牛と人間、くんずほぐれつのリアルファイトがもたらす熱『ジャッリカットゥ 牛の怒り』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第八十五回
(C)2019 Jallikattu
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
子どもの頃、「牛は屠殺場で処理される瞬間、死を察して涙を流す」という話を聞いたことがある。自分が食べている動物が理解しながらに殺されているのか、とずいぶんとショックを受けた。大人になってから、「牛や豚は殺されることを理解していない」という説もあることを知り、ちょっとホッとしたものだ。今回紹介するのは、そんな食用の牛が屠殺場から逃げ、人々と対決する映画『ジャッリカットゥ 牛の怒り』である。
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南インド・ケーララ州のジャングルにあるとある村。肉屋で働く下っ端の男・アントニが水牛を屠殺しようとすると、水牛が暴れ狂い脱走してしまう。アントニや周りの人々が追いかけても捕らえられず、水牛は商店や畑を破壊しながら逃げ、村中はパニックに。水牛を捕まえるため、村を追放されたならず者・クッタッチャンが呼び戻されるが、騒動はやがて人間同士の争いへと変わってゆく。
怖いのは牛より人間かもしれない
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「ジャッリカットゥ」という耳馴染みのないタイトルは、南インドで実際に行われてきた牛追い競技の名前だ。いやー、すっかり騙された!てっきり水牛が暴れ回って、角で2~3人まとめ突き!牛肉ならぬ人肉バーベキューや~!みたいなハイテンションスリラーかと思っていた。しかし本作は、アニマルパニックものとは違った魅力の、とんでもない熱量を持った作品だった。まず、とにかく大量に出てくる人、人、人に目を奪われる。なんと大半が一般人のエキストラだという。我先に牛を捕まえて見せると息巻いて集まり、楽器を鳴らし、歌を歌いながら行進する。なんと言っているのか私には聞き取れなかったが、「イーアーウアウッチャッチャー!」という叫びにも似た歌の節に合わせ、繰り返し打楽器が鳴らされる。それは決して取ってつけたものではなく、日常のワンシーンのような、リアルな生々しさだ。
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大勢の人々がくんずほぐれつ水牛を追う映像のパワーは計り知れない。毎年一月に兵庫県の西宮神社で行われる、福男選びをご存じだろうか? 大門から本殿まで一斉に走って一番福(一番乗り)を目指す神事だが、あれを数百倍ドロドロにしたような感じだ。『ジャッリカットゥ』で描かれるのは、単なる牛への執着だけではない。牛を逃してしまった責任や、村での力関係など、牛を捕まえることが自分の力の誇示になると踏んだ男たちのプライドのぶつかり合いが繰り広げられる。目立つところでは、かつて村を追放された荒くれ者と、肉屋の下っ端のライバル関係が面白い。一人の女を巡って、互いにいがみ合い、最終的には牛なんぞそっちのけでのバトルが始まる。そうして、彼らの争いに端を発してなだれ込むラストは、まるで人間の愚かさを客観視するかのように描かれる。もはやここまでくると、牛は蚊帳の外ではないかというくらい“人間”の映画なのだ。暴れる牛は物理的に恐ろしいが、人間の感情のぶつかり合いも牛を凌駕するほど恐ろしい。これが、私が「騙された!」という所以でもあり、熱量をバチバチ感じて興奮する理由でもある。
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そもそも、私はインドに対して、ヒンドゥー教徒が多く、神聖な動物とする牛の肉をまったく食べないというイメージを持っていた。そこでちょっと調べてみたところ、インド国内のヒンドゥー教徒は8割ほど。ヒンドゥー教以外の宗派の人々にとっては、牛肉食はタブーではないという。特に本作の舞台であるケーララ州では、キリスト教徒が多く、さかんに牛肉を食べるそうだ。また、ヒンドゥー教で神聖視されている牛は瘤牛と呼ばれる種類。崇拝の対象とされない水牛は、食用としてもいいとする解釈もあるとのこと。図らずもインドの食文化について少しだけ詳しくなった。
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なお、本作の水牛はほぼCGを使わずに、実物とアニマトロニクスを使って撮られたそうだが、私には見分けがつかないシーンも多く、ちょっと悔しかった。そのくらい真に迫った暴れ牛が見られるぞ。この夏、リアルな熱気をまとった牛と、生活がかかった人間たちの生のバトルを体験してほしい。
『ジャッリカットゥ 牛の怒り』はシアター・イメージフォーラムにて公開中。全国順次公開。
作品情報