ロイヤルバレエの歴史を語る上では欠かせない創設者振付『コッペリア』 英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2019/20
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(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2019/20、バレエの2作目は2019年12月10日に上演された『コッペリア』。振付は英国ロイヤルバレエ団の創設者、ニネット・ド・ヴァロアで、1954年に初演された作品だ。東欧の村を舞台に、変わり者の博士がつくった機械人形コッペリアを巡って繰り広げられるコメディを、マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、ギャリー・エイヴィスらが好演。スワニルダをはじめとするテクニカル要素満載の振付と、それを鮮やかに踊るヌニェスの技巧派ぶりにも注目したい。
(c) 2019 ROH. Photograph by Gavin Smart
■かわいらしい田園風景の中で繰り広げられる、スワニルダの超絶技巧
『コッペリア』の原作はE.T.A.ホフマンの小説『砂男』で、妄想や狂気といったグロテスクな要素の強いファンタジーだ。しかしバレエでは軽快なコメディ。東欧ののどかな農村を舞台に、変わり者のコッペリウス博士(エイヴィス)が造り出した人形コッペリアに、そうとは知らずに恋心を抱くフランツ(ムンタギロフ)と、やきもちを焼きながらも謎の美少女「コッペリア」に好奇心が抑えられないスワニルダ(ヌニェス)が博士の屋敷にこっそり忍び込む――という物語だ。
(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
幕が開き、そこに広がるのはのどかな農村風景。東欧風の衣裳を着けたスワニルダや友人、村の青年たち。群舞を繰り広げる赤や緑の衣裳の人々は、例えば、かわいらしいカントリーサイドを模したミニチュアの世界に並ぶ、小さなおもちゃの人形といった愛らしさも感じさせる。そうしたなかで繰り広げられる、スワニルダとフランツの恋のさや当て。一挙手一投足にいちいちクスっと笑わせられるダンサーらの演技力もさることながら、驚くのは、とくにスワニルダ役に求められる技術の高さだ。ヌニェスの次々と繰り出される細やかなステップの応酬には唖然とするばかり。さらに「スワニルダとして」それをパーフェクトにこなす彼女の「踊る役者」としてのクオリティの高さにも、改めて目を見張る。またフランツ役のムンタギロフは村の若者として持ち前の素朴で素直な魅力を振りまきながら、三幕のグラン・パ・ド・ドゥは王子の如き貫禄の存在感を示す。
(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
■幕間映像にも注目。大切に伝承されるバレエ団の財産
特別な情報や秘蔵映像が見られる「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」おなじみの幕間映像にも注目したい。
今回はヌニェスが12歳の時に踊ったスワニルダのヴァリエーションというお宝映像のほか、ヌニェスと「シネマ」の進行を務めるダーシ・バッセル、そして直接ド・ヴァロアに師事を得て、今回の指導にも当たったダンサー、メール・パークの対談も収録されている。芸の伝承という貴重な知的財産の積み重ねが、英国ロイヤルバレエ団の伝統を支えているのだと、改めて思わせられるワンシーンだ。また初めてこの作品を踊るという群舞の若手ダンサーにもスポットを当てている点も興味深い。
(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
この『コッペリア』が上演されたのは、バレエ団がコヴェント・ガーデンに本拠地を移してから8年後のことだという。スワニルダの非常に高度な技術や、次々と登場する群舞には、踊り手のレベルアップや、なるべく多くのダンサーに舞台に立つ機会を与えたいという、ド・ヴァロア氏の願いと愛情が込められている……と考えるのは、見る側の解釈であり、ノスタルジックな思いではある。が、ダンサーやスタッフらが一丸となって、初演から60余年を経て命を吹き込むこの『コッペリア』の世界からは、やはりなにか胸の熱くなる思いも伝わってくる気がしてならない。英国ロイヤルバレエ団の歴史を語るうえでは欠かせない、必見の作品だなと改めて思わせられるのである。
(c) ROH, 2019. Photographed by Bill Cooper
文=西原朋未