国立音楽大学の”トランペット白熱教室”レポート!
「テン・オブ・ザ・ベスト」メンバーが若きトランペッターを導く
各地のコンサート会場や教会で「The Trumpet shall sound,~」と歌われる季節だから、ということもないのだろうけれど、12月にはヘンデルのオラトリオ「メサイア」以外にもトランペットが主役となるコンサートがいくつも開かれる(何も「メサイア」の主役はトランペットだ、と申しているわけではありませんけれど)。たとえば恒例の「聖夜のトランペット」は、今年は名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者、オマール・トマゾーニを迎えて各地で開催されている(~12日、水戸公演まで)。
しかしこの時期に開かれるトランペットのコンサートといえば、名手たちによるアンサンブル「テン・オブ・ザ・ベスト」を挙げない訳にはいかないだろう。もしかすると”日本では少し前まで「10人のミラクル・トランペッター」として来日していた”といえばより通りがいいだろうか?今年からは日本での名称をあらためて来日し、この季節を輝かしく彩ってくれることになる「テン・オブ・ザ・ベスト」は、ピッコロトランペットによるバロック音楽などを数多くレコーディングしてきた名手オットー・ザウターの発案の元に集まった国際的に活躍するトランペッターたちによるアンサンブルで、1991年の結成から現在まで世界各地に招かれて大成功を収め続けている。
いくらトランペットでも同じ種類の楽器だけのアンサンブルでは音楽が単調になるのでは?などとゆめゆめ思うことなかれ、名手たちが10人も集ってそんな落とし穴に落ちるわけもない。ザウターが得意とするピッコロトランペットからフリューゲルホルンまで揃う編成は、音域もいわゆるトランペットのそれに限定されないし、何よりメンバーはジャンルの垣根を超えて集まっているのだから心配は無用だ。そしてメンバーの特長を活かしたアンサンブルのための編曲は彼らの魅力を最大限引き出すものだ。彼らのコンサートの様子は公式サイトからも一部視聴できるので、気になる方はぜひチェックしてみてほしい。
さて、そんな「テン・オブ・ザ・ベスト」のメンバーによる公開レッスンが国立音楽大学で開催されると知ってお伺いしてきたので、本日はそのレポートをお届けしたい。
私事で恐縮だが、「音楽大学における教育の現場を見学してみたい」という思いは、それこそ「のだめカンタービレ」を読み始めたころからあった、しかしこれまではその機会を得られずにいた。ついに今回、こうして自分が理解しやすい分野で見聞を広める機会を与えていただけ、国立音楽大学には心からの感謝を申し上げたい(いちおうのおことわりをしておきますが、筆者はそれなりの吹奏楽経験者なので管楽器であれば他の楽器より踏み込んで理解できるかと)。
国立音楽大学は以前から公開レッスンを学外の市民にも開放しており、次回は10日(木)、ピアニストのアンヌ・ケフェレックを迎えて開催される。なお、事前予約など不要な入場無料の公開講座であっても、入場に際して学内の学生・関係者を優先する場合があるので、来場を検討される方は国立音楽大学の公式サイトにて詳細をご確認いただきたい。
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「テン・オブ・ザ・ベスト」のメンバーによる公開レッスンは12月7日(月)、玉川上水駅からほど近い国立音楽大学の新1号館「オーケストラスタジオ」にて、16時から行われた。会場は残響のほぼない、つまり響きで奏者を助けてはくれない実力が顕になるスタジオ、そこで学生たちによるアンサンブルがまず演奏を披露し、その演奏についてオットー・ザウター以下計4名のメンバーがそれぞれに指摘を加えるスタイルで進められた。講師は「テン・オブ・ザ・ベスト」からオットー・ザウター、フランツ・ワグナーマイヤー、アルマンド・セディッロ、そして井上直樹の四名が務め、そして後半のミニコンサートではジョー・ドルフがピアノで参加した。
はじめの二組は緊張のためもあってか無難に演奏をまとめがち、対して指導するメンバーからも方向性を示すようなアドヴァイスが中心となる。不遜な物言いにはなるけれど、このやりとりを見ている私の側には若干ながら拍子抜けのような気分もなくはなかった、講師たちはよくも悪くも私にも「わかる」指摘をマイルドな語りかけで行っていたから。もちろんこれは「私にもそのような指導ならできる!」などと思い上がっていたわけではなく、単に「音楽大学の指導であっても、演奏において気をつけるべきポイントというのはそう変わらないものだな」と感じていたのである。
しかし「時間の都合もあるのだろうか」「ゲスト指導者だから細かい指導はしないで、このレッスンでは大筋の方向など、アドヴァイス的なものが中心だろうか」などといった、ふわふわな私の物思いが続いたのも三組めのグループがアンソニー・プログの「六本のトランペットのための組曲」を演奏し終わるまでのこと、だった。レッスンに詳しく言及する前にまず演奏した彼ら彼女らの名誉のために申し上げておきたい、これがコンサートならこの日一番の拍手を聴衆から贈られただろう、と。そう思えるだけの演奏を彼ら彼女らはしていた、傷はあるにせよリズム的な仕掛けの多い難しい作品をよくこなし、響かない会場にもきっちり音を届かせるだけよく鳴らしてもいた。しかし、この日一番時間をかけて厳しく指導を受けたのはこのアンサンブルだった。
ザウターほかのメンバーから繰返し指摘されるのは至ってシンプルな事柄、「強弱を明確に、幅広く」「フレーズの感じ方をメンバー間で揃えて」「音程はあっているか、もっとよくお互いを聴いて」など、学生たちだってわかっているはずの事柄なのだ。具体的な例をあげれば第二楽章のコラールにおいて音程をあわせること、フレーズと流れを同じように感じること。また、第三楽章の奏者を変えて繰り返されるリズムモティーフが、プレイヤーが変わっても同じものとして聴こえるよう扱うこと。等など、至ってシンプルにポイントを指摘し、しかし実現できるまで繰返し要求する。
その注意の細かさ、厳しさに私ははじめ驚かされ、しばし困惑したことを告白しよう。たしかに指摘のとおり修正すればもっとよくなるだろう、しかし先ほどの演奏それ自体はなかなかのものだったのでは、と感じてしまったための戸惑いだった。
だがちょっとしたミスをも聞き逃さず何度も繰返し手直しを要求し、合わせ方のイメージにまで踏み込んで指導を続ける講師陣の姿を見ているうちに思い至った、彼らの基準で「演奏する」というのはこういうことだ、と彼らは教えているのだ、と。音楽を学ぶ若者たちが目指しているプロのプレイヤーに求められることはこういうこと、これをしてくれないならいっしょに演奏はできないよ、と。学生たちのアンサンブルを自分たちと同じ目線に置いて、その上でよりいい音楽を要求していたのだな、と。
三組目のアンサンブルが演奏した作品は、自身も優れたトランペット奏者である作曲家プログによるトランペット・アンサンブルでは知られた作品で、この日講師を務めたメンバーがよく知っている作品であるばかりではなく、ザウターにとってはかつて「セッション直前に完成して、できあがったばかりの楽譜を渡されてシカゴ交響楽団で長年活躍したアドルフ・ハーセスほかのメンバーとセッションを行い、譜面の細部を作曲家と共に詰めて録音した」というゆかりの作品でもあった。それ故の厳しさということもないだろうけれど、なるほどプロフェッショナルであろうとする者を導く現場とはかくも厳しいものか、とひとり得心した次第である。若者たちに講師陣の想いが伝わっていることを、そして彼ら彼女らがこの指導を糧にこの先より成長することをお祈り申し上げたい(…あと、この私の理解が誤っていないことも小さく祈りたい。私のために)。
厳しくもありがたいレッスンのあとには、メンバーたちによるミニコンサートが開かれた。まずはザウターが得意のピッコロトランペットで演奏したモルター(1696-1765)の協奏曲ではじまり(当日に頼まれて急な出番となったという伴奏ピアニストに拍手したい)、続いてピアソラの「オブリビオン」、ハービー・ハンコックの「ウォーターメロンマン」(!)、そしてその間にジョー・ドルフの弾き語り(!!)と、短いながらも彼らのコンサート同様に広いジャンルからの音楽が披露された。
最後には井上直樹からメンバー紹介とあいさつが行われ、この日の公開レッスンは私を含めた一般市民、そして指導を受けた学生たちからの拍手の中終了した。指導に演奏にと多くを教えてくれた「テン・オブ・ザ・ベスト」のメンバーたちに、そしてこの機会を設けてくれた国立音楽大学に最後にいま一度御礼申し上げたい。
そして、日本各地を回ってきた「テン・オブ・ザ・ベスト」のツアーは、10日(木)には東京のすみだトリフォニーホールで、そして12日(土)に山形テルサホールでのクリスマスコンサートが開催される。
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これは私見なのだが、管楽器演奏の魅力というのはどうも録音には上手く乗りきらないように思われる。「管楽器の音は指向性が強い(まずはベルからまっすぐに音が伸びる)から」と奏者の正面で聴けば直接音が強く会場に響き渡る音の伸びは捉えにくくなり、かと言ってホールに響く間接音だけを聴いたのでは管楽器の力強さも音の扱いも、なにより演奏の細部がわからない。後者については吹奏楽部経験者ならきっと「体育館で吹かされて何が何だかわからない」ことになってしまった経験も一度や二度ではないことだろう、あれに似た状態で演奏の良し悪しなどわかるはずもない。
そして、管楽器が出せる音の大きさ、力強さは魅力である一方で、他の楽器とのアンサンブルでバランスを取りながら演奏するときにはどうしても楽器本来の力を開放しきれないきらいがある。それはよく鳴るオーケストラや、同様に音の大きい楽器が揃う吹奏楽の中でも同じことだ。であれば、ことトランペットの魅力を満喫するためには彼らのコンサートは理想的とも言えるだろう、いずれ劣らぬ名手たちが競うあうようにその名技を披露してくれるのだから。コンサート会場でこそ過不足なく楽しめるトランペットの魅力を、ジャンルに囚われないプログラムのクリスマスコンサートでぜひ、理屈抜きでお楽しみいただきたい。
……そしてこれは偶然なのだと思うが、日本海側の山形で彼らがツアーを終えるその日12日に、ご存知ベルリン・フィルの首席トランペット奏者ガボール・タルケヴィらによる金管五重奏団「ウィーン=ベルリン・ブラス・クインテット」が同じく東北、太平洋側の中新田バッハホールに登場して日本ツアーを始める。もしお近くでコンサートがあるようならこちらもぜひ、とお薦めさせていただこう。こちらのコンサートでも「テン・オブ・ザ・ベスト」とはまた違う、金管楽器の魅力が楽しめることだろうから。
■日時:2015/12/10(木)19:00
■会場:すみだトリフォニーホール 大ホール
■出演:
オットー・ザウター Otto Sauter(Germany)
ブライアン・デイヴィス Bryan Davis(USA)
フランク・グリーン Frank Greene(USA)
フランツ・ワグナーマイヤー Franz Wagnermeyer(Austria)
ベンクト・ダニエルソン Bengt Danielsson(Sweden)
アニール・スーマリー Annel Soomary(Great Britain)
井上直樹 Naoki Inoue(Japan)
アルマンド・セディッロ Armand Cedillo(Mexico)
アルフレート・ガール Alfred Gall(Austria
セバスティアン・ギル Sebastián Gil(Spain)
ドラム:ロベルト・ワラ Robert Walla(Germany)
ベース:ボド・ユリウス・クリンゲルヘーファー Bodo Julius Klingelhoefer(Germany)
ピアノ:ジョー・ドルフ Joe Dorff(USA)
■曲目:
クリスマス・ファンファーレ
荒野の果てに
G線上のアリア
御使いうたいて
ザ・リトル・ドラマー・ボーイ
きよしこの夜
ジングル・ベル
ヴェニスの謝肉祭
007ユア・アイズ・オンリー
オブリビオン
トッカータ ニ短調
ほか
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