天野天街(少年王者舘)×タニノクロウ(庭劇団ペニノ)特別対談【Part1】「優劣も何もない、全部がフラットな感覚が、2人の共通項だと思います」
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(左から)タニノクロウ(庭劇団ペニノ)、天野天街(少年王者舘)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)
この世界には、一応「演劇」にカテゴライズされるものの「演劇……だよね?」とでも言いたくなるような、奇妙な世界を作り出す才能が存在する。日本の小劇場界の中では間違いなく、そのトップクラスとも言える2人の作家・演出家の対談が実現した。ダンスや映像などあらゆるジャンルの表現を巻き込んで、森羅万象をコラージュしたような世界を作る「少年王者舘」の天野天街、そして、人間の潜在意識のダークな部分を、型破りなアイディアで大胆にビジュアル化する「庭劇団ペニノ」のタニノクロウだ。庭劇団ペニノ『笑顔の砦』豊橋公演後に行われた対談は非常に盛り上がり、興味深い発言が次々に飛び出すものに。今回はPart1として、『笑顔の砦』を中心に互いの作品について感じたことや、それぞれの次回公演について語った部分をお届けする。
■作品のために自分の部屋を壊す/劇場の枠をどうおちょくるか
天野 ちゃんと話すのは、大阪で一度お会いした時以来ですかね?
タニノ そうですね。2006年の「精華演劇祭」(注:2011年まで大阪で開催されていた演劇祭)の、記者会見後の打ち上げの時に。
天野 「松本雄吉(注:維新派主宰。2016年逝去)さんと会うけど、手土産は何がいいですか?」みたいな相談を受けた記憶があります。その時、舞台は観れなかったんだけど。
タニノ あの時の作品、今日ご覧いただいた『笑顔の砦』の初演です。
庭劇団ペニノ『笑顔の砦』より。 [撮影]堀川高志
天野 これなんだ! 松本さんと話した時、すごく褒めてたんですよね。
タニノ 松本さんは、アフタートークに来ていただいたんです。こんもり盛られたおでんを見て「……これ多いな」って言うシーン、あったじゃないですか? 初演は筑前煮か何かだったんですけど「あの台詞めちゃくちゃいいなあ」って言ってくださったんですよ。初演の台本からだいぶ書き直した時も、この台詞だけは温存しました(一同笑)。その作品を改めて、天野さんが観てくださったのは、何かいろんなことを思いますね。ペニノを観たのは、これが初めてですか?
天野 いやいや。青山(注:タニノが東京・青山のマンションの一室に作ったアトリエ[はこぶね])で『苛々する大人の絵本』(2008年)を観て、アンケートもちゃんと書いた(笑)。
タニノ え、本当ですか! いやー、お恥ずかしい。
天野 あれ面白かったー! 小熊(ヒデジ/注:名古屋の俳優。天野が作・演出で参加しているユニット「KUDAN Project」主宰)さんが先に観て、呑みながら2時間ぐらい、ずっと舞台の内容を話してたんですよ。それが面白いから、俺もイラストを描きながら、事情聴取みたいにいろいろ聞いて。それで実際に観に行ったら、描いたものとまったく同じだった(一同笑)。一回観た舞台をもう一回観たような、不思議な感覚でしたね。それはこっちの勝手なアレなんだけど。
タニノ いや、それすごいっすねえ!
天野 あれは「演劇を観た」という感覚じゃないね。少なくとも、人間が出ているものを観たという記憶にはなってない(笑)。これ以外にも、いろんな人がペニノの舞台の話をしてくれるんだけど、それを聞くと本当に観たくなる……というか、ワクワクしてくるのね。発想とか設定とか「こういうことがしたい」という、そのグロスとして来る感覚が、何かすべて夢っぽくて。かつ、いろんなことを思いつきでどんどんやっていく人だなあと思って、俺そういう人大好きなんです、本当に。
庭劇団ペニノ『苛々する大人の絵本』より。 [撮影]田中亜紀
タニノ 「夢っぽい」っていうのは、舞台美術の効果もあると思うんですけど、強引ですよね。その世界への引きずり込み方が強引。[はこぶね]なんて、ただのマンションの一室に、これだけ変テコな空間があれば、もう納得せざるを得なくなるだろうっていう状況を、多分作りたかったんだと思います。
天野 そうだよねえ。そこに舞台だけじゃなく、客席も作ってるってことがすごかった。
タニノ 一応演劇風にはしてたんですよね。劇場風には。
天野 枠として「演劇」を標榜してはいるけど、多分何か違うものを作ってるって自覚はありますでしょ?
タニノ そうなんですよねえ。[はこぶね]を作ったのは、劇場をお借りして作品を作るのって、要は「最初に誰かに頭を下げないと、作品を作れない」ということだから、それはマズいぞって思ったのが最初だったんです。それでチェーンソーやでっかいハンマーを買ってきて、住んでたマンションの部屋をバッコバッコ壊して、アトリエにしました。そうすればもう、誰にも文句は言われないだろうと……まあ、大家さんをのぞいては(笑)。
天野 そうだよねえ、一番文句言いそうなの大家さんでしょ?
タニノ もちろん内緒ですよ。でも最終的にはバレて、観に来てましたけどね(笑)。
天野 そりゃチェーンソーとかハンマーとか、バレねえのが不思議だわ。
タニノ 一回そこで、土を大量に使ったことがあるんですけど、土を運んでる時に「何してるんですか?」って聞かれて「ガーデニング」って嘘つきました(一同笑)。土のう10何個分もの土を使って、どんなガーデニングだって……本当にムチャクチャやってました。
天野 ええ大家さんだなあ(笑)。あそこはもう潰れたんだっけ?
タニノ そうですね。すごく古いマンションだったので、2012年か13年だかに潰れました。別に東京じゃなくても、またああいう場所があれば、何でも作るんですけどねえ。天野さんって、アトリエは持ってないんですか?
天野 そうやって「自分で場所を作ろう」という機動力が全然ないから、いわゆる「劇場」の枠の中でやってますね。ただその「劇場という枠」を、どうおちょくっていくか? みたいな所はあります、もちろん。
天野天街(少年王者舘)。
■演劇の約束事の裏をかく/時間が変容していく様を見せる
タニノ 天野さんの作品は、一度だけ観たことがあるんですよ。(KUDAN Projectの)『真夜中の弥次さん喜多さん』の、確か2回目(2004年の再演)だと思います。
天野 さっきの、2時間語った小熊さんが出てる奴ね。
タニノ 松本さんとかいろんな人から勧められて観に行ったんですけど「あれ、どうやってんだろう?」って、ずっと思ってました。その頃の僕は(舞台の)仕掛けがすごく好きだったので、いつの間にかいなくなるとか、いつの間にか現れるとか、モノが浮いてるとか、何がどうやってこうなってるんだろう? って。
天野 でも絶対(仕掛けは)バレてるよ、それ。
タニノ いや、本当にわからなくて。その演劇の知恵みたいな所に感服したし、面白いなあと思いながらも、お芝居の見方というものが、ちょっとわからなくなったりしました(笑)。
天野 それは嬉しいなあ。その話で思い出したけど、今日の本番で絶対あっちゃいけないことが起こったじゃん? ゴミ箱に捨てたゴミが……。
タニノ はいはいはい! 家の外に出ちゃった奴ですね。
天野 演劇の約束事としての「見えない壁」を通過した(笑)。
タニノ 横浜公演では、グローブを投げつけるシーンで、そのグローブが隣の部屋にポーンと飛んでいっちゃったことがありました。しかもそれをスパーン! とすごいスピードで取りに行って(一同笑)。
天野 二重にやっちゃいかんことを。でもああいうのってね、わざとやると面白いんです。一回目は通過して、次やった時は通過しない(一同笑)。二回目はちゃんと、空間上で跳ね返る。
タニノ あー、確かに! 大きな驚きになりますよね。
天野 そうそう。事故と思わせといて、事故じゃなかったという。それはすぐできる方法があるから、今度やってみようかなあ(笑)。演劇の約束事の裏をかくことが、一番楽しい。
タニノ 「見えない壁」が実際に存在する場所がある。抽象化してる部分と、具象化してる部分が同時に、ダイナミックに存在しているって、それ面白いなあ。
KUDAN Project『真夜中の弥次さん喜多さん』より。 [撮影]山崎のりあき
天野 それとは別に感心したのは、時間の省略の仕方。特に後半って、地続きでつながってる時間が省略されるでしょ? そんなに時間が経ってないはずなのに、(夜中から)スーッと朝になってたりとか。シュレディンガーの猫みたいになってる両方(の部屋)と、(アパートの)外の時間の微妙なズレを、同時に見せていく感じ。
タニノ その時間の流れって、結構最後まで悩んだんですよ。舞台前半は、暗転をはさむことで「翌日」「数日後」って感じを何となく出すんですけど、後半はそれを急に止めて、時間の流れを曖昧にしてるんです。両方の部屋でぽっかりと座ってる、おっさん2人が何を考えてるんだろう? と思わせる、沈黙の時間を作りたいという目的があったので。その中で(朝が来たことをわからせる)照明や音が入るスピードは、何秒にするのが一番いいか? というのは、もう感覚的に作ってました。
天野 だから自然に朝になっていく外の時間の流れと、どこかが省略されている(部屋の)中の時間の流れが、違って見えてくるのね。厳密に考えると、中の方がもっと時間がゆっくり流れてるってことになるから。時間ってもともと確定することはできない概念だけど、仮に「時間」って言葉を使うなら、「時間は人によって、微妙にズレててもおかしくはない」ということを、実際にビジュアルで見せるとこうなります……という感覚があったりして。それをもっと複雑化すると、本当に竜宮城のようなことができますよね?
タニノ そうですよね。その微妙なズレとしてもう一つ、最初の朝のシーンは外の光が両方同時に染まるんですけど、最後の朝は上手の部屋から下手の方へと、じょじょに染まっていくんです。それは話の見せ方として、わざとやった所ですね。
天野 だから時間ってフラットに、均一には流れてないってことですよね? 演劇的っていうのとは別の意味で、主観の視点とか意識の流れによって、世界の時間がブレたりするっていう。そういうことがボンと投げ出されるといろんなものが見えてくるし、こっちも勝手にいろいろ考えることになる。すごくシンプルで、なおかつ深い感じが面白かったです。
タニノ そういう時間感覚……時間が変容していく様みたいなものって、多分演劇の一番面白い所なんだろうと思うんです。
天野 そうそうそうそう。時間をイジくれるというのがね。
タニノ それって結構すごいことですよね。お客さんが2時間ぐらい、そこに座って観ているという時間と、お芝居の時間との関係や付き合い方って、とっても考えていきたい所です。
天野 そうですよね。そういうことをいっぱい考えさせてくれて、ありがとうございました(笑)。
タニノ いやいやいや、恐縮です。本当に。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)。
■蛸になりたい人たちの話/ほぼ松本雄吉な人形の芝居
天野 今回の奴は「オーソドックスな作品」と自分で言ってましたけど、『蛸入道』はどういう作品なんでしょう?
タニノ あの作品は、作品じゃないんですよねえ(笑)。
天野 “作品”という概念に当てはまらない?
タニノ 劇場の中に寺院を作って、観客がそこである儀式を体験する……っていう枠組みです。それって「俳優の自意識を消せないかな?」と思った時に、こういう儀式めいたステップを踏めば、もしかしたら消せるかもしれないと、シンプルに考えた所があって。もう一つは、蛸って生き物自体の面白さです。心臓が3つあって、脳みそが9個あるという。手だか足だかわからないあれ全部に、一個一個脳みそが付いてるんですよ。
天野 脳みそが分散してるんだ。すごいねえ。一瞬で擬態ができたりするよね?
タニノ そうそう。あと人間よりも複雑なタンパク質遺伝子を持ってるとか、REM睡眠をするから夢を見るとも言われてる。しかも生物の進化の過程で、どうやって出現したのかがわかってなくて、研究者が割と真剣に「宇宙から来た」って言ってるんですよ(笑)。どう考えてもおかしいって。でもそれで、もし蛸が何かの進化系だとすると、何かと何かが癒着して一緒になって、その結果蛸がいるのかなあ? みたいに考えて。
天野 あれもう、結果なんだ(笑)。
タニノ それでもしこの先地球がずーっと残り続けたら、人間も蛸みたいになるのかなあ? だとしたら、くっつく時はどうなるのかなあ? と思ったんです。一個の脳みそと一個の心臓がある、一人ひとりがくっつく瞬間って、すごくないですか? たとえばすごくスケベなこと考えてる人と、真面目なことを考えてる人が一緒になったらどうなるのか、その時は意識ってどういう存在になるのかなあ? と思ったんです。でも「意識」というもの自体が、果たして何なのかわからないですよね?
天野 わかんないよねえ。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』より。 Photo by Shinsuke Sugino
タニノ もしかしたら物質かもしれないし、だとしたら意識ってどこにあるんだろう? と思って作った作品です。要は「蛸になりたい」って人たちが集まったという作品(一同笑)。全部で16節ある、蛸になるための教本を元に、みんなが儀式をしていくという作品です。今説明しながら「バカだなあ、俺」って思いました(笑)。
天野 素晴らしいね。安っぽいSFだったら、そういう意識の集合体をインターネットのイメージと重ねたりっていうのはあるけど、もう蛸の話は最高(一同笑)。
タニノ 次、天野さんがやる『高丘親王航海記』は、糸あやつり人形劇なんですよね。
天野 原作は読んだことありますか? 澁澤龍彦の小説ですけど。
タニノ ああ、読んだことないです。
天野 多分好きだと思いますよ。懐かしい話です。喪失感の塊という意味で。共通点を探してもしょうがないけど、タニノさんって人形をよく使いますよね?
タニノ はいはい、使います。
天野 さっき『苛々する大人の絵本』で「人間が出たという感覚がない」って話したけど。別に人形劇ではないけれども、でも人間でもなかったなあっていう。異物としての人形とか人間とかじゃなく、そこには優劣も何もない、全部がフラットな感覚。そういう感覚って、演劇だろうと人形劇だろうと、僕にも共通項として確かにあるんですよね……という作品です(一同笑)。
タニノ ズドーン! と(笑)。
天野 観てほしいなあ、めったにできるものじゃないから。人形のからくりが複雑なのと、(上演する)「ITOプロジェクト」の高齢化が進んでるので(笑)。あと主役の高丘親王の造形を、松本さんそっくりにしちゃってるんですよ、生き写しみたいに。
タニノ え、そのそっくりっていうのは?
天野 もう、ほぼ松本雄吉。
タニノ ほぼ!
天野 松本さんってもともと、動きが人形っぽかったんだけど、実際に人形にして動かすと、ちょっと怖いぐらいそっくりなんですよね。最初は「気持ち悪いかな?」って思ったんだけど、実際にやってみると懐かしい。個人的な懐かしさじゃなくて、ちゃんと普遍として広がってる。(松本雄吉を)知らない人も当たり前に大丈夫だし、知ってる人も「嫌だ」とか「あざとい」って言った人は、少なくとも俺の知る限り一人もいなかったね。それって際どいじゃん? ものすごく。
タニノ 際どいですよねえ。
天野 「松本さんだから良かった」っていう意見も、ちょっとだけあった。優劣付けると(笑)。それだけでもいいから、本当に観てほしいなあ。11月に名古屋だけでやるんだけど。
タニノ ……(指をパチン! と鳴らしながら)行けますね!
天野 良かった!『蛸入道』はいつでしたっけ?
タニノ 10月に京都でやります。
天野 (当日パンフの上演予定を見て)あ、(来年)3月に三重(公演)もあるんか! これなら多分、観に行けます。
タニノ 良かったです、ぜひ。
天野 これも何かのお引き合わせですね。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』より。 [撮影]よしだたけし
※お互いの世界をめぐって、さらに抽象的な話が次々に飛び出してきた、天野天街(少年王者舘)×タニノクロウ(庭劇団ペニノ)特別対談【Part2】もお読みください(下記参照)。
取材・文=吉永美和子
天野天街(少年王者舘)×タニノクロウ(庭劇団ペニノ)特別対談
https://spice.eplus.jp/articles/256472
https://spice.eplus.jp/articles/258514
公演情報
〈KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2019 公式プログラム公演〉
■出演:木下出、島田桃依、永濱佑子、西田夏奈子、日高ボブ美、森準人、森山冬子、山田伊久磨
■日時:2019年10月11日(金)~15日(火) 11・15日…19:30~、12日…14:00~/19:00~、13日…13:00~/18:00~、14日…15:00~
※13日18時の回は、公演終了後にポストパフォーマンストークを開催。
■会場:ロームシアター京都 ノースホール
■料金:一般=前売4,000円 当日4,500円、学生・25歳以下=前売3,000円 当日3,500円、高校生以下=1,000円(前売・当日共)、ペア=7,500円(前売のみ)
■公演サイト:https://kyoto-ex.jp/2019/program/niwa-gekidan-penino/
■劇団サイト:http://niwagekidan.org/
公演情報
ITOプロジェクト 糸あやつり人形芝居『高丘親王航海記』
■脚本・演出:天野天街
■出演:飯室康一、山田俊彦、阪東亜矢子、植田八月、竹之下和美、永塚亜紀、よしだたけし、森田裕美(声の出演)、菅原義輝、後藤渉
■ナレーション:知久寿焼
■日時:2019年11月2日(土)~4日(月・休)
2日…19:00~、3日…14:00~/19:00~、4日…14:00~
※3日(日)夜公演はe+(イープラス)半館貸切公演(天野天街らによるアフタートークあり)。
■会場:愛知県芸術劇場 小ホール
■料金=前売3,500円、当日4,000円
■公演サイト:http://aichi-puppet.net/ito_project2019/