演劇を通じて世界と繋がる「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」プレス発表会レポート~国内外の最先端の舞台芸術が集結
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 (左から)若林康人、ホナガヨウコ、宮城聰、奥野晃士、たきいみき
宮城聰が芸術総監督を務めるSPAC-静岡県舞台芸術センターが主催する『ふじのくに⇄せかい演劇祭 2020』が2020年4月25日(土)~5月6日(水・休)に開催されることが決定し、静岡県コンベンションアーツセンター・グランシップ内にてプレス発表会が行われた。その模様をレポートする。
新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、欧州からの入国制限が発表されたことを受け、本演劇祭の海外招聘演目5作品『空を飛べたなら』『終わらない旅 ~われわれのオデッセイ~』『愛が勝つおはなし』『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』『私のコロンビーヌ』は、2020年3月24日現在、の販売を一時停止としている。なお、『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』ならびに『アンティゴネ』は、様々な感染予防の対策を行いながら上演される予定。
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 宮城聰
「ふじのくに⇄せかい演劇祭」は、SPACが毎年ゴールデンウイークに開催している国際演劇祭で、これまでも各国から多くの優れた舞台芸術作品を招聘・紹介してきた。また、全国各地や海外からの気鋭のアーティストたちが、駿府城公園、静岡市役所・葵区役所、常磐公園など静岡市内にてパフォーマンスを繰り広げるストリートシアターの祭典「ストレンジシード静岡 2020」も同時期に開催され、アヴィニョン演劇祭、ニューヨーク公演を経て凱旋公演となる、東京2020 NIPPONフェスティバル共催プログラム ふじのくに野外芸術フェスタ2020静岡 宮城聰演出SPAC公演『アンティゴネ』も2020年5月2日(土)~5日(火祝)に駿府城公園にて上演される。
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 宮城聰
まずは芸術総監督の宮城が「いわゆる先進国とされている国々において、多くの人たちが不遇感、つまり自分たちは損をしている、という気持ちを膨らませているのではないか。人間は自分が不遇だと思っているとき、誰かが手厚くもてなされているのを見ると、たとえそれが自分より大変な立場な人でも不満を抱く。それは自分のアイデンティティを「損をしている人間」として確立させようと心が働くからで、自分が一番損していると思いたい人たちはなるべく異質なものを視野から排除しようとする。僕が演劇人として出来ることはわずかだが、世界にはいろんな状況の人がいるということを見てもらうことで、抱いている不満・憤懣が言ってしまえばコップの中の嵐に過ぎないことを感じて欲しい」と、今回の演劇祭のテーマについて説明した。
その後、上演6作品が紹介された。
ワジディ・ムアワッド『空を飛べたなら』 (c)Simon Gosselin
静岡芸術劇場で上演されるのは4作品で、4月25日(土)、26日(日)はワジディ・ムアワッド作・演出『空を飛べたなら』が上演される。今作はムアワッドが2016年にパリ・コリーヌ国立劇場の芸術監督に就任後の第一作目で、ニューヨークで出会ったユダヤ系ドイツ人青年と、アラブ系アメリカ人女性との禁断の恋が引き起こす社会派サスペンス劇だ。ムアワッド自身がレバノンに生まれ、8歳でフランスに亡命後、カナダに移住したという経歴を持っており、レバノンとイスラエルの対立関係の描写には「個人」と「集団」の間で引き裂かれる思いが切実に表れ、「人はいかにして、個人では幸福であるのに集団では不幸になるのか」というテーマが胸に迫る内容だ。ムアワッドの作品はこれまで、SPACでは2010年に『頼むから静かに死んでくれ』(原題:Littoral)を、2016年にはムアワッド作・演出・出演による一人芝居『火傷するほど独り』(原題:Seuls)を上演、また世田谷パブリックシアターでは『炎 アンサンディ』(原題:Incendies)を上村聡史演出により2014年、17年に上演し、文化庁芸術祭賞大賞や読売演劇大賞最優秀演出家賞など数多くの演劇賞を受賞、2018年には『岸 リトラル』(原題:Littoral)を同じく上村演出で上演するなど、その才能は日本でもたびたび紹介されてきた。宮城は今作について「ロミオとジュリエットをモチーフにして、人と所属は簡単に切り分けられるものではないということが描かれ、4時間にわたる大長編だがハラハラドキドキの展開で飽きることなく見られる」と述べた。
クリスティアヌ・ジャタヒー『終わらない旅 ~われわれのオデッセイ~』 (c)Marcel Olipiani
4月28日(火)、29日(水・祝)はクリスティアヌ・ジャタヒーによるステージング・演出・ドラマツルギー『終わらない旅 ~われわれのオデッセイ~』が上演される。リオ・デ・ジャネイロ生まれのジャタヒーは、現在パリ・オデオン座、ル・サン・キャトル、ワロニー=ブリュッセル国立劇場のアソシエイトアーティストとして活躍しており、2018年にホメロスの「オデュッセイア」を題材にした『イタケ(Ithaca)』をオデオン座で発表して好評を博すなどその活躍は世界中からの注目を集めている。今作でジャタヒーは、映像とライブパフォーマンスをその場でリミックスし「オデュッセイア」を現実へと接続させることで、現在世界各地で起きている難民の問題を取り上げた。宮城は「今作は、オデュッセウスと同じように境界を超えて行かねばならなかった人たちを描こうとしており、そのために映画と演劇の境界を超えるという面白い手法を選んでいる。ブラジルというのは多くの亡命者・越境者たちによって作られてきた国で、そうした人々を情報として知るのではなく、生身の肉体としてそこに現れた彼らが自らについて語るというインパクトは演劇の力の一つの側面を見事に表している」と述べた。
オリヴィエ・ピィのグリム童話『愛が勝つおはなし ~マレーヌ姫~』 (c)Christophe Raynaud de Lage
5月2日(土)、3日(日・祝)はオリヴィエ・ピィ作・演出・音楽『愛が勝つおはなし ~マレーヌ姫~』が上演される。アヴィニョン演劇祭のディレクターとしても活躍するピィがグリム童話を戯曲化し新たな演出でおくる「オリヴィエ・ピィのグリム童話」シリーズの最新作で、同シリーズはSPACで宮城演出により度々上演されてきた。ピィは「グリム童話は回復の物語だ」と語り、今作を通じて芸術の力は暴力に対抗しうるということを伝えたい、とコメントを寄せている。宮城は「彼の芝居の本質は、“演劇と恋に落ちてしまった人間の永遠のラブレター”ということだと思う。彼の作品を見ると「僕もかつて演劇に恋をしてしまい、そして今こうなっているんだ」という出発点を思い出させてくれる。今作は虚飾を排して、何もないところからファンタジーが生まれてくる。そういう最も演劇の核になるようなことを真正面から作品にしてくれた、と嬉しく思っている」と述べた。
キリル・セレブレンニコフ『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』 (c)Ira Polyarnaya
5月5日(火・祝)、6日(水・休)はキリル・セレブレンニコフ演出・美術・ドラマツルギー、レクチャー&パフォーマンス『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』が上演される。今作は、演出家・映画監督のセレブレンニコフが、ロシア政府により軟禁状態に置かれた状態から外の世界へと放った衝撃の最新作で、29歳でこの世を去った写真家レン・ハンが残した“愛と死”、“性と孤独”をつづった数々の詩を基に、音楽とダンス、そして権力への抵抗が乱反射する圧倒的な「美」の世界が繰り広げられる。宮城は「昨年のアヴィニョン演劇祭のラインアップにキリルの作品が入っていたので、僕はてっきり彼が軟禁を解かれ舞台作品の創作が出来るようになったのだとばかり思っていたが、カーテンコールで出てきた俳優たちのTシャツに「FREE Kirill」と書いてあり、彼が軟禁状態でこの作品を創ったことがわかって涙がこぼれそうだった。レン・ハンの写真から具体的なイメージを引用している息をのむほど美しいシーンと、心に刺さる詩の言葉がキリルの現在の苦境と共鳴する作品。これほどの作品を紹介できないようでは演劇祭をやる意味がないのではないか、というくらい素晴らしい作品なので、なんとか上演にこぎつけた」と述べた。当日のレクチャーとセットで上演される。
オマール・ポラス『私のコロンビーヌ』 (C)Ariane Catton Balabeau
静岡県舞台芸術公園 稽古場棟「BOXシアター」で4月25日(土)、28日(火)、29日(水・祝)に上演されるのは、スイスを拠点に活動するオマール・ポラス演出・出演・舞台美術・衣裳『私のコロンビーヌ』だ。1999年の『血の婚礼』以来、度々SPACに登場しているポラスが、コロンビアの貧しい農家に生まれた自らの半生を演じ語る一人芝居で、宮城は今作について「オマールの両親は字が読めず、父親は「勉強なんかしても何の役にも立たない」と言ったが、母親は「私は字が読めないから、世界の半分は意味がわからないまま一生を終えなければならない。だからお前は字を勉強しなさい」と言った。オマールにとって演劇は世界を知るための窓であり、僕らも演劇によって世界を知ることができるということをもう一度思い出さなければならない」と述べた。
唐十郎×宮城聰『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』 (c)行貝チヱ or (c)Chie Namegai
静岡県舞台芸術公園 野外劇場「有度」で4月25日(土)、26日(日)、29日(水・祝)に上演されるのは、1976年に状況劇場で初演された唐十郎作の一幕劇を宮城が野外劇として演出する、唐十郎×宮城聰『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』だ。昨年上演された『ふたりの女』に続いて今作でも唐作品に出演するたきいみきと奥野晃士が登壇し「私たちはアングラチームとして、唐戯曲のきらめくような言葉の数々を身体を通して語っていけるよう、また新たなチャレンジになると思う」(たきい)「唐戯曲をやっているときの宮城さんは、まさに先ほど言っていた“演劇に恋した”状態。そんな中で生まれる今作を他にはない形で上演できるよう、アングラのスピリットを宮城さんから受け取りたい」(奥野)とそれぞれ意気込みを語った。
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 たきいみき
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 奥野晃士
続いて、演劇祭と同時開催されるストリートシアターフェス「ストレンジシード静岡」プログラムディレクターの若林康人が登壇。まずはプレス発表会に欠席のフェスティバルディレクター、ウォーリー木下からの「今年は特別な場所で上演される演劇・ダンスがあり、参加型・体験型の演目も多くある。普段劇場の中では体験できないような斬新で先鋭的な表現が集まるのでぜひ来て欲しい」というビデオコメントが紹介された。若林は「日本で唯一のストリートシアターフェスとして5回目を迎える今年は、国内15組と海外2組のオフィシャルアーティストに加え、公募アーティストが8組ほど出演する。これまでよりも更にエリアを広げて、その場所を生かした作品創りをアーティストにお願いしている」と述べた。オープニングでは市民参加のパレードが行われる予定で、ダンスパフォーマー・振付家のホナガヨウコが振付と演出を行う。登壇したホナガは「昨年初参加したときに、市の協力体制も整っているし、市民の方々も年齢問わず多くの方々が“見る”というよりは“参加”しているという印象を受けた。アーティストとしては応援されているような気持ちになって心強かった。今年は更に交流をテーマにしたい」と意気込みを語った。
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 若林康人
ふじのくに⇄せかい演劇祭2020 プレス発表会 ホナガヨウコ
最後の質疑応答で、同期間中に駿府城公園で上演される宮城演出 SPAC 作品『アンティゴネ』について質問が出ると、宮城は「『アンティゴネ』もストレンジシード静岡も含め、この時期に静岡に来ていただければいろいろ楽しんでいただけるような形にしたい」と答えた。
SPAC『アンティゴネ』 ⒸStephanie Berger/ Park Avenue Armory
また、『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』のキリル・セレブレンニコフとレン・ハンの間には面識があったのかという質問に対して、広報担当より「コンタクトは取っていたが、会う約束をしていた2日前にレン・ハンが自殺してしまったと聞いている」という説明があり、宮城は「ロシアと中国のアーティストが美を求めるというその一点で繋がっていくというのが、世界は一様だという幻想に対して裏側の世界を感じさせる。今の世界で美を求めること自体が禁じられるというシチュエーションに置かれている人たちがいるということが、日本のアーティストたちが自分を認識する鏡として役立つのではないかと感じた」と述べた。
宮城はこの演劇祭を「世界への階段が見えてくるような構造にできれば」との意欲を見せた。演劇を通じて世界とダイレクトに繋がることのできる貴重な機会となることだろう。ぜひゴールデンウイークの静岡で国内外の最先端の舞台芸術を体験して欲しい。
PV
取材・文・会見撮影=久田絢子
イベント情報
新型コロナウィルスの感染拡大の影響により、欧州からの入国制限が発表されたことを受け、本演劇祭の海外招聘演目5作品『空を飛べたなら』『終わらない旅 ~われわれのオデッセイ~』『愛が勝つおはなし』『OUTSIDE -レン・ハンの詩に基づく』『私のコロンビーヌ』は、2020年3月24日現在、の販売を一時停止中。なお、『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』ならびに『アンティゴネ』は、様々な感染予防の対策を行いながら上演される予定。
公式サイト:https://spac.or.jp/antigone_2020
特設サイト:https://strangeseed.info
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