎の感情と戦っています」と意味ありげに述べた。聞いてみると、どうやら演出と主演という2つの立場で準備を進めてきた中で、自身の稽古ができていないのだと明かす。「自主稽古させていただいて、ちゃんとしたクオリティのものがお届けできるように頑張ります!」と続け、さらに「最高のクオリティを作りたいが故に自分の中で葛藤したこともあり、本当に未知の世界。できることはできたので、この作品が世の中に出ていくことに関しては今何も心配要素はないです。僕個人としての不安はあるんですけど(笑)、作品としては2019年間違いなく1番輝かしく、夢の世界で、愛に満ちていて、希望と絶望が入り混じった最高のエンターテイメントができたと自負しております」と、作品への想いを熱っぽく語った。
城田優
城田とは十数年来の付き合いがあり戦友でもある加藤に演出家・城田についての話が振られると、城田が加藤に耳打ちを始める。耳打ちを終えると、加藤が「素晴らしかったです(笑)」と城田に言われるまま答え笑いを誘うのに続けて、「彼はいい意味で変わっていないですし、芝居に対する想いや自分の頭の中のイメージを我々に遺憾なく伝えてくれたので、僕らもそれに答えてなんとか食らいついていった。ここまで作品に対する愛情がある人なので、彼についていくということが一番の近道だろうなと思った。僕らだけでなく、スタッフ、アンサンブル含め、この人を信じてやってきました。それだけ人を引っ張る力がある人だな、と。同じ役者でもあるので、気持ちの共通認識はとても強いものがありました」と語り、深い信頼関係を感じさせた。
加藤和樹
愛希は「作品に対する愛と、スタッフの皆さんや私たちへの愛と、愛に溢れた方です。だから私もついていこうっていうその気持だけで稽古してきました。ご自身はお稽古していないから不安だとおっしゃっていましたが、その時間を私たちのお稽古に費やしてくださったので、すごく感謝しています」と演出家として全力で作品に取り組む城田に感謝を述べた。
演出と主演を務める城田をただただ尊敬すると言う廣瀬は、「誰よりも大変なポジションを、誰よりもパワフルにエネルギッシュにカンパニーを引っ張る姿には本当に感動しました。初日を開けたら、僕としてはお客様はもちろんですけど、まず初めに城田優を感動させたいなという想いです」と意気込む。
(左から)加藤和樹、愛希れいか、廣瀬友祐
城田の演出にはSっ気があったという噂について話題が上がると、木下が即座にそれを否定。「稽古は厳しくなかったです。こんなにお稽古期間から本番を迎えるまであっという間に感じたのが初めてというくらい、ものすごく充実した期間を過ごさせていただいたなと思っています。『不安要素はいつでも言ってきて』と声をかけてくださることもありました。エネルギーを一番に出して皆を引っ張ってくださったので、大きな頼もしい背中を見ながら必死で走ってきました」。
続けて木村も「稽古前に『余裕がなくなったら皆に厳しい言葉をかけてしまうかもしれない』という話を(城田が)されていたんですけど、いつも笑顔で現場にいてくださった優くんを見ていると、すごい心が広くて飛び込んでいこうと思えた。こんなに考えた現場はなかったんですが、『考えるな、感じろ』と常に投げかけてくださっていたのも優くん。そんな優くんに、本番を通してしっかり成長した姿を見せたいですね」と語った。
(左から)木村達成、木下晴香、城田優
『ファントム』の製作期間は人生で一番大変だったと漏らす城田は、「時間がない中で全体のクオリティを上げていくということに、一番の重きを置きました。演出家だったら誰しも感じるのでしょうが、カンパニーにはいろんな方がいるので、その個性を活かしつつ自分の見せたいディレクションにしていくところが難しい。一人の人間としての核の中から役が生まれてくるということを大事にしつつ、役作りの方向性を話しながら、一人ひとり作ってきたつもりです」と演出家目線で振り返った。
最後は、カンパニーを代表して城田が本作の見どころを述べて囲み取材は締めくくられた。
「約2年前に始まったこのプロジェクト。本当に毎日毎日熟考して『ファントム』という世界を僕なりに具現化し、皆様にお届けできるよう取り組んできました。この物語で一番大事なテーマは愛。本当にたくさんの形の愛が詰まっていて、どんな方にも楽しんでもらえる作品だと思います。ミュージカルを観たことがない方もスッと入ってこれるような、歌と芝居のバランスが素晴らしい作品です。そんな僕が大好きで愛溢れる作品をどう描いたのか、劇場で体感していただきたいですし、ここに並ぶキャスト、裏で待機しているキャストたち、スタッフの皆さんの素晴らしいエンターテインメントをぜひ楽しみにしていただきたいです」。
この日は演出家として客席からゲネプロを見守っていた城田。後日、主演として舞台に立つ彼の姿をSPICEでレポートする予定だ。最後に、カルロッタを演じるエリアンナ、その夫アラン・ショレ役のエハラマサヒロ、オペラ座の元支配人・ゲラール・キャリエール役の岡田浩暉をはじめ、シングルキャストも素晴らしかったことを記しておこう。シングルキャストについては城田が立つもうひとつのゲネプロで紹介したい。演出と主演、全く異なる立場を両立するという大きな難関に挑む彼に注目したい。
取材・文・写真 = 松村蘭(らんねえ)