直腸陥没!でも好きなものは絶対に諦めない『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第七十二回
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(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
フィンランドから、ユルそうでマジメなメタル・コメディ映画『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』が日本にやってきたぞ!図らずもこのコラムと同じく、タイトルに“俺たち○○”が付いた作品。個人的には、“俺たち○○”がつく映画はハズレなしと思っているので、今回も自信を持ってお届けしよう。
(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
フィンランドの片田舎で、ヘヴィメタルバンドのボーカルを務めるトゥロ。しかし彼のバンドは、ライブをしたこともなければオリジナル楽曲も持たないコピーバンドだ。やっとのことでノルウェーのメタルフェス出演のチャンスを掴むものの、初ライブでのトゥロの嘔吐、ドラマーの事故死など、次々とトラブルに見舞われ、バンドは解散してしまう。「このままでいいわけがない」と感じた彼らは、盗んだバンに死亡したメンバーの遺体を乗せ、精神病院から新しいドラマーを誘拐し、バンドを再結成してフェスへ向かう。警察に追われながら、彼らは無事にフェスへの出演を果たせるのか?
北欧と切り離せないメタルの存在
(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
フィンランド、ノルウェー、デンマーク、アイスランドは、ヘヴィメタルバンドを数多く輩出し、日本では“北欧メタル”とジャンル分けまでされている。中でもフィンランドは、人口10万人あたり53.2ものメタルバンドが存在するメタル超大国だというから驚きだ(本作品公式サイトより)。音楽に対する国からのサポートが手厚いことも理由のようだが、私のメタル好きの友だちによれば、日照時間が少ないため、地下室にこもって音楽に没頭する人が多いのだとか。
本作のバンド“インペイルド・レクタム”(直訳すると直腸陥没!)も、地下室で誰にお披露目するわけでもなく、日がなコピー曲を演奏するだけの日々を送っている。練習が終われば、ボーカル・トゥロの親が作ったご飯を皆で食べ、仲良く団欒。さらには、標榜する“終末シンフォニック・トナカイ粉砕・反キリスト・戦争推進メタル”という音楽ジャンルとは裏腹に、介護施設や図書館など公共機関で働いていたりする。趣味に没頭していてもご飯を誰かが作ってくれるなんて、正直うらやましいほど健全な生活だ(笑)!
心打たれるトゥロのまっすぐさ
(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
私からすれば幸せそうに見える彼らだが、たとえメタル超大国でも、ちょっと内気なオタクに向けられる世間の目はやはり冷たく、長髪で陰気な彼らは「ホモ」とののしられる。トゥロは言い返す勇気も無いが、そんな罵倒に負けずにメタルを続け、恋する女の子にアタックし続ける強さを持っている。その健気さには、観ているこちらも心を打たれるばかり。誰かに否定されたとしても、好きなものを好きでい続けること、追いかけ続けることの大切さを、トゥロのお陰で改めて感じることができた。
トゥロはシャイな性格だからこそ、鬱屈した気持ちをぶつけられるハードな音楽を嗜んでいるのかもしれない。音楽やお芝居に気持ちを乗せている間は別人になったり、少し強くなれる気がするのだろう。私もネガティブでシャイだからこそ、声優という仕事を選んだ経緯があるので、トゥロには共感せざるを得なかった。
(C)Making Movies, Filmcamp, Umedia, Mu tant Koala Pictures 2018
ここまでトゥロのことばかり書いてきたが、私のインペイルド・レクタムでの推しは、トゥロではなくベーシストのパシだ。物静かでメタルの知識が豊富なバンドのブレーン・パシは、中盤でこれぞメタル!という見事な変貌を遂げる。しかし、見た目は変わっても、性格は変わらずそのままなので、いわゆるギャップ萌えが素晴らしい。彼の変身を楽しみにしていてほしい。
本作ははっきり言って派手な作品ではないが、観終わった後で感動がじわじわと染み渡るような作品ではないかと思う。また、感動させるだけでなく、棺桶ダイブや斬新すぎる宣材写真の撮影など、初めて観るようなギャグシーンも満載だ。サブタイトルの“崖っぷち”も、ただの比喩表現ではないので、タイトル回収に乞うご期待!
『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』は公開中。