名古屋「ナビロフト」が、惜しまれつつ27年の歴史に幕~劇場プロデューサー・小熊ヒデジに聞く、閉館に至る経緯と、これから──
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2021年4月11日をもって閉館した「ナビロフト」
名古屋の市街地から地下鉄で約30分。自然豊かな天白川が近くに流れる、閑静な住宅街に佇む小劇場「ナビロフト」が、2021年4月10日(土)・11日(日)に開催した自主企画『INDEPENDENT:NGY20』をもって、27年間に及ぶ歴史に幕を下ろした。
当地が誇る劇作家・北村想ゆかりの劇場として、また近年は名古屋小劇場演劇界の活性化に貢献し、全国各地の劇場や演劇人との連携や交流にも力を注ぎつつ、地域に根づいた創作の場や情報発信拠点の役割も果たしていた「ナビロフト」。その歩みを振り返ると共に、やむなく苦渋の決断をせざるを得なかった劇場プロデューサーの小熊ヒデジに、閉館までの経緯や今後についての話を聞いた──。
「ナビロフト」劇場プロデューサーの小熊ヒデジ
名古屋市天白区に「ナビロフト」が誕生したのは1994年。当時、北村想が率いていた劇団〈プロジェクト・ナビ〉のアトリエ兼公演場所として、飲料メーカーの元倉庫を改装して造られた。100席程度の小劇場としては珍しい、天井が高くゆったりとした造りが魅力の劇場で、2003年の〈プロジェクト・ナビ〉解散以降も貸し小屋として多くの団体に利用されてきた。
そして2016年、俳優としての活動をメインに演出や劇作も手がける小熊ヒデジが運営に加わる。〈てんぷくプロ〉に所属する傍ら、〈KUDAN Project〉では演者兼プロデューサーとしても手腕を振るい、主宰する〈名古屋演劇教室〉などで後進の育成にも尽力する小熊は、劇場プロデューサーとして就任すると客席やロビーを改装・整備し、運営面でも新体制を整えるなど、ハードとソフトの両面から大幅なリニューアルを実施した。
従来の貸館運営だけに留まらず、地域で活躍する有望な若手~中堅アーティストを支援するプログラム《LOFTセレクション》や、全国発信を目指して作品創造・公演を行う《クリエイション企画》といった自主事業を立ち上げたり、〈日本劇作家協会東海支部〉との共同主催による戯曲のブラッシュアップ及び劇作家育成講座《ナビイチリーディング》も継続して開催。また、遠方から来名するカンパニーを積極的に受け入れる《地域とつながるプログラム》の実施など、他エリアのアーティストや劇場とのネットワーク構築を目指し、全国と繋がる活動にも邁進してきた。
こうしたさまざまな取り組みをサポートスタッフらと能動的に行い、年間約30団体の公演が催されてきたが、昨年2020年の初頭から日本でも蔓延しはじめた新型コロナウイルスの影響により、劇場利用の予約キャンセルが相次いだことで収入が激減。最初の緊急事態宣言が愛知でも発令された4月以降は、数ヶ月に渡って利用者がゼロという状態に。全国各地の小劇場と同様、経済的に大きな打撃を受け存続が危ぶまれたが、一時的に閉鎖を余儀なくされた各地の劇場のために再開資金を募る〈全国小劇場ネットワーク〉のクラウドファンディングプロジェクトに参加したり、独自の「ナビロフト救済基金」を立ち上げたことで多くの支援者から支援金が寄せられ、ひとまず年度内の劇場維持は可能となった。
急場を凌いでひと息ついた夏には、万全の感染予防対策を講じながら独自企画『ナビロフト plus』を立ち上げて劇場を再開。ところが、存続への希望を繋ぎ、今後の運営について模索し始めた矢先、はからずも劇場立地に関する新たな問題が発生し、劇場として運営を続けていくのが困難な事態となってしまった。
<夏の終わりに保健所から、衛生設備についての問い合わせがあったんです。コロナだから設備面もちゃんとしなきゃいけないだろうと思って、興行場の申請もできていなかったので、「届けを出すにはどうすればいいですか?」という話をしていたら、「お宅があるところは第一種住居地域みたいなので、住宅都市局に確認してください。住宅都市局がOKを出せば、興行届の申請を受け付けることはできます」と言われました。それで住宅都市局へ行ったら、「第一種住居地域なので、基本的に劇場があってはダメな場所です」と。なので、「ここは貸館をメインの活動としたいわゆる“劇場”というよりは、アートスペースとして交流をしたり、人材育成や舞台芸術における環境整備をしたり、或いはクリエーションをしたり、そういう活動をメインに行なっていて、スペースがあるからそこで公演もしたりするんです」と説明して、ヨーロッパのように、街にひとつこういう劇場があることがどれだけ重要か、という話もしました。それで担当の方に、「仰ることはよくわかりますので、一度内部会議にかけて検討します」と言われたんです>と、小熊。
その後、先方の要望に応じて《クリエイション企画》やワークショップ等の活動実績や写真といった資料を提出したり、住宅都市局へ幾度も足を運んで交渉を重ねたが、建築基準法に基づく用地制限の壁は厚く、しばらくして連絡があったのは、「内部で協議をした結果、月に4日間の興行(公演)ならば認められる」との回答だったという。しかし、劇場家賃と諸経費を合わせ月額約30万円の固定費がかかり、コロナ以前の年間稼働数、約30公演でも収支はギリギリの状態だったため、提示された条件では到底劇場を維持していくことは叶わない。
<例えば稽古場として貸し出すとか、形態を変えればいいのかもしれませんけど、稽古場代にしてもそんなに高い金額は取れないので維持費を捻出するのは難しい。他にも収入を得るためのアドバイスをいただいたり、さまざまな運営方法も模索しましたが、限られた条件の中で維持費を確保しつつ、「ナビロフト」が目指してきた地域における文化拠点としての役割を果たしていくのは非常に困難で、これはもう打つ手がないな、と思ったのが11月の終わり頃だったと思います>
小熊が運営に関わり始めてから行なった多様な取り組みの中には、演劇関係者や演劇ファンだけでなく、近隣住民にも気軽に足を運んで楽しんでもらえるようにと企画した「ロフトDEクリスマス」公演など、地域の人々との文化交流を目指したものもあった。また、少なくとも2016年以降は騒音問題など近隣との大きなトラブルが発生することもなかったというだけに、法令を覆すことはできなくとも、長年の実績が考慮され、興行日数の制限がもう少し緩和されていれば継続できる道もあったのでは…と思うと、残念でならない。
こうしてやむなく2020年末には閉鎖を決意したが、利用予約の入っていた2021年春の年度末までは公演を行い、主催事業である『INDEPENDENT:NGY20』をもって閉館することにしたという。この『INDEPENDENT』は、2001年に大阪・日本橋の「in→dependent theatre」が立ち上げた一人芝居のフェスティバルだが、今では全国各都市の俳優や創り手で出場者が構成される〈地域版〉も継続的に行われており、〈東海版〉は2017年から「ナビロフト」で開催されている。出場6組が多彩な表現の一人芝居を展開した『INDEPENDENT:NGY20』は、本来2020年6月に上演予定だったがコロナの影響で延期となったため、「ナビロフト」最後の公演として上演。他エリアのアーティストや劇場とのネットワーク構築も指針としてきた、小熊プロデューサーらしい締めくくりとなった。
「ナビロフト」最終公演となった、『INDEPENDENT:NGY20』チラシ表
最終公演を終え、観客とスタッフ全員で記念撮影。最前列中央が、劇場プロデューサーの小熊ヒデジ
また、閉館の数日前、4月7日(水)には北村想作品である、振り袖講談『怪人二十面相・伝』も上演された。小熊より閉館の報を受けた劇作家・演出家の高橋恵(虚空旅団)は、奇しくも同作を大阪で公演中で、「居ても立っても居られず」急遽、「ナビロフト」での上演も提案。双方のスケジュールを調整し、この日しかない、という奇跡的なタイミングで公演日が決まったという。北村作品を高橋が演出し、俳優の船戸香里が講談師“振り袖かを里”として出演する〈振り袖講談〉シリーズは、2017年にも2作目が「ナビロフト」で上演されているが、今回は、北村が自身の同名小説を講談形式で戯曲化した『怪人二十面相・伝』が一夜限りの特別公演として上演された。
この〈振り袖講談〉が「ナビロフト」で初上演された2017年秋には、北村想が長年に渡り塾長を務めた「AI・HALL」主催の戯曲講座「伊丹想流私塾」出身者らで構成された連続公演、ナビロフト×伊丹想流私塾 交流企画『Visitors』が行われていた。参加者の高橋恵、くるみざわしん(光の領地)、林慎一郎(極東退屈道場)、中村ケンシ(空の驛舎)は、口を揃えて「ナビロフト」を“聖地”と称し、劇作の師ゆかりの劇場で自身の作品を上演できる喜びを語っていたことが、とても印象深い。その一人である高橋と、同じく北村作品とゆかりの深い船戸香里(振り袖講談ほか、2004年『この恋や思いきるべきさくらんぼ』出演、2013年『寿歌Ⅳ』出演など)が「ナビロフト」の終幕に花を添えた。
振り袖講談『怪人二十面相・伝』上演より
形ある「ナビロフト」は残念ながら姿を消してしまったが、小熊は今後も「ナビロフト」の名称及び企画・製作を行う「LOFT PLAN」名義を継承していくつもりでいるという。「ナビロフト」としての歴史には一旦終止符を打ち、新たな場所で、新たな劇場として再出発しようとは? という問いかけに小熊は、
<閉めたくて閉めたわけではなく、可能であれば場所を変えてでも継続できれば…と考えていたので、名前を変えるという発想は思いつきませんでした。せっかく27年「ナビロフト」という名前でやってきたんだから、三代目なんとか…じゃないけど、受け継いでいってもいいのかなと(笑)。例えば《ナビイチリーディング》は、〈日本劇作家協会東海支部〉のメンバーと「そのままの名前で、どこかで一緒にやりましょう」と話をしていますし、今までやってきた企画は別の場所でもやれることがあるかもしれない、と思っているんです>と返答。
アフターコロナと呼ばれる時代や、何の不安もなく公演を行ったり観劇できる日が、未だいつ訪れるのか予測のつかない中で、新たな場所探しから始めて劇場を立ち上げるということはとてつもなく困難なことかもしれないが、小熊はその希望も捨ててはいない。
<劇場を運営するということは大変ですけど、夢中になるんですよ。あれをやりたい、これをやりたいと次々アイデアが浮かんでくるし、いろんな人と会えたりするのがとても面白い。一から劇場を造るなんて簡単にはいかないだろうけど、「ナビロフト」のような場所が地域には絶対に必要だという思いは強く持っているので、探していきたいとは思っているんです。場所との巡り合いというのか、「ナビロフト」ほどの規模ではない小さな空間であっても、良い感じの場所があれば、そこから始めてみるのもアリかな、と。活動を続けていくうちに、もっと広い、良い場所に出会えるかもしれませんし。いずれにしろコロナが落ち着いてからになると思いますが、素敵な建物があって、大家さんが文化芸術にとても理解があって、「ぜひ使ってくださいよ」って言ってくれる物件があったら、そんなに嬉しいことはないんですけどね(笑)>
そしてもうひとつ、「ナビロフト」が無事継続していれば着手しようとしていた計画もあったという。
<今年からスタッフを増やして、新しい体制で進んでいく予定があったんです。もう少しいろいろな企画を打ち出していけるように、ひとつの企画を責任を持ってプロデュースできたり、劇場のあり方みたいなことにきちんと関わってくれる人に加わってもらおうと。最終的には「ナビロフト」を次の世代に渡したいと考えていて、運営を引き受けてくれる人が見つかるといいな、と思っていたんです>
演劇にとって必要不可欠の舞台空間、創造・情報発信・交流の場を設け、それらを支え、人と人を繋ぎ、舞台芸術の可能性を拡げて発展させていける人材を育成していくこと。いつしかそうした使命のような思いにも突き動かされてきた小熊が、新たな希望を見出せる場と出会える未来が訪れることを、心から願いたい。
(ナビロフト公式サイト:https://naviloft1994.wixsite.com/navi-loft)
取材・文=望月勝美