インパルス・板倉俊之原作・脚本・演出のノンストップサスペンス~舞台『蟻地獄』稽古場レポート
お笑いコンビインパルス・板倉俊之が初の舞台脚本・演出を手掛ける舞台『蟻地獄』が2021年6月4日(金)~10日(木)よみうり大手町ホールにて上演される。
作家としても数々の作品を執筆している板倉が2012年4月に発表した、自身2作目となる小説『蟻地獄』の舞台版となる今作は、本来2020年7月に上演を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で公演中止となり、今回が「復活公演」となる。
主演の二村孝次郎役は、ダンスボーカルユニット『Zero PLANET』のリーダーとして精力的に活動し、俳優としても舞台・映像と着実にキャリアを重ねている髙橋祐理。孝次郎を取り巻く人々として、山口大地、天野浩成、向井葉月(乃木坂46)らが出演し、板倉が描き出すサバイバルサスペンスの世界を盛り上げる。
本番まで1週間を切った稽古場で、通し稽古を取材した。
二村孝次郎(髙橋祐理)と親友の修平(近藤廉)は、裏カジノに乗り込み一攫千金をもくろむが、イカサマしたことを見破られてしまい、裏カジノのオーナー・カシワギ(山口大地)の手に落ちる。修平を人質に取られ「5日間で300万円を用意する」という救済条件を突き付けられた孝次郎は、1個40万円で売買されるという人間の眼球を収集しようと駆けずり回った末、集団自殺志願者が集う廃墟にたどり着く……。
原作小説が主人公目線で書かれているため、必然的に孝次郎役の髙橋はほぼ出ずっぱりで、セリフの量も膨大にある。また、孝次郎は裏カジノではカジノビギナーを演じたり、廃墟では集団自殺志願者の一人を演じたりと、様々な顔を演じ分けなければならないかなりの難役だ。
現代版「走れメロス」のごとく親友を救うために駆け回り、出会う人々に翻弄される孝次郎という振れ幅の大きな役を、髙橋は躍動感を持って表現している。修平を演じる近藤の大らかな雰囲気が、孝次郎が修平を何としても救いたいと奔走する姿に説得力を加え、時折挿入される孝次郎と修平のやり取りが、タイムリミットが近づいている緊張感を高めながらも2人の絆が見える優しい時間に感じられた。
理不尽ながらも正論で孝次郎を追い詰めるカシワギ役の山口が、圧倒的な迫力を見せる。冷静沈着だが、キレると何をするかわからないカシワギの存在が、孝次郎や修平にとって脅威であることが伝わってくる。カシワギの部下・クマザワを演じる、プロレスラーの佐藤恵一のダイナミックな立ち回りも、裏カジノシーンの見せ場の一つだ。
蟻地獄にはまった蟻のように必死でもがく孝次郎の緊迫感あるシーンが多い中、家のシーンでの孝次郎の父(中野裕斗)と母(三木美加子)とのやり取りは、息子のことを心配しながらも大きく包み込む家庭の温かさと、大人になり切れていない孝次郎の息子としての側面が垣間見られ、見る者の心を和ませてくれる。
孝次郎が集団自殺志願者の集まりに参加する廃墟のシーンでは、集団自殺の発起人・宮内(天野浩成)をはじめ、マフユ(向井葉月)、ケイタ(古賀瑠)、フジシロ(向清太朗)、と個性豊かなキャラクターが集合する。詳しい内容はネタバレになってしまうので見てのお楽しみだが、孝次郎が繰り広げる手に汗握る頭脳戦は大きな見せ場だ。
『蟻地獄』という作品は、ち密に計算された様々な伏線が見事に回収されていくところが魅力の一つだ。細部まで細かくこだわって作っていることは、原作同様この舞台版でも随所から伝わってくる。小説や漫画を読んで内容を知ってから見る人と、前知識を何も入れずに見る人と両方いると思うが、どちらの人にも「舞台版」ならではの表現やアイディアをぜひ楽しんでもらいたい。
演劇の舞台演出は初めてという板倉だが、決して奇をてらうことなく、実直なストレートプレイを作り上げている。舞台装置や照明、音響などのスタッフワークが大きなポイントとなることを感じさせる演出で、本番ではどのような舞台が見られるのか期待が高まる。スピード感とテンポのよさで、観客を引き付け最後まで飽きさせない作品となることだろう。
幾重にも仕掛けられた罠をくぐり抜けて、孝次郎は“蟻地獄”から脱出することができるのか。舞台版ならではの結末をぜひ見届けて欲しい。
取材・文・撮影=久田絢子