生の舞台をあなたにお届け 配達演劇「THEATRE A/way」 検証プレ公演をレポート
永島敬三(撮影:鳩羽風子)
“トラックであなただけに生の演劇を届けます”。新型コロナウイルスの影響で人気の宅配サービスが、ついに演劇界にも登場!? その名も配達演劇「THEATRE A/way(シアターアウェイ)」。注文に応じて配達トラックで一人芝居を上演するプロジェクトだ。企画したのは、舞台制作会社のゴーチ・ブラザーズ。「三密」を避け、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)を守りながら、観客と舞台の作り手が時空を共有してつくる演劇を上演するにはどうすればいいのか。模索する日々の中でこの配達演劇が生まれた。2021年からの本格実施を目指して、課題と改良点を検証する試演会が2020年6月20日(土)、東京・亀戸で演劇関係者らを招いて開かれた。その模様をレポートする。
JR亀戸駅の前を通る京葉道路沿いに、会場を提供したNext(ネビュラエクストラサポート)の建物が見えた。その駐車場には2tトラックが止まっていた。普通のトラックよりも高さがあるのは、舞台装置に特化した運搬会社マイドの特注トラックだからだ。マイドが今回の企画に協力してくれたのだという。
配達舞台で使われたトラック 一部画像処理(撮影:鳩羽風子)
特注トラックを活用した特設ステージは、トラック後方を開けた形式と、トラック横側のウイングを開けて側面を舞台とする形式の二通りが考えられている。今回は前者が採用された。
トラックの後方を開けた形式(撮影:鳩羽風子)
トラック横のウイングを開けた様子(撮影:村松洸希)
トラックの荷台は奥行き4.3m、幅2m。それにつながる形で、奥行き1.8m、幅3.6m、高さ75cmの張り出し舞台が設置されていた。張り出しの仮設舞台の上には、白い布が張られていた。雨に見舞われる中、前日に2時間ほどで設営したそうだ。その前に椅子を並べて、観客席が設けられていた。トラックの車内、または車外で観劇できるが、徹底的な換気を目指すために、ほぼ野外での上演を想定しているという。
この日の観客は、まず会場入り口で石けんによる手洗いを求められた。観劇時には渡されたフェイスシールドを装着するなど、できる限りの感染予防策が講じられていた。
当日の舞台と客席の様子(撮影:鳩羽風子)
コロ出演の『口火きる、パトス』(撮影:村松洸希)
この日は、午後2時、4時、6時からの計3公演で、永島敬三が演じる『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁)とコロ出演の『口火きる、パトス』(作・演出:山本タカ)の2作品が上演された。私が見たのは、『ときめきラビリンス』。永島は6月1日(月)に東京・下北沢の本多劇場で上演された、無観客配信の舞台シリーズでも同作を演じたばかりだ。
永島敬三(撮影:鳩羽風子)
定番のピンクのトレーナー姿の永島が、小道具のスタンドマイクの前に登場。のっけからハイテンションの超高速のせりふ回しで、自意識過剰で妄想癖のある女子高生を演じていく。その背後を、大型トラックやバス、乗用車がひっきりなしに往来する。最初は、なかなか舞台に集中できなかったが、舞台狭しと動き回る、過剰で息をつかせぬ演技に次第に引き込まれていった。
永島敬三(撮影:鳩羽風子)
「思・春・期」と言ってときめくかと思えば、妄想の余りに両手を広げて大げさに嘆いたり。泣く、笑う、怒る、もだえる。吹き出す感情のままに、表情が次から次へと変わる。アクションシーンで飛びけりを見せた後には、キスをされて硬直したり。まさに独壇場だった。
永島敬三(撮影:鳩羽風子)
永島敬三(撮影:鳩羽風子)
演出で面白いと思ったのは、トラックの荷台の奥に向かって「誰?」と問い掛けるシーンだ。荷台の内部全体が青紫色のライトで照らし出され、異世界のような雰囲気を醸し出していた。
終演後、ゴーチ・ブラザーズの藤井良一プロデューサーに話を聞くと、「あれはトラックの奥行きを使った演出です」と教えてくれた。「劇場の中に入ると、世界観が変わる。それも演劇の楽しさの一つだと思っていて、今回の舞台でもトラックの荷台の内と外では違う世界観を出してみたかった」と狙いを語る。
永島敬三(撮影:村松洸希)
藤井プロデューサーたちが、そもそも配達演劇を発案したのは4月中旬。演劇界では、感染拡大による公演自粛が続く中、舞台映像をオンラインで配信する「リモート演劇」が広がりを見せていた頃だ。最初は、「生で演劇を届けられない中で何ができるか」を話し合っていたが、「生で演劇を届けられる方法はないか」という論点に移っていったという。「リモート演劇も面白いけれど、僕らが最初に演劇を好きになったのは、音楽や言葉だけではなくて、俳優の身体を通じ、五感で感じる観劇体験が大きかった。だから、観客をごく少数に絞ってコロナへの不安を払拭する上演形式で、生の演劇を届けたいと思いました」と藤井は語る。アフターコロナを見据え、観劇への敷居を低くして新たな観客層を開拓したい願いもあるようだ。
「配達演劇」のように舞台装置を運び、行く先々で上演するスタイルは先例がある。西欧では17世紀のフランスで、モリエールの劇団が車輪のついた移動式劇場で上演していた。戦前戦中の日本では、劇場の閉鎖により都市部での公演が困難になり、演劇人たちは地方を巡演する「移動演劇」に活路を見出した。近年でも、トラックの荷台を客席にしたドイツの劇団リミニ・プロトコルの移動式公演『Cargo Tokyo-Yokohama』や、同じく荷台でダンスを披露する都の舞台公演『DANCE TRUCK TOKYO』などがある。
「暗転や明転でつくり出された集中した空間で一つのものを見るのが、演劇の形としてあるのでは」と藤井は言う。だが、トラックだけの舞台でそれをどう実現していくのか。屋外であればなおさら、ハードルは高くなる。また、音響にも課題が残る。今回の試演会の稽古でも、「客席にどれだけ声が届いているのか、つかみにくい」と、俳優は声量の調整に苦慮していたという。その上、住宅地での上演には、音量にも配慮が必要となる。
このほかに課題となるのが、スペースの確保だ。「公共施設や稽古場の駐車場などでできないか、打診している」と藤井プロデューサー。料金設定は検討中だが、試演会では俳優のほか舞台監督や音響、照明、制作スタッフなど約10人を割いており、低価格に抑えるには、少人数で操作できる音響や照明設備の改良も欠かせないだろう。7月下旬には、トラック横側のウイングを開けた形式で再び試演会を開く予定で、今後も検討を重ねていくそうだ。コロナ禍を奇貨として、「トラックで演劇の新しいプラットフォームをつくる」ことを目指したチャレンジは、始まったばかりだ。
公演情報
会場:Next(ネビュラエクストラサポート)
住所:〒136-0071 東京都江東区亀戸 7-43-5 小林ビル
舞台:株式会社マイド 2t トラック特設ステージ
関係者向けの試演会として検証プレ公演を実施。
14時開演 『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)
16時開演 『口火きる、パトス』(作・演出:山本タカ、出演:コロ)
18時開演 『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)
照明:松本大介、和田東史子 音響:山本能久、中越遥香 舞台監督:川除 学、浦本佳亮
宣伝映像:松澤延拓、神林裕介 デザイン:山下浩介 撮影:村松洸希
制作:北澤芙未子、小野塚 央、藤井良一、山田紗綾
制作協力:丸山怜音、佐野七海
企画協力:
株式会社マイド
Next(ネビュラエクストラサポート)
主催:有限会社ゴーチ・ブラザーズ