湯木慧が誕生日&メジャーデビュー日に開催するワンマンライヴ『拍手喝采』を前に「華々しい終わり方、死に方をするにはどう生きるべきか...」と語る彼女が今思うこととは
湯木慧
湯木慧が23歳の誕生日であり、メジャーデビュー日でもある6月5日にワンマンライヴ『拍手喝采』を開催する。会場の日本橋三井ホールは、昨年新型コロナウイルスの影響で中止となったツアー『選択の心実』のファイナルが行われるはずだった場所だ。一年越しに彼女の思いが結実する。そんな彼女にインタビューし、ライヴへの意気込み、タイトルに込めた意味などを聞くと共に、コロナ禍で表現者・湯木慧はどのように過ごし、どんな感情を抱いていたのか、現在のそのリアルな心の内側を曝け出してもらった。
――昨年は8月にもがき苦しみながら完成させたアルバム『スモーク』をリリースし、9月にワンマンライヴ『選択』を行ない、11月に個展「HAKOBUne個展番外編『-渡航-』」を開催し、その後いくつかライヴに出演し020年は終わったと思いますが、2021年のテーマは『軽。』ということですが、ここに込められた意味を教えてください。
世の中の状況は変わりませんが、心境は変わりました。悶々としながら色々と振り返る時間が多くなって「どうしよう?」とずっと考えていたら「こうするしかない」と強引に導き出した答えが「軽。」です。決して嫌な意味ではなく、今までは何に対しても重く捉えすぎて、いつも悲観的に、ネガティブな方向ばかりに考えていて、悲観的に捉えてばかりだと何もできないって頭ではわかっているんだけど、でもなかなか修正できないので、テーマ、目標として言葉にして打ち出してしまえと思いました。もっと軽く生きよう、と。いい意味で何事にも適当でありたい。そうすることで、曲を作る時もコンセプト云々かんぬんで悩まず、軽い気持ちでもっとコンスタントに作れるし、と思いました。
――ようやくそこまでたどり着いたという感じですか?。
なんで今までそれができなかったんだろうって思います。
湯木慧
――純粋でまじめ、不器用だからだと思います。デビュー前からインタビューをさせてもらっていて、そう感じます。
とっても(笑)。モノを作るのは器用なんですけど、心が不器用すぎて、一回そこにハマってしまうと戻れないんですよね。自分でも「そうじゃなくていいんだよ」ってわかっているのに…。若干潔癖症なところも影響していると思います。想像して、自分の中でそうだと思ったら、もうそうなってしまうというか。なんでもそうなんですが、すごくいいな思っても、でもちょっと気になるところがあると、もうそれはなしになったり。でもそれじゃいけない、気持ちを切り替えようとやっと思えたのが2021年です。
――でもTwitterではかなりやさぐれてました(笑)。
気持ちを切り替えてもどうしようもできないことが起こるんです。軽やかに色々とやっていこうと思っていたのに、様々なことが交錯して何もできないまま5か月が過ぎ、という感じです。未来にワクワクしていたいというのが、人生単位としてすごくあって、それが全く感じられないというか、見えない状況が続いているので、あの呟きが出てきたと思います。コロナ禍で、音源も出せない、ライヴも中止または延期になっているアーティストは他にもいると思いますが、みんな苦しんでいるし、私もそうで、でもそんな中でも希望を見つけ出して何かやろうとしても、色々な“事情”で思うように“できない”、何も出せないという現状へのフラストレーションです。
湯木慧
――聴き手も先が見えない不安な毎日を過ごす中で、湯木さんの音楽や創作活動が心の拠り所になっている、という人も多いと思うので、その人たちもきっと心配していますよね。
そういう人たちに何も言わずに、ただ待たせていることが苦痛になってきて、現状を知って欲しかった。こんなことしていたらみんな(ファンが)いなくなっちゃうと思って怖くなって、音を聴かせられない理由を、細かいところまでは説明できないけど、でも伝えたかった。私にとってファンの人がいるか、いないか、それが全てです。スタッフの人に新しい曲をどれだけ聴かせても、ファンの人にまで届かないのなら意味がないと、正直に呟きました。私はいつもゆきんこ(ファン)はもちろんですが、私の音楽を初めて聴いて下さる人、それこそホームレスの人に向けた曲もあったり、とにかく「一人」に向けて歌っています。それなのに誰にも届けることができないなんて、恐怖でしかありません。アーティストにとって自分の音楽をアウトプットできるかできないかを左右されるって、酸素ボンベを着けるか外されるか、呼吸できるかできないかという感じなんです。私は芸術って誰かに届いて観たり聴いたり触れてもらって、それで壊されたり、焼かれたりして、初めてその存在意義があると思っているので、誰かの手に渡って、やっと終わりを迎える事ができるんです。そうじゃないと「作品」ではなく、ただの「作ったもの」です。
――そういう考えかたであれば、発信できないのであれば作っても仕方がない、という気持ちにもなりますよね。
時間があるなら作品をたくさん作ればいい、と思うかもしれませんが私は作って溜めておくことは論外だと思っていて。発表する場があるなら作らなきゃって思いますが、先が見えていない状況でモノ作りをするというのは無理です。だから私は5か月間ずっと“ただの人”でした。
湯木慧
――ずっと「作品を作ることは人生そのもの」と言っている湯木さんにとって、それは由々しき事態じゃないですか。
朝起きてご飯を作って、食べて、お風呂に入って、植物の世話をして寝る、という生活が何か月も続きました。ただの人です。
――考えようによっては健康的な生活ともいえます。そこに適度な運動を加えれれば。
確かにストレス性胃腸炎にならなくなったかも(笑)。体は健康になったかもしれないけど、アーティストとしては死んでいたと思います。多分私は自分の光と影の影の部分を元に、曲を作り続けてきたと思いますが、でもそれは誰か聴いてくれる人がいるから歌えるんです。聴いてもらって初めて、落ちた時の自分をちゃんと燃やしてあげることができるというか、それによって音楽として昇華させられるという感覚なんです。だから今曲を作ってもただの病んでいる、全部が影になってしまう曲になってしまいます。聴いてくれた人が、この「光」を入れたことによって救われるかもしれない、そう思える“先”があるからそういう曲を作るのに、先が見えない今、そんな曲は作れないです。
人生は「選択」の連続だから、何を選択してもいいんだよって歌いました。
湯木慧
――そんな中で、6月5日の誕生日にはワンマンライブ『拍手喝采』を行ないます。どんなライブになりそうですか?
やりたいことはたくさんあって、みんなに楽しんで欲しいからあれもこれもって足し算で考えていたけど、やっぱり無理だなって思って。それこそ今年のテーマが“軽。”なので、適当に慎重に、引き算で行こうと思いました。
――『拍手喝采』というタイトルはいつ頃思いついたキーワードですかですか?
去年のワンマンライヴ『選択』で「選択」という曲を初めて歌って、それは次は何をしようか考えた時、自由にいこうと思ったので、あの曲を持っていきました。自分に対して、何を選択してもいいよというメッセージで、今まではコンセプトを含めて“流れ”をしっかり作ってやってきました。そういう作り方も好きだからいいのですが、逆にそこに縛られて、これを作ったから次はこれを作らなければいけない、という思考になっていて、それを『スモーク』で燃やして、人生は「選択」の連続だから、何を選択してもいいんだよって歌いました。それがあって今年から気持ちが変わって、『拍手喝采』というタイトルが出てきました。楽曲もあって、でもこういうライヴにしようと思ったのは、今年のテーマを「軽。」に決めてからです。舞台を作るような感覚でライヴをやりたいと思いました。今までは感情を伝えるということに重きを置いてライヴをやってきました。でも今回はその上で何を表現するかということをやりたくなりました。だから物語のような感じでライヴの構成を考えていて、オープングもエンディングも今までとは全然違う感じになるので、遅刻厳禁です(笑)。バンマスをこれまでも「万華鏡」や「雑踏」などで、アレンジやっていただいた西川ノブユキ(アノアタリ)さんにやっていただけることになって、セットリストの作り方もこれまでと全然違うし、今までの曲もアレンジを変えてやろうと思っていて、さっきも出ましたが、舞台を作っている感じで臨んでいるので、“開幕”して“閉幕”していくような感覚のライヴになっています。
――話を聞いていると、これは仕方ないけど一公演で終わるのがもったいない内容になりそうです。
でも私はなんでも終わる時が一番楽しくて。作ったものが燃えたり、終わるのが大好きで、そこが一番気持ちいいんです。始まりが一番嫌(笑)。リハをやっているうちに早く聴かせたい、見せたいという承認欲求がどんどん出てきて、それで当日を迎えて、終わった瞬間が自分の中では最高の気分なんです。
湯木慧
――ライヴが始まった時も、いよいよ始まったという感じよりも終わりに向かって走っているという気持ちが強い、と。
完全にそうです。リハの時から終わり方の夢を見ているというか、華々しい終わり方を想像しています。そういう終わり方、死に方をするにはどう生きるべきか、ということが私の真ん中にあると思います。だから今回のライヴもどれだけ素晴らしく終われるか、そこが目標です。
――どんなライヴになるのか、話を聞いているとわかるようで、難しいようで、東京では久々のワンマンライヴなので、ファンの人は色々な想像を膨らませてくると思うけど、今までライヴを観たことはある人はその情報を一旦リセットして、初めての人もまっさらな気持ちで来て欲しい、と。
そうです。全く新しいので、今までの情報はゼロにして欲しい。その方が楽しんでもらえると思います。
湯木慧
――そのライヴが美しい最後を迎えたら、次は何をやろうと思っていますか?
何も決まっていなくて、またただの人間に戻るだけです。だから人間として免許を取りに行きます(笑)。行動したい、もっと色々なことを知りたいと思った時に、すぐに動けるように免許やパスポートは取っておこうと思いました(笑)。仕事なんかどうでもよくなっちゃうようなことが欲しくなったんです。それを見つけるために動きたくなったという感じです。旅人にでもなろうかな(笑)。そうなるとバイクか車が欲しくなって、で、その前に免許取らなくちゃと思いました。それと今年はたくさん勉強して、自分の引き出しを増やす作業をしたいです。
――行動範囲を広げることで、また見えてくる風景も変わってくるし、それこそ何か作りたいと思う時に役に立つかもしれないですね。
行動範囲を広げると出会う人も変わるし、増えるし、こことは関係ないところにいる、地方や地域にいる人たちと、普通の話をたくさんしてみたいです。それぞれの人の生活や人生を感じることができたら、家で引きこもっている自分がくだらなく感じてくると思います。そうなるとまた作りたいものが見つかりそうな気がして。
【MV】一匹狼
取材・文=田中久勝 Photo by 菊池貴裕