上野耕平が秋田勇魚&Revとともに聖夜に届けたゴージャスなコンサート~『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』レポート
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
2020年12月24日(木)、東京の浜離宮朝日ホールで開催された『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』。上野の大切な仲間たち The Rev Saxophone Quartet(以下、Rev)、そして、新進気鋭のギタリスト 秋田勇魚(いさな)も加わった豪華メンバーたちによるゴージャスな一夜の模様をお伝えしよう。
コンサート前半のプログラムは、上野耕平(サクソフォン)と秋田勇魚(ギター)によるデュエット。二人ともシックな黒の衣装で颯爽と舞台に登場。ギターの秋田は、今年春、三年にわたるパリ留学を終えて帰国した新進気鋭のギタリストだ。容姿や着こなしなどからも、パリ帰りらしいエッジの利いたスタイリッシュな雰囲気が漂う。上野をはじめ、Revのメンバーとは4年ぶりの共演だという。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
始まりの一曲は、イベール「間奏曲」。本来はフルートとギターのための作品を、当夜はソプラノサックスとギターで。コケティッシュでエキゾチックさが漂うサックスのソロで始まり、それに呼応するかのようにギターが情熱的なフラメンコ風の音楽を聴かせる。妖艶なソプラノサックスの音色と哀愁を帯びたギターの応酬に早くも独特の世界観に引き込まれる。
中間部、ギターのソロが、ポルトガルの民謡ファドの語りを思わせるような強烈な愁い(うれい)の感情を投げかける。サックスがオブリガードのように合いの手を打つと、そのままメロディをリードしてゆく。最後は二人で、情熱的に華麗な弾き納め。
二曲目は シューベルトの「アヴェ・マリア」。何と、上野は当日の昼間に購入したという新品のバリトンサックスを携えて登場。12月中旬に発売されたばかりの最新モデルだそうだ。ソプラノサックス奏者としての印象が強い上野が、ピカピカに光る大きなバリトンサックスを持った姿は実に新鮮だ。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
冒頭、美しく繊細なギターの音色が穏やかで、やさしい表情を描きだす。続いて、多くの人々の耳に親しんだあの美しい祈りのような旋律を、上野が大きな円を描くかのようにまろやかに歌う。バリトンサックスの低くあたたかな音色が、ギターの奏でるハーモニーとともに会場を包み込む。互いが紡ぎだす曲線のようなダイナミクスの広がりが、客席の聴き手の心に癒しを与えてくれた。
秋田勇魚
続く三作品目は、アルゼンチンの作曲家アストル・ピアソラの組曲「タンゴの歴史」。2021年は、ピアソラ生誕80年のアニバーサリーイヤーだ。当夜は組曲4曲のうち「I. Bordel 1900(酒場1900)」、「II. Café 1930(カフェ1930)」、「III. Nightclub 1960(ナイトクラブ1960)」の三曲が演奏された。楽章ごとに30年の時を刻みつつ、タンゴ音楽が時代とともにどのように変遷を遂げてきたかが、サックスとギターの二つの楽器が織り成す音の情景描写とともに描きだされている。原曲は、フルートとギターのために書かれた作品だ。
ちなみに、上野のコンサートは、曲間で繰り広げられる上野自身のトークもまた一つの楽しみなのだが、この日、このピアソラの作品を語る時、ひと際、熱がこもっていた。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
秋田勇魚
「秋田君とのデュエットも、もうこの曲で終わりなんですよね。でも、この作品は、たっぷりと僕たちのアンサンブルをお聴き頂けると思います。ちなみに、僕的には二曲目の『カフェ1930』が大好きなんです。背中で語る男の姿というか……」
ここで秋田が、「一番カッコいい男の姿ですよね」と、絶妙な合いの手を入れる。
「そう。この演奏で、僕たちがどこまでその背中で語る男の姿に迫れるかですよね」と、ハードボイルド風な作品の演奏前にも、上野は軽妙な語り口で会場を湧かせる。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
一曲目の「Bordel 1900(酒場1900)」。冒頭のソプラノサックス(上野)の速いパッセージが、ガーシュインの「ラプソディインブルー」や「パリのアメリカ人」にでてくるようなカリカチュア的な一節を思わせる。市井の中に息づく大衆的なタンゴ音楽の力強いイメージが描きだされる。サックスの奏でるメロディの端々に売春宿を取り締まりに来た警官の警笛が聴こえたり、時折、ギターがボディを叩いて合方のお囃子を務めるのも面白い。せわしない都会の酒場や売春宿で繰り広げられる、陽気なラテンの人々のエネルギッシュな日常が思い描かれる一曲だ。
上野がこよなく愛するという二曲目「Café 1930(カフェ1930)」。冒頭、ギターの哀愁を帯びた美しい唄がこの曲の世界観を描きだす。続いてサックスが紡ぐ新たなモチーフ。ピアソラ特有の抒情的で翳りのある旋律を、上野は渾身の力を込めて情熱的に歌い上げる。惜寂に満ちた歌からは、上野がこの作品に感じているという“男の背中”が語る、人知れぬ愁い(うれい)が切々と伝わってきた。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
次第に聴こえてくるほのかな明るい調べが、よりいっそうのメランコリーを漂わせる。しかし、そこには、むしろ、夜明けを前にした、ほのかな朝の光に満ちたすがすがしい情景が感じられた。原曲のフルートでの演奏よりも、サックスの力強さと質感のある音色によって、この作品の持つダンディな色調の中に漂う、繊細な情感がストレートに伝わってきたようにも思えた。
第三曲目、「Nightclub 1960(ナイトクラブ1960)」。時は経ち、1960年代のナイトクラブにシーンは移される。時代を経てタンゴを取り巻く環境が進化したのか、冒頭の旋律からも都会的な洗練が感じ取れる。しかし、ピアソラの描きだす憂愁のメロディは、時代が変わっても、タンゴ音楽の中にあるラテン的な深い情念やシンパシー、そして、都会に彷徨う人間の心の寂しさや空虚感などのありようは変わらないことを感じさせてくれる。そんな、思いの丈が聴こえてくるようなサックスの情感豊かな旋律を力強く支える秋田のギター。駆り立てるようなテンポの中に、取り戻すことのできないノスタルジックな想いが滲みでているかのようだった。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
ここからは、上野率いるThe Rev Saxophone Quartetの登場。上野の他にもアルトサックスの宮越悠貴、テナーサックスの都築惇、バリトンサックスの田中奏一朗も加わってのアンサンブルが繰り広げられた。
一曲目は、ロシアの作曲家グラズノフ「サクソフォン四重奏曲」より第3楽章。RevのデビューCD以来、久しぶりにメンバー全員で取り組んだそうだ。コケティッシュながらもユニゾンの奏でる重厚感が印象的な冒頭の主題。サックス・アンサンブルらしい、独特の揺らぎや息づかいから感じられる軽やかなエネルギーが会場を包み込む。時折、トリルなどで見せる一人ひとりの豊かな表情も魅力的だ。近代のサックス・アンサンブルの作品らしい、華やかなテクスチャーを聴かせてくれた。
続いては、二人目のロシア作曲家、ボロディン「弦楽四重奏曲 第2番」より第3楽章。ノットゥルノ(夜想曲・ノクターン) として広く知られ、あらゆる弦楽カルテットの作品の中でも最も美しいと称えられる一曲だ。愛妻に献呈されており、帝政ロシア時代の奥ゆかしいエレガントさと、最愛の人への愛情に満ちた親密なメロディが印象的だ。「雪の中に深々と聴こえてくるような美しいメロディです」と上野。ちなみに、ボロディンは上野がクラシック音楽を愛するようになったきっかけを作ってくれた作曲家だそうだ。
田中奏一朗
都築惇
内声と低声のハーモニーにのせて、のびのびと歌う上野のソプラノが美しい。その後、各パートが対位法的にメロディを奏でてゆく。次第に一つの大きなうねりに向か合って、一人ひとりの放つエネルギーが、眼に見えないかたちで収斂していく美しさ。その渦巻く感情の振れ幅の大きさに圧倒される。メンバー一人ひとりが、この曲をどれほど愛しているかが伝わってくる演奏だった。
三曲目からは、気分を変えて今宵にふさわしいクリスマスソングの数々が演奏された。最初の曲は「A Nightingale Sang In Berkley Square(バークリー広場のナイチンゲール)」。マンハッタン・トランスファーがアカペラで美しいハーモニーを聴かせたジャズバラードの名曲だ。編曲を手がけたアルトサックスの宮越自身が演奏前に一言。
「今晩はマンハッタン・トランスファーの名曲をトランスクリプションでお聴かせします。上野さんもアルトサックスを持って(ともに宮越もアルトサックス)、アルト二本とテナー、バリトンで演奏します。アルト二本が生みだす独特の音圧をぜひ体感して欲しいと思います」
宮越悠貴
低声の魅力が凝縮したアンサンブル。人間の声で例えるなら、ハスキーヴォイスのようなシルキーな音色が会場に響き渡る。確かに、音域が集中しているからか、特異な音圧が体感できる。ジャズバラードの名曲ながら、独特な空気感とともに醸しだされる厳かな響きが、聖夜にふさわしい。
次は、お馴染みの黒人霊歌「When the saints go marching in(聖者の行進)」。ファンク・ロックなども得意とするRevらしい、キレのあるノリノリのリズムで大いにこの名曲の醍醐味を楽しませてくれた。
続いては、Mel Torme(メル・トーメ)/Robert Wells(ロバート・ウェルズ)作曲、宮本大路編曲による「The Christmas Song」。宮越のコメントによると、数々の編曲がある中で、ここまでバリトンが堂々とソロを奏でるバージョンは珍しいという。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
冒頭、テナーサックス都築の“エロティック”なソロ(宮越談)。続いて、バリトンのソロと、それぞれのパートによるソロがリードしつつ、次第に四人が醸しだすそれぞれの言葉が一つとなってハーモニーの深みへとのめり込んでゆく。宮越がコメントで触れていた、長大なバリトンソロ(田中)は、本当に人間が言葉を発して歌っているかのように生き生きとしていた。それぞれのパートの魅力を聴かせる箇所が随所に散りばめられており、編曲も秀逸だ。
プログラム最後の一曲は、Hugh Martin(ヒュー・マーティン)作曲 「Have Yourself a Merry Little Christmas」(宮越編曲)。フランク・シナトラをはじめ、最近ではマイケル・ブーブレなど、甘い声の歌手によって歌い継がれてきたクリスマスソングの名曲中の名曲だ。宮越の編曲バージョンは今夜が初演。演奏前の上野のコメントによると、今までRevのために多くの編曲を手がけてきた宮越だが、メンバー一同、この作品でさらなる宮越の進化を感じ取ったという。
上野耕平
宮越悠貴
ここで、演奏前に4人からの特別な“クリスマスプレゼント”が告知された。プログラムにあるQRコードは、YouTubeのある動画にリンクしており、メンバーが終演後すぐに、映像無しのラジオ形式で、さらに演奏を生配信。来場者は、帰り道も今宵の余韻に浸れるという粋な趣向だ。
最後の一曲。一音一音を、4人が息を合わせて丁寧に、大切に奏でる様子が微笑ましい。さすがに、メンバー一人ひとりの表情や思いを知る宮越のアレンジだ。ポピュラーソングながら、厳かで、クラシック音楽らしさを感じさせる品格のあるハーモニーが、何とも心を癒してくれる。聖夜のコンサートのラストにふさわしい一曲だった。
『上野耕平 SPECIAL NIGHT クリスマス・コンサート』
客席の大きく、あたたかな拍手に包まれる四人。ここで、ギターの秋田も加わって、さらに大きな拍手が贈られる。上野からアンコールピースの告知。「All I want for Christmas is you」と、少し照れ気味にタイトルを告げる上野。こちらも、当夜の演奏会のために宮越がアレンジしたものだ。マライア・キャリーの「クリスマスに欲しいのはあなただけ」というナンバーの心躍るポップな魅力を、4人の息のあったアンサンブルで思う存分に楽しませてくれた。
暖かく、穏やかなクリスマスの夜。コロナ禍の不安を感じさせないファンたちの熱い思いが客席に渦巻く。それにあたたかく応えた上野と秋田、そして、The Rev Saxophone Quartetのメンバーによるユニークで密度の濃い一夜。心あたたまる最高のクリスマスプレゼントに、客席も最後まで惜しみなく拍手を贈っていたのが印象的だった。
取材・文=朝岡久美子 撮影=中田智章
公演情報
出演:
The Rev Saxophone Quartet
秋田勇魚(Gt.)
イベール:間奏曲
シューベルト:アヴェ・マリア
ピアソラ:タンゴの歴史
グラズノフ:サクソフォン四重奏曲より第3楽章
ボロディン:弦楽四重奏曲第2番より第3楽章
The Manhattan Transfer/宮越悠貴編曲:A Nightingale Sang In Berkley Square
黒人霊歌/Lennie Niehaus編曲: When the saints go marching in
Mel Torme/Robert Wells 宮本大路編曲:The Christmas Song
Hugh Martin /宮越悠貴編曲:Have Yourself a Merry Little Christmas