松原俊太郎の新作『メモリアル』を文学座の俳優・今井朋彦が演出〜「この芝居のセリフは誰と誰の間ではなく、客席にも向かっている」

インタビュー
舞台
2019.11.28
今井朋彦

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2019年『山山』で第63回岸田國士戯曲賞を受賞した松原俊太郎の新作『メモリアル』を、2019年12月に文学座が上演する。演出は、映像でも活躍する今井朋彦だ。二人の顔合わせが面白そうだと取材依頼して、10月に瀬戸内アートブックフェアのために高松市へ行ったら、スペースノットブランクというカンパニーにより松原作品が上演されていた。高松公演だけだった。アートブックフェアでは、ある装丁家に出会った。実は『メモリアル』のチラシをデザインした人だ。なんだか、一人、その縁をほくそ笑んだ。

これまでに見た松原の戯曲は文庫本のように黒々と文字が並ぶ。膨大な一人語りが続いて、次の登場人物がまた膨大に語る。長ゼリフといったレベルではない。今回の取材前にも、もちろん戯曲を読んだが、ここは文学座のサイトに載った松原の文章を引用する。単純に自分では書けないと思ったから。

「登場人物は、花嫁、独身者、娘、入国者、取次者、相続人の6人と、ほかたくさん。それぞれの行く末を抱えた6人が交叉点のまん中で衝突(!)します。川のように流れていた時間が中断し、人びとの足は止まり、そもそもふおんだった空気はさらにふおんになり……みんなで、なんとか、出口を見つけられるでしょうか……当然ながら人物たちはこうしたあらすじからは脱出します。言葉というのは便利なもので、いま、とか、ここ、で起きていることを明確に差し出すことができません。そのせいもあってか、不足が、軋轢が、格差が、対立が生じ、みんなばらばら、罵声あるいは沈黙。というのが、人物たちが身をさらす、ふつーの背景です。ふつーの背景では、必ず、どこかに不定の動きが発生し、拡散します。いま、とか、ここ、に不在なのは人権ではありません、キボーの叙情事です」

■どう上演したらいいか想像がつかないことが新鮮だった

――松原俊太郎作品といえば、地点の三浦基さんが演出していますが、僕は、今井さんが俳優だというところに興味を持ちました。そもそも松原戯曲に挑戦したいと思ったきっかけはどうだったんでしょうか?

僕は、青年団の中で活動しているころから地点を拝見していて。ただ、しばらくご無沙汰が続いていて、松原さんという新進の劇作家の作品をおやりになるという。三浦さんが日本人の新進の劇作家の作品をやるのが新鮮で、また松原さんがどんな方かも興味が湧きました。それで拝見したのが『忘れる日本人』。なんと言葉にしたらいいのか、すごい世界をやっているなと感じました。それで三浦さんを介して松原さんとお会いし、文学座と接点を持てないかという感じでアトリエに来ていただき、可能性はありそうかお話したんです。そのときに、戯曲を見せていただいたら、地点で見たものは三浦さんの中で沸き起こったものとが渾然一体になっているものだということがわかった。それは三浦演出の真骨頂だけど、松原さんが書いたものをそのままやるとどうなるのかなと思ったんです。

――俳優としての興味だったわけですね?

実は皆目見当がつかなかったんです。僕は俳優なので、僕ならどうやってしゃべるのか興味が湧きました。その見当がつかないところが、ものすごく引っかかったんですよね。例えばストーリーのある作品だったら、おおよその想像はつきます。それはある種、職業病でつまらないことなのかもしれませんが、想像がつかないことがものすごく新鮮でした。だから挑んでみたくなったんです。同時に松原さんがどういう回路でこういう戯曲をつむぐんだろうかというのも気になりました。本当に寡黙な方なので多くは語らないんですけど、映画がお好きということで、どんな作品に興味を持ってどんな感想を持ったかやりとりする中で、まったく乖離した方ではないかなと感じましたね。

今井朋彦

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■新作には近代戯曲のエッセンスがかなり生かされている

――松原さんには何を書いてもらおうとお考えになったのですか?

いえ、「こういうことを題材に」ということは、こと松原さんに関しては意味をなさないと思いました。『山山』だったら原発のイメージが中心にあった。『メモリアル』は、移民や外国人労働者というものが一つのモチーフになっていますが、何本かの柱の一つであり、さまざまなイメージが集約されて一つの役に入っている。また松原さんといろいろ話す中で、擬似家族に興味があるとはおっしゃっていましたね。

そして松原さん自身、ご自分が異端だと言われていることは理解しているけど、変わり者が変わったものを書いていると思われたままではなく、違う展開をしたいということをおっしゃっていました。もともと小説家を目指されていて、今も書かれているんですけど、演劇は地点を通して触れたので、近代戯曲を自分の中にインストールしたいと。文学座アトリエの今年のテーマが「演劇立体化運動―これからの演劇と岸田國士―」だったので、岸田など思いついた戯曲をお渡ししました。それを読んで近代戯曲の会話、対話の形式を松原さんの中に入れていただいた上で、興味を持っているテーマと合わせて、何がアウトプットされるかを楽しみにしていたんです。そういう意味では近代戯曲がかなり生かされている印象はあります。

――役者さんたちは、お稽古の中でどういう受け止めでしたか?

最初はかなり戸惑ったと思いますよ。単純に言えば、役者にとっては、泣いているのか怒っているのか、喜んでいるのか探ることがセリフを言う動機になります。そして自分は何者で、誰に向かってしゃべっているのかという設定がある。松原さんの作品にも役柄上は誰がしゃべっているか書いてはあるんですが、本当にその役がしゃべっているのか、誰に向かってしゃべっているのかにかなり戸惑っていましたね。でも回数を重ねる中で、そうじゃないんだと。自分が何者で、場所がどこで、こういう関係性でしゃべるということとは違う感覚を持たなければならないことがわかった。僕も的確に説明できていないんですけど、役者さんたちが舞台上にどういたらいいのかを探ってくれたんです。松原さんのセリフはAさんとBさんの人間関係には収まりきらず、極論すれば客席に向けて書かれている。もちろんすべての戯曲がそうですけど、最初から最後まで開かれている気がするんです。今回の戯曲はこれまでに比べればずいぶん対話になっているけど、人間関係の中に閉じているのではなく、皆さんにも言っている。それをどうつくっていくかを試行錯誤しましたね。

今井朋彦

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――役者さんの体を通して見えてきたことは?

役者はどうしてもある種の役柄を着たくなるものだし、その方が落ち着くんですけど、脱いでも舞台に強く立てるということを稽古で見せてくれたんですね。それによって僕も力をもらえた。実は役柄がなくても俳優は舞台に立てるんじゃないかという仮説が僕にあるんですよ。通常は一つの役柄を着てそれをまっとうするわけですが、果たしてそれだけでいいのか?という。役をやっているんだけど、それを剥ぎ取ってもそこにいると感じさせてくれる人と、役を一枚着ることで存在できている人とでは、僕にとって同じ舞台に立っていても感覚が違うんです。そして僕自身、ここ数年、役柄があるからそこにいるんじゃなくて、なくても強く立っていられる状態を目指してやっているんです。松原さんの作品は役柄が複数のイメージを背負っていて、しかも何かが変わるたびにチャンネルを変えて演じ分けるのではなくて、一つの状態でそこにたたずんでいるのにAからB、BからCへと移り変わっていくことが可能じゃないかと思わせてくれる。役者さんが試行錯誤してくれる中で、この戯曲にはどういう身体がふさわしいのか、ヒントをもらいながら稽古を進めています。

――そういう意味では試行錯誤を楽しんでくれる役者さんである必要がありますね。

今回のメンバーで、共演したことがあるのは一人だけなんです。でも舞台を見て、今お話ししたような作業を面白がってくれそうな人たちをある種のカンで選ばせていただきました。僕がそんなふうに考えるようになったのはコンテンポラリーダンスを学んだり、伝統芸能系の方と仕事をしたことが影響しているかもしれません。役へのアプローチはさまざまなある中で、もとにあるのは自分がそこに確実にいるという感じですかね。確実にいることの強さみたいな方向に行きたかったんです。

今井朋彦

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■演出を職業とされている方と同じことをやっても仕方がない

――文学座では役者であり演出をされる方が多くいらっしゃいました。けれど、最近の役者さんでは珍しいです。

最近では江守徹さんがされています。僕は松原作品をずっと見ていて、話をしていたので、新しい演出家とマッチングするよりも、それまでの流れを引き継いだほうがいいだろうと自分で演出をすることにしました。でも僕は俳優として素晴らしい演出家さんとはごまんと出会っているので、その方々と同じ名称を語るのは忍びないんです。最初に声をかけてくれたのは世田谷パブリックシアターさんで、その次がSPACの宮城聰さんでした。なぜ実績もない人間に機会を与えてくれたのか葛藤があったし、それに見合った成果を出せているという気持ちもないんです。でもやってみて面白かったという人が少しでもいてくれるなら意義はあるのかなと。だったら演出家を職業とされている方と同じことをやっても仕方がないので、自分が何が違うとも言えないんですけど、こういう題材を取り上げて、俳優の身体と向き合いながらやることが僕が演出を担うことの意味の一つかなとは思います。

――チラシのデザインを、画家で装丁家の矢萩多聞さんが担当されています。

出演者の山森大輔が知り合いだったんです。チラシのデザインがまだ決まっていないのなら候補の一人にと推薦してくれたんですよ。矢萩さんの著書を拝見して、その文章で即決しました。学校や先生になじめず中学1年で不登校、14歳からインドで暮らしたことを書いた本なんですけど、一切虚飾のない文章というか、自分のことを素直に文章に載せられていることに驚いて。過去にどんなデザインをされたかは考えずに、この人となら仕事ができそうだと感じたんです。実際にお会いしたら想像通りの方で、こちらの力も抜けるというか。戯曲は途中まででしたが、お互いに読んで感じたことを脈略なくけっこうな時間お話ししましたね。次にお会いしたときに50パターンくらいデザインをつくってきてくださったうちの一つがこれでした。

――最後になりますが、松原さんの戯曲にお客さんは驚きそうですね。

なんだかよくわからなかったという感想も出てくると思うんです。でも彼の作品は、その時間その場所で体験して面白かったという演劇ではなく、形を変えて、無意識のレベルで何かが響くとか、何かの折にふっと思い出されるというようなものだと思うんです。演劇の楽しみ方もいろいろあるんだということが伝わればいいですね。その場でいいご感想が聞けなかったとしても、いつまでも気になって覚えているという作品になるんじゃないかなと思いますし、そうしたいですね。

――若い劇作家さんですが、かなり憂いてますよね?

憂いていますね。この先の時間、その前の時間というつながりの中で、国とか人間、社会というものを考えていくという要素が含まれているんですけど、憂いているという意味で言えば、舞台上だけではなく、松原さんの感覚が生み出した言葉を通して、憂いているのは私たちかもしれないし、あなたかもしれないしという問題意識を共有できたら面白いかなと思います。シーンごとのタイトルも「青」「赤」「交わる」「ゆう」など特徴的ですし、ト書きも含め、彼の言葉を余すことなくお届けできればいいなあと思います。

今井朋彦

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取材・文:いまいこういち

公演情報

文学座12月アトリエの会『メモリアル』
■日程:2019年12月3日(火)〜15日(日)
■会場:信濃町 文学座アトリエ
■作:松原俊太郎
■演出:今井朋彦
■出演:太田志津香 上田桃子 前東美菜子 神野崇 山森大輔 萩原亮介
■チケット:[全指・税込]一般前売4,600円/当日4,800円
 ユースチケット2,700円 (前売・当日共、25歳以下・文学座のみ取扱い)
■開演時間:3・5日19:00、14・水・金・日曜14:00、7・1012日14:00 / 19:00、9日休演
■問合せ:文学座 0120-481034(10:00~17:30、日祝を除く)
■公式サイト:http://www.bungakuza.com/memorial/index.html
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