満席の会場を魅了した、オール・ラヴェル公演の記憶~The Rev Saxophone Quartet コンサートレポート

レポート
クラシック
20:00

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昨年2024年に結成10年を迎え、3枚目となるアルバム『for』をリリースしたThe Rev Saxophone Quartet。今年2025年も上野耕平を筆頭に多彩な活動を繰り広げる。

7月6日(日)、浜離宮朝日ホールでラヴェル作品ばかりを集めたオール・ラヴェル・プログラムによるリサイタルを開催。盛夏を感じさせる暑さの中、満席の客席を涼しげな音で魅了した。リサイタルの模様をレポートする。


7月6日午後、その日の東京は35度を上回り、風もほぼ吹かぬ暑い日だった。しかし、The Rev Saxophone Quartetによるオール・ラヴェル・プログラムを楽しみに集ったファンで浜離宮朝日ホールは満席の盛況ぶり。
上野耕平、宮越悠貴、都築惇、田中奏一朗の4人のメンバーがステージに登場。ダークな色合いの衣装で決めたメンバー4人の姿にはよりいっそう落ち着きと存在感が増した感じだ。

プログラム一曲目はピアノのための名作「水の戯れ」。はっきりとした調性感の中にもすでにラヴェルらしい印象主義的な和声感が随所に散りばめられた独創的な作品。4人は冒頭からその印象的なハーモニーをたっぷりと音響空間に響かせる。トリルやアルペッジョなどの小刻みでいかにもピアニスティックな動きも軽やかに鮮やかに聴かせ、ピアノ演奏とはまた一味違うみずみずしい音の世界を客席に届けた。

バリトンサックスによる低声部の支えの上に調和するかたちでテノールやアルトの中声部の動きが大胆に感じられたのも実に印象的だった。両者(テナー、アルト)の骨太で渋みのあるサウンドが奥深い彩りと陰影を添え、一曲目から豊饒で立体感のある音の世界が繰り広げられた。編曲は上野耕平にいくつかの作品を献呈している作曲家の山本菜摘氏によるもの。サックス4本によるアンサンブルの妙味がしっかりとその編曲手法の中に活かされていた。

一曲目が終わるとリーダーの上野がマイクを持って満場の客席に挨拶。上野の言葉の中で興味深かったのは、「今回はプログラムの曲数が少なく、比較的演奏時間が短いのですが、その分、音数が多い作品ばかりでより凝縮されたひとときをお楽しみ頂けることと思います」というくだり。確かにプログラム最後には「クープランの墓」組曲全作品(全6曲)演奏も入っており、プログラム構成自体は同一作曲家による5作品のみと簡潔だが、一作品のウエイトが高く、充実感あふれる内容だ。

二作品目は昨年3月にリリースされた3枚目のアルバム『for』にも収録され、グループにとってもお馴染みの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。この作品の古典的な重厚感や品格ある厳かな空気感などが4人の同一楽器によるアンサンブルの演奏によって、むしろ色濃く際立っていたのが印象的だった。そのような意味では、各種楽器が入り混じるオーケストラ版の演奏を聴くよりも、この作品らしい響きの特質や方向性というものが明らかにされていたように感じられた。
茫漠とした時のうつろいや、時に聞こえてくる女性らしいたおやかな息づかいなどもつぶさに感じられ、理知的に構築された時空間の深みと奥行き、そして4人のこの作品に対する深い愛情までもがしっかりと伝わってきた。

次は前半最後の作品「ソナチネ」。この作品もピアノ用の作品だが、今回はメンバーの一人である宮越悠貴が編曲を担当している。演奏前、宮越が編曲した際の所感を述べる。が‥‥‥、ついつい4人全員で「音数問題論争(!)」に発展。これは何を意味するかというと、ソプラノ(上野)、アルト(宮越)、テナー(都築)に比べて「バリトン(田中)だけ極端に音も演奏するページ数も少ない!」と三人が主張するのだ。

田中がすかさず「音もページも少ないけど、ラヴェルらしい音の世界の雰囲気づくりを低音が担っている!」と反論。どうやら今回の一連のラヴェル作品プログラムにおいては、特に普段“縁の下の力持ち”的な印象のあるテナー(都築)の内声部の動きがかなり決め手なのは確かなようではあるが、それぞれに思うところがあるようだ。

論争は上野の「そもそも、ラヴェルが生きた時代とサックスという楽器が生まれた時代が近いだけあって、ラヴェル作品とサックスはとても相性が良い!」と言う一言で決着し、次なる演奏に大いに期待を持たせることとなったのだった。

「ソナチネ」
第一楽章
“古典的な三楽章構成のソナタ形式”というこの作品の古典的な均整美を際立たせるバランス感抜群の演奏。先ほどの“論争”でもでてきた低声部による「雰囲気づくり」の上手さもしっかりと感じられた(!)。

第二楽章
メヌエットというゆったりとしたスタイルだけに内声の細やかな動きが手に取るように感じられ、4人によるアンサンブルの妙を存分に楽しめた感がある。さすが自らも奏者であり、メンバーをよく知る宮越の編曲効果が功を奏していたのは間違いない。

第三楽章
冒頭から速いパッセージでひた走るが、ソプラノ→アルト→テナーとそれぞれのパートに小気味よくテンポよく歌い紡がれてゆくのが聴いていて心地よい。テナーがメロディをたっぷりと奏でる編曲効果もまた宮越らしく心憎い。トッカータ的な軽妙洒脱なリズムにのってダイナミクス(音の強弱)も縦横無尽で柔軟性があり、4人のアンサンブルの極意が感じられる演奏だった。

プログラム後半の一曲目はヴァイオリンの名曲として知られる「ツィガーヌ」。ヴァイオリン特有の超絶技巧が駆使されており、いかにもジプシー音楽を思わせる速度の緩急の激しさが聴きどころの作品だ。今回は作曲家 旭井翔一による編曲版による演奏。

冒頭の有名なヴァイオリンソロによるカデンツァはテナーのソロに置き換えられ、その後、各パートが情熱的に歌い紡ぐ。それぞれが持つトーンの特質が多種多様な妖艶さを醸しだし、そのくだりを聴いているだけでも高揚感へと誘われる。
高音域から低音域までバランス感のある流れの中で各楽器にかなりの個性を持たせ、かつそれぞれに技巧的な“見せ場”を与えた編曲は、The Revに編曲作品やオリジナル作品を数多く提供している旭井らしいマジックだ。「ツィガーヌ」という作品にオリジナル感あふれる斬新な息吹をさりげなく吹き込んでしまうところもまたこの作曲家の手腕の高さによるものだろう。

4人の狂詩曲的な場面での“持っていき方”の巧さもさすがで、アンサンブルの求心力が高まるに連れ、本来、目には見えない音のエネルギーが一つに収斂されてゆく様子が手に取るように感じられた。超絶技巧を難なくクリアしてしまう卓越したヴィルトゥオジティはもちろんのこと、何よりも4人が全身で音楽に一体化するように楽しんでいたのが印象的だった。

そして本プログラムを締めくくる最後の作品は、組曲「クープランの墓」全6曲。こちらも旭井翔一氏の編曲による演奏だ。

プレリュード
流れるようにどこまでも軽やかに。品格のある音の粒を紡ぎだす4人のアンサンブルの一体感が際立っており、何よりも聴いていて心地よい。

フーガ
原曲がかなりディープな三声フーガだけに各声部の対位法的な動きが手に取るように感じられ興味深い。アンサンブルはこの作品が湛える古典的な神秘性をも色濃く漂わせていた。サックス特有の響きの効果によって“ラヴェルのフーガ”らしいあたたかみもストレートに感じられた。

フォルラーヌ
フォフラーヌは北イタリア発祥の8分6拍子の速い舞曲だが、色彩感リズム感ともにラヴェルのそれをも上回るさらに斬新な世界観が感じられた。メンバー全員の身体の動きもジャジーなものを感じ取っているように思え、旭井の編曲によってメンバー全員新たなインスピレーションを受けていたようにも感じられた。新古典主義的なものがさらに新たな現代性を帯びるという“革新”的な方向性は、The Revの真骨頂といえるだろう。

リゴドン
リゴドンは南仏プロヴァンス発祥の快活な舞曲だが、4人は速いパッセージを一糸乱れずに弾きあげる。テンポ感も終始一貫しており、軽やかさもあいまって見事だ。中間部では打って変わってエキゾチックさを響かせたっぷりと歌い上げ、そのコントラストと色彩感の違いを客席も存分に楽しんだことだろう。

メヌエット
格調高い、清々しいメヌエット。その枠組みを壊さぬよう4人は息の長いダイナミクスを丁寧に構築しており、魅力的で聴いていて癒される演奏だった。

トッカータ
打って変わって、まさに超絶技巧の応酬。16分音符の連打の上にソプラノサックスが伸びやかにメロディを聴かせる。旭井の編曲はこの最終曲においても、ラヴェルのジャジーな世界観を予兆かつ際立たせるもので、ピアノのオリジナル版が持つ独特な緊張感や技巧性というよりも「ラプソディ・イン・ブルー」や「パリのアメリカ人」をも思わせる斬新さとエンターテインメント性も感じさせていた。
4人はその期待に応えるように、終盤での複合的リズム感を感じさせるアクセントの取り方やダイナミクスも大胆不敵に聴かせ、一貫してこの作品の本質に迫るスケールの大きい集中力みなぎる演奏で全プログラムを締めくくった。

アンコールは、やはりラヴェル作品から「ボロディン風に」。

そして、次回のリサイタルは12月28日であることも上野から告げられた。次回は4人のメンバーに加え、お馴染みのピアニスト高橋優介も加わり、アストル・ピアソラ作品などのラインナップが予定されているという。乞うご期待!

終演後のサイン会の様子

終演後のサイン会の様子

取材・文=朝岡久美子

公演情報

『The Rev Saxophone Quartet リサイタル 2025』

日時:2025年12月28日(日)開演:14:00 開場:13:30
会場:東京・浜離宮朝日ホール
出演:
The Rev Saxophone Quartet
上野耕平(ソプラノサクソフォン)/宮越悠貴(アルトサクソフォン)/都築惇(テナーサクソフォン)/⽥中奏⼀朗(バリトンサクソフォン)
高橋優介(ピアノ)
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