ROTH BART BARON・三船雅也が『けものたちの名前』に込めた想いーー2010年代が終わり、分断する世界を見つめながら
三船雅也(ROTH BART BARON)
音楽は世界を映し出す。ROTH BART BARONの音楽も世界を映し出している。ヒップホップがアメリカのチャートの上位の多くを占めているのも、ラテン音楽が世界を席巻しているのも、リゾが2019年にポップアイコンとなったことも社会と密接に関係している。ニューアルバム『けものたちの名前』は2010年代という時代を生きてきて、分断していく世界をきれいな目でまっすぐ見つめることによって完成したアルバムであり、声なき声を照らす、2010年代の終わりのサウンドトラックだと思う。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー前作『HEX』から約1年でアルバム『けものたちの名前』がリリースになりました。2010年代の最後に次を見据えて新しいところに飛び込めるようなアルバムを作りたかったとお聞きしています。
2010年代が終わる時に、バンドとしてどういうものを自分は作るのかなという事をずっと考えていました。2010年代って色々な事がありましたよね。例えばこの10年間を振り返った時に、音楽をスマートフォンで聴くのが中心になったり、僕たちの音楽の聴き方っていうのは凄く変わったと思うんです。その前だと、音楽を聴くというのはCDで聴くのが中心で、それ以外にあまり選択肢がなかったじゃないですか。でも今は全く違う状況ですよね。
ーーそうですね。2010年代の初めに4Gの通信が可能になって、スマホで音楽を楽しむ人が増えました。私も2000年代まではCDで聴くことが中心でしたけれど、今は8割から9割、ストリーミングで音楽を聴いています。
この10年の中でバンドとして聴かれ方も、観られ方も変わりました。音楽の楽しみ方が凄く変わった10年でした。そして人の価値観も大きく変わった10年だとも思うんです。アメリカではドナルド・トランプが大統領になり、イギリスではブレグジット問題で揺れ、世界中でみんなが線引きをすることが増えてきたなと思うんです。
ROTH BART BARON "HEX" TOUR | FULL SET | Dec 9th 2018 (Japan)
ーー線引きと言うと?
例えばブレグジットではYESかNOの二択を迫られる、というような感じです。真ん中のグラデーションの人達っていっぱいいたなと思うんですけど、それを無視して「お前は俺の仲間か、それとも敵か」という感じで、二極化しちゃったなと。
ーー確かに。世界的にイギリスだけではなく、そういう状況の中で色んな事が分断されている傾向にありますよね。
そうですね。ドイツでも移民が増えることに懐疑的なムードになったり、日本でも憲法のことがより議論されるようになったりとか。その中で線を引く、溝を引くというか、YESかNOかINかOUTか、みたいな議論が多かった様に思います。グラデーションが無視されているなと思うことが多かったので、自分の音楽では線引きをしたくなかったんですね。
ーーなるほど。
僕はミュージシャンとして音楽を中心に社会のことを考えることが多いのですが、そういった今の状況を表せるものを作りたいと考えていました。そして僕の動物的勘で、2020年になったら色んな価値観がまた変化していく予感がしているんです。例えば日本では東京オリンピックがあって、アメリカでは大統領選挙もある。今考えていることが通用しなくなる世界がすぐそこにあると考えたら、今曲を作らないといけないと思ったんです。僕たちは今ちょっとした「明確な不安」を抱えているじゃないですか。芥川龍之介は「ぼんやりとした不安」と言いましたが、今はすぐ先に「明確な不安」もあるし希望もある世界だと思うんです。
ーー2010年代の前半に「ぼんやりとした不安」だったものが「明確な不安」に変わってきてますよね。ピントが合ってきましたし、アクションを起こす人も明らかに増えてきています。
そんな中に、一つ旗を立てておくようなアルバムを作りたいという気持ちがあって。でもこの世は不安だという作品にはしたくなかったですし、無責任に大丈夫とも言いたくなくて、きれいな目でこの世界を見つめる作品を残しておきたかったんです。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー2019年に出すアルバムと2020年に出すアルバム、1年しか差はないですが、前者は2010年代にくくられますし、後者は2020年代にくくられますよね。
そうなんですよね。80年代のファッションはこうだった、90年代はこうだったみたいな話はしますが、89年と90年の違いまでは掘らないですよね。
ーー確かにそうですね。
あと僕は昭和62年生まれで、ギリギリ昭和生まれの世代なんですよ。物心ついた時には平成になっていて。平成生まれではないですが、昭和を懐かしんだり誇ったりするほど昭和を生きていないんです。令和になった時に平成生まれの人達が凄く惜しむ様にしてたのも、イマイチノれなくて(笑)。 だから年号の切り替わりがしっくり来なかったんですね。でも2010年代の終わりというのは凄くしっくりくるんですよ。
ーーその気持ちや今作『けものたちの名前』へのイメージというのは、前作『HEX』を作っている途中に出てきたものですか? それとも制作した後ですか?
途中で構想はあったのですが、制作が終わった後に現実味を帯びてきたという感じですね。前作『HEX』はリリースするまでの3年間凄く苦しみました。100曲以上作ったのですが、納得いかずに中々アルバムには辿り着けなかったんです。でもようやく曲を作ることができてリリースした後に、リスナーやメディアの方が良いリアクションをくれたり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんがフックしてくれて、ライブのオープニングアクトに呼んでくれたりして。そういうものに救われながら、また自分の創作の扉が開いた時に、結構やりたいことがたくさん出てきて、「早く作りたい、出したい」という気持ちになりました。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー1年で次のアルバムですもんね。
早いですよね(笑)。
ーーあと今作は参加している人数が増えましたよね。ゲストボーカルとして優河、Ermhoi、マイカ・ルブテ、HANAといった女性の方を4人迎え入れています。色んなジェンダーの人に参加してもらいたかったというコメントもされていますが、それも今の社会を表現するためですか?
今の社会を表現するためというより、最初のキッカケは音楽的な理由です。この声は絶対この曲に合うな、というような。
ーーなるほど。
あと声に関して言うと、僕の声って元々ジェンダーレスだと言われることが多いんです。その中であえて女性の声と混ぜてしまうことによって、どっちがどっちか分からないという感覚になってくれたら嬉しいですね。曲によってギターを変える様に、自分の声も楽器として考えて違う人の声を取り入れてしまうっていうのは面白いのかなと。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー性別だけでなく、ミックスにはザ・ナショナルやボン・イヴェールを手掛けているジョナサンロウ、チャンスザラッパーやノーネームを手がけているエルトン・チャンが参加していたり、色んな人種、バックボーンを持った人が参加していますが、それも自分がやりたい人とやった結果だと。
そうですね。数ある出会いの中から一緒に音楽を作ってみたいと思った人が、結果、下は13歳から上はかなり年上の人もいて、いろんな人種の人がいてっていうのは、今の時代自然なことですよね。でも後に、こうやって色んな人に参加してもらうのはこの世界の縮図だ、という秘密のメッセージとしても織り込むことができるなとは思いました。大袈裟じゃなくて、ただ自然に音楽の中でそういうことがしたかったんです。
ーー13歳の方というのは、1曲目の「けもののなまえ」に参加しているHANAさんですよね。どうやって出会ったんですか?
気になりますよね(笑)。
ーーはい。
けもののなまえ feat.HANA / ROTH BART BARON
まだ無名で、デビューもしていない中学生の子なんです。今回共同プロデューサーで林口砂里さんという高木正勝さんなどのマネージメントなどをされていた方に参加して頂いているんですけれど、彼女が凄く素敵な子がいるから紹介したいと言ってくださったんです。その流れでHANAさんが、東京のツアーファイナルを見に来てくれていたので紹介してもらったのですが、その時は僕もHANAさんに何ができるかわからない状況だったんです。プロデュースなのか、曲を作るのか、何なのか。
ーー「何か一緒にできませんか」みたいなザックリしたお話だったわけですね(笑)。
はい(笑)。 ただその後、HANAさんのライブを見に行ったら凄く声がよくて、音楽的勘も良いなと思ったんです。日本の音楽をあまり聴かずに海外の音楽ばかり聴いているらしく、彼女にとってのベーシックがそちらにあったので、変に日本の音楽を意識せずにニュートラルな形で歌ってもらえるなと思ったんです。曲を提供してもよかったのですが、アルバムの1曲目の「けもののなまえ」なら、キーも彼女に無理がないし合うかも、と思ってスタジオに来てもらいました。「この曲どうかな? もし嫌だったら全然いいよ」くらいの感じだったのですが、まさかこんなに歌ってもらうことになるとは思っていませんでした(笑)。
ーー来てもらって歌ってもらった中で響くものがあったと。凄く美しい声ですよね。
言葉を発して歌っているけれど、言葉の意味をあんまり分かっていないようなムードを作れるんですよね。そっけないというか、ちょっと宙に浮いているというか。あの世から聞こえてくる感じにも聞こえますし。あの世とこの世を飛び越えることが出来る音楽が好きなので、そこを表現するのにもいいかな、と思いました。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーーHANAさんが参加した曲は「けもののなまえ」で、アルバムタイトルも『けものたちの名前』ですよね。この「けもの」という言葉をなぜ選んだのでしょうか。
僕はいつもアルバムを作る時に、次のアルバムはこういうものにしたいというステートメントをみんなに提出するんですけど、その時に最初は「子供、少年性、少女性」などをテーマにしようと言っていたんです。でも途中でしっくりこなくなってしまって。子供というと大人が入っていないし、少年性だと女の子が入っていない。少女性もしかりです。これだとさっきの話じゃないですが線を引いて分けてしまうことになりますよね。今回のアルバムに関しては、線を引く言葉を使いたくないなと思ったんです。
ーー今回のアルバムの一つの大きなテーマでもありますよね。
そんな中でイノセントな意味を表現する言葉として何がいいんだろうと考えて、「けもの」がいいんじゃないかなと。以前からどこかで使いたい言葉として泳がせていたんですよ。前作が「HEX」だったので、今回は国産の言葉を使おうと。この「けもの」というのは凄く自然な言葉ですし、野性味もあるし、いいかなと思ったんです。
ーーその「けもの」に「名前」をくっつけるというのはどういう意図なんでしょうか?
名付けるというのは、言葉で思考する人間の発明ですよね。ということは、言葉が生まれる以前はまた別の世界があったはずなんです。そう考えてみると、自然な意味をもつ「けもの」と人が発明した「名前」を合わせることに凄く「今」を感じたんです。例えば、デジタルの中で自分の本当の気持ちを伝えるところができるみたいな。そういう両方の部分を持っているところに「今」を感じるんですよね。
Skiffle Song / ROTH BART BARON
ーー2曲目は「Skiffle Song」です。
この曲が出来たのは8年くらい前なんです。5年くらい前はあまりしっくりきていなかったのですが、今聴くと家族の再構築や再定義などを歌っていて、凄くしっくりきたんです。バンドメンバーも「この曲すごくいいじゃん!」と励ましてくれたりして、8年越しに浮上させて人に届けようと思いました。トラディショナルなフォークソングなんですけれど、今の目線でもう一回この曲にメスを入れて新しくできるのは、新鮮でしたね。
ーー曲にメスを入れるといえば、前作『HEX』では、ギターなどで作った素材をPCで再構築する作り方をされていますよね?今回はそういう作り方はされているんですか?
そうですね。前作はあえて自分を裏切ろう、今までやったことない作り方をしてみうようというところがあったのですが、今回はその前作で培ったやり方を生かしながら、自分が今までやってきたデジタルではない作り方と歩幅があった様な感じです。
ーー4曲目の「TAICO SONG」は祝祭感というかプリミティブなムードがありますね。
この曲は熱量のあるタイコの曲なのですが、最初はリズムマシーンなどで人間味をなくそうと思っていたので最初は地味な曲でした。でもバンドメンバーの雰囲気を見ていると途中でこの曲は壮大な曲だなと気づいて。ただ歌詞は暗いんですよ。そこで冷たさと熱さの両方を音楽で表現しました。熱のあるドラムの音をPC上でカットしてヒップホップ的に使うことで、ドラムの音をたくさん重ねているけど、最終的には凄くシンプルに聞こえる、まさに凄い冷たいのに、凄いあったかいものになりました。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー「HERO」についても聞かせて下さい。ヒーローについて歌った曲なんですが、この曲はなぜか死の匂いを感じました。
なるほど。音楽を作る上で生や死があることを遠ざけてタブーにしない様にしようと常日頃から考えています。なので、もしかしたら死の匂いはするかもしれないですね。ただ、死をうつしだすと生命力が輝き出したりもしますよね。
ーー生と死っていうのは分かりやすく2つに分けられてしまうものですもんね。YESかNOかで2つに分けられてしまって、グラデーションが無視されてしまうという先ほどの話にも繋がりそうです。
そうなんです。人間ってそんなにわかりやすくないと言うか、「あいだ」の人がいっぱいいるんですよね。
ーー「あいだ」の人たちの声ってあまり出てこないですもんね。
「あいだ」の人は大体黙ってますからね。実は言いたいことがあるのに、声に出さなかったり、出せなかったり、自信がなかったり。特に日本だとシャイな人も多いですし、みんな同じでいなさい、という教育があったりしますし。でも実はみんな考えている事はたくさんあるんですよね。そういうのを無視しないでいたいなと思います。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー今回のアルバムについて「HEXが外へ飛び出そうともがきながら扉をあけていく様なアルバムだったとしたら、今回は自分の真相へいかに息継ぎなしに潜っていけるかを考えた作品だと思う」とコメントされています。どういった意味を含んでいるのでしょうか。
どれだけ自分のコアに迫れるか、ということですね。
ーーそれは自分自身の個人的な感情のコアにいくということですか?
それもそうなんですけれど、自分の個人的なものを突き詰めていくと、他人にも繋がるし、人間の根源の様なところにも行くと思うんですね。なので、結果、自分の事ばかり考えている様で、その先の他人のことを考えることになると思っています。自分の信じるピュアなところを追い求めていけば、誰かの心に触れられるだろう、ということです。
ーーどういう方法で、突き詰めていくんでしょうか?
そうですね……。世の中にあるトレンドとか時代性とかをある程度無視して、自分の声を聞いていくというか。SNSを見ると他人の話ばかりで、自分の事を考える暇がないくらい色んな事が起きていて。しかも誰が成功したとか、誰が失敗したとか、大体が人間に関するトピックばかりなんですよね。自分の人生に関係ないことばかりに時間を吸い取られていっちゃうのは凄くもったいないと思うんです。
三船雅也(ROTH BART BARON)
ーー確かにそうですね。自分と徹底的に向き合うみたいなことって、ミュージシャンだけでなく全員に大切なことだと思うんですよ。この時代に次にどういうアクションを起こしていくのか考えるのに大切なことだと思います。
あと今は、SNSでギターや歌が自分より上手い人を、簡単に見つけることができますよね。そうすると半ば強制的に自分の実力が分かってしまう。元々インターネットって、自分が良いなと思う情報にダイレクトに繋がる事ができるのがいいとされていたと思うんですよ。でも結局、背負わなくていいものを背負っている状況もあると思うんです。そこから自由になるものが音楽とか娯楽とかインターネットだったはずなのに。
ーープラットフォームが変わっただけ、みたいな状況はありますよね。個人の声も確かに存在するけれど、声の大きい人の声は引き続き大きい、みたいな。
移植されただけ、みたいなところはありますよね。自分を見つめ直すことで、そういうのから解き放たれたいという気持ちに繋がるのだと思っています。みんな、自分のペースで、それぞれの方法で、好きなものを本当に好きと素直に言える様になりたいんだと思うんです。そして僕らの音楽がそんな人たちの心に響くことで、このアルバムが年代変わっても「楽しい」と思えるサウンドトラックになってくれたら嬉しいですね。僕らはそんな期待を込めて音楽をやっています。
三船雅也(ROTH BART BARON)
取材・文=竹内琢也 撮影=日吉“JP”純平