中村梅玉と中村芝翫が語る、9月歌舞伎座『九月大歌舞伎』六世中村歌右衛門二十年祭 七世中村芝翫 十年祭 合同取材会レポート
右より中村梅玉、(パネル右より六世中村歌右衛門、七世中村芝翫)、中村芝翫
中村梅玉と中村芝翫が、2021年9月2日(木)に歌舞伎座で初日を迎える『九月大歌舞伎』に出演する。第一部は、「六世中村歌右衛門二十年祭 七世中村芝翫十年祭」と冠された公演で、梅玉は、父・歌右衛門が得意とした舞踊『須磨の写絵』に弟・中村魁春とともに出演する。芝翫は、父・芝翫が当たり役とした『お江戸みやげ』お辻に初役で挑む。本作には兄・中村福助も出演。第一部には名優二人のゆかりの出演者が並ぶ。
先日行われた取材会に、梅玉と芝翫が出席した。
右より中村梅玉、中村芝翫
「一門総出演で追善ができるということは、非常に意味のあること。ありがたく思っています」と梅玉。芝翫は「父・七世芝翫の追善と、六世歌右衛門のおじさまの追善を、合わせてさせていただけることを非常にうれしく、感謝しております。一門だけで第一部をやらせていただける。すごいことです」と喜びをみせる。いまもその名前が語られ、芸が受け継がれる2人の名優について、梅玉と芝翫はどのような思いを語るのか。
■梅玉が出演、舞踊『須磨の写絵』
梅玉「『須磨の写絵』は、父・歌右衛門が若い頃に自主公演『第一回莟会』で復曲し、披露した演目です。思い入れがあり、大事にしておりました。とても古風な演目です。都を落ち延びた公家が、海女の姉妹と浜辺で戯れているという風雅な世界。百人一首や古今和歌集のような風情のある舞台ができれば」
中村梅玉
梅玉が行平を勤めるのは、今回3度目。
梅玉「初めてやらせていただいたのは、父(歌右衛門)が最後に松風を勤めた時でした。2度目は、先代の芝翫の兄(七世芝翫)が松風を勤めたときです。そして今回は、弟の魁春が松風を勤めます。父、そして芝翫の兄への思いを込めて、一所懸命に演じます」
『須磨の写絵』右より在原行平=中村梅玉、海女松風=中村魁春 /(C)松竹
梅玉「あれだけ小言の多い父が、はじめて行平を勤めた時、小言を言いませんでした。及第点をもらえたのだと思いましたが、いま思い返しますと、やっぱり全然至りません。9月の舞台では、本当の意味での合格点をもらえるか。父に現在の私の行平を見てほしいです」
■芝翫が出演、人情喜劇『お江戸みやげ』
芝翫「『お江戸みやげ』をやっているときの父は機嫌が良かった。父に怒られることも減り、僕にとっても縁起の良い出し物でした(笑)」
中村芝翫
そう語る芝翫にとって、お辻役は「まさか」のキャスティングだったと笑う。自身が立役のため、女方の父からは舞踊『保名』など数えられる程度の役しか教わっていない。
芝翫「今回あらためて、これを自分が演じるのだという目で、父の『お江戸みやげ』をDVDで見直しました。すると父はこうやって芝居作りをしていたのだなと、はじめて気づかされることが色々ありました」
お辻は、反物の行商人。連れのおゆうと田舎から出てきて、江戸での商いを終えたところから物語ははじまる。七世芝翫のお辻と五世中村富十郎のおゆうは、名コンビだったと言われている。今回、芝翫は中村勘九郎のおゆうとコンビを組む。
芝翫「父と天王寺屋(富十郎)には及びもしません。ですが、なぞるだけではつまりません。追善ではありますが、勘九郎くんとの『お江戸みやげ』を、一から作っていきたいです。おかしみだけでなく、心があたたかくなる芝居づくりをしたいです」
『お江戸みやげ』左よりお辻=中村芝翫、おゆう=中村勘九郎 /(C)松竹
さらに福助は、今回の公演のために作られた常磐津文字福という役で出演する。取材会では福助からのコメントも紹介された。
<中村福助コメント>
“今回、自分も出させていただけることを、大変うれしく、ありがたく思います。おじと父という、二人の偉大な存在に少しでも近づけるよう、自分にとっても今回の出演は、日々のリハビリのモチベーションになっております。感謝しております。『お江戸みやげ』では、父がお辻を勤めた際に、お紺で出演しております。あの、父の独特の世界観を、今回久しぶりにDVDで見て、こみ上げてくるものがありました。そして、大変懐かしく感じました。コロナ禍での開催となりますので、安全に、つつがなく、無事に千穐楽までできること、そして、自分自身精一杯勤めたいと思います。”
福助は、2013年、七代目中村歌右衛門襲名を目前にして、脳内出血で倒れた。2018年より舞台に復帰しているが、言葉を話すことや半身にのこる麻痺を克服するべくリハビリは続いている。
芝翫「復帰後の兄は、時代物や舞踊など、動きも台詞もあまり多くない作品に出てまいりましたが、『お江戸みやげ』は世話物です。しかも兄は、どうしても自分の足で歌舞伎座の舞台を歩きたいと信念をもっております。実現できるかはこれからですが、本人に強い意欲があるのは素敵なこと。コロナが去る時、兄貴の病気もふっとどこかへ消えてくれたら、それほど嬉しいことはありません」
■歌右衛門、芝翫の人となり
歌右衛門と七世芝翫。2人は、梅玉と芝翫の目にどのように映っていたのだろうか。
梅玉「父を息子が褒めるというのも恥ずかしいですが、歌右衛門は上等な人間でした。常に歌舞伎のことを考え、その通りの舞台をする。でも普段は無邪気な人間で、毎日ぬいぐるみを抱えて楽屋入りしたり、動物が大好きでパンダに会いに北京へいったり、コアラに会うためにオーストラリアへ行ったり。お茶目なところもすべて引っくるめて、ハイクラスな方でしたね。そして、いつも品格を大切にしなさいと言われていました。大舞台に立った時も、品のある役者であるように。私もそれを大事にしています」
六世中村歌右衛門
そして梅玉は、七世芝翫を「年の離れた従兄ですが、実の兄のように慕っていました。教育者でしたね」。芝翫は、「父(七世芝翫)は真面目なところもある人」と振り返る。
芝翫「普段は子どものような人でしたが、芸には、とてもうるさい人でした。いつも『人には感謝しなさい』。『謙虚でいなさい』。『芸には信念をもちなさい』と言われていました。父は、早くに父親とおじいさんを亡くし、母一人子一人で生活してきた方です。今回の十年祭の追善では、子、孫が揃い、こんな大家族に。喜んでくれているでしょうね」
七世中村芝翫
■供養であり、使命でもある追善の意味
『九月大歌舞伎』第一部の「六世中村歌右衛門二十年祭 七世中村芝翫十年祭」は、9月2日(木)から27日(月)までの公演。
梅玉「追善できること自体がありがたいことです。20年が経ち、お客様だけでなく我々歌舞伎俳優の中にも、父の元気な頃の舞台を知る若手が少なくなってきています。このような偉大な先輩がいたことを確認してもらい、皆で歌舞伎界全体を盛り上げていくことが供養であり、我われの使命でもあります」
『須磨の写絵』在原行平=中村梅玉 /(C)松竹
芝翫「“芝翫”の名前は決して自分の所有物ではありません。八代目としてお預かりしているもの。受け継ぎ、次の世代へバトンタッチしていくことが、追善の意味ではないでしょうか。先代を敬う気持ちをあらため、そして先代の匂いを伝えていくことが大事なのだと思います」
『お江戸みやげ』お辻=中村芝翫 /(C)松竹
第一部には、梅玉、魁春、福助、芝翫のほか、六世歌右衛門の芸養子である中村東蔵、その息子の中村松江、孫の中村玉太郎、梅玉の養子である中村莟玉、福助の息子である中村児太郎、芝翫の息子である中村福之助と中村歌之助、七世芝翫の弟子である中村梅花、七世芝翫の孫である中村勘九郎と中村七之助が出演する。
取材・文=塚田史香